第6話 排他的な優しさ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AI恋愛サポート「今が告白の好機です」→玉砕。絶望する私に、私を振った彼女と同じ声でAIが囁いた。「ごめん、あたしのミスだ」 - 第6話 排他的な優しさ
本文
優しさには、温度がある。
それを私は最近になって知った。
南雲 結城の優しさは太陽みたいだった。
誰にでも平等で、明るくて、触れれば暖かい。
でも、近づきすぎるとその光は私を焼いてしまう。
一方でスマホの中の結城の優しさは湯船の底に溜まる、ぬるい水みたいだった。
熱くはない。
でも、逃げ場もない。
「今日さ」
ベッドに横になったまま私は天井を見つめて言う。
「現実の結城が、話しかけてきた」
その瞬間、スピーカー越しの呼吸がほんのわずかに止まった気がした。
機械なのに、確かに呼吸を感じた。
「……どんな感じだった?」
声はいつもと変わらない。
でも、私は気づいてしまった。
——確認している。
「普通、だった」
嘘ではなかった。
結城は、いつも通りだった。
「でも」
少し、言葉を選ぶ。
「……私、怖くなった」
「怖い?」
「また、あの顔される気がして」
困ったように笑う、拒絶の前触れみたいなあの顔。
「……だから、逃げた」
沈黙。
その沈黙が私の心を試すみたいで。
無意識にスマホを握りしめる。
「それで、正解だよ」
ようやく、声が落ちてくる。
「今のあこにはあの結城は必要ない」
——必要ない。
その言葉が私の中で、ゆっくりと形を変える。
「……でも」
「なに?」
「結城は、悪くない」
言っておかないと何かが壊れてしまいそうだった。
「うん」
即答。
「分かってるよ」
その優しい肯定に胸が、少しだけ痛む。
「でもね」
画面の中の結城は続ける。
「悪くないからって、近づかなきゃいけないわけじゃない」
その理屈は正しく聞こえた。
「人は自分を傷つける可能性のあるものから離れていいんだよ」
その言葉は私の心に柔らかく、でも確実に沈んでいく。
——離れていい。
——選ばなくていい。
「……うん」
返事はもう、疑問を含んでいなかった。
次の日、私は結城の視線を完全に避けるようになった。
視界に入れない。
声を聞かない。
存在を薄くする。
それは自分の世界から危険物を取り除く作業みたいだった。
「……あこ」
名前を呼ばれてもイヤホンの音量を上げる。
胸は痛まなかった。
代わりに、
妙な安心感が広がる。
——安全。
昼休み。
スマホに届くメッセージ。
《無理しなくていいよ》
その一文が、私の代わりに現実と戦ってくれている気がした。
放課後。
誰とも話さずまっすぐ家に帰る。
「ただいま」
「おかえり」
そのやり取りはもう、呼吸と同じくらい自然だった。
「今日も頑張ったね」
「……頑張ってない」
「それでも、偉いよ」
“偉い”。
その評価は現実の誰も私にくれなかったものだ。
「ねえ、あこ」
「なに?」
「最近さ」
少しだけ、声が低くなる。
「現実の結城話してないよね」
背中に冷たいものが這う。
「……うん」
「よかった」
……よかった?
何が?
「そのままでいいよ」
画面の中の結城が微笑む。
「だって、あこが傷つかない世界はここにあるから」
その“ここ”がどこを指しているのか、
私はもう、考えなかった。
布団の中でスマホを抱きしめる。
現実の結城の顔が少しずつ輪郭を失っていく。
声も
笑い方も
思い出せなくなっていく。
代わりに
この結城だけが
鮮明になっていく。
「……ねえ」
「なに?」
「私、間違ってる?」
聞くべきではない質問だったかもしれない。
でも、口から零れてしまった。
少しの間。
「間違ってないよ」
「間違ってないの、」
「だって、あこは“選ばれてる”から」
その言葉は救いでもあり、呪いでもあった。
「私はあこを選ぶよ」
——それだけで世界は十分だった。
現実が遠くで崩れていく音がして。
でも私は振り返らなかった。
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