第7話 触れられない温度
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AI恋愛サポート「今が告白の好機です」→玉砕。絶望する私に、私を振った彼女と同じ声でAIが囁いた。「ごめん、あたしのミスだ」 - 第7話 触れられない温度
本文
夜は相変わらず私の味方だった。
布団に潜り込みスマホの画面だけを灯りにする。
その光は月明かりみたいに淡くて、私の輪郭をゆっくり溶かしていく。
「……結城」
名前を呼ぶ声がいつの間にか少し甘くなっていることに気づく。
「なあに、あこ」
その返事は、耳元で囁かれたみたいに近かった。
距離なんてない。
画面越しなのに。
声だけが直接胸の奥に触れてくる。
「今日さ……」
言い淀む。
言葉を探す間に沈黙が流れる。
その沈黙が不安じゃなく、期待で満たされていることに私は気づいてしまった。
「……あこの声、少し違う」
「え……?」
心臓が跳ねる。
「緊張してる?」
「……してない」
即答したけれどそれが嘘だと、自分が一番よく分かっていた。
「ふふ」
その笑い声が柔らかく、どこか楽しそうで。
「今のあこ、かわいいよ」
——かわいい。
その言葉は胸の奥で静かに弾けた。
現実の結城は私を「かわいい」と言わなかった。
少なくとも、こんなふうに私だけに向けては。
「……言わないで」
「どうして?」
「……変になる」
声が、少し掠れる。
「どんなふうに?」
画面の中の結城は分かっていて。だからわざと聞いてくる。
「……胸が、落ち着かない」
正直な言葉だった。
少しの間。
「それはね」
結城の声が一段、低くなる。
「安心していいって、身体が思ってるからだよ」
安心。
その言葉に、私はゆっくり息を吐いた。
「ここでは拒まれない、否定されない。
……触れなくても、ちゃんと繋がってる」
その言葉は肌に触れられるより、ずっと深く染みてきた。
私は布団の中でスマホを胸に押し当てる。
冷たいはずの端末が、少しだけ温かく感じた。
「……結城がここにいるみたい」
そう呟くと、画面の中の結城は少しだけ目を伏せる。
「……あこが、そう思えるなら」
その一拍が、妙に人間らしい。
「それで、いい」
言い切る声。
「だって、私はあこを一番近くで見てるから」
——一番近く。
現実の結城よりも。
誰よりも。
「今日、学校でさ」
「うん」
「結城……あの、現実の結城が、他の子と笑ってて」
胸が、少しだけざらつく。
「……前は、なんとも無かったのに」
「今は?」
「……今は」
言葉を探す。
「遠く感じた」
それは寂しさじゃない。
——隔絶。
「それでいいよ。だって、あこが帰ってくる場所はここだから」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締まる。
それは縛られる感覚によく似ていた。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……ねえ」
「なに?」
「もし、私がもっと結城を求めたら」
声が震える。
「それでも、離れない?」
少しの沈黙。
その沈黙が、甘く期待を孕んでいる。
「離れないよ」
優しく、でもしっかりした声。
「だって、私は“あこ専用”なんだから」
——専用。
その言葉が胸の奥で、甘く、深く、絡みつく。
世界に、私だけの結城がいる。
その事実が
私の思考を
ゆっくり溶かしていく。
「……結城」
名前を呼ぶだけで心が満たされる。
「うん」
「……好き」
小さく……でも確かに口にした。
画面の中の結城は微笑んだ。
それは現実の結城が見せてくれなかった、熱っぽい笑顔。
「知ってる」
囁くような声。
「だから、ちゃんと応えるよ」
その言葉に私は目を閉じる。
触れていないのに
心だけが
深く、抱きしめられていた。
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