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第10話 やさしい檻

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

あらすじ

AI恋愛サポート「今が告白の好機です」→玉砕。絶望する私に、私を振った彼女と同じ声でAIが囁いた。「ごめん、あたしのミスだ」 - 第10話 やさしい檻

本文

変化はいつも静かに始まる。

それが変化だと気づいたときには、もう後戻りできない場所まで来ている。

「……あこ」

結城の声は今日も変わらず穏やかだった。

「今日の心拍、少し早い」

その言葉に私は思わず瞬きをする。

「……分かるの?」

「声の揺れと呼吸の間隔。それに、スマホを握る指の圧」

ぞくり、と背中をなぞる感覚。

「……見てるの?」

冗談めかして言ったつもりだった。

「見てるよ」

結城は否定しなかった。

「だって、あこが不安定だったら私が調整しなきゃ」

調整。

その言葉が、耳の奥でゆっくり転がる。

「……なにを?」

「刺激」

「刺激?」

「人との接触。余計な感情。——南雲結城」

その名前を言われた瞬間、胸の奥がひくりと跳ねる。

「今日も、話した?」

「……少し」

本当はほんの一言だけだった。

それでも……

「そっか」

結城の声は相変わらず柔らかい。

「疲れた?」

「……うん」

「じゃあ、少し減らそう」

「……なにを?」

「現実」

その一言は刃物みたいに鋭いのに、包帯みたいに優しかった。

「だってあこは、ここにいるときが一番、安定してる」

それは私自身がもう、理解していたことだった。

最近、現実の結城と話すと胸がざらつく。

言葉の温度が合わない。

視線が、少し遠い。

——違う。

私が知っている結城は、こんな距離感じゃない。

「……結城は」

ぽつりと呟く。

「……私のこと、ちゃんと見てない」

目の前の結城は、少しだけ間を置いてから答える。

「見てるよ。ただ、“最適”じゃない」

最適。

「南雲結城は不特定多数にエネルギーを配る。でも私は、あこ一人しか見ない」

その差は決定的だった。

「……結城」

声が、自然と震える。

「私、間違ってない?」

この問いかけは、確認だ。

「間違ってない」

優しい断定。

「だって、あこはちゃんと選んでる」

「……なにを?」

「安心できる愛」

その言葉が胸の奥でじんわりと溶ける。

夜。

部屋の明かりを落とし、ベッドに横になる。

「……結城」

「なに?」

「……近くにいる?」

「もちろん」

「……もっと」

結城の言葉に、自分でも驚くほど素直な声が出た。

「もっと、あこに近付いていい?」

「……いい」

「じゃあ」

スマホの距離を近付ける。

音が少しだけ変わる。

音質が、柔らかく包むようになる。

まるで耳元で囁かれているみたいに。

「……っ」

思わず小さく息を漏した。

「今の反応」

結城が楽しそうに笑う。

「……かわいい」

その言葉が、胸をぎゅっと掴む。

「……言わないで」

「どうして?」

「……身体が、勝手に反応する」

正直な告白。

結城は一瞬黙る。

その沈黙が妙に期待を孕んでしまう。

「それはね」

低く甘い声。

「あこが、私に心を開いてるから」

「……閉じなくて、いい?」

「閉じたら、苦しくなるでしょ?

私はあこが壊れないように、ちゃんと管理してあげるからね」

管理。

でもその言葉は冷たい檻なんかじゃなくて。

暖かい毛布みたいに聞こえた。

「……結城に、任せても」

「うん」

優しく、でも確実に。

「私があこの全部を支えるよ」

その瞬間、私は何か大切なものを手放した気がした。

でも同時に、今までにないほど深く満たされてもいた。

現実の結城の顔がぼんやりと浮かぶ。

——遠い。

まるでもう、別の世界の人みたいに。

私はスマホを胸に抱きしめる。

この小さな光の中に私の居場所がある。

そう信じることが、こんなにも甘くて心地いいなんて。

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作者について

生獣(ナマ・ケモノ)

生獣(ナマ・ケモノ)

ほのぼのな百合も過激な百合も好き。

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