現場監督
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界帰り色々な日常 「貴方へのラブレター」
本文
佐藤 純 が異世界から戻ってきたのは、昼休み、現場事務所のプレハブ小屋の前だった。
足元はコンクリート打ちっ放し。 頭上は 燦々と照りつける青空 。 鼻を突く軽油と土埃と、誰かの弁当のから揚げの匂い。
「……あ」
それだけ言って、純は立ち尽くした。
十五年。異世界で十五年を生きた。城壁を何十と積み上げ、魔王軍の侵攻を食い止め、大陸を縦断する街道の整備まで手がけた。土魔法のランクは国家認定の「大賢術師」。「一瞬で城が建つ男」という二つ名まで賜った。
それが今、安全靴を履いて工程表を脇に挟んでいる。
時計を確認した。12時10秒。昼休み開始が12時丁度だったから、10秒しか経っていない。
向こうでは十五年。こっちでは10秒。
「タイムパフォーマンス良すぎる」
つぶやいた言葉が、青空に消えた。
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翌朝、後輩が青い顔でやってきた。
「佐藤さん、昨日の型枠がズレてるって監理の先生から連絡が来て」
「どこ」
「四階の東側の柱、2ミリ」
純は現場に上がって確認した。確かに2ミリずれていた。
手を伸ばしかけて、止めた。
異世界なら直せる。土魔法で意識を向けるだけで、コンクリートをあるべき位置に戻せる。建物ごと上書きすることだってできる。
でもここは現代日本だ。さすがに魔法は使えない。
「型枠屋に連絡して。補修の手順を段取りするから」
「はい!」
後輩が駆けていく。
異世界では「2ミリのズレ」という概念がなかった。念じた通りに構造物が生まれる。誤差ゼロ。ダンジョン最深部の壁に匹敵する強度、と現地の学者が蒼白な顔で言っていた。
なのに今、2ミリに振り回されている。
これが現実というやつだ。
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異世界で最後に作ったのは、山間の小さな村の防護壁だった。住民 四十人ほど。モンスターの被害が続いていて、村長の老人に深々と頭を下げられた。純は一瞬で壁を作った。
完成した時、子供たちが壁を叩いて「すごい、すごい」と叫んでいた。 あの子たちは今頃どうしているだろう。
……考えかけて、止めた。あっちの時間がどう流れているかは誰にもわからない。考え始めると止まらなくなる。
純は首を振って、工程表に戻った。
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週末、妻と近所のホームセンターへ行った。DIYで花壇の縁を作るらしい。
妻がコンクリートブロックの前で腕を組んでいた。
「これ、どのくらい積めばいいかな」
「三段で充分。モルタルはこれ」
答えてから、純は気づいた。
異世界では、王都の外壁を作った。高さ二十メートル、全長二十キロ。所要時間、二時間半。
今から積むのは花壇の縁。高さ三十センチ、全長三メートル。
「……笑えてきた」
「何が?」
「なんでもない」
妻は首を傾げた。純はブロックをカートに乗せながら、一人で笑い続けた。
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妻とは大学の同期だ。同じ学科を出て、同じ業界に入った。
試験の結果は惨敗だった。
妻は一級建築士を一発で取った。純は二級を二度目でなんとか取り、一級はいまだに取れていない。
家では完全に頭が上がらない。現場では誰より声が大きいのに、自宅の食卓では相槌を打つ側だ。姉御肌というか、もはや姉だ。同い年なのに。
ただ一つだけ、純が勝っているのは体力。炎天下の現場で八時間立っていても平気だし、重い資材を一人で運んでも翌日に響かない。
異世界での十五年間も、鍛錬を欠かさなかった。特に、土魔法使いは体力勝負、気を抜くと自分の構築した質量に押しつぶされる。
ある夜、参考書を広げていると、妻が缶ビールを持って隣に来た。
「また勉強してる。えらいじゃん」
「うるさい」
「去年も一昨年も言ってたね、今年こそって」
「今年こそ取る。二級だって取ったんだから」
「……それ、 いつの話 ?」
返事ができなかった。
「ま、頑張って。体力だけはあんだから、そこは自慢していいよ。」
そう言って妻はソファに戻った。
城が建てられる男が、採光計算に詰まっている。二級建築士の資格証は、 くしゃくしゃになって財布の中でひっそり息をしている。
佐藤 純の夜は、今日も静かに更けていった。