第3章:鋼の均衡(Equilibrium)①
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
太陽系内移動が普遍化した時代。エリート戦闘艇パイロット候補生のカイ・セリザワは、突如として開発中の人型兵器『G-STRIKE』への兵科転換を命じられる。 そこには、重力アンカーを用いた「空間を蹴る」という、従来の物理法則を根底から覆す超機動技術が投入されていた。
本文
冷たい金属の味が、舌の奥に沈殿していた。 宿舎のベッドで目を覚ました時、カイ・セリザワは、自分の呼吸が、生命維持装置(ライフサポート)の作動音と完全に同期していることに気づいた。 ドクン、シュー。ドクン、シュー。 それは、彼がもはや純粋な有機体(人間)ではないと、重力が告げているかのようだった。
首筋に触れると、G-ステインが、昨日よりも少しだけ皮膚の奥へ、深く根を張っているのがわかった。 指先に伝わるのは、自分の皮膚の感触ではなく、G-STRIKEの外殻プレートの、あの無機質な冷たさだ。 錯覚ではない。 エレーナの言う「副作用」は、確実にカイの肉体を、重力の海へ適応(シフト)させていた。
「全機、搭乗(搭乗)完了。これより発艦する」
バロウズの声が、通信(コミュ)から、カイの脳へダイレクトに突き刺さる。 今回は訓練ではない。 アステロイド・ベルト外縁部を航行する、軍の重要輸送船団の護衛任務。 敵は、協力業者(エレーナの会社)から漏洩した重力技術の軍事利用に猛反発する、企業連合の武装艦隊だ。
彼らにとって、G-STRIKEは「非人道的な兵器」であり、そのパイロットは「技術の犠牲者」だった。
「……ハァ、ハァ……」
コクピットに収まると、カイの呼吸は、再びG-STRIKEのシステム音と融合した。 網膜に表示されるFCS(火器統制システム)のレティクルが、以前よりも鮮明に、そして広範囲に見える。 三半規管は、重力酔いを起こすどころか、機体の末端に配置された重力アンカーが、空間の「地平」を掴むのを、まるで自分の手足のように感じ取っていた。
(……わかる。そこにある。足場が)
モニターには、デブリ帯の彼方から接近する、敵の高速戦闘艇の熱源(シグネチャー)が投影されている。 戦闘艇乗りとしてのカイなら、彼らの軌道を完璧に予測できた。 だが、今のカイは、その予測(計算)を、嘲笑うかのように、空間を蹴る準備を整えていた。
「セリザワ候補生。……あなたの脳波、とても美しいわ」
エレーナの声が、ノイズに混じって聞こえた。 「慣性制御が、あなたの『安定』を奪うたびに、あなたの魂は、この機体と一つになっていく。……見せて。あなたが、重力の果てで何を見るのか」
エレーナの言葉は、慈愛ではなく、未知の化学反応を見届ける科学者の、剥き出しの好奇心だった。
カイは、スロットルを握る力を強めた。 G-STRIKEの巨体が、ハンガーのゲートをくぐり、漆黒の宇宙へと解き放たれる。 慣性の檻から解き放たれた巨人は、物理法則という名の鎖を武器に変える、野蛮な生存戦略の場へと踏み出した。