第1話「ボイドギャング」
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あらすじ
ハヤマ・レイト——15歳の少年ヒーローは、古代種族「ネオン人」から託された特殊スーツ「ネオンスーツ」を身に纏い、宇宙を旅する。 10年前、彼の両親は超新星爆発テロで失われた。その悲劇の真犯人である**テロリスト集団「ダークノヴァ」**の追跡こそが、彼の人生の軸。 宇宙連合軍の若き少佐アリナ・ミラストリアルとの出会いがきっかけで、レイトはテロの源流を追うことになる。
本文
深い漆黒の宙域に、ベースシップの白い船体が音もなく漂っていた。
窓の外には星の海。近くには惑星も衛星もなく、ただ無数の微光が遠い宇宙の果てから瞬いている。エンジンは最低限の出力で稼働し、航行音すらほとんど聞こえない。
操舵ブロックの淡い照明が、少年の輪郭をやわらかく縁取っていた。銀色がかったサラサラの白髪、首筋でさらりと跳ねる。星図の光を映した双眸は、青と紫が溶けたように澄んでいて、覗き込むと宇宙の温度がそのまま返ってくる。身長は小柄、細いが要所に締まった体つき。粗めのリブが走るダークグレーのインナースーツは、作業用のラフな一枚で、襟ぐりや袖口に白い縁取り。胸骨の間にはメインコア接続用の薄いリングが覗き、肩から脇にかけて走る縫い目が、少年の華奢さと機能美を同時に刻んでいた。指先には微かにエネルギーのぬくもり、腹部にはうっすらと走る縦線。女の子に見間違えられるほど整った顔立ちなのに、立ち居振る舞いは不思議と頼もしい。
ハヤマ・レイトは操縦席に腰掛け、顎に手を当てながら目の前の星図を眺めていた。青と紫の瞳に映るのは、無数の恒星を結んだ航路データと、数分前から点滅し始めた赤い光点。
「……まただね」
冷静な声が艦内に響く。
『救難信号です、レイト。暗号は宇宙連合軍の標準コード。ただし、出力が非常に弱い。送信源はこの宙域から六十光分の位置、座標は……』
操縦席後方のメインモニターに、マザーの女性的な落ち着いた声と共に航路データが表示される。
レイトは椅子を回転させ、モニターに近づいた。
「この波形……救難信号にしては妙に断続的だ。自然減衰じゃない、誰かが意図的に隠してる」
すると天井近くを漂っていた球状の銀色ドローン、ノイジーがくるりと回転しながら口を挟む。
『つまり、トラップの可能性大ってことだ! オレのカンがそう言ってる!』
「カンじゃなくて分析で言ってよね」レイトは小さく息を吐く。
「でも、たぶん当たりだ。……このパターン、以前ボイドギャングが使ってた擬装信号と一致する」
マザーの声が少し低くなる。
『つまり、その信号源は敵拠点ということですね。前回のアルタイル宙域での戦闘からまだ十日しか経っていません。亜次元ワープの負荷もまだ残っています。あなたのエナジーコアの回復も万全とは言えない』
レイトは静かに笑みを浮かべた。
「でも、放っておけばまた被害者が増える。マザー、警告はありがたいけど、行くよ」
ノイジーがくるくると回り、まるで笑っているかのような電子音を鳴らす。
『よっしゃ! じゃあ今回はステルス侵入からの奇襲ってやつだな? 正面突破もいいけど、派手にやると宇宙連合軍が後処理で文句言ってくるし』
マザーはため息混じりに応じる。
『……では戦闘プランを送信します。外殻接近はデブリ帯経由、ステルスモード全開で。ノイジー、索敵と通信妨害はあなたが担当。ただし電子戦範囲は半径五百メートルまで。それ以上は私がカバーします』
『へいへい』
「了解、マザー」
レイトは操縦席から立ち上がり、エアロックへ向かう。歩きながら、胸の奥で小さな鼓動が高鳴る。
――また、あの無秩序の巣窟に踏み込む時が来た。
ベースシップの床がわずかに振動し、航行ルートが変わる。目標は小型スペースコロニー、ボイドギャングの新たな根城。
その中心に、救難信号を発した者か、あるいは――彼らが捕らえた誰かがいる。
レイトは、視界に広がる大宇宙を一瞥し、静かに呟いた。
「必ず助ける」
光を吸い込むように、ベースシップは暗黒の宙域へと溶け込んでいった。
***
星図に表示された目標宙域まで、残りおよそ三分。
ベースシップはメインスラスターを切り、ほぼ慣性だけで滑るように進んでいた。船体はステルスモードに移行し、熱放射を極限まで抑えると同時に、外殻が背景放射を模倣する光学迷彩を展開する。レーダー反射も最小限に抑えられ、まるで宇宙の一部と化したかのように溶け込んでいく。航行音はなく、ただ艦内にマザーの淡々としたモニタリング報告が響くだけだ。
『目標コロニー、外殻シールドの稼働率は低下しています。外部防御砲座は三基が停止、四基が稼働中。監視衛星は二機……いずれも旧式です』
マザーの声は冷静だが、その奥にわずかな警戒が滲む。
ノイジーが前方に浮かびながら、電子の瞳をチカチカと明滅させた。
『旧式でも油断は禁物だぜ。こっちの存在に気づかれたら、蜂の巣になる』
「わかってる」
レイトは短く息を整えると、胸の奥で“鼓動”がひとつ強く鳴った。インナースーツ越しに、胸骨の下のメインコアが青紫に脈打ち始める。光が糸となって皮膚の下を走り、肩口から白い装甲片が花びらのように展開――肘、手首、掌のサブコアが順に点灯し、足裏のコアまで脈動が同期する。薄いエネルギーフィルムが全身を包み、布地の質感は滑らかな有機装甲へと変わった。背面に生命維持ユニットと反重力ホバーがせり上がり、白髪が揺れる少年の頭が強固なヘルメットに包み込まれ、最後に白いバイザーが音もなく閉じる。青紫の心臓――露出したメインコアがスーツ中央で静かに明滅した。
『いい光り方だ。出力、安定』
「行く」
目標のコロニーは、球体の半分を欠いたような形をしており、開いた側の巨大な空間は港湾ドックと化していた。その外縁には廃棄された貨物船や壊れた資材コンテナが漂い、自然のデブリ帯を形成している。
レイトはそのデブリ帯を利用して、敵の視界から隠れながら接近するつもりだった。
「マザー、接近ルートBを使う。デブリ帯を抜けて、北西ポートのメンテナンスハッチに直接取り付く」
『了解。航路計算完了。……レイト、外は無音の闇です。気を抜かないで』
船体が微かに回転し、星々の並びが変わる。
そのままベースシップはゆっくりとデブリ帯へ滑り込んだ。外殻に当たる微細な金属片が、わずかに「チリ……チリ……」と音を立てる。それすらも宇宙の静寂に溶ける音。
ノイジーが前方をスキャンしながら囁くように言った。
「コロニー周囲、熱源反応なし。港湾ドックのシールドも半開きだ……だが、空気漏れはない。たぶん罠だな」
レイトは眉をひそめた。
「きっと中は監視網だらけだろう。ノイジー、外部センサーを二分間だけ無効化できる?」
『もちろん! 二分間だけ、世界が静まり返るぜ』
やがて、コロニー外殻の北西側、灰色の小さな円形ハッチが見えてきた。整備用のメンテナンスハッチ――通常は外から開けられないが、ノイジーのハッキングなら数秒で突破可能だ。
マザーの声が通信に入る。
『この後は、あなたとノイジーだけ。……気をつけて、レイト』
「任せて」
レイトは短く答えると、エアロックへ入った。内部の気圧が徐々に下がり、警告灯が緑に変わる。レイトはヘルメット内のHUDで酸素残量と推進剤を確認すると、外部ハッチを開いた。無音の闇が広がる。
レイトは静かに宇宙空間へ躍り出た。
スーツの足裏から微量のスペースエネルギーを噴射し、体を静かに前進させる。周囲には無数のデブリが漂い、その影がレイトの白いスーツを断続的に隠す。
ノイジーが並走し、ハッチ前に到着すると同時にアームを伸ばした。
『よーし……ロック解除開始』
数秒後、ハッチのライトが赤から緑へ変わる。
レイトは中へ滑り込み、背後のハッチを静かに閉じた。
――無音の接近は成功。
次は、この暗いコロニー内部を攻略する番だった。
***
メンテナンスハッチの内側は、暗く、静まり返っていた。
無人整備区画――配管とケーブルが絡み合う狭い通路が、蜘蛛の巣のように四方へ延びている。壁面には古びた警告サインが貼られているが、半分以上は色あせ、読めない。
レイトは足裏のグリップを活かして、音を立てずに通路を進んだ。
視界はスーツのナイトビジョンモードで青緑色に染まり、遠くの陰影まではっきりと見える。
背後でノイジーが低く呟く。
『内部温度は外より二度高いな……通電はしてる。だが、熱源反応は少ない。監視ドロイドが回ってるだけかも』
「……いや、静かすぎる」
レイトは立ち止まり、耳を澄ました。機械音すらほとんどしない。
この不自然な静けさが、かえって緊張を煽る。
通路を抜けると、小さな格納スペースに出た。壁際には古びた整備ロボットが数体、動かぬまま立ち並んでいる。だがレイトは視線を右奥のドアに向けた。
そこだけ、錠前が新しい。
「ノイジー、あの扉……」
『了解。スキャンする……内部に多数の生命反応。推定で二十……いや三十以上。種族は混在、拘束されてる』
レイトの眉が僅かに動く。
――捕らえられた人々だ。
迷う理由はなかった。レイトは右手のサブエナジーコアを起動し、扉に沿って光のラインを描く。金属が熱で歪み、わずかな破裂音と共にロックが外れた。
ドアの向こうは、粗末な収容区画だった。
多様な姿形の宇宙種族が、金属柵の中に押し込まれている。痩せ細った者、目に怯えの色を宿した者、そして小さな子どもを抱きしめる母親の姿も。
「……!」
数人がレイトを見て、驚きと希望の入り混じった声を上げた。
「静かに」
レイトは指を口元に当てた。
「今すぐ連れ出す。でも、騒ぎは起こさないで」
ノイジーが空中で素早く旋回し、収容セルのロックを一斉に解除する。
「解放完了! 通路B-3までなら安全だ。そこから非常脱出口へ誘導できる」
人々はお互いに支え合いながら、静かに通路へと移動していく。
レイトは最後尾まで見送り、再びノイジーに視線を向けた。
「次は中央区画だ」
その瞬間――遠くで警報が鳴り響いた。
赤い警告灯が通路を照らし、低いサイレン音がコロニー全体に広がる。
「……見つかったな」
レイトは小さく息を吐き、スーツのエネルギー供給を戦闘モードに切り替えた。
『派手に行く時間だな!』
ノイジーが嬉しそうに電子音を鳴らし、前方のルートをマッピングする。
――静かな潜入は終わった。
次は、敵の牙城を力ずくで突破する番だ。
***
赤い警告灯が点滅し、低く唸るようなサイレン音がコロニー全域に響き渡った。
整備通路の奥から、複数の足音と金属の擦れる音が近づいてくる。重武装の傭兵型ギャングだ。
「ノイジー、敵数は?」
『このフロアだけで十二、重火器持ち四、残りは近接武器だな』
「十分だ」
レイトは壁を蹴り、人工重力に逆らって垂直面を駆け上がった。足裏のエナジーコアが重力制御と推進力を同時に生み出し、天井へと張り付く。
現れたギャングたちが一斉に銃口を向ける。
だが次の瞬間、レイトは天井に張り付き、両手から放ったエネルギーワイヤーを二方向へ伸ばした。ワイヤーが金属音を立てて巻き取り、二人の銃持ちを一気に引き倒す。
「何だコイツは!?」
叫びも途中で途切れ、レイトの左手から迸った青紫のビームが通路を横切り、敵の武器を次々と吹き飛ばした。
背後から別の足音。レイトは足裏のブースターを噴かし、壁を蹴って宙返り。その反動を利用して近接武器を構えるギャングの懐に入り込み、右腕のサブコアを瞬間出力。至近距離から放った小型衝撃波が、相手を通路奥まで吹き飛ばす。
ノイジーが上空から通信を送る。
『中央区画まで一直線のルートを確保した! ただし、途中にセントリーガンが四基。どうする?』
「動く前に全部黙らせる」
レイトは走りながら片手を前方に突き出す。指先から光の糸が射出され、角を曲がった先のセントリーガンの砲身に巻き付く。そのまま天井へ引き上げ、強制的に照準を外させると、もう一方の手から放ったビームで制御部を破壊した。
次の三基も同様に、スピードと精密射撃で次々と無力化。
――その瞬間、奥の通路から金属靴の乱れた足音が響いた。
『増援だ、レイト! 数、二十超え! 全員、武装済み!』
「予想どおりだね」
レイトは両腕のサブコアを構えた。青紫の光が掌に走り、通路全体を薄く照らす。
「ヒーロー様のお出ましか!」
「囲め! 動く前に撃ち抜けッ!」
ギャングたちが怒号を上げ、一斉にプラズマ弾を放った。光の奔流が狭い通路を埋め尽くす。
だが、レイトの姿は消えていた。
次の瞬間、天井を蹴って逆さのまま滑り込み、手首から放ったワイヤーが先頭の二人を絡め取る。
「こいつ、上か!?」
叫ぶ間もなく、ワイヤーが収縮し、二人を壁へ叩きつけた。
『左ッ!』
「わかってる!」
ノイジーの警告と同時に、レイトは左手を横に払う。光刃が空気を裂き、突進してきた大型ギャングの銃を真っ二つに断ち切った。
返す右足で蹴り上げ、宙で回転――その勢いのまま掌を地面に突き、ブースターを噴かす。
床下から生じた衝撃波が、十人近い敵を一斉に宙へ吹き飛ばした。
「何だこいつは!? 人間じゃねぇ!」
『いいぞレイト! まるで嵐だな!』
「褒めてる暇ないよ!」
レイトは壁を蹴り、爆煙の中をジグザグに突き進む。閃光が尾を引き、青紫の残光が走るたび、ギャングの姿が一人、また一人と崩れ落ちた。
背後から大型レーザーの照準音。
『後方、重装砲!』
「もらった!」
レイトは背中のブーストユニットを全開。光の残像を残して瞬時に距離を詰め、膝で砲手の腹部を撃ち抜いた。砲身が暴発し、背後の敵をまとめて吹き飛ばす。
プラズマ火花が散り、煙の向こうでノイジーが電子音を弾ませる。
『残り五! いや、三! あーもうゼロだ!』
通路の奥、最後の一人が慌てて引き金を引く。
「化け物めっ!」
弾丸が飛ぶ――が、レイトの右腕が光り、放たれた粒子弾が空中で凍り付いたように停止した。
「ボクは、ヒーローだ」
静かな声と共に、青紫の閃光が一閃。敵の銃が弾け、金属片が宙に散る。
レイトは息を整え、後方の通路を振り返る。散乱した火花と煙の中、敵はすでに動かない。
『通路、制圧完了。……ったく、派手にやったな』
「でも、これで道は開けた」
スーツの光が少し落ち着き、彼の青い瞳が再び冷静な光を取り戻す。
やがて通路の先に、中央区画の巨大なハッチが現れた。
ノイジーのスキャンが結果を告げる。
『向こう側、生命反応一つ。……多分、ボスだ』
レイトは歩みを緩めず、青紫の光を帯びたスーツ越しに拳を握る。
「ここを抜ければ、全部終わる」
ハッチがゆっくりと開いていく。
冷たい光が差し込み、その奥に――巨大な影が立っていた。
***
中央区画は、他のフロアとはまるで異なる空気を纏っていた。
天井は高く、壁面は黒い金属板で覆われ、中央には円形の作戦テーブル。その奥――巨大な影が、ゆっくりと立ち上がる。
四本の腕、厚い外骨格のような重装甲、背には異様な形状の装置。
青白い光が脈動し、重々しい声が響いた。
「……貴様が噂のガキか。銀河の端まで、俺の縄張りを荒らしてくれる」
レイトはヘルメット越しに視線を合わせ、低く答えた。
「囚われた人たちを解放しろ。今すぐに」
ボスは嗤うように低く息を吐き、背中の装置を展開した。
瞬間、床が軋み、人工重力場が二倍に増幅される。レイトの足が沈み込み、全身が押しつけられる感覚が襲う。
「動けるか、小僧?」
「これくらい――!」
レイトは足裏のエナジーコアを最大出力。反重力推進で無理やり重力場に逆らい、前へ踏み出すと、右腕から連射ビームを撃ち込む。しかし、装甲は厚く、表面を焦がすだけだった。
ボスの四本腕が同時に動き、二本の腕が重力弾を放つ。紫黒の球体が空間を歪ませ、直撃すれば骨も粉砕される。
レイトは壁面を蹴り、ブーストジャンプで宙を舞いながら避けるが、その度に重力が揺らぎ、体勢を崩される。
「くっ……!」
床に着地すると同時に、別の腕が巨大な重力ハンマーを振り下ろす。金属床が陥没し、破片が宙に浮かび上がるほどの力。
ノイジーの声が鋭く響く。
『装置の背面、コアが剥き出しだ! ただし、三秒以上の照準が必要!』
「やってみる!」
レイトは壁面にワイヤーを撃ち込み、急速移動で背後を狙う。しかしボスは即座に重力波で引き寄せ、両腕で殴りつけようとする。
咄嗟にレイトは左腕でエネルギーシールドを展開、衝撃を受け流すと同時に足裏ブーストで距離を取った。
呼吸が荒くなるが、瞳は獲物を狙う獣のように研ぎ澄まされている。
「……一撃で仕留める」
レイトは胸部のメインコアを解放、青紫の光がスーツ全体を包む。
床を蹴り、宙返りしながら背面に回り込み――
「今だッ!」
両手のサブコアから極太のエネルギーレーザーが放たれ、背部のコアを直撃。
眩い閃光と共に装置が爆ぜ、重力場が崩壊した。
ボスは膝をつき、呻き声を上げる。
「ガキ……が……!」
レイトは間合いを詰め、最後に右拳を青紫の光で包み込み、ボスの胸部装甲に叩き込んだ。
衝撃波が室内を駆け抜け、巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
静寂――。
レイトは深く息を吐き、倒れたボスを見下ろした。
「……終わった」
***
ボスの巨体が床に沈黙したあと、中央区画に広がっていた緊張がすっと解けていった。
警報はまだ鳴っているが、主要防衛システムはすでに停止している。
「ノイジー、全域の制御を頼む」
『任せとけ。……よし、ドアロックも防御シールドも解除だ』
レイトは短く頷き、中央区画の大扉を開いた。
その先には、収容されていた人々が不安そうに肩を寄せ合って立っていた。
ヒューマノイド、昆虫型、軟体型、鉱物生命体――多種多様な種族が、警戒と恐怖の色を残した瞳でレイトを見つめている。
「もう大丈夫。君たちは自由だ」
静かな言葉が、空間に落ちる。
数秒の沈黙の後、誰かが小さく息を呑み、そして一人、また一人とレイトに歩み寄った。
白髪の少年ヒーローに向けられるのは、言葉よりも深い感謝の眼差し。
やがてそれは声となり、涙と共に溢れ出した。
「ありがとう……!」
「本当に助けてくれたのか……夢みたいだ」
「あなたのこと、一生忘れません」
レイトは感情を表に出すことはしなかったが、その瞳の奥で何かが温かく灯っていた。
ノイジーが浮かびながら軽口を叩く。
『ほら見ろ、英雄様はモテモテだ』
「……からかうな」
短く返しながらも、声は少し柔らかい。
その時、外部モニターに大きな艦影が現れた。
宇宙連合軍の救援艦隊だ。規則正しい隊列でコロニーに接近し、救援用のシャトルが次々と発進する。
艦内通信が入り、硬い声が響いた。
「こちら宇宙連合軍第七艦隊、救助活動を開始する。君たちは誰だ?」
「……通りすがりのヒーローだ」
レイトは通信を切り、救援シャトルに向かって手を振る人々を最後まで見届けた。
やがて彼らが連合軍の保護下に収まったのを確認すると、レイトはノイジーと共に静かに背を向ける。
「さあ、帰ろうか」
『おう。帰ったらマザーがまた説教だな』
二人の会話だけが響く中、ベースシップへと続くエアロックが閉じた。
背後には、もう赤い警告灯もサイレンもなかった。
***
ベースシップのエアロックが開き、白い艦内灯がレイトを迎え入れた。
スーツの光が徐々に弱まり、ヘルメットのバイザー越しに見えていた戦場の光景が、静かな艦内の色へと切り替わる。
『おかえりなさい、レイト』
マザーの優しい声が響く。その声音には、心配と安堵が入り混じっていた。
「……ただいま。被害者は全員、宇宙連合軍が保護した」
『あなたがまた無茶をしていなければいいのですが』
「無茶はしてない」
『はいはい、そういうことにしておきます』
皮肉めいた返しに、ノイジーがくるりと回って笑うような電子音を鳴らした。
『な? オレがちゃんとサポートしたから無茶じゃないんだって』
『はいはい、二人とも元気で何よりです』マザーはやや呆れた調子で言う。
レイトはスーツを解除し、白い光が消えると同時にいつもの少年の姿へと戻った。
汗が額を流れ、張り詰めていた体がようやく緩む。
『食事、用意しておきました。少しは温かいものを食べて、休みなさい』
「……ありがとう」
その一言だけ残し、レイトは静かにベッドルームへ向かった。
部屋に入ると、正面の大きな窓から大宇宙が広がっていた。
無数の星々が瞬き、遠くの銀河が薄い光の帯を描いている。
レイトは窓際に立ち、その光景をしばらく無言で見つめた。
――あの日も、こうやって星を見ていた。
父の大きな手、母の柔らかな声。
笑い声がまだ耳に残っているのに、伸ばした手はもう二度と届かない。
胸の奥に重く沈む感情を、レイトはゆっくりと呼吸で押し込めた。
彼は唇を噛み、再び宇宙を見つめる。
「……ボクは、まだやれる」
呟きは窓に反射し、星々の輝きに吸い込まれていった。
その背後で、ノイジーがドアの隙間から覗き込み、小さな声で言った。
『なあ、レイト……またどこかで誰かが助けを求めてるかもしれないぜ』
レイトは振り返らず、ほんの少し口元を緩めた。
「わかってる。だから……行くんだ、また」
ベースシップはゆっくりと姿勢を変え、星々の海へ滑り出す。
静かな夜が、再び彼らを包み込んだ。