第2話「市場の星」
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あらすじ
ハヤマ・レイト——15歳の少年ヒーローは、古代種族「ネオン人」から託された特殊スーツ「ネオンスーツ」を身に纏い、宇宙を旅する。 10年前、彼の両親は超新星爆発テロで失われた。その悲劇の真犯人である**テロリスト集団「ダークノヴァ」**の追跡こそが、彼の人生の軸。 宇宙連合軍の若き少佐アリナ・ミラストリアルとの出会いがきっかけで、レイトはテロの源流を追うことになる。
本文
深宇宙の虚無を裂き、白と紫の光を尾に引いて一隻の艦が降下していく。
その行き先は、地平を越えて広がる巨大惑星――〈モンテグート〉、通称「市場の星」だった。
着陸態勢に入ったベースシップの窓から見下ろすと、惑星全体がひとつの市場に変貌している光景が広がっていた。海や山のような自然の姿はほとんど見えない。代わりに、赤や緑、青や金といった極彩色のコンテナハウスが積み木のように積み重なり、ところどころには廃棄された巨大宇宙船が横倒しに転用され、その残骸までもが街の一部に飲み込まれていた。そこに無数の光が瞬き、ホログラム広告が空中を飛び交い、惑星全体が生き物のように脈打っていた。
「……やっぱり、何度見てもすごいね」
ハヤマ・レイトは小さく呟いた。銀色がかった白髪が揺れ、青と紫の入り混ざった瞳に光が映り込む。彼はいつものようにフード付きのオーバーサイズなジャケットを羽織り、宇宙港の喧騒に紛れる準備を整える。まだ十五歳の少年――だが、この銀河で「スペース少年ヒーロー」と呼ばれる存在でもある。
『市場の星は宇宙で一番の欲望の巣窟だからな。商売も密輸も、愛も裏切りも、なんでも揃ってる』
陽気な声で応えたのは、彼の肩口を浮遊するサポートドローン、〈ノイジー〉だ。レンズアイがぱちぱちと瞬き、外の光景を録画している。
レイトは細い指で白銀の髪をかきあげた。中性的な顔立ちをした少年の瞳には、年齢に似合わぬ冷静さと、冒険への期待が宿っていた。
「マザー、着陸をお願い」
『了解しました、レイト。指定の宇宙港第七ドックに進入します――ただし、くれぐれも無駄遣いはしないこと。食べ過ぎて私の医療ポッドを使うことになったら、夕食抜きにしますからね』
母のような声色でベースシップのAI 〈マザー〉が告げる。
「わ、わかってるよ……!」
レイトは小さく頬を赤らめ、窓の外へ目を逸らした。
*
その頃――。
ベースシップの後方、遠く離れた宙域に、ひっそりと別の船影が浮かんでいた。
艦体は灰色で無骨。側面には隠すように刻まれた「宇宙連合軍」の徽章が赤く煌めいていた。
連合軍の巡察艦、その艦橋では、紅い瞳を持つ若き少佐が、スクリーンに映るベースシップを静かに見つめていた。
「……ふふ、面白い少年ね。さあ、どう動くかしら」
*
やがてレイト達を乗せたベースシップが静かに着陸し、ハッチが開く。
瞬間、熱気と喧噪が一気に流れ込み、香辛料や油の混じり合った強烈な匂いが鼻を刺した。人々の声、金属の打ち合う音、楽器の旋律が一斉に押し寄せてくる。
***
宇宙港を抜け出したレイトを包み込んだのは、圧倒的な喧騒と、カオスの極みともいえる市場の空気だった。
香辛料の刺激臭、油で揚げられる異星魚の匂い、未知の花弁から漂う甘い香り……惑星中から流れ込む香りが混ざり合い、空気そのものが一種の万国博覧会――いや、万星博覧会のようだ。
頭上には色鮮やかなバナーと立体広告が飛び交い、四方八方から異星語の呼び込みが飛んでくる。
「安いよ安いよ! 二百バースで量子通信機!」
「見てって! 合法スレスレの強化義眼だよ!」
「お兄ちゃん、甘い砂虫パイいかが〜?」
耳に馴染みのない言語も万能翻訳を通じて意味を持って流れ込んでくる。
大通りには四本腕の商人が鉱石を高く積み上げ、魚に似た種族は水槽を運びながら「今日の獲れたてだ」と叫んでいる。上空を見れば、吊り橋を渡る子供たちが声を上げ、笑いながら追いかけっこをしている。
頭上には屋台船が浮かび、鉄板で肉が焼ける匂いが漂う。油と香辛料の煙が夜空を薄く染め、客寄せの呼び込みが連続して響く。
(やっぱり……楽しいな)
雑踏は人種を超えた混沌の坩堝だ。触手を持つ爬虫型異星人が果実を吟味しているかと思えば、羽根を広げた鳥人が空中で演奏を披露している。金属義肢をギシギシ鳴らすサイボーグの傭兵たちが通りを占拠し、彼らの隙間を、薄汚れた布切れを纏った浮浪児が駆け抜ける。
レイトは人混みに紛れ、露店の間を歩いていった。フードの影に顔を隠しているため、誰も彼を特別視しない。
「……ふう、前よりずっと混んでるね」
レイトの瞳が街の光を映し、きらめいた。
『おい、また食い物探しの目になってるぞ』
ノイジーが鋭い声を飛ばす。
だが、少年は露骨に無視して屋台に近づいていった。紫色に透き通る果実が山のように積まれている。
「これ、ひとつください」
『十バースだよ、坊や』
異星人の老人がにこやかに答える。レイトはカードを翳し、果実を受け取った。
果実にかじりついた瞬間、みずみずしい汁が弾け、酸味と甘みが舌を満たす。
「……美味しい!」
『また懲りずに買い食いか。マザーに報告っと』
ノイジーが皮肉を呟く。
果実を食べ終えたレイトは、通りの片隅に掲げられた小さな看板に目を留めた。そこにはただ一言――**「宇宙遺物屋」**と記されている。
「宇宙遺物」とは、滅んだ惑星や古代文明、宇宙災害の痕跡から発見される品々の総称。
実用性があるものは少ないが、時に未知の技術や異常な現象を秘めており、学者や商人、そしてコレクターたちを惹きつけてやまない。
棚の上には砂時計のように時を刻む「時間砂」、消えることのない小さな炎を宿した「永炎の石」、そして耳を当てると微かな歌声を返す「歌う金属」が並んでいた。
ひとつを手に取ると、指先にぞわりと震えが走り、思わず息を呑む。
「……ほんと、面白いものばかり」
「おや坊や、いい目をしてるな。どれも一つひとつが宇宙の記憶さ」
店主がにやりと笑う。
『はいはい、買うなよ! どうせガラクタだ!』
ノイジーの小言を背に、レイトは笑いながら「遺物屋」を後にし、喧噪に包まれた市場の通りを歩き出した。小さな工芸品に目を奪われ、奇妙な楽器の音色に耳を澄ませ、異星の子供に道を尋ねられれば親切に答える――そんな姿は、ただの十五歳の少年そのものだった。
***
市場の星は巨大な「ブロック」で構成されている。一辺一キロの立方体にぎゅうぎゅう詰めに店や住居が積み重なり、ブロックとブロックの間には大通りが走る。その大通りは常に人波と屋台で埋め尽くされ、熱気で夜でも昼のように明るい。
ブロック内部に入れば、通路は上下左右へと無限に分岐し、まるで立体迷路のようだった。上階へ続く梯子を登れば異種族専用の香辛料街、下層に降りれば怪しい医療器具屋が並ぶ。どこも活気に満ち、同時に胡散臭さを漂わせていた。
レイトとノイジーは喧騒を抜け、大通りから裏のブロックへと入る。そこは表通りの華やかさが嘘のように、湿った空気が漂う路地だった。頭上を覆う配管からは水滴が垂れ、通路の壁面には異星の文字で落書きや広告が雑然と並んでいる。
『いつ来ても湿っぽいしカビ臭いな! オレのセンサーが泣いてるぜ!』
「ノイジー、静かにして」
レイトは苦笑を浮かべながら、迷路のように入り組んだ通路を進む。彼が向かう先は、裏市場でも評判の酒場――**「黒穴(ブラックホール)」**だった。
無骨な金属扉の上に黒光りする看板が見えてきた。看板には大きく「●」のシンボルが描かれ、その下に滲むように多言語で「黒穴」と書かれている。音もなく開く扉の奥からは、低く重い音楽と異国の香りが漂ってきた。
酒場の内部は広々としていた。壁際には液体の入った透明なカプセルが並び、天井からはホログラムの星空が映し出されている。重力は種族ごとに調整されていて、宙を泳ぐように酒を嗜む魚人がいれば、床に根を張って動かない樹木族もいる。
賑わいはあるが、外の市場とは違い、ここには静けさと落ち着きがあった。黒穴の常連たちが、互いに秘密を抱えつつも、酒と会話を楽しんでいる。
「……やっぱりここの雰囲気、好きだな」
レイトは視線を巡らせながら小さく呟いた。外の喧騒とは違う、落ち着いた空気が心を撫でる。
『ふん、オレはあんまり好きじゃないね。湿度が高すぎるし、客の視線がオレのカメラアイに刺さるんだよ。……ほら、あの酔っ払い、オレをから揚げにできると思って見てやがる』
「気のせいだよ。……でも、いい匂いはするね」
『お前はすぐ匂いに釣られる! まったく、食欲ヒーローだな!』
そんな軽口を叩いていると、ランプの光がゆらめくカウンターの奥から柔らかな声が響いた。
『久しぶりね、レイト。あなたの瞳は、いつも星の光を映しているわ。……無事で何より』
現れたのは、淡い緑の枝葉を纏った植物型知的生命体の女性――この店のマスターだ。彼女はかつてネオン人に命を救われた過去を持ち、その縁でレイトを見守り続けている人物だった。
レイトはフードを下ろし、軽く会釈した。
「マスター、ただいま。元気そうだね」
『君もね。……ふふ、珍しい果実の匂いがするわよ。さては屋台で買い食いしてきたわね?』
『おう、バッチリ俺が記録してるぞ。マザーにチクれば夕飯抜き確定だな! ははは!』
『……ふふ、相変わらず仲良しさんね。さあ、席につきなさい。顔色が少し疲れているわ。何か温かいものを』
レイトは苦笑しながら席に腰を下ろす。ノイジーは空中でくるりと旋回し、横に陣取った。
マスターが枝葉を振ると、カウンターの自動調理器が静かに作動し、香ばしい香りのスープが運ばれてきた。透明の器に浮かぶのは、見たこともない藻類と、光を帯びた豆のような実。
「……うわ、色が虹色だ。これ、食べても大丈夫?」
『問題ないわ。シャンガリア宙域の「オーロラの星」でしか採れない“発光豆”のスープ。体に染み渡るはずよ』
『へぇ、レイト、珍品コレクションに追加しなくていいのか?』
「食べ物は持ち帰らないって言ってるだろ……」
レイトが匙を口に運ぶと、舌にじんわりと温かさが広がり、心の奥までほぐされるような感覚に包まれた。思わず安堵の息が漏れる。
「……美味しい」
『でしょう?』マスターは枝葉を揺らして微笑んだ。『さて、今日ここに来た理由は、珍味目当てだけではないわね?』
レイトは小さく頷き、カップを置いた。
「……うん。前に倒したボイドギャングの取引記録からこの星の座標が出て…何か知らない?」
『……ふふ、さすがスペースヒーローさんね。耳が早い』
マスターは枝葉を揺らし、声を潜める。
『……この星の地下で妙な動きがあるの。ボイドギャングに加えて、見慣れぬ武装集団が大量の物資を運び込んでいるそうよ』
「武装集団……?もしかして……」
『まだ確証はないわ。けど噂では、取引されているのはただの銃や爆弾じゃない。もっと大きな……兵器の部品らしいわ。……噂では、十年前の"あの事件"に関わった連中が動いているとも聞くの』
「あの事件……?」
『……いえ、確証はないわ。ただの噂よ。でも、もし本当なら――』
マスターの声が震えた。
『――恐ろしいことになる』
カウンターのランプがわずかに揺れ、レイトの瞳が鋭さを増した。
「……場所は?」
『地下に埋もれたコンテナ群……とまでしか分からないの。今は廃区画になっているエリア……詳しい場所は不明よ、ごめんなさいね』
スープを飲み干し、彼は静かに立ち上がり、フードを深くかぶった。
「ありがとう、マスター。調べてみる」
『レイト、無理はしないでね』
「わかってる。でも……見逃せない」
ノイジーがくるりと回転し、カメラアイを煌めかせた。
『はいはい、どうせ行くんだろうと思ったよ。よし、相棒! 出番だな!』
「……ほんとに君は嬉しそうだね」
『だって冒険と戦いがなきゃ、退屈で錆びちまうからな!』
少年と小さな相棒は酒場を出て再び雑踏の迷宮へと歩み出した。
その背を――酒場の隅からひとつの視線が追っていた。
フードを深くかぶり、グラスを傾けるふりをしながら。
紅い瞳が、少年の背中を捉えて離さなかった。
***
酒場「黒穴」を後にし、レイトとノイジーは再び雑踏へ戻った。
だが、歩きながらもレイトは背後に漂う気配を感じ取っていた。人混みに紛れ、影のように二つの視線がこちらを追っている。
(……尾けられてる)
角を曲がった瞬間、レイトは足を止め、ノイジーに目配せした。
次の角を曲がった先――そこは人気のない狭い路地だった。わざと袋小路へ入り込む。
「今だ、ノイジー!」
『了解!』
背後から飛び込んできた二人の異星人。
瞬間、ノイジーが放った電撃弾がひとりを直撃し、悲鳴を上げて痙攣させた。
もう一人が慌てて刃物を抜くが、レイトは疾風のように踏み込み、相手の手首を払って武器を落とし、逆に肘を極めて地面へ叩きつけた。
「……何者だ。正直に答えなきゃ、もっと痛い目を見るよ」
『ひ、ひぃ……ボ、ボイドギャングだ! 俺たちはただの伝令で……!』
レイトの目が鋭く光る。
「やっぱりね。ちょうど良かった。地下のコンテナ群の廃エリアでの取引……詳しい場所と時間を教えて、さもないと……」
『わ、わかった!つ、次の取引は今夜だ! は、廃区画西ブロック33のB-27区画……二十三時! 大きな取引がある! 兵器の部品を運ぶんだ……!ま、間違いねぇ!』
「うん。ありがとう。助かったよ」
脅えた異星人を手刀で気絶させ縛り上げると、レイトは立ち上がった。
(……まだ背後に別の視線を感じる。けど――今は敢えて泳がせる)
彼は何事もなかったように再び人混みに溶け込んでいった。
***
太陽が沈み、モンテグートの街は昼以上の熱狂に包まれていた。
昼間の喧噪が夜に滑り込むと、すべてがより濃く、鮮烈に変貌する。
積み木のように積まれたコンテナ群は、無数のネオン管に彩られ、紫、紅、翠の光が通路を覆い尽くしていた。
空には浮遊屋台船がゆるやかに漂い、肉を焼く香ばしい匂いが夜風に溶ける。賭博場からは歓声と悲鳴が交互に響き、路地裏では仮面の踊り子が群衆を沸かせていた。
「この雰囲気……何度来ても慣れないな」
レイトは夜の街を縫うように歩き、表情を崩さず呟いた。
『市場の星の夜は別物だ。財布と命をいっぺんに奪われるぞ』
ノイジーがからかうように応えた。
だがレイトの意識は群衆ではなく、建物の陰に潜む気配に向いていた。
マスターが教えてくれ、ボイドギャングから聞き出した「地下の武器取引」。
その場所は、地表の祭りのような喧噪の裏に隠された暗渠の奥だ。
人気の絶えた裏路地。
錆びた鉄のマンホールが月光を受けて鈍く光っている。
レイトは深く息を吸い込み、胸に手を当てる。
青紫の輝きが、心臓の奥に埋め込まれたメインエナジーコアから溢れ出した。
「――変身」
白い光が少年の全身を包み込み、瞬時に有機的なスーツが形成されていく。胸のメインコアが鼓動と呼応するように眩く脈打ち、両腕と両脚のサブコアが青と紫に煌めいた。ヘルメットのバイザーが装着され、瞳だけが透けて見える。
背のホバーユニットが低く唸った。
ただの十五歳の少年は姿を消し、宇宙を駆けるスペースヒーロー、「ネオンスーツ」を纏ったハヤマ・レイトがそこに立っていた。
***
暗渠を抜けた先に広がるのは、巨大な空洞だった。
天井を支える梁は古代船の骨格を流用したものらしく、錆びと油に覆われている。
壁沿いには闇商人の屋台が並び、違法な銃火器、麻薬、果ては生きたままの異星人すら籠に押し込められていた。
「……酷い」
レイトは低く呟いた。
『正規の商会の目を盗んでここまでやってるとはな』
ノイジーの声も硬い。
中央に積まれた巨大コンテナ群。その前で、ボイドギャングの男たちが大声で笑い合っている。
加えて、黒い戦闘服に身を包んだ集団が、慎重にコンテナを運び出していた。
彼らの動きは規律的で、ただの無法者ではない。
レイトは上層の梁に飛び乗り、光学迷彩で身を隠す。
下方で交わされる会話が耳に届いた。
『……部品はこれで全部か?』
『ああ。あとは指定の宙域まで運ぶだけだ』
『次の爆発まで、あと二年はかかるって話だが……』
(爆発……? まさか)
レイトの胸がざわめいた瞬間、背後から鋭い声が響いた。
『侵入者だ!』
梁の影から鋭い銃弾が飛んだ。光学迷彩が一瞬で解除され、白い姿が宙に浮かび上がる。
***
次の瞬間、レイトは床へと飛び降りた。
着地と同時に両腕のエナジーコアが光を帯び、放たれた銃弾を弾き返す。
「ボイドギャング……! やっぱりお前たちか!」
ギャングたちは唸り声を上げ、一斉に銃火器を乱射する。
地下空間に閃光と轟音が響き、屋台の商品が爆ぜて散った。
だがレイトは俊敏な動きで弾丸を避け、手のひらからビームを放つ。
青紫の閃光がギャングたちを薙ぎ払い、数人が壁に叩きつけられて気絶した。
「ひ、ヒーローだ! 連合の犬か!?」
「違う……奴は噂の――!」
黒い戦闘服の集団が素早く布陣し、レイトに迫る。
その動きは洗練され、ただのギャングとは比べものにならない。
レイトは蹴りを繰り出し、二人を吹き飛ばした。だが残りは巧みに連携し、包囲網を狭めてくる。
銃弾、火炎放射、電磁ネット。
少年の身体は一瞬、炎と電流に包まれる。
しかし胸のエナジーコアが輝きを増し、シールドが全てを弾き返した。
『レイト! 三時方向に二人、背後に一人!』
ノイジーのスキャンが火を噴く。
レイトは即座に身を翻し、背後の敵の腕を掴んで地面に叩きつける。振り向きざまに三時方向へビームを放ち、敵兵を無力化する。
「今度はこっちの番だ!」
レイトは地面に拳を叩きつけた。
青紫のエネルギーが奔り、衝撃波が地下全体を揺らす。
敵兵たちは吹き飛び、壁や天井に叩きつけられて動きを失った。
*
地下の戦闘が終わりを告げた――かに見えた。
だが混乱は地下だけに収まらなかった。
逃げ出したギャングが地上へ飛び出し、通りに火を放ったのだ。
市場の夜が悲鳴に包まれる。
レイトは舌打ちし、地上へと跳躍した。
雑踏の中、ギャングたちが銃を乱射し、市民が逃げ惑う。
レイトはビームワイヤーを放ち、敵の腕を絡め取って宙吊りにし、さらに別の敵を蹴り倒した。
ネオンの街路が閃光と爆発に照らされ、混乱は一層広がる。
「市民を巻き込むな!」
彼の怒声と共に、背中のホバーユニットが咆哮。
白い影が残像を残しながら敵の群れを切り裂き、一人残らず無力化していった。
火を上げる屋台船が崩れ落ち、火花が通りを走る。
叫びながら子供を抱え逃げ惑う異星人の母親。その頭上を銃弾がかすめた瞬間――。
『レイト! 三時方向、屋台の上に狙撃手!』
「任せろ!」
レイトはワイヤーで狙撃手を引き倒し、母子を庇って地面に着地。
「大丈夫?」
母親は涙を浮かべて何度も頷き、雑踏の奥へ逃げていった。
『ふぅ……お前はほんとに市民優先だな。戦いに集中しろ!』
「放っておけないだろ!」
次の瞬間、爆発音。
燃え上がる露店から金属片が飛び散る。
ノイジーが急速に旋回し、シールドを展開。
『危ねぇ! オレの小型フィールドで防いだぞ!』
「助かった!」
敵の残党が市街を駆け抜け、避難する群衆の中に紛れ込もうとする。
だがノイジーが頭上を飛び、スキャナーを照射した。
『動きが不自然な奴をマーキングした! 光点つけたぞ!』
「よし!」
レイトはマーキングされた敵を次々と無力化し、逃げ惑う市民を守り抜いていく。
だが、敵の数は予想以上に多かった。
次から次へと通りへ溢れ出し、銃を乱射しながら暴れ回る。夜の市場はたちまち戦場と化し、色とりどりのネオンが爆発の閃光に掻き消されていった。
「くっ……!」
レイトは必死にビームワイヤーを伸ばし、敵を捕縛していく。だが数が減らない。撃ち倒しても撃ち倒しても、別の通りから新手が現れる。
その時だった。
通りの奥、瓦礫に足を取られて逃げ遅れた市民の集団が見えた。母親が子供を庇い、老人が必死に壁際に身を寄せる。恐怖に怯える瞳が、こちらを見つめていた。
次の瞬間、ギャングたちの銃口が一斉にそちらへ向けられる。
「やめろ……!」
レイトは叫び、全力で駆け出した。
だが――。
銃火器の引き金が一斉に引かれる。
赤い光線と鉛弾が無数の軌跡を描き、空気が焼ける音が夜空を裂いた。
「間に合わない……!」
胸が潰れるような焦燥が全身を支配する。
ホバーユニットを限界まで稼働させても距離が縮まらない。
視界に迫るのは、銃弾の雨が降り注ごうとする市民たち――。
冷や汗が頬を伝う。
心臓の鼓動が耳鳴りのように響く。
「……くそっ、間に合ってくれ……!」
その瞬間――。
「――撃てぇッ!!!」
若く凛々しい女性の声が夜空に轟いた。
直後、闇を裂いて編隊を組んだ小型戦闘艇が降下してくる。機体の腹部から閃光が走り、正確無比な射撃が一斉に放たれた。
銃弾の雨を浴びせかけていたギャングたちの腕が、爆ぜる光弾に弾かれて吹き飛ぶ。悲鳴を上げ、武器を取り落とした犯罪者が次々と倒れ込んだ。
通りの両脇から展開した連合軍兵士たちは、重装ライフルを肩に構え、市民に一切被害を出さぬよう標的だけを狙い撃っていく。まるで都市そのものが味方についたかのような正確さで、敵の銃口だけを破壊していった。
「な、なんだこいつら……!」
「連合軍……!? こんな早く来るなんて――!」
狼狽するギャングの叫びをかき消すように、次弾が撃ち込まれる。照準は一瞬たりとも外れず、街を破壊せずに敵だけを削ぎ落としていく様は、むしろ芸術的ですらあった。
逃げ出そうとした戦闘服の男たちも、上空から降り注ぐエネルギーネットに捕らえられ、電撃と共に地面に叩き伏せられる。
鎖のように伸びる光線が、次々と彼らの四肢を拘束し、逃げ場を塞いだ。
『す、すげぇ……』
ノイジーが思わず感嘆を漏らす。
『街を壊さず、敵だけを的確に……まるで訓練された狩人だ』
レイトは荒い息を整えながらも、その光景を食い入るように見つめていた。
(……これが、連合軍の力……)
数分も経たぬうちに、暴れていた犯罪者たちは全員制圧された。通りを覆っていた銃声と悲鳴は静まり、市民たちのすすり泣きとざわめきだけが残る。
しかし――。
解放された安堵の空気の中で、今度は冷たい気配がレイトとノイジーへと向けられた。
「囲め!」
命令と共に、連合軍兵士たちが隊列を組み直す。重装ライフルの銃口が一斉にレイトへと向けられた。
照準レーザーが白いネオンスーツを正確に捉え、赤い光点が胸元や額を走る。
『おいおい……冗談だろ』
ノイジーが慌ててカメラアイを点滅させた。
『おいレイト、完全に狙われてるぞ! どうする!?』
レイトは身を固くし、いつでも跳べる姿勢を取る。背中のホバーユニットが低く唸り、緊張した空気が一層張り詰めた。
制圧の気配を感じ取り、市民たちのざわめきが再び強まる。
そんな中――。
ゆっくりと、兵士の列の奥からひとりの影が歩み出た。
フードを深く被り、顔は見えない。だが立ち振る舞いには、ただ者ではない気配が漂っていた。
やがて彼女がフードを外すと、月光に照らされた端正な顔立ちが現れた。透き通る白い肌に紅玉のような瞳、そして腰まで流れる金糸の髪。整いすぎた美貌の中に、まだほんのわずかに幼さを残した可憐さが覗き、見る者の心を一瞬でさらっていく。
精緻に仕立てられた濃紺の軍服がその姿を包み、肩章には銀の少佐徽章が輝いていた。身体に沿ったラインは毅然とした気配を際立たせ、可憐さと対をなす威厳を放つ。まるで戦場に咲く花のように――美しく、そして気高かった。
(……綺麗……)
凛としたその姿は、まるで炎の刃を思わせた。
街のざわめきが一瞬、遠のいた気がした。
「……あなたが、ハヤマ・レイトね」
澄み渡るような声が夜気を震わせる。
彼女の眼差しには、敵意よりも驚嘆が色濃く浮かんでいた。
「まさか――この混乱を、連合軍が来るまで一人で押さえ込んでいたなんて。噂以上ね」
思わず言葉を飲む兵士たちの間に、静かな緊張が広がる。
『……おい、誰だお前』
ノイジーが鋭く割り込んだ。レンズアイを赤く瞬かせ、警戒音を鳴らす。
レイトはわずかに顎を引き、低く問いかけた。
「酒場から尾けてたよね。ボクに何の用?」
その一言に、女は紅い瞳を細め、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「……さすがスペースヒーローさん、気づいていたのね。ふふ、面白い」
周囲では兵士たちが依然として銃を構え、二人を取り囲んでいる。
レイトのホバーユニットが低く唸り、いつでも跳べる緊張が走った。
だが女は、ゆっくりと手を上げて命じる。
「全員、武器を下ろして」
兵士たちは一斉に従い、銃口が地面へと向けられた。冷たい殺気が霧のように薄れていく。
「安心して。私は敵じゃないわ」
紅玉の瞳が正面からレイトを捉える。
「私は宇宙連合軍中央軍少佐――アリナ・ミラストリアル」
その名に、レイトの胸が小さく波打つ。
直感が告げていた。彼女は敵ではない。だが、完全に味方と信じていいのか――。
***
レイトは迷いながらも、アリナをベースシップに招き入れた。
白を基調とした船内に入った瞬間、マザーの落ち着いた声が響く。
『未知の人物を乗せたのね、レイト……慎重にしなさい』
ノイジーはなおも不満げに光を瞬かせる。
『オレは反対だぞ。連合軍の士官なんて、信用できるわけない』
アリナは二人の反応に動じることなく会議室の席に腰を下ろした。その所作は無駄がなく端正で、軍人として培われた規律が滲み出ている。ゆるやかに軍帽を外して机に置き、指先で前髪を整える仕草さえ、気品ある美しさを帯びていた。そしてその静かな動きの合間に、さらりと言葉を置いた。
「さっきの騒ぎは、私の部隊が後処理しておくわ。ケガ人の治療も、大商会への顔も立てておくから安心して」
その声音はあまりに当然のようで、レイトとノイジーは思わず目を見交わした。
彼女はまるで、それが全宇宙の秩序を守る自分の義務であるかのように、自然に言ってのけたのだった。
わずかに姿勢を正し、襟元に指を添えると――。
「改めて自己紹介させて。私はアリナ・ミラストリアル。宇宙連合軍中央軍少佐」
彼女は真っ直ぐレイトを見据えた。
「あなたの名前は……もちろん知っている。ハヤマ・レイト。数々のボイドギャングを壊滅させ、危険な宙域で多くの市民を救った英雄。まだ十五歳の少年だというのに、ね」
レイトは黙ったまま彼女を見つめる。
アリナはわずかに口元を緩めると、唐突に告げた。
「本来なら、私は今ここであなたを逮捕できる立場なのよ」
「……え?」
「未登録の武器の所持。正規軍を通さずに犯罪者を処罰した“私刑”。どちらもれっきとした犯罪行為。軍法会議にかければ、有罪は免れない」
ノイジーがすぐさま噛みつく。
『やっぱりそう来たか! 逮捕する気だ! 今すぐ追い出そうぜレイト!』
レイトも身構えかけるが――。
アリナはわずかに間を置き、ふっと冗談めかして肩を竦めた。
「……なぁんてね。冗談よ」
その声音は柔らかく、緊張が解ける。
「最初からあなたを敵に回すつもりなんてない。むしろ――味方にしたいの。私はずっとあなたを追っていた。酒場から、地下への潜入も。そして部隊には先回りして市街に待機させていたの。あなたがギャングを引き出してくれるのを――ね」
アリナは視線を外さず、さらに言葉を重ねた。
「率直に言うわ。私はあなたに軍へ入ってほしい。今の連合軍には、あなたのような存在が必要なの」
アリナの声は熱を帯びていた。
「腐敗した上層部や利権にしか興味のない士官たちにはできないことを……あなたならできる。あなたが軍に加われば、もっと多くの人を救えるはずよ」
その熱を帯びた言葉に、ノイジーが遮るように割って入る。
『聞いたかレイト? やっぱり勧誘だ。危険すぎる。お前は自由でいるべきだ』
だが、レイトは小さく首を振った。
「……ボクは、規則に縛られるのは嫌だ。自由に動けなきゃ、戦う意味がない」
アリナはふっと口元を緩めた。
「ええ、そう答えると思っていた。だから別の提案をするわ」
アリナは椅子に背を預けず、身を乗り出して言葉を紡いだ。
「――協力関係を築きましょう。あなたは自由に戦えばいい。その代わり、私が連合軍の情報網を提供する。ギャングの動向、テロリストの資金源、裏取引の予定……あなたが欲しい情報はすべて渡す」
アリナは真剣な眼差しで言葉を重ねる。
「もちろん、あなたがこれまでに行った“違法行為”――それは私の権限で不問にできる」
レイトの瞳が微かに揺れた。
「……本当に?」
「私は少佐であり、特殊作戦部の査察官でもある。任務権限内であれば、協力者の行為を"正当な作戦行為"として報告できる。完全に不問とはいかないけれど……少なくとも追及されることはなくなるわ」
レイトの表情が僅かに動く。
アリナはそれを見逃さず、さらに言葉を重ねた。
「もちろん、任務達成の暁には報酬も支払うわ。あなたが旅を続けるために必要な燃料や物資も、私が保証する。……どうかしら?」
ノイジーがすぐに噛みつく。
『いい話すぎる。裏があるに決まってる!』
だがレイトは迷っていた。
ネオン星を旅立った時に受け取った金は、すでに底をつきかけている。マザーにも無理をさせているのは自覚していた。
アリナは真剣な眼差しで続ける。
「私はあなたを縛らない。命令もしない。ただ――同じ方向を見て戦える仲間が欲しいの」
紅玉の瞳が、炎のように揺らいだ。
「私は連合軍の内部に失望している。腐敗や怠慢を前に、上層部は目を背けるばかり。私ひとりでは何も変えられない。でも、あなたとなら――この宙域を、本当に守れる気がする」
彼女の声は硬さを増し、熱を帯びていた。
マザーが静かに口を挟む。
『……嘘は言っていないわね。この女性、本気よ』
レイトは長く息を吐き、静かに呟いた。
「……わかった。少しだけなら、協力する」
「少しだけ?」
「気が向いたら、ってこと」
ノイジーがクスクス笑った。
『気が向いたら、ねぇ。まぁ、これでもレイトなりに譲歩したんだよ。なぁ、軍人のお嬢さん、大事に扱ってくれよ』
アリナは小さく笑った。その笑顔は鋭さの奥に、ほんのわずかな柔らかさを見せていた。
「ふふ、面白い少年ヒーローさん。それで十分よ。……契約成立ね」
アリナはふっと微笑み、右手を差し出した。
(……この人、本気で戦ってる。ボクと同じように)
レイトは少しだけためらったが、その手を握り返した。
握手の感触は、強く、暖かく、真っ直ぐだった。
『ようやくレイトに“お友達”ができたな』
「……うるさい」
しかしその声には、確かに照れくささと、どこか安心感が混ざっていた。
こうして、レイトとアリナ――少年ヒーローと軍の若き少佐は、「市場の星」で初めて協力の絆を結んだのだった。
***
アリナは席を立ち、整った動作で軍服の裾を正した。ハッチへ向かおうとしたとき、その背中にレイトが声をかける。
「……待って」
少女のような、しかしヒーローの覚悟を秘めた声。
「どうして、ボクと協力を?」
その問いに、アリナの足が止まった。
しばし沈黙が落ちる。
船内の灯りに照らされた彼女の横顔は、毅然としていながらも、どこか遠い記憶を抱えているように見えた。
やがて彼女は、振り返りもせず静かに答えた。
「“ダークノヴァ”……十年前、ひとつの星系を一夜にして消し去り、史上最悪の大量虐殺を引き起こしたテロリスト……私が追っている犯罪者集団よ」
その声は低く、だがはっきりとした力を宿していた。
「表向きの記録では“恒星の突発的な超新星爆発”とされた。でも真実は違う。彼らが仕掛けた兵器実験による人工的な破壊――星系まるごとを犠牲にした惨劇なの」
レイトの目が大きく見開かれる。
アリナはゆっくりと振り返り、紅玉の瞳をまっすぐ少年に向けた。
「私は、あの連中を必ず止める。そのためには軍だけでは限界がある。だから、あなたの力が必要なの」
その言葉は、レイトの胸を強く打った。
まだ言葉にならないざわめきが心臓を揺らす。
アリナは小さく息を吐き、表情を和らげた。
「詳細は……もう送っておいたわ。次に向かってほしい星の座標、そこで調査してほしいこと。任務……とは言わないわね。ルートもやり方も自由、途中寄り道したって構わない。……だけどきっと、あなた自身の答えにも繋がるはず」
(……ボク自身の、答え……)
それだけ言い残し、彼女は背を向けた。
ハッチが静かに開き、足音が遠ざかっていく。
通り過ぎた後に残った香りが、わずかに船内に漂った。
『レイト。体温が少し上がっているわよ?』
マザーのからかいに、レイトは慌てて首を振る。
「ち、違うよ!」
自室に駆け込んでベッドに倒れ込み、窓越しにモンテグートの夜景を見上げる。
ネオンの光と宇宙の星々が交じり合い、彼の心を不思議な熱で満たした。
「アリナ・ミラストリアル……」
小さく呟いた名は、彼の胸の奥で余韻を残し続けた。