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美容師

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/20 📚 シリーズ: 帰ってきました~貴方へのラブレター~ 📝 3,655文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界帰り色々な日常 「貴方へのラブレター」

本文

店のバックヤード、のれんをくぐった瞬間だった。

床が消えた。壁が消えた。シャンプーの香りも、棚に並んだトリートメントも、全部消えた。気づけば 佐藤 純は、石畳の道の上に立っていた。頭上には二つの月。空気は甘く、森の匂いがした。

「ここは……」

途方に暮れる暇もなかった。目の前に看板が出ていた。見たこともない文字で、しかしなぜか読めた。

『髪結い処・求人中』

純は考えた。ここがどこかもわからない。帰り方もわからない。所持金はゼロ。食える保証もない。だったら働くしかない。

結論が出たのはすぐだった。純は扉を開けた。異世界一日目にして就職した男である。

---

異世界での十五年は、忙しかった。

言葉も文字も、気づいたら最初からわかった。なぜかは知らないが、異世界に飛ばされた時点で、細かいこと気にしていたらきりがない。

とにかく腕を磨いた。気づけば店の評判は広がり、客層がだいぶおかしなことになっていた。

ある朝、開店と同時に転がり込んできた女性は、髪が文字通りぐちゃぐちゃだった。鳥の巣どころか迷宮だ。地図がいる。

「魔王に」

絞り出すような声だった。

「寝室に忍び込まれて、悪戯されました」

純は黙って椅子に座らせた。指を通す。絡まり方が尋常でない。魔力が繊維ごと結びついている。

魔王、やることが細かい。世界征服より髪に力を入れるな。

「痛くしないから」

鋏の背で流れを整え、結び目を少しずつほどく。

三十分後、鏡の中に艶やかな髪が戻っていた。

「これが……わたし?」

「そうですよ。もともと綺麗な髪してましたから」

女性はぽろぽろと涙をこぼした。純はタオルを差し出しながら、心の中で魔王に文句を言った。人の髪で遊ぶな。

翌週は獣人の客だった。体格はいいのに、少しだけ縮こまっている。耳を伏せていた。

頭から耳にかけて、毛が焦げて縮れている。

「ドラゴンのブレスが」

「かすっただけで?」

「……かすっただけです」

純は椅子に座らせた。かすりでこれなら、直撃は考えない方がいい。

獣人の毛は人と違う。下手に切ると生え変わりのリズムが崩れる。

焦げた部分だけを丁寧に取り、残りを活かす。耳まわりは特に慎重に。

「辛かったら言ってください」

「……大丈夫です」

仕上がりを見た瞬間、耳がぴんと立った。

帰り際、「また来ます」と言った声が、三割増し明るくなっていた。

一番困ったのは、ハーピーだった。

羽根がばらばらになって、飛べなくなっていた。店の前で泣いている。

純は五秒だけ悩んだ。

これは髪ではない。羽根だ。

でも泣いている。しかも店の前で。通行人も見ている。

純は観念して鋏を取った。

触れて、構造を覚える。傷んだ根元を選び、整え、流れを作る。

時間はかかる。でも戻る。そういう確信だけはあった。

「飛べるようになるまで少しかかります。でも、絶対に飛べますよ」

両手で手を握られた。かなり痛い。笑顔で耐えた。

ハーピーは鳥系だが、握力だけは熊に近い。

その日、店に客がいた。施術の途中だった。

髪にはパーマ用のロッドが巻かれ、薬剤が効くのを待っている時間だ。

椅子に座っているのは、街でも知られたSクラスの冒険者だった。整った顔立ちで、鏡を静かに見ている。

ロッドを巻いたまま動けば、施術はやり直しになる。男はそのまま、動かずにいた。

扉が蹴破られた。

鱗に覆われた影が踏み込む。

――Sクラスでも単独討伐はまず無理と言われている種だ。

純は振り返る。

「動かないでください」

それだけ言って、前に出る。

鋏が一度だけ光った。

それで終わった。

純は何事もなかったように戻る。

「お待たせしました。そろそろ流しますね」

男は鏡を見たままだった。

「……あなた、何者ですか」

「美容師です」

「……美容師」 しばらく沈黙があった。

その後、冒険者は純に何も聞かなかった。 ただ、月に一度、必ず予約を入れてくるようになった。パーマの仕上がりは、毎回好評だった。

---

十五年が経ち、純は帰った。

店のバックヤードに戻っている。時計の秒針は、あれから十秒しか進んでいなかった。

十五年が、十秒。

純はしばらく時計を見つめた。

色々と思うことはある。

「補充シャンプー切れてるよ」

声がした。のれんが揺れる。

「あ、分かった」

純は何事もなかったように答えた。

十五年分の話は、今夜ゆっくりすればいい。

手の中の鋏を一度、強く握った。

異世界でも現代でも、これ一本が頼りだ。それは変わらない。

---

夫婦二人で営む小さな美容室。二席だけのシンプルな作り。

それでも、来る客は絶えない。

そして、なぜか癖の強い客が多い。純には思い当たる節が少しある。

たぶん、引き寄せているのだ。

 同じ髪型しか試したことがないという女性が来た。

毎回「これで」と古い雑誌の切り抜きを持参する。その雑誌、発行年が二十年前だった。似合っていないわけではないが、本人が窮屈そうだ。

純はカットしながら話を聞いた。変えたいけど似合うか不安、似合わなかったときが怖い、ずっとこれだったから。

気持ちはわかる。でも二十年は長い。

指先に、ごく薄く魔力を流す。髪の一本一本が微かに光を帯び、柔らかく息をするように動き出した。

「一センチだけ変えてみましょう。それだけです」と声をかけた。

帰り際、彼女は鏡を五回見た。

そのたびに髪は静かに自分の形を整え、微かな光が流れるたび、彼女の心も軽くなっていく。「また来ます」と言った声が、二十年分くらい弾んでいた。

次は切り抜きを持ってこなかった。

 お見合いを断られ続けているという男性が来た。

収入も性格も申し分ないらしいが、相手の反応が毎回冷たいという。

純は顔を見た。骨格は悪くない。ただ、全体的に影が薄い。立っているのに存在感がない。これは才能かもしれない。

視線の奥で、輪郭にだけ淡い光を添える。純の手先から魔法の波紋が広がり、自然に人目を引く微かなオーラが生まれた。

「少し、試していいですか」と声をかける。

眉を整え、耳周りをすっきりさせ、前髪の落とし方を変えた。眼鏡については妻が横から口を挟み、フレームの話を熱心にしすぎて少し長くなった。

その間も魔法は静かに形を整え、光は彼の髪に馴染んでいく。

一ヶ月後、男性から連絡が来た。「お見合い、うまくいきました」と。

妻は「ほら言ったでしょ」と純に言った。純は何も言っていない。

 結婚を控えた女性が来た。

相手の両親に気に入ってもらえていないと、少し暗い顔で話した。

外見を変えれば何かが変わるかもしれない、自分でもそれが正しいかわからない、と。

純は手を動かしながら言った。

「変えるんじゃなくて、引き出すんですよ。もともとある良さを」

手のひらから柔らかな光が溢れ、眠っていた魅力だけをそっと髪に刻み込む。

帰り際、女性は背筋が伸びていた。表情が違った。

純にはわかる。鏡の中の自分が好きになった人の顔だ。

その奥で、魔法はもう痕跡を残さず、自然に彼女自身の髪の美しさとして定着していた。

後日、「両親に気に入ってもらえました」と報告の電話が来た。

妻が受話器を持ったまま、目を細めてこちらを見た。純も素直に嬉しかった。

 寝ぐせがひどいという客が来た。 深く帽子を被っている。

「朝、どうやってもこうなるんです」

見せられた写真は、なかなかだった。爆発していた。

「セットしても?」「三分で戻ります」

純は髪を見て、すぐに手を動かした。髪の流れにほんの一瞬、魔力の痕跡を刻む。髪は乱れを覚えながら、自然に収まる癖を身につけていく。

「少し、切り方を変えます」長さはほとんど変えない。流れだけを整える。

「これで一度、何もしないで寝てみてください」

翌週、その客は入ってくるなり言った。「寝ぐせ、出ませんでした」少し間を置いて、「三分だけ浮きましたけど」それは仕方ない。

__魔法は日常にそっと溶け込み、誰も気づかないまま、髪だけを完璧に整えていた。

---

夜、純が鋏を磨いていると、妻が、ティーパックを入れたままの紅茶カップを二つ持って隣に座った。

異世界のことは、全部話してある。

十五年分を話し終えたとき、妻の第一声は

「それってSFじゃない!」だった。

怒るかと思っていたので、純は少し拍子抜けした。

魔法を実演して見せたときは、記録しようとした。それはさすがに止めた。

「ねえ、ハーピーの話、もう少し聞かせてよ」

「ちゃんと飛べるようになったよ」

「よかった」

「でも構造は全然違う」

「でも直したんでしょ」

「まあ」

「なんで?」

「……わからない」

沈黙が落ちる。

わからないけど、直せた。それが十五年だった。

「異世界でも現代でも、みんなの髪を直してみんな幸せにして。それってすごいことじゃないの」

純は鋏を置いた。

「そういうお前も、なかなかすごいと思うけど」

「なんで」

「十五年分の話を聞いて、一番最初に『SF』って言えるやつ、そうそういない」

妻は少し間を置いて、吹き出した。

「あたりまえじゃない。SF好きをなめないで」

閉店後の店の灯りが二人を照らしていた。

窓の外は静かで夜の町は今日も平和だ。

鋏は磨かれて、明日もまた誰かの髪を切る。

二人の影が、ゆっくり重なっていた。

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JJ

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