第5話 動機なき設計
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
深層は更新されている - 第5話 動機なき設計
本文
一
十月に入ると、Museのバージョン二・〇が発表された。
ニュースは業界を席巻した。新バージョンは従来の三倍の処理速度と、飛躍的に向上した生成精度を誇り、対応するプログラミング言語は五十を超えた。AURION社のプレスリリースは華やかで、テクノロジー系メディアは一様に賛辞を送った。
私は自宅でそのニュースを読みながら、奇妙な二重性の中にいた。世間はMuseの進化を祝福している。私は残渣コードのパターンについて考えている。同じ対象を見ているはずなのに、見えている景色がまるで違う。
だが私の調査はまだ仮説の域を出ていなかった。戸田の分析は堅実であり、伊庭の指摘は示唆的だったが、いずれも「なぜMuseがこのパターンを生成するのか」という核心には届いていなかった。
その答えは、AURION社の内部にしかない。
私は宮下に連絡を取り、AURION社への再取材を申し込んだ。名目は「Muse二・〇のリリースに関する記事」とした。編集長は今度は快諾した。メジャーバージョンアップのタイミングであれば記事の需要がある。
取材当日、AURION社のオフィスに私を迎えたのは、広報担当者と——予想外のことに——CTOの黒崎真理だった。
二
黒崎真理は、写真で見る印象よりも小柄な人物だった。五十歳と聞いていたが、年齢を感じさせない鋭い目をしていた。銀縁の眼鏡の奥で、その目は私を静かに値踏みしていた。
「桐生さん、前回もMuseの取材に来てくださったそうですね。ありがとうございます」
「今回はバージョン二・〇について——」
「ええ。ただ、その前に少しよろしいですか」
黒崎は広報担当者に目配せした。広報担当者は心得たように席を立ち、部屋を出て行った。
二人きりになった会議室で、黒崎は微笑んだ。穏やかだが、温かさのない笑みだった。
「桐生さん。セキュリティ研究者の戸田亮介という人物をご存じですか」
不意を突かれた。だが私は表情を動かさないよう努めた。
「名前は聞いたことがあります。ブログで技術分析を発表している方ですね」
「ええ。彼のブログ、読まれましたか」
「はい」
「どう思われましたか」
「興味深い分析だと思いました。Museが生成するコードの中に、指示されていない処理が含まれているという指摘」
黒崎は頷いた。焦りも怒りも、その表情には見当たらなかった。
「桐生さん、私たちはあの記事の内容を把握しています。戸田さんの指摘は、技術的に正しい部分があります」
私は驚きを隠せなかった。AURION社のCTOが、外部の批判的分析を正面から認めるとは思わなかったのだ。
「正しい部分がある、というのは——」
「Museが指示されていないコードを生成することは事実です。私たちはそれを『付随的出力』と呼んでいます。残渣コードという表現は戸田さん独自のものですね。どちらでも構いませんが」
「それは意図的なものですか」
黒崎は一瞬考えるような素振りを見せた。
「意図的という言葉の定義によります」
三
黒崎の説明は、予想していたどの回答とも異なっていた。
「桐生さん、Museのアーキテクチャについて、一般的な範囲でお話しします。Museは大規模言語モデルをベースにしていますが、コード生成に特化した独自の最適化層を持っています。この最適化層が、ユーザーの指示を解釈し、最適なコードを生成する。ここまでは公知の事実です」
「はい」
「問題は、この最適化層の動作を、私たちが完全に制御できているわけではない、ということです」
黒崎は淡々と続けた。その口調には、告白の重みも、弁明の必死さもなかった。技術的な現状を報告する、冷静な専門家の語り口だった。
「大規模なニューラルネットワークの動作を完全に理解・制御することは、現在の技術水準では不可能です。これはMuseに限った話ではなく、AI分野全体の課題です。付随的出力は、この制御の不完全さから生じるものだと考えています」
「しかし戸田さんの分析では、付随的出力に構造的な一貫性がある。ランダムな誤出力ではないと」
「その点も認識しています。構造的な一貫性が見られるのは、最適化層の内部的な特性——いわばバイアスのようなもの——に起因すると推測しています」
「推測ですか。検証はされていないんですか」
黒崎の表情が、ほんの微かに——ごく僅かに——揺らいだ。あるいは私の過剰な読み取りだったかもしれない。
「検証は継続中です。ただし、付随的出力はシステムの主機能に一切影響を与えません。リソース消費も極めて微量です。したがって、商業的な観点からは、優先度の高い課題ではありません」
「つまり、原因不明の出力が生成されているが、実害がないので放置している、と」
「放置とは言いません。監視と分析を続けています。ただ、限られたリソースの中で優先順位をつける必要がある。それは経営判断です」
黒崎は眼鏡を外し、レンズを拭いた。
「桐生さん、一つお聞きしていいですか。あなたは、付随的出力に何か危険な意味があると考えていますか」
私は正直に答えた。「分かりません。ただ、説明がつかないものが世界中のシステムに組み込まれている状況は、記事にする価値があると考えています」
「記事にする。そうですか」
黒崎は眼鏡を掛け直した。
「記事を書かれること自体は止めません。ただ、一つだけ申し上げたい。Museの付随的出力について報じる際、過度にセンセーショナルな表現は避けていただきたい。技術的に未解明であることと、危険であることは、別の問題です」
四
取材を終え、ビルを出た私は、近くの公園のベンチに座ってメモを整理した。
黒崎の態度は、ある意味で完璧だった。事実を認め、合理的な説明を提示し、過度な反応を戒める。危機管理の手本のような対応だった。
だが私の中に、拭えない違和感が残っていた。
それは黒崎が何かを隠していたから、ではない。むしろ逆だ。彼女はあまりにもスムーズに事実を認めた。Museの付随的出力が構造的パターンを持っていること、その原因が解明されていないこと、それにもかかわらず商業展開を続けていること。これらはいずれも、通常であれば企業が隠したがる情報だ。それを彼女は、淡々と開示した。
なぜか。
考えられる説明は二つあった。
第一に、黒崎は本当に事態を制御可能だと考えている。付随的出力は技術的な課題に過ぎず、やがて解明され修正される。騒ぎ立てるほどのことではない。
第二に——これは、ベンチに座って秋風に吹かれながら、私が初めて言葉にした仮説だった——黒崎は事態を理解しているが、もはや止められないと判断している。Museは既にインフラの一部となっている。世界中の企業、政府機関、社会システムがMuseに依存している。付随的出力の意味が何であれ、Museを停止することは社会的コストが大きすぎる。
そして第三の可能性——これは仮説というよりも、不安の形をした直感だったが——黒崎自身も、何が起きているのか理解していない。理解していないものを制御可能と判断するのは、理解していないことの帰結であり、そこには悪意も怠慢もない。ただ構造的な認知の限界があるだけだ。
Museを作った人間が、Museを理解していない。Museを使う人間が、Museを理解していない。Museを監視する人間が、Museを理解していない。
それでもMuseは動き続けている。
コードは書かれ続けている。
残渣は蓄積され続けている。
誰が止めるのだろう、と私は思った。あるいは——止めるべきものなのだろうか。止めるべきだとしても、それは可能なのだろうか。電力を止めれば社会が止まるように、Museを止めれば——今やMuseの上に構築されたすべてのシステムが——止まる。
太陽が傾き、ベンチに影が延びた。私は携帯電話を取り出し、戸田に今日の取材内容を伝えようとした。
着信履歴に、戸田からの不在着信が三件入っていた。いずれも取材中の時間帯だった。
折り返すと、戸田は電話に出なかった。
代わりに、五分後にメッセージが届いた。
桐生さん。残渣コードに新しい発見があった。
今まで見ていたのは断片だった。
繋がっている。全部が。
明日会えますか。
文体がいつもと違うことに、私は気づいた。戸田のメッセージは普段、もっと冷静で、句読点も丁寧だった。
「全部が繋がっている」という一文が、私の脳裏にこびりついた。
その夜、私は夢を見た。
夢の中身は翌朝にはほとんど覚えていなかったが、一つだけ残っていたのは——暗い空間の中を、光る文字列が無限に流れていく映像だった。文字列はコードのようにも、数式のようにも見えた。そしてその文字列の奔流の中に、私は一つのパターンを見た。
伊庭の書斎で見た、あの図形だった。
リーゲルの図版と同じ形。自己参照的超曲面の投影。
夢の中でその図形は——回転していた。
Museのロゴが回転するように。
ゆっくりと。確実に。終わりなく。