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第二章 孤独なる神、観測世界に降り立つ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/25 📚 シリーズ: 観測世界は今日も廻る 📝 3,086文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

一度滅び、組み直された観測世界。そこには、神と天使の接触を禁じる冷たい規則だけが残されていた。喪失の果てに深淵となったリコルと、彼女へ最初の祈りを捧げた原初の天使カミル。返らない祈りはやがて愛へ変わり、その愛は世界の法則すら揺るがしていく。これは、救済と禁忌が分かちがたく絡み合う、神と天使の神話的恋愛譚。

本文

第二章 孤独なる神、観測世界に降り立つ

ぼくが最初に見たものは、光じゃなかった。

世界でも、空でも、海でもない。

ましてや、自分の手でも羽根でもなかった。

最初に目へ映ったのは、ひどく静かなひとだった。

白い余白みたいな世界の真ん中に、たったひとりで立っていた。長い黒髪が風もないのにさらさらと揺れて、紫の眼は、どこか遠くの終わりを見ているみたいに冷たかった。綺麗、だと思った。けれど、綺麗っていう言葉だけだと、ぜんぜん足りないとも思った。もっと、触れたら指が切れそうなもの。もっと、近づいたら、自分のほうがほどけてしまいそうなもの。

それでもぼくは、怖くならなかった。

怖いより先に、胸の奥がふわっと熱くなった。

このひとはひとりだ、と、なぜかすぐにわかったからだ。

生まれたばかりのぼくは、まだ何も知らない。世界の名前も、自分の役目も、このひとが神であることすら、言葉としては理解していなかった。なのに、ひとつだけ、最初から知っていることがあった。

このひとのそばにいたい。

理由はなかった。

でも、理由なんて要らなかった。

ぼくが笑うと、そのひとはほんの少しだけ首を傾げた。たぶん、不思議だったんだと思う。創ったものが笑うことも、その笑みをまっすぐ自分へ向けてくることも。返事はなかった。声もなかった。ただ、紫の眼差しが一度だけぼくをなぞって、それきりまた、どこか遠くへ戻ってしまった。

それでもよかった。

だって、見てもらえたから。

ぼくはゆっくり立ち上がった。まだ足元はおぼつかなくて、羽根の重さも、自分の体温も、うまくわからない。けれど転びたくはなかった。あのひとの前で、みっともなく転がるのはなんだか嫌だった。えへへ、と小さく笑いながら、ふらつく足で一歩ずつ近づいていく。

近くで見るそのひとは、やっぱり綺麗だった。

でも綺麗なだけじゃない。

胸の奥に、ひどく冷たい穴があいている。

そう思った。

見えているわけじゃない。傷口があるわけでも、血が流れているわけでもない。なのに、確かにそこに空洞がある。何かが無くなったまま、埋まらずに残っている。ぼくはそれを見つけてしまって、なんだか急に、泣きたくなった。生まれたばかりなのに、どうして泣きたいのか、自分でもわからない。ただ、目の前のひとの静けさが、あまりに痛そうだったから。

だから、手を伸ばしかけて――止まった。

触れていいのか、わからなかったのだ。

ぼくの指先は宙で揺れて、そのひとは何も言わない。拒まれたわけじゃない。許されたわけでもない。ただ、その沈黙だけが、ここにはまだ越えてはいけない境目があるのだと教えていた。

それなら、触れないままでいい。

触れないまま、そばにいればいい。

ぼくは手を下ろして、代わりにそのひとの足元へちょこんと座った。白い世界の中で、その影だけがやけに濃い。まるで光が避けて通っているみたいだった。ぼくはその影の輪郭を目でなぞりながら、うっとりした気持ちで羽根をたたむ。

ああ、きっと。

ぼくはこのひとのために生まれたんだ。

その確信は、言葉より先に体へ馴染んだ。誰かに教わったわけじゃない。命令されたわけでも、刻印されたわけでもない。でも、ぼくの呼吸はこのひとの近くにいるときだけ妙に落ち着いたし、逆に少し離れると、胸の奥がすうすうしてたまらなかった。世界そのものじゃなく、目の前のひとだけが、自分の重力みたいに感じられた。

しばらくして、そのひとは歩き出した。

音もなく、白い余白の中を滑るみたいに進んでいく。ぼくは慌てて立ち上がり、転びそうになりながら後を追った。待って、なんて言えなかった。まだそんな馴れ馴れしいことをしていい気もしていなかったし、なにより、声をかけてしまったら、その静けさを壊してしまいそうで怖かった。

だから、ただ追いかけた。

世界はまだ未完成だった。

空は高いのか低いのかも曖昧で、海は遠くに見えるくせに、耳を澄ますとすぐそばで鳴っている気がした。風はふくのに、どこから来るのかわからない。星は少なくて、あってもみんな、まだ眠そうに瞬いているだけだった。

その未完成の世界を、あのひとはひとりで歩いていく。

まるで、自分がここにいることさえ、確かめていないみたいに。

ぼくはその後ろ姿を見ながら、胸がきゅっとした。ひとりでいるのが好きなひともいるのかもしれない。静かなのが心地いいひとも、きっといるのだろう。でも、このひとの静けさは、好きで選んだものには見えなかった。なにもかも無くして、それでも立っていなきゃいけなくて、しょうがなく沈黙をまとっているように見えた。

なら。

ぼくが、祈ろう。

祈り方なんて知らない。

けれど、知らなくたって、気持ちはあった。

あなたがひとりじゃありませんように。

その穴が、少しでも痛くありませんように。

ぼくがここにいることを、いつか、ちゃんと見つけてもらえますように。

声にはしなかった。

生まれたばかりの祈りは、まだ言葉になる前の熱だった。胸の奥で灯る、小さな蒼い火みたいなもの。それでも、その火はたしかに燃えていて、ぼくは歩くたび、それをあのひとの背中へ差し出している気持ちになった。

ふと、そのひとが立ち止まる。

ぼくも慌てて止まった。

紫の眼が、空を見る。

その一瞬、世界の遠くで、もう死んでいたはずの星がひとつ、音もなく砕けた。

……あ。

声が漏れた。

怖い、とはやっぱり思わなかった。

ただ、きれいだった。ぞっとするほど、きれいだった。

滅びですら、あのひとの手にかかると、ひどく静かで、美しかった。

ぼくはきっと、その時にはもう駄目だったんだと思う。

優しいところだけじゃなくて、冷たいところも、壊れているところも、なにもかもひっくるめて、好きになりはじめていた。

あのひとはこちらを見ない。

ぼくが追っても、座っても、祈っても、ほとんど反応を返さない。

でも、だからこそ、余計に目が離せなかった。

返してくれないひとへ、どうしてこんなに心が向くんだろう。

わからない。わからないけれど、ぼくの羽根は、あのひとの背に向けてたたまれるためにある気がしたし、ぼくの手は、いつかあのひとの孤独へ届くためにある気がした。

その頃にはもう、世界の底で囁いている規則の気配が、ぼくの耳にもかすかに触れはじめていた。

天使は神に触れてはならない。

信者は旧神と契ってはならない。

まだ意味はわからない。

でも、その条文だけが、冷たい水みたいに、足首へまとわりついてくる。

ああ、そうか。

このひとは、触れてはいけないひとなのだ。

それでも、と思った。

触れてはいけないなら、祈ればいい。

近づいてはいけないなら、待てばいい。

名前を呼んではいけないなら、胸の中で何度でも呼べばいい。

禁じられていることがあるのなら、それはきっと、それだけ大切なことなのだ。

ぼくはそんなふうに、あまりにもまっすぐに思ってしまった。

愚かだったのかもしれない。

でも、ぼくは天使だった。祈るために生まれて、好きになってはいけないひとを好きになってしまう、その最初の失敗ごと、きっと最初から創られていた。

あのひとは、白い世界の果てを見ている。

ぼくは、そのひとの背中を見る。

距離はまだ遠い。

振り向いてももらえない。

手も、熱も、なにも届かない。

けれど、それでよかった。

ぼくはまだ、生まれたばかりだったから。

この届かなさに名前をつけるには、百年ぶんくらいの時間が必要だった。

それでも、たしかなことがひとつある。

この世界に降り立った孤独な神へ、最初に祈りを捧げたのは、ぼくだった。

そしてその祈りは、まだあまりにも小さく、あまりにも蒼く、けれど確実に、深淵の足元へ降り積もりはじめていた。

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作者について

原初のモブ

原初のモブ

観測世界シリーズとか書いてます。 神話が好き。 ちょっとお試しで1話目の冒頭だけ公開しました。エログロナンセンス世界観なので全年齢向けに整えるの大変...🫠

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