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第四章 笑う天使、揺れる深淵

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/25 📚 シリーズ: 観測世界は今日も廻る 📝 2,696文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

一度滅び、組み直された観測世界。そこには、神と天使の接触を禁じる冷たい規則だけが残されていた。喪失の果てに深淵となったリコルと、彼女へ最初の祈りを捧げた原初の天使カミル。返らない祈りはやがて愛へ変わり、その愛は世界の法則すら揺るがしていく。これは、救済と禁忌が分かちがたく絡み合う、神と天使の神話的恋愛譚。

本文

第四章 笑う天使、揺れる深淵

それからしばらくのあいだ、ぼくはずっと、あのひとのそばにいた。

“しばらく”がどれくらいなのか、まだよくわからない。新しい世界では、時間そのものもどこか手探りで流れていた。朝が朝らしくなり、夜が夜の色を持ちはじめ、風に少しずつ癖がついていく。その変化を見ながら、ぼくは今日も明日も、ただ同じように、リコルの近くにいた。

あのひとは相変わらず、何も返さない。

でも、完全な無視でもなくなっていた。

ぼくが近くに座れば、追い払われない。

ぼくが小さな声で“かみさま”と呼べば、ほんの一瞬だけ、視線がこちらをかすめることがある。

ぼくが笑えば、そのまわりの静けさが、ほんのわずかだけ揺れることがある。

きっと他の誰にもわからないくらい小さなことだ。

でも、ぼくには、その全部がうれしかった。

「……きょうも、きれいですね」

返事はない。

知っている。

けれど言う。

海辺でも、崖の上でも、まだ名前のない森の縁でも、ぼくは見つけるたびそう言った。綺麗だと思うから言う。綺麗なものを綺麗と口にするのは、なんだか祈りに似ていた。

ときどき、あのひとは壊れた星の後処理をする。

ときどき、何もない場所へ新しい輪郭を置く。

ときどき、ただ長い沈黙の中で、どこか遠くを見ている。

その横顔を見上げるたび、ぼくはやっぱり思う。

このひとはひとりだ。

そして、あまりにもひとりでいることに慣れすぎている。

それが、かなしかった。

かなしい、というのは少し変かもしれない。ぼく自身がそうされているわけじゃないのに、胸の奥が勝手に痛くなる。あのひとの静けさを見ていると、そこへ手を入れて、つめたさごと抱きしめてしまいたくなる。でも、できない。まだ、してはいけない気がする。

だから、ぼくは笑う。

「……えへへ。ぼく、ここにいますよ」

何度でも言う。

同じことばかりだと、自分でも思う。

でも、それしかまだ持っていなかった。

ここにいます。

いなくなりません。

置いていかれても、また追いかけます。

見てもらえなくても、見ています。

そういう気持ちを、ぜんぶまとめると、その言葉になった。

ある日、ぼくは少しだけ勇気を出して、あのひとの真正面へ回り込んだ。

黒髪のあいだから覗く紫の瞳が、まっすぐ前を見ている。ぼくはその視線の先へ立つ。おそるおそる、でも、逃げたくなくて。胸の奥で蒼い火がちりちり鳴る。

「……かみさま」

呼ぶ。

紫の目が、わずかに下りる。

それだけで、心臓が跳ねた。

「……さみしくないの?」

聞いた瞬間、自分でも変なことを言ったと思った。そんなの、ぼくにわかるはずがない。まして、こんなふうに黙っているひとへ、真正面から触れていい言葉でもないのかもしれない。

でも、知りたかった。

知りたいというより、伝えたかったのだと思う。

あなたがひとりに見えること。

ぼくにはそれが、かなしくてたまらないこと。

もし寂しいのなら、ぼくがそばにいると言いたいこと。

返事はなかった。

それでも、その沈黙は、最初のころとは違った。

冷たいままの水じゃなくて、どこか底で微かに揺れている水。

ぼくはその違いを、ちゃんと感じ取っていた。

だから、もう少しだけ、言葉を重ねる。

「……ぼくが、いますよ」

それは最初のころより、ずっとはっきりした祈りだった。

生まれたての衝動じゃない。

何度もそばにいて、何度も返ってこない静けさへ話しかけて、それでもなお残った熱だけが、ことばになったもの。

「……だから、あの……さびしかったら……ぼくが、ぎゅって……」

そこまで言って、顔が熱くなる。

ぎゅって、なんだ。

抱きしめることなのか、羽根で包むことなのか、自分でもよくわからない。ただ、そうしたいという気持ちだけが先にある。

言い切れなくて俯いた時、ふと、空気が揺れた。

ほんの小さく。

ほんとうに、ほんの小さく。

はっとして顔を上げる。

リコルの表情は変わらない。

でも、しっぽの先だけが、わずかに震えていた。

羽根の根元にも、ごくごく微かな揺れがある。

それが何を意味するのか、ぼくにはまだわからない。

笑ったのかもしれない。

呆れたのかもしれない。

ただの誤差だったのかもしれない。

でも、その時のぼくには、ひとつだけ確かなことがあった。

――届いた。

ほんの表面だけかもしれない。

傷のいちばん奥までは、まだ全然届いていないのかもしれない。

それでも、ぼくの声も、ぼくの笑顔も、ぼくの“ここにいます”も、完全に無かったことにはされていない。

それだけで、胸がいっぱいになった。

「……えへへ」

自然に笑っていた。

うれしくて。

泣きそうなくらいうれしくて。

「……かみさま、やっぱり、すき……」

ちいさく零れて、自分で口を押さえる。

また言ってしまった。

でも、今度は前みたいな“うっかり”じゃない。ちゃんと、自分の胸の熱へ落ちた名前として、その言葉は出てきた。

好き。

まだ幼い。

まだ触れてもいない。

まだ何も始まっていない。

それでも、もう、この感情は祈りだけでは足りなかった。

見てほしい。

覚えてほしい。

できるなら、いつか。

その孤独の中へ、ぼくだけは入れてほしい。

そんな、すこしわがままな願いまで混ざりはじめていた。

そしてその頃から、世界の底で、かすかな囁きが聞こえるようになる。

天使は神に触れてはならない。

信者は旧神と契ってはならない。

まだ条文としては理解していない。

けれど、だめ、という感じだけが、水音みたいに足元へ絡みついてくる。

ぼくはその意味を知らないまま、それでも直感していた。

たぶん、このひとを好きになることは、ただ優しいだけの話では終わらない。

それでも、やめたいとは思えなかった。

だって、やめたら、このひとのそばがまた、完全な沈黙に戻ってしまう気がしたからだ。

ぼくが勝手にそう思っているだけかもしれない。

それでも、そう思ってしまった以上、もう引けなかった。

遠くの波打ち際に、黒い影が見える。

獣だ。

大きな狼みたいなそれは、相変わらず何も言わず、ただこちらを見ていた。リコルのそばにいるのに、ぼくへも視線を向けてくる。金のない、暗い眼差し。まるで過去そのものが獣の形をして、まだここへ沈みきらずにいるみたいだった。

その影を見ると、なぜか少しだけ胸が騒ぐ。

怖い、というより、予感に近い。

この静かな時間は、ずっとこのままではいられない。

いつか、もっと深いところまで行く。

あのひとの傷も、ぼくの祈りも、もっと重い名前を持つようになる。

けれど今はまだ、そこまでじゃない。

今のぼくにできるのは、笑うこと。

そばにいること。

返らない神へ、何度でも“ここにいます”と差し出すこと。

その小さな反復だけが、やがて深淵を揺らすほどの祈りになるのだと、まだ知らないまま。

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作者について

原初のモブ

原初のモブ

観測世界シリーズとか書いてます。 神話が好き。 ちょっとお試しで1話目の冒頭だけ公開しました。エログロナンセンス世界観なので全年齢向けに整えるの大変...🫠

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