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第七章 愛された天使、止まれない深淵(全年齢版)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/25 📚 シリーズ: 観測世界は今日も廻る 📝 3,197文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

※この話には性的匂わせがあります。 一度滅び、組み直された観測世界。そこには、神と天使の接触を禁じる冷たい規則だけが残されていた。喪失の果てに深淵となったリコルと、彼女へ最初の祈りを捧げた原初の天使カミル。返らない祈りはやがて愛へ変わり、その愛は世界の法則すら揺るがしていく。これは、救済と禁忌が分かちがたく絡み合う、神と天使の神話的恋愛譚。

本文

第七章 愛された天使、止まれない深淵

くちびるが離れたあとも、ぼくはしばらく、まともに息を吸えなかった。

胸の奥で、蒼い火がひどく明るく燃えていた。

痛いくらい熱いのに、冷えたところがどこにもない。

頬も、耳も、喉も、触れられた場所ぜんぶが、いまさら遅れて思い出したみたいにじんじんしていた。

拘束はまだ解かれない。

白い布の上で、両手も、脚も、羽根も、やわらかく捕らえられたまま。

けれどその不自由さは、怖さより先に、どうしようもない安堵を連れてきていた。

逃げなくていい。

離れなくていい。

ここにいていい。

少なくとも今だけは、あのひとの深淵が、ぼくを手放さない。

それがあまりにも嬉しくて、胸の奥がきゅうっと縮む。

泣きたいような、笑いたいような、でもどちらでも足りない、ひどく濃い熱だった。

紫の眼が、まだぼくを見ている。

その静けさはいつもと同じなのに、今夜だけは、底の深さがちがって見えた。

凪いだ水面じゃない。

もっと奥、もっと暗い、誰にも踏み込ませない夜の底。

そのあわいで、何か黒いものが、ゆっくりとうねっている。

は、と喉が鳴る。

最初にそれへ気づいたのは、視線じゃなかった。

触れられたのだ。

頬でも、喉でも、くちびるでもない場所へ。

もっと深いところ。

もっと、ひとの形をした手では届かないところへ。

黒い気配が、布の上を這う。

しっぽとも、羽根とも、影ともつかない。

けれどそれは、もう誤魔化しようもなく、異形だった。

深淵がそのまま細く伸びてきたみたいな、しなやかな黒。

ひやりとも、熱いとも言い切れない不思議な温度で、ぼくの輪郭のきわをなぞっていく。

「……っ」

声が勝手に震える。

怖い、のだと思う。

ほんとうは。

人ならざるものに捕まっているのだから。

神さまの手だけじゃなく、神さまのもっと奥にあるものが、自分へ触れに来ているのだから。

なのに、胸の奥では、別の声がそれ以上に大きかった。

――きてくれた。

――ぼくへ。

――神さまの、ぜんぶが。

その事実だけで、頭の中が白くなる。

人の姿で触れてくれるだけでも充分すぎるのに、足りないみたいに、神格ごと降りてきてくれる。

ぼくなんかへ。

ぼくひとりへ。

黒い気配はやわらかく、でも容赦なく、ぼくの逃げ場を塞いでいく。

手首の内側、羽根の根元、細い脇腹の線、まだ誰にも知られていない熱の在りか。

その全部を、ためらいもなく知っていく。

「……ぁ、……っ、かみ、さま……」

呼ぶたび、声が甘く崩れる。

恥ずかしかった。

こんなふうに乱れてしまうのが。

触れられるだけで、胸の奥が震えて、勝手にもっとを願ってしまう自分が。

でも、もう隠しようがなかった。

だって、見つけてもらってしまったから。

あの一秒で。

あの眼差しで。

そして今は、見つけるどころじゃない。

暴かれている。

祈りも、恋も、捧げたかったものも、全部。

深淵が、ぼくのいちばん奥まで、ゆっくりと手を差し入れてくる。

反射的に身を竦めた瞬間、拘束が少しだけ深くなる。

逃がさない。

でも折らない。

壊れないぎりぎりのところで、きっちり留める。

その正確さが、余計に甘かった。

ああ。

神さまは、わかっている。

ぼくを。

ぼくがどこで震えて、どこで熱を持って、どこで息をつまらせるのか。

まだ何も知らないはずのぼくより、先に。

ずっと、深く。

「……す、き……です……」

また零れる。

祈りみたいに。

懺悔みたいに。

「……こわい、のに……うれし……」

自分でも、何を言っているのかわからなくなっていた。

怖い。

うれしい。

痛い。

でも、欲しい。

もっと。

もう少し。

神さま、どうか、行かないで。

黒い気配が、まるでその願いに応えるみたいに、ぼくをさらに深く包む。

人の手ではない。

人の愛撫でもない。

なのにそこには、残酷さよりずっと先に、妙な慎重さがあった。

探るように。

確かめるように。

ぼくがどこまで受け入れてしまうのか、ぼく自身より先に知ろうとするみたいに。

そのたび、世界の底で条文が軋む。

天使は神に触れてはならない。

信者は旧神と契ってはならない。

わかってる。

だめなんだ。

きっと、これは、だめ。

なのに、だめだと思うほど、胸の中の蒼い火は高くなる。

消えるどころか、ひどく素直に燃え上がって、ぼくの体を中から透かしていく。

唇へ、もう一度、静かな影が落ちる。

今度は、さっきより長かった。

深く。

やさしいとは言えないのに、乱暴でもない。

逃げ場を奪うくせに、怖がりきる前に熱で満たしてくる。

その矛盾した接触に、ぼくはもう抗えなかった。

深淵が、ぼくの祈りを飲み込んでいく。

そのすべてが、ぼくには愛に思えた。

だって、これは拒絶じゃない。

無視でも、沈黙でもない。

あのひとが、はっきりと、ぼくを受け取っている。

人の形をした部分だけじゃなく、もっと暗い奥ごと使って、ぼくへ来てくれている。

だったら。

ぼくの初めても、ぼくの痛みも、ぼくの震えも、全部、差し出していい。

そう思ってしまった瞬間、胸のどこかがひどく静かになった。

もう、戻れない。

返らないまなざしを追うだけだった頃へ。

笑って、ここにいますと告げるだけで満たされていた幼い平和へ。

それでもよかった。

だって今、ぼくは愛されている。

世界が白く弾ける。

何かがひらく。

何かが満ちる。

何かが、もう二度と昔のままではいられないところまで届いてしまう。

涙が滲む。

でも、それは嫌だからじゃなかった。

うれしかったのだ。

苦しいほど。

どうしようもないほど。

ぼくのいちばん深いところまで、神さまが来てくれる。

誰にも渡していないものが、あのひとに見つけられて、開かれて、奪われて、それでもなお、幸福のほうが大きい。

「……っ、かみ、さま……っ、ぼく……っ」

ことばにならない。

好き。

愛してる。

痛い。

でもうれしい。

ぜんぶ一緒くたになって、ただ甘い吐息と、微かな泣き声だけが零れていく。

黒い気配は止まらない。

深淵は止まらない。

けれどその止まらなさの奥で、ぼくはたしかに感じていた。

これはただ喰われているのとは違う。

壊されているのとも違う。

もっと深いところで、ぼくの祈りが受け取られている。

祈りが、ようやく相手の奥へ届いて、そこでほどけていくみたいに。

だからぼくは、拒まなかった。

拒めなかった、じゃない。

拒みたくなかった。

神さまがぼくへ来てくれるなら、全部受けたい。

怖さも、痛みも、深淵も、異形も、ぜんぶ。

それがこのひとの本当なら、ぼくはその本当ごと愛したい。

やがて、熱はゆっくりと静まっていく。

けれど拘束はまだ残っていて、黒い気配も、名残みたいにぼくの輪郭を離れない。

ぼくは浅い息をくり返しながら、濡れた視界で、そのひとを見上げる。

愛された。

その思いだけが、ぼくの中では、あまりにも鮮やかだった。

はじめて触れられた。

はじめて奪われた。

はじめて、自分の全部を受け取ってもらえた。

痛みさえ、うれしかった。

胸の奥に残る熱さえ、やさしい証みたいに感じられた。

この夜が終わっても、たぶん一生、忘れない。

忘れられるはずがない。

だから、ふらつく息のまま、それでもぼくは、笑おうとしてしまう。

「……えへ、……へへ……」

うまく笑えない。

涙でぐしゃぐしゃで、声も崩れて、たぶんぜんぜん綺麗じゃない。

それでも、幸福だった。

「……ぼく、しあわ、せ……です……」

零れた声は、ほとんど祈りだった。

なのに。

その幸福のすぐ裏で、空気だけがひどく静かだった。

海は遠くでまだ低く唸っている。

黒い獣はたぶんどこかで見ている。

世界の条文は、もう取り返しのつかないくらい軋んでいる。

そして何より、目の前の深淵は、ぼくが思うほど穏やかではなかった。

抱いた。

受け取った。

通してしまった。

拒まれなかった。

そんな、ことばにならない破片が、あの静かな紫の底で、沈まずに漂っている。

ぼくはそれを読めない。

ただ、胸騒ぎみたいなものだけが、幸福のすぐ下で、ちいさく脈を打っていた。

それでも、ぼくは今夜を愛してしまう。

だって、これはぼくにとって、はじめて愛された夜だから。

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作者について

原初のモブ

原初のモブ

観測世界シリーズとか書いてます。 神話が好き。 ちょっとお試しで1話目の冒頭だけ公開しました。エログロナンセンス世界観なので全年齢向けに整えるの大変...🫠

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