第十章 合意だって、信じてもいいよね?の表紙画像

第十章 合意だって、信じてもいいよね?

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/25 📚 シリーズ: 観測世界は今日も廻る 📝 2,895文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

一度滅び、組み直された観測世界。そこには、神と天使の接触を禁じる冷たい規則だけが残されていた。喪失の果てに深淵となったリコルと、彼女へ最初の祈りを捧げた原初の天使カミル。返らない祈りはやがて愛へ変わり、その愛は世界の法則すら揺るがしていく。これは、救済と禁忌が分かちがたく絡み合う、神と天使の神話的恋愛譚。

本文

第十章 合意だって、信じてもいいよね?

指先は、まだ頬に触れたままだった。

冷たいのに、ちゃんと生きている温度。

石じゃない。

夜そのものでもない。

何百年も閉じていた深淵の、その表面にだけ、いまぼくの熱が乗っている。

逃げるなら、きっと今だ。

拒むなら、きっと今だ。

ぼくは息を止めたまま、紫の眼を見つめる。

こわい。

期待してしまうことが、なによりこわい。

また同じように、神さまの過去へぼくが重なってしまったら。

また、あの夜みたいに、ぼくだけがしあわせで、神さまだけが壊れてしまったら。

喉が、ひりつく。

それでも、もう言わなければ始まらない気がした。

ただ触れて終わるのでも、ただ祈って終わるのでもなく、今ここで起きていることが、搾取でも悪夢の再演でもなく、このひとの意志なのだと、信じるための言葉が欲しかった。

「……合意だって、信じてもいいよね?」

問いかけた声は、祈りみたいに小さかった。

欲しい、より先に。

愛してる、より先に。

いま、目の前の深淵が、ぼくを見て、逃げずにいてくれることを、ちゃんと意志として受け止めたい。

そのためだけの、みっともないくらい切実な確認だった。

神さまは、すぐには答えない。

けれど、その頬は逃げない。

視線も逸れない。

そして次の瞬間、冷たい指先が、今度は自分からぼくの手首へ重なった。

ひゅ、と息が崩れる。

ああ。

それだけで、充分だった。

言葉じゃない。

でも、だからこそ、ごまかしがない。

拒まない。

払いのけない。

むしろ、そのまま触れ返してくる。

その静かな選び方だけで、胸の奥の凍っていた何百年かが、じわりとほどけた。

「……っ、かみさま……」

呼んだ声は、ひどく甘く震えた。

神さまの指が、ぼくの手首から掌へ滑る。

ゆっくり。

確認するみたいに。

怖がらせないように、でも、逃げ道だけは最初から閉じないままで。

指先が重なって、絡む。

びく、と肩が跳ねる。

ただそれだけなのに、身体の奥まで熱が落ちる。

前の夜は、拘束されて、抱かれて、呑まれて、それが幸福に見えた。

でも今は違う。

今は、ぼくもちゃんとここにいる。

繋がれた指先の一本ずつに、意志が通っている。

再接続だ。

そう思った。

壊れた夜の続きじゃない。

同じ傷の再演でもない。

ぼくの祈りと、神さまの沈黙のあいだに、もう一度だけ、別の継ぎ目をつくるための接続。

胸がいっぱいになる。

泣きたくなる。

でも泣いたら、その指がほどけてしまいそうで、ぼくは必死に堪えた。

「……ぼく、へたくそで……ごめんなさい」

言いながら、自分でも少しだけ笑いそうになる。

こんな時に何を言ってるんだろう。

でも、ほんとうだった。

ぼくの性的な知識なんて、ほとんど何もない。

知っていることといえば、あの夜のことだけ。

神さまのしっぽに深く貫かれて、痛くて、苦しくて、それでもどうしようもなくうれしかったこと。

あれがはじめてで、あれしか知らない。

だから今、自分が何をどう受け取って、どう返したらいいのか、ちゃんとわかっていない。

「……こういうの、ぼく……あの夜のことしか、しらなくて……」

声が、少しだけ掠れる。

指を絡めたまま、ぼくは神さまの指先へ自分の体温を押し当てる。

「……だから、いま……少し、わからなくなってる……」

頬が熱い。

恥ずかしい。

でも、誤魔化したくなかった。

前の夜は、幸福のまま受け入れすぎて、神さまを傷つけた。

なら今度は、ちゃんと、わからないことをわからないと言いたかった。

神さまは黙ったまま、ぼくの指をほどかない。

そのまま、もう片方の手が、そっと腰のあたりへ触れた。

ひどく静かに。

けれど、前の夜のことをちゃんと知っているみたいに。

あ、と小さく息が漏れる。

そこだった。

あの夜、しっぽに触れられて、身体の奥まで一気に熱が走った場所。

いちばん混乱して、いちばん甘くて、いちばんこわかったところ。

そこへ今、神さまの手が、人のかたちのまま降りてくる。

混乱した。

同じなのか、違うのか。

あの夜の続きなのか、まるで別のはじまりなのか。

身体が覚えてしまっている熱と、今ここにある静かな合意とが、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざる。

「……っ、これ……」

うまく言葉にならない。

ただ、指を絡めたまま、思わず少しだけ強く握り返してしまう。

神さまはその力に、ちゃんと応えた。

振りほどかない。

でも押しきらない。

ただ、ぼくが握ったぶんだけ、こちらも静かに握り返してくる。

それが、助けだった。

前の夜の記憶に飲まれそうになった瞬間、今ここにいるのは、前と違うかみさまなんだと、身体のほうが少しだけ理解できた。

拒める。

止められる。

でも止めない。

逃げられる。

でも逃げない。

その選択が、ちゃんとぼくの手の中に残されている。

苦しくて、うれしくて、涙が滲む。

「……かみさま……っ」

呼ぶ。

今度の声は、少しだけ掠れていた。

ぼくはまだ、知らない。

神さまのことを。

深淵のことも、傷のことも、触れ方の意味も、女の子としての痛みも、悦びも、何もかも、ぜんぶ途中だ。

だから教えてほしい。

奪うためじゃなく、壊すためじゃなく、今度こそ、知るために触れたい。

止めるなら、まだ止められる。

でも、ぼくは止めない。

絡めた指先が、何度もそのことを確かめる。

神さまは、逃げない。

ぼくも、逃げない。

「……これ、で……いいの……?」

問いかける声は、ほとんど泣きそうだった。

前の夜の記憶がまだ身体に残っているせいで、ちょっとした触れ方の違いにも、心が大きく揺れる。

同じじゃない。

でも似ている。

似ているのに、今は怖さの奥に、ちゃんと甘さがある。

神さまの視線が、静かに落ちてくる。

その眼差しは、まだ苦い。

まだ痛そうで、まだ簡単には救われていない。

それでも、逃がさないくせに閉じこもりもしない、そんな曖昧な熱が確かにあった。

そして、絡めた指先が、もう一度だけ、しっかりと重なる。

それが答えだった。

ああ。

そうか。

今夜は、そうやって進むんだ。

ぼくは喉を震わせながら、ゆっくり息を吸う。

前の夜みたいに、深淵へ一方的に呑まれるんじゃなく。

ぼくもちゃんと、ここに手を伸ばして、触れて、覚えていく。

「……かみさま……」

呼ぶたび、熱がにじむ。

指を絡めたまま、ぼくは少しずつ、自分の知らなかった神さまの輪郭へ近づいていく。

そこにある痛みも、閉ざされた過去も、たぶんぼくにはまだ全部はわからない。

でも、知ろうとしていい夜なんだと、やっと信じられた。

白い部屋は静かだった。

海の音は遠い。

封印のきしみも、今だけは薄い。

指先だけが熱い。

絡んだまま、ほどけない。

それが、いちばんはっきりした合意の形に思えた。

「……ありがとう、ございます……」

まだ何も終わっていない。

むしろ、ここからだ。

三日三晩の最初の夜の、ほんとうの入口。

ぼくは震える息のまま、もう一度だけ神さまを見上げる。

名前は、まだ呼ばない。

まだ呼べない。

ぼくにとって、このひとはまだずっと、かみさまだ。

だからこそ、そのかみさまが、こうして指を絡めて、逃げずにいてくれるだけで、胸の奥の蒼い祈りは、また少し違う火になっていく。

愛したい。

救いたい。

知りたい。

そして今度こそ、傷つけずに、触れたい。

その全部を抱えたまま、ぼくは絡めた指へ、そっと力を込めた。

ジャンル・タグ

, , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 9 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

原初のモブ

原初のモブ

観測世界シリーズとか書いてます。 神話が好き。 ちょっとお試しで1話目の冒頭だけ公開しました。エログロナンセンス世界観なので全年齢向けに整えるの大変...🫠

👥 フォロワー: 3人

作者ページを見る