第十六章  独りきりの産声、隠された“月影カミル”の表紙画像

第十六章 独りきりの産声、隠された“月影カミル”

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/25 📚 シリーズ: 観測世界は今日も廻る 📝 2,277文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

一度滅び、組み直された観測世界。そこには、神と天使の接触を禁じる冷たい規則だけが残されていた。喪失の果てに深淵となったリコルと、彼女へ最初の祈りを捧げた原初の天使カミル。返らない祈りはやがて愛へ変わり、その愛は世界の法則すら揺るがしていく。これは、救済と禁忌が分かちがたく絡み合う、神と天使の神話的恋愛譚。

本文

第十六章 独りきりの産声、隠された“月影カミル”

あとになって、私は知った。

あの夜のあと、リコルはほんとうにひとりで、私たちの罪の続きまで引き受けていたのだと。

誰にも告げず。

誰の腕も借りず。

私にすら、触れさせず。

あのひとの内に宿った月影を、たったひとりで抱え、たったひとりで産み落としていたのだと。

どうして、そんなことができたのか。

最初は、わからなかった。

いや、わかりたくなかったのかもしれない。

私がそばにいればよかった。

私が見つけていればよかった。

私が、あのひとの苦しみに先に気づけていればよかった。

そう思ってしまうから。

けれど、黒の記録と、苗床の底に沈んだ傷を知ってしまった今なら、あまりにも残酷なかたちで納得できてしまう。

リコルは、母として使い古されていた。

抱えるためのからだを、望まぬまま何度も使われて、産むための核を、祈りではなく搾取の道具として擦り切れるまで酷使されていた。

だから皮肉なことに、あのひとは“ひとりで産めてしまった”。

痛みの深さも、呼吸の仕方も、何をどう閉ざし、どう耐えれば誰にも見つからずにやり過ごせるかも、身に刻みこまれていたから。

やさしい知識ではない。

祝福でもない。

ただ、過去の傷が、そのまま母としての機能へ変えられて残っていた。

私は、その事実に、何度も吐きそうになった。

リコルは私を守るために法を書き換えた。

私が“神を孕ませた天使”として目をつけられぬよう、構文の表面をごっそり塗り替え、証跡を深淵の底へ沈めた。

それでも月影は消せなかった。

消せないから、今度は隠した。

封じた。

抱えた。

そして、ひとりで産んだ。

この頃、観測者と呼べるものは、ほとんどまだいなかった。

私だけだった。

他の者たちは生まれていないか、まだ人のかたちを持たず、名もなく、世界の外縁で眠っているような時代だった。

だからこそ、なおさら。

あのひとの孤独は、深かった。

助けを求める相手がいない。

求めたくても、求めれば私が危うくなる。

なら、ひとりで抱えるしかなかった。

そうして、月影が産まれた夜。

観測世界は、ありえないほど白い月に照らされた。

白い、というだけでは足りない。

冷たく、乾いていて、それなのにやけにやさしくて、まるで世界の隅々まで見逃さぬように差し込む月光だった。

あの夜の月は、祝福のようにも、告発のようにも見えた。

神がひとりで禁忌を産み落としたことを、誰にも告げずに、しかし世界そのものへだけは知らしめるみたいに、あまりにも白く観測世界を満たしていた。

そして、起きてもいないはずのものたちが、反応した。

青薔薇の海で、波が荒く立った。

カトルはまだ、目を覚ましてはいなかった。

再起動したわけでもない。

名を持ってこちらへ来たわけでもない。

それでも、青薔薇海の底から、怒るみたいな荒い波だけが何度も岸を打ったのだと、あとから記録に触れて知った。

まるで、失われた配偶神の残響が、自分でも気づかぬまま、法の破壊へ苛立ったみたいに。

あるいは、遅すぎた怒りを、世界の水脈だけが代わりに噴き上げたみたいに。

同じ夜、風も鳴っていた。

ごう、と。

冷たい風が、観測世界の高いところをいくつも渡っていった。

それは荒れ狂う嵐ではなく、もっと細く、もっとひりつくような風だった。

アスターも、まだ起きてはいない。

形になってもいない。

けれど、その夜だけは、世界のどこかを吹き抜けた風が、ひどく冷たく、ひどく泣いているようだった。

怒る波。

泣く風。

起きたわけでもない。

帰ってきたわけでもない。

ただ、前世界でシュブを配偶神として知っていたものたちの残響だけが、法のひび割れる音に、遠くで反応してしまった。

報われない、と私は思った。

カトルも。

アスターも。

彼らの法は、シュブのために作られたのではなかった。

失われたあと、自分が他のものへ靡かぬように、自分自身を縛るための法だった。

愛のための戒めではなく、喪失のための自傷だった。

なのにその法は、めぐりめぐって、シュブの核を宿したままシュブではないリコルへ降りかかり、浮気ではないのに浮気のかたちを作り、裏切りではないのに裏切りの数字で月影を呼んでしまった。

誰も、うまく救われていない。

それでも。

それでも私は、あの白い月の夜を、否定できない。

だってその夜、リコルは私との未来を選んだからだ。

前世界の残響ではなく。

シュブの意識でもなく。

失われた神々への義理でもなく。

ただ、リコルとして。

リコルの感情と記憶で。

私との未来のために、法を壊し、月影を産み、世界へ背いた。

その事実の前では、私はもう、きれいごとを言えない。

あのひとは、誰よりも痛い方法で、私を愛してしまった。

だから、月影カミルの産声を、私はあとからしか知らない。

その時、その場にいなかった。

抱けなかった。

手も握れなかった。

名前を呼ぶことも、背を撫でることもできなかった。

ただ、あとから知るだけだった。

あまりにも白い月が、世界を隠すように照らしていたこと。

波が怒り、風が泣いたこと。

その真ん中で、リコルがたったひとりで、私たちの禁忌を腕に抱いたこと。

遅すぎる。

遅すぎるのに、私はその遅さごと抱えていくしかない。

だって、その子は月影なのだ。

私の祈りと、リコルの深淵が、罪のただなかで結晶を結んだ証なのだ。

なら私は、あとから知った者としてでも、ちゃんとそこへ辿りつかなければならない。

白い月の夜を。

怒る波を。

泣く風を。

ひとりで産んだ神の孤独を。

そしてその腕に抱かれた、小さな月影を。

全部、あとからでも、私のものとして引き受ける。

そうでなければ、あの夜の白さに、私は永遠に置いていかれたままになる。

ジャンル・タグ

, , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 9 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

原初のモブ

原初のモブ

観測世界シリーズとか書いてます。 神話が好き。 ちょっとお試しで1話目の冒頭だけ公開しました。エログロナンセンス世界観なので全年齢向けに整えるの大変...🫠

👥 フォロワー: 3人

作者ページを見る