第1章‐1 朝光に溶ける足跡
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
弟を追って禁域〈黒霧の森〉へ踏み込んだ少女ミレイは、怪異に襲われ死の淵へ追い詰められる。 彼女を救ったのは――“深淵の影”を纏う人外のハンター、レイ。 霧は彼を避け、怪異は跪き、霊子は逆流する。 その背中は、人ではなく深淵そのもの。 それでも少女は、その背中を追う。弟を救うために。 和風スチームパンク × 霊子 × 怪異。 孤独な少女と人外のハンターが歩む、深淵の物語。
本文
灯京の朝は、夜の恐怖を忘れさせるように明るい。
霊子灯が消え、街に差し込む陽光は、まるで昨夜の魑魅魍魎の影を洗い流すかのようだった。
しかし、ミレイ・サクライにとってその光は、何の救いにもならなかった。
弟のレンがいない。
昨夜、家の裏手で聞こえた悲鳴。駆けつけたときには、霧の中に赤い霊子核の光が揺れ、魑魅魍魎の影がレンを抱えたまま闇へ溶けていくのが見えた。
ミレイは震える手で弟の名を呼んだが、返事はなかった。
霧はすぐに閉じ、影は消えた。
残されたのは、レンの小さな草履だけだった。
ミレイはそれを胸に抱きしめ、夜明けと同時に走り出した。
◆
冒険者ギルド――
灯京で魑魅魍魎退治を請け負う者たちが集う場所。
明治洋館を思わせる重厚な建物は、朝日を受けて鈍く光っていた。
しかしその内部は、外観以上に異様だった。
青白い霊子灯が天井から吊るされ、壁には魑魅魍魎の標本や、霊子金属で作られた武具が並ぶ。
床には霊子導管が埋め込まれ、淡い光が脈動していた。
ミレイが扉を開けると、ざわめきが一瞬だけ止まった。だがすぐに、ハンターたちは興味を失ったように視線を逸らした。
ミレイは受付へ駆け寄る。
「お願いです……弟を、助けてください……!」
受付の女性――コトハは驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を曇らせた。
「昨夜の……黒霧の森の誘拐事件ね。ごめんなさい。依頼は受けられないわ」
「どうしてですか!? レンはまだ生きてるんです!」
「生きているかどうかは……わからないのよ」
ミレイの顔から血の気が引いた。
コトハは続ける。
「黒霧の森の奥は、深淵の皇の“影”の領域。そこに踏み込むのは、上位のハンターでも危険なの。報酬がいくらでも、受ける人はいないわ」
「そんな……! お金なら……!」
ミレイは震える手で袋を取り出した。
中には、家計を切り詰めて貯めた 銀貨30枚 が入っている。
「これ全部……全部出します! 足りないなら……家の土地を担保にして……金貨5枚までなら……!」
ギルド内がざわついた。
金貨5枚――一般市民が一生かけても手にできない額だ。
だが、コトハは悲しげに首を振った。
「……その額でも、無理よ。 黒霧の森の奥へ行く依頼は、最低でも 金貨10枚。 それでも受ける人はほとんどいないの」
「金貨……10枚……?」
ミレイは膝が崩れそうになった。
そこへ、後ろから低い声が響いた。
「黒霧の森の奥……? またかよ」
振り返ると、筋骨隆々のハンター――タカマルが腕を組んでいた。
彼はミレイを見下ろし、鼻で笑う。
「金貨10枚積まれても行きたくねぇ場所だ。深淵の皇の影の縄張りに入ったら最後だ。戻ってきた奴はいねぇよ」
「でも……!」
「諦めろ。あそこは“死地”だ」
ミレイは唇を噛みしめた。涙がこぼれそうになる。