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第1章 追放の朝

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/3/26 📚 シリーズ: 濡れ衣騎士は真実で斬る 📝 4,093文字 ✅ 全年齢

あらすじ

証拠があった。アリバイもあった。それでも、負けた。 騎士団副隊長レインは反逆罪の濡れ衣を着せられ、追放された。剣も紋章も奪われた男が最後に掴んだのは——一枚の封蝋と、真実を追う情報屋の女。 正しさは、証明するまで存在しない。

本文

【牢獄の目覚め】

 冷たい石の感触で、意識が浮上した。

 背中に当たる床は氷のように冷え、全身が軋むように痛む。レイン・アルヴェストは薄く目を開け、自分がどこにいるのかを思い出そうとした。

 王城地下牢。独房。

 高窓から差し込む薄明かりが、石壁に弱々しい四角形を描いている。夜明け前だ。鉄格子の向こうには、松明の残り火がかすかに揺れていた。

 手首に重みを感じて視線を落とす。鎖だ。錆びた鉄の輪が両手首を繋ぎ、その先は壁の鉄環に固定されている。動けないわけではないが、立ち上がることは許されていない。

 身体を起こそうとして、脇腹に鋭い痛みが走った。逮捕の際に受けた傷だ。手当てはされているが、最低限のものだった。胸元に手を当てる。何もない。騎士の紋章は、もう剥がされていた。

 ——三日前のことが、脳裏に蘇る。

 裁判は、茶番だった。

 証人として立ったのは、副団長ガルディス・ヴェルムント。白髪交じりの髪を整え、威厳ある騎士の正装に身を包んだ男は、静かな声で証言した。

『レイン・アルヴェストが、敵国の密偵と接触しているところを私は目撃しました』

 嘘だ。

 レインはその日、国境の哨戒任務に就いていた。王都にいなかった。ガルディスが「目撃した」という場所に、いるはずがなかったのだ。

 だが、誰も聞かなかった。レインの反論を、仲間たちの証言を、誰も求めなかった。裁判官はうつむき、陪席の騎士たちは目を逸らした。

『反逆罪により、レイン・アルヴェストを有罪とする』

 判決は、最初から決まっていた。

 ガルディスは、判決の後でレインに近づき、こう囁いた。

『君には期待していたのだがね、レイン。残念だよ』

 その言葉が、今も耳にこびりついている。期待していた? 何を? そしてなぜ、自分を陥れる必要があった?

 ——だが、一つだけ確かなことがある。

 俺は、無実だ。

 レインは鎖の重みを感じながら、薄明かりの中で静かに拳を握った。

【追放執行】

 足音が近づいてきた。

 独房の前で鍵が回る音。鉄格子が開き、二人の騎士が入ってきた。見覚えのある顔だ。第三小隊の、かつての部下たち。

 だが、彼らはレインと目を合わせなかった。

「立て」

 短く命じられ、レインは壁の鎖を外される。手首の枷はそのままだ。両脇を騎士に挟まれ、独房を出る。地下牢の湿った空気が、朝の冷気に変わっていく。

 階段を上がるたびに、光が強くなった。

 王城正門に出たとき、レインは一瞬、目を細めた。朝日が眩しい。朝霧が残る石畳の広場に、人だかりができていた。城下町の民衆だ。追放の執行を見物に来たのだろう。

「反逆者だ」

「騎士の恥さらしめ」

「処刑じゃないのか? 甘いな」

 罵声が飛ぶ。かつてレインが守っていた人々。任務で何度も助けた民衆。その顔ぶれの中に、知った顔もいたかもしれない。だが、誰もがレインを睨み、唾を吐くような目で見ていた。

 ——情報操作か。

 レインは表情を変えず、広場の中央へ連行された。そこには宣告官が待っていた。羊皮紙を手にした初老の男が、朗々と声を上げる。

「王国騎士団、元第三小隊副隊長、レイン・アルヴェスト」

 広場が静まる。

「反逆罪により有罪が確定した。処刑は免じられるものの、王国騎士の資格は剥奪。本日をもって王国より永久に追放とする」

 護送の騎士が、レインの前に回った。その手が、レインの胸元に伸びる。

 ——紋章は、もうないはずだ。

 だが、手は胸の布を掴み、力任せに引き裂いた。紋章があった場所を、衆目の前で曝け出すための儀式。かつて誇りを持って身につけていたものの痕跡を、見せつけるように晒す。

 屈辱だった。

 だが、レインは声を上げなかった。

 背筋を伸ばし、正面を見据えたまま、黙って立っていた。

「追放を執行する。二度と王都の門をくぐることは許されない」

 背中を押され、城門の外へ出る。石畳が土に変わった瞬間、門が轟音を立てて閉じられた。

 振り返らなかった。

 レインは、一度も振り返ることなく、土の道を歩き出した。

【スラム街の襲撃】

 気づけば、足は城下町の外れに向かっていた。

 大通りは歩けない。追放者を見る目、罵声、投げられる石。それを避けて路地裏を選ぶうちに、レインはスラム街に迷い込んでいた。

 昼過ぎになっていた。影が長くなり始め、陽光が建物の隙間から斜めに差し込んでいる。狭い路地裏。崩れかけた建物。地面にはゴミが散乱し、汚水の臭いが鼻をつく。人気はない。

 ——嫌な気配だ。

 騎士の訓練は身体に染みついている。背後の空気が変わったことに、レインは歩きながら気づいていた。

 三人。

 足音の重さと間隔で分かる。追ってきている。そして、距離を詰めている。

 路地の突き当たりが見えた瞬間、レインは足を止めた。行き止まり。壁に挟まれた狭い空間。逃げ場がない。

 振り返る。

 三人の男が、路地の入り口を塞いでいた。全員が覆面で顔を隠し、右手に短剣を握っている。

「死ね、反逆者」

 言葉は短く、感情がなかった。殺し慣れている者の声だ。

 ——口封じか。

 レインの頭は冷静だった。追放だけでは不十分。生きていては困る誰かがいる。それはつまり、自分が知っている何かが、致命的だということだ。

 だが、今は考えている場合ではない。

 武器はない。鎧もない。平服の身体一つで、短剣を持った三人と向き合っている。

 最初の男が踏み込んできた。

 短剣が突き出される。レインは半身をずらして躱し、伸びてきた腕を掴んだ。引き寄せ、肘を喉に叩き込む。男がくぐもった声を上げて崩れ落ちた。

 二人目が横から斬りかかる。後ろに跳び退りながら、倒れた男の短剣を拾い上げる。刃を受け止め、弾く。隙を突いて柄で顎を打ち据える。男がよろめいた。追撃の蹴りを入れ、壁に叩きつける。

 三人目は、後退していた。

「化け物が……」

 吐き捨てるように言って、男は走り出した。逃げる。レインは追いかけようとして、脇腹に鋭い痛みを感じた。傷が開いている。足がもつれ、壁に手をついた。

 男の姿が、路地の向こうに消えた。

「……逃がした」

 証拠になる覆面を、掴み損ねた。倒れた二人を見る。すでに意識がない。だが、この男たちの動きには覚えがあった。

 ——騎士団の訓練を受けた動きだ。

 追放だけでは済まさない。ガルディスは、俺を殺すつもりだ。

 レインは血が滲む脇腹を押さえながら、路地裏を歩き始めた。どこか、身を隠せる場所を探さなければならない。

【情報屋との出会い】

 古書店、という文字が目に入った。

 崩れかけた建物が並ぶスラム街の一角に、その店だけが妙に静かな佇まいで建っていた。看板は色褪せ、窓は埃で曇っている。だが、灯りがついていた。人がいる。

 選択肢はなかった。

 レインは脇腹を押さえながら、ドアを押し開けた。

 埃っぽい本の匂いが鼻をついた。薄暗い店内に、天井まで届く本棚がいくつも並んでいる。古書、地図、巻物。整理されているようで、どこか混沌とした空間。

 奥のカウンターで、女性が顔を上げた。

 長い黒髪を無造作に束ね、眼鏡をかけている。年齢は二十代半ばか。冷静な目がレインを捉え、一瞬、僅かに見開かれた。

 驚いている。だが、すぐに表情を消した。

「……奥へ」

 短く言って、女性はカウンターを出た。レインを招くように、店の奥へ歩いていく。罠かもしれない。だが、他に選択肢がない。レインは血を引きずるようにして、その後を追った。

 奥には隠し部屋があった。本棚の裏に、狭いが清潔な空間が広がっている。簡素なベッド、机、椅子。そして、壁一面に貼られた紙片。地図、人物相関図、メモ。情報を扱う者の部屋だと、一目で分かった。

「座って」

 女性は椅子を指し示し、棚から包帯と消毒液を取り出した。レインが腰を下ろすと、躊躇なく平服をまくり上げ、傷を確認する。

「縫う必要はないわね。深くはない」

 手際よく消毒し、包帯を巻いていく。その動きに淀みがなかった。慣れている。

「……なぜ、俺を助ける」

 レインは警戒を解かないまま尋ねた。女性は手を止めず、淡々と答えた。

「あなた、レイン・アルヴェストでしょう。噂は聞いてる」

「噂?」

「王国騎士団の副隊長が反逆罪で追放された。今朝の話よ。城下町中に知れ渡ってる」

 包帯を巻き終え、女性は一歩下がった。眼鏡の奥の目が、レインを観察するように見つめている。

「私はフィーネ。フィーネ・ロクサール。この店の主で、表向きは古書商」

「表向き、ということは」

「裏は情報屋。この街で起きていること、起きようとしていること、大体のことは耳に入る」

 情報屋。レインは警戒を強めた。情報を売る者は、誰にでも売る。今この瞬間にも、レインの居場所を騎士団に売ろうとしているかもしれない。

 だが、フィーネは薄く笑った。

「安心して。騎士団に売るつもりはないわ。……むしろ、その逆」

「逆?」

「あなたの事件、私も興味があるの」

 フィーネは椅子に腰を下ろし、足を組んだ。冷静な目の奥に、別の光が宿っていた。興味。いや——執念に近い何か。

「三年前の『あの事件』と、繋がっているかもしれないから」

 三年前。レインは記憶を探ったが、心当たりがなかった。三年前、自分は国境の哨戒任務に就いていた。王都で何か大きな事件があっただろうか。

「……三年前の事件とは?」

「それは、また今度」

 フィーネは立ち上がり、部屋を出ようとした。ドアの前で振り返り、意味深に付け加える。

「今夜はここで休んで。明日、話しましょう。あなたが知りたいことと、私が知りたいこと——きっと、同じ場所に繋がっているはずだから」

 ドアが閉まった。

 レインは一人、薄暗い部屋に残された。脇腹の傷が熱を持って疼いている。だが、それ以上に、頭の中で疑問が渦巻いていた。

 三年前の事件とは何だ。

 そして、なぜそれが俺の濡れ衣と繋がっている?

 答えは、まだない。だが、初めて——追放されてから初めて、レインは前に進む道が見えた気がした。

 協力者かもしれない相手。あるいは、利用しようとしている敵。どちらにせよ、今は情報が必要だ。

 明日。話を聞こう。

 そして、必ず——真実を暴く。

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作者について

中野ポン太

中野ポン太

燃料は札と火と湯気。中野ポン太です。ふざけた顔で近づき、読者の胸の奥に剥がれない「何か」を直貼りします。火曜は定休。主戦場『桝川劇場』は、爆笑の後に「たぶん。」という小骨が喉に刺さる深夜系哲学コント。...

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