第22話 首位争い
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
王女の一言から始まる、異世界野球リーグ設立奮闘記 - 第22話 首位争い
本文
終盤。
数字の上では、まだ二つの名前が残っていた。
ヴァルドハイム・レガリア。
ルメルーナ・ブリッジズ。
他の球団はもう自分達の位置を理解している。
勝敗よりも、来季。
怪我をさせない事。
若手を試す事。
でも、この二つだけは違った。
⸻
王都は静かだった。
静か過ぎて不気味なほど。
酒場では声が落ちる。
新聞は言葉を選ぶ。
「次で、大きく変わる」
「きっと勝つさ」
誰も大声で言わない。
期待が怖さに変わっている。
⸻
ルメルーナは張り詰めていた。
バルト選手の登板間隔は詰められていない。
でも、誰もが彼を見る。
ブルペンで投げる肩。
マウンドに立つ背中。
「無理はさせない」
監督は何度も言う。
でも、マウンドに立つ本人がきっと一番分かっている。
ここを落とせば終わる、と
⸻
レガリアも同じだった。
王都の重圧。
最初に荒れた、あの一戦の記憶。
でも、今は違う。
勝っている。
それが空気を変えていた。
自分達の選手に向けられる視線も明らかに違う。
「今日は、頼むぞ」
⸻
私は特別席から見ている。
エステル様は膝の上で手を組み、珍しく静かだ。
「……胃が、きゅっとするのじゃ」
「それは、緊張ですね」
「妾は見る側なのにのう」
ナオが後ろで笑う。
「勝負所ってやつだね。好きだよ、そーゆーの」
「珍しく同意」
その言葉が嬉しかったのか、エステル様に抱き付いてきたので引き剥がした。
⸻
下位の球団は空気が違う。
スファード・レゾナンス。
コーンウォリス・ハーベスターズ。
もう、優勝は無い。
でも。
彼らは手を抜かない。
「負けっぱなしにはさせない」
その気配だけは、はっきりしている。
⸻
観客席も変わった。
ヤジは減った。
その代わり応援が増えた。
一球一球に息を飲む。
魔族が投げれば、どよめき。
ハーフが打てば、驚き。
否定と肯定が同じ拍手に混じる。
⸻
私は思う。
ここまで来た。
完全な理解なんてまだ先だ。
でも、同じ勝敗を背負って、同じ一瞬に息を止めている。
今は、それだけで十分だ。
⸻
そして、日程表の赤丸。
直接対決が残っている。
ヴァルドハイム・レガリア。
ルメルーナ・ブリッジズ。
勝った方が王座に手を掛ける。
負けた方は、2番目になる。
エステル様が小さく言った。
「……妾は、どちらが勝っても泣くかもしれぬ」
私は、少し笑った。
「それなら、良いリーグだったという事です」
この戦いは、もうただの野球じゃない。
それを誰もが分かっている。
試合当日。
王都とルメルーナを繋ぐ機関車はいつもより静かだった。
車内にあるのは興奮よりも緊張。
応援団は居る。
旗もある。
でも、声が出ない。
誰もが分かっている。
この一戦は、ただの勝ち敗けではない事を。
⸻
スタジアムの周囲は人で埋まっていた。
異種族が混ざっている。
意図的に距離を取っている者も居る。
それでも、同じ方向を向いている。
球場が完成した頃には想像出来なかった光景だ。
⸻
特別席。
私はいつもの位置に座る。
エステル様は落ち着きが無い。
「い、いよいよじゃな……心臓がばくばくするのじゃ」
「深呼吸してください」
「……ふう」
ナオが腕を組む。
「ここまで来たら、もう成るように成るでしょ」
その言葉は軽い。
でも、視線はフィールドから離れない。
⸻
両チームが整列する。
レガリア。
ブリッジズ。
拍手は均等だった。
どちらかだけが大きい、という事は無い。
それが、今の空気だ。
⸻
先発投手が発表される。
ルメルーナ。
バルト選手。
どよめきが走る。
驚きじゃない。
覚悟の音だ。
王都側の先発も、エース。
人間の投手、ローガン選手。
自慢の速球でここまで引っ張ってきた。
「正面衝突、ですね」
「そうじゃな……正々堂々、というやつじゃ」
⸻
バルト選手は淡々と投げる。
肩の動きに異常は見られない。
でも、気付く。
ほんの僅か。
呼吸が、深い。
無理はしていない。
でも、全てを出すつもりだ。
⸻
観客席の一角で小さな揉め事が起きる。
けれど、すぐに警備と周囲のファンが止めた。
「今日は、やめとけ」
「野球を見に来たんだろ」
そんな声が、普通に飛ぶ。
完全じゃない。
でも、前とは違う。
⸻
私はバットを握る手を思い出す。
守る為に振ってきた。
殴らない為に跳ね返してきた。
このリーグも、同じだ。
押し返す。
叩き潰さない。
⸻
国歌の代わりにリーグ賛歌が流れる。
異種族の子供達が並んで歌う。
少し音程はずれ。
でも、皆笑顔だ。
⸻
エステル様が呟いた。
「……妾は願うのじゃ」
「何をですか?」
「どちらが勝っても、今日ここに来た者達が……帰る時に、少しだけ誇らしくなっておる事を」
私は頷いた。
その為に頑張ってきたんだから。
⸻
選手達が守備位置に散る。
バルト選手がマウンドに立つ。
捕手が構える。
静寂。
そして。
第一球が、投げ込まれる。
この瞬間。
この一球。
それが、リーグの一年を。
そして、この国の空気を決めようとしていた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。