第23話 勝ったのは
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
王女の一言から始まる、異世界野球リーグ設立奮闘記 - 第23話 勝ったのは
本文
球場は息を止めていた。
バルト選手の投げた第一球が捕手のミットに吸い込まれる。
乾いた音。
それだけで、観客席が小さく揺れた。
ストライク。
それ以上の説明は誰にも要らなかった。
⸻
試合は静かに進む。
派手な点の取り合いは無い。
一つの進塁。
一つの併殺。
一つの好捕。
それだけでどよめきが起こる。
「守備が……」
「今の取ったのはでかいぞ」
そういう声が、はっきり聞こえるようになっている。
⸻
中盤。
点は、動かない。
レガリアの打者が捉えた当たりを、ブリッジズの外野手が滑り込みで止める。
逆に、ブリッジズの鋭い打球をレガリアの内野が体ごと受け止める。
拍手はチームを選ばなかった。
⸻
エステル様が身を乗り出す。
「い、今のは……良い打球を打ったのに点が入らぬのじゃな」
「はい。だからこそ、守備が評価される場面です」
「ふむ……地味じゃが、イオリみたいで格好良いのう」
その言葉に少しだけ胸が軽くなる。
そして、嬉しさも。
⸻
終盤。
八回。
ブリッジズが先に動く。
二死一塁。
打席に立つのはケンタウロスのハールヴェント選手。
「頼むぞ」
「決めろ」
そういう声が混じる。
結果は外野フライ。
深い。
でも、届かない。
溜め息と拍手が同時に起きる。
⸻
その裏。
レガリアも同じ状況を作る。
一死二塁。
主砲が立つ。
バルト選手は間を取る。
深く、息を吸う。
投げる。
打球は鋭い。
でも、二塁手が止めた。
一歩。
半歩。
身体を伸ばして、捕る。
アウト。
スタンドが揺れる。
⸻
九回。
依然として、0対0。
「延長、だねぇ」
ナオが、楽しそうに言って。
エステル様は、両手で顔を覆う。
「もう……心臓が、もたぬのじゃ……」
⸻
延長十回。
ブリッジズの攻撃。
1アウトで打者が四球で出る。
盗塁を決めてざわめきが大きくなる。
送り。
進塁。
二死三塁。
ここで、ベンチが動いた。
代打。
ミネーラ選手。
獣人とのハーフ。
最近不調でスタメンを外されていた。
⸻
打席に立つ背中は小さいけど、大きい。
尻尾は低く揺れている。
レガリアの捕手が、サインを出す。
投球。
打球は、高い。
高く、鋭い。
有翼人の守備範囲を、越える。
フェンス際。
伸ばした手の少し先。
白球が、落ちた。
⸻
一瞬の静寂。
そして。
歓声が、爆発する。
ブリッジズの選手達が、飛び出す。
ミネーラ選手を囲み、抱き合う。
「やったぞ!」
「最高だ!」
その輪の中に種族の境目は無い。
⸻
観客席は割れる。
歓喜。
困惑。
沈黙。
それでも、拍手が確かにある。
⸻
特別席でエステル様が呟く。
「……勝ったのじゃな」
「はい」
「……すごい試合じゃった」
その声は、小さい。
でも、震えていない。
⸻
ヒーローインタビュー。
ミネーラ選手は息を整えながら言う。
「仲間が……繋いでくれたからです」
言葉は簡潔。
でも、嘘は無い。
⸻
負けた側のファンの中には、怒りもある。
視線も、厳しい。
でも。
誰もフィールドに物は投げない。
誰も乱入しない。
⸻
私はゆっくり息を吐く。
完璧じゃない。
でも。
一年前なら、あり得ない光景だ。
⸻
夜。
王都の宿舎。
エステル様はベッドに横になり、苦しそうに唸っていた。
「……うぅ、食べ過ぎたのじゃ……」
「だから、止めたんです」
「だって……お祭りじゃったのじゃ……」
私は、そっとお腹に手を当てる。
「大丈夫です。少し休めば」
「……すまぬ、イオリ」
「いいえ」
その小さな体温を感じながら、思う。
この一年は、確かに前に進んだ。
ゆっくり。
でも、確実に。
そして、まだ続く。
翌朝。
王都は静かだった。
祝勝の鐘も、怒号も無い。
ただ、人々がいつもより少し遅く起き、新聞を広げ、酒場の扉を開ける。
昨日の試合は、誰にとっても重かった。
⸻
新聞の見出しは、控えめだった。
《激戦、延長十回》
《ブリッジズ、首位に立つ》
名前は出ている。
でも、煽る言葉は無い。
社説にはこんな一文が添えられていた。
《勝敗以上に、観る者の態度が問われた一戦だった》
⸻
酒場では意見が割れる。
「負けたのは、悔しい」
「でも、良い試合だった」
レガリアの名を挙げて、舌打ちする者も居る。
ブリッジズの名を聞いて、顔をしかめる者も居る。
それでも。
「……ミネーラ、凄かったな」
その一言がぽつりと落ちる。
否定は返ってこない。
⸻
選手達はいつも通り集まる。
勝った側も負けた側も。
身体は重い。
心も、同じだ。
ブリッジズのベンチでは、バルトが静かに水を飲んでいる。
「……次は?」
誰かが聞く。
「まだ、リーグは終わってない」
それだけで、十分だった。
⸻
レガリアのロッカールーム。
悔しさは、濃い。
でも、荒れてはいない。
「次、勝とう。まだ優勝の目はある」
その言葉に皆が頷く。
ローガン選手に向けられる視線も変わらない。
「次も頼む」
それが、普通に交わされる。
⸻
私はリーグ本部で報告書に目を通していた。
警備記録。
苦情件数。
未遂。
ゼロじゃない。
でも、減っている。
数字は正直だ。
⸻
エステル様は私の机の前に座り、足をぶらぶらさせている。
「……昨日は、すごかったのじゃ」
「はい」
「勝った者も、負けた者も……皆、ちゃんと……野球をしておった」
その言い方が、少し子供っぽくて、少し誇らしげで。
思わず微笑む。
「それが、一番難しい事です」
「ふふん。妾が思い付いたのじゃからな!」
「はい。エステル様の御慧眼です」
胸を張るその姿に、少しだけ笑いが漏れる。
⸻
ナオがお菓子を齧りながら。
「で、次は?」
「最終カード」
「荒れるかな?」
「どうだろ……」
もう以前とは違う。
完全に消えた訳じゃない。
でも、形が変わった。
叫ぶ代わりに、考える者が増えた。
拒む前に、見る者が増えた。
⸻
窓の外では子供達がボールを投げている。
形は歪。
ルールも曖昧。
それでも。
「ナイスボール!」
そんな声が、普通に飛ぶ。
⸻
私は立ち上がる。
まだ終わっていない。
優勝も、ドラフトも、次のシーズンも待っている。
それでも。
この一年で、この国は確かに変わった。
ゆっくり。
不格好に。
でも、後戻りはしない。
私はそう信じている。
だから、今日も前に出る。
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