第24話 優勝、決まる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
王女の一言から始まる、異世界野球リーグ設立奮闘記 - 第24話 優勝、決まる
本文
最終カードを前にして、国全体が少し息を潜めていた。
王都の通りはいつもより静かだ。
露店は出ている。酒場も開いている。
でも、人々の会話は自然と同じ話題に収束していく。
「……次で、決まるな」
「レガリアか、ブリッジズか」
誰かが種族の話題を振りかけても、深くは続かない。
否定も、肯定も、どこか慎重だ。
一度、皆が知ってしまったから。
勝敗が理屈を追い越える瞬間を。
⸻
リーグ本部では最後の調整が続いていた。
警備計画。
導線。
観客席の配置。
人魚用の水路は念入りに確認される。
小柄な種族向けの段差も再点検。
「問題ありません」
報告を受けて、私は頷く。
「ありがとうございます。引き続きお願いします」
長いシーズンで誰もが疲れている。
それでも、誰も手を抜かない。
⸻
エステル様は資料の山に囲まれていた。
「うむ……」
眉を寄せ、唸る。
「どうなさいましたか?」
「どちらが勝っても……妾は泣いてしまう気がするのじゃ」
「それは、良い事だと思います」
「そうなのか?」
「はい。どちらも、全力でここまで来ましたから」
少し考えてから、エステル様は笑った。
「うむ。では、堂々と泣く!」
「ハンカチは用意しておきますね」
⸻
ナオは窓の外を見ている。
「ねえ、イオリちゃん」
「何?」
「ここまで盛況になると思ってた?」
「正直に言うなら……半信半疑だった」
「だよねー」
ケラケラと笑う。
「でもさ。ここまで来た以上、最後まで上手く行くと良いよね」
「うん……いやに殊勝だね」
「これでも立ち上げの時から秘書やってるからねー」
ナオは珍しく静かに笑った。
⸻
夜。
選手達はそれぞれの場所で過ごしている。
レガリアの主砲はバットを磨く。
ブリッジズのバルト選手は目を閉じ、呼吸を整える。
誰も余計な言葉を口にしない。
必要なのは、言い訳でも理由でもない。
ただ、明日の一球だ。
⸻
私は廊下を歩きながら立ち止まる。
遠くで、誰かがボールを投げる音がした。
乾いた音。
それだけで胸が締め付けられる。
この国は、今……分かれ道に立っている。
でも、それは破滅への分岐じゃない。
選ぶのは勝者だけじゃない。
観る者も、支える者も、皆だから。
⸻
私は前を向く。
最終カード。
最後の三連戦。
このリーグが、何を残すのか。
それを確かめる時が来た。
最終戦。
数字の上ではまだ確定していない。
けれど、誰もが知っている。
試合で終わる。
ヴァルドハイム・レガリアとルメルーナ・ブリッジズ。
勝率は、0.5差。
直接対決ではない。
それぞれが、同時刻に別の球場で戦っている。
片方が勝ち、片方が負ければ決まる。
両方勝てば、僅差のまま逃げ切り。
両方負ければ、重たい沈黙。
スタジアムはどこも満員だった。
⸻
私は特別席にいる。
エステル様は珍しくお菓子も食べず、背筋を伸ばして座っていた。
「……手が冷たいのじゃ」
「緊張してますね」
「当然じゃ! 妾はこの国で一番、野球を応援しておるからな!」
ナオが肩を揺らす。
「良い子良い子。良い子のエステルちゃんには後で甘い物を買ってあげちゃう」
「約束じゃぞ!」
⸻
試合は進む。
速報が板に張り出されるたび、観客席がざわめく。
歓声と、ため息が交互に波のように押し寄せる。
レガリア、接戦。
ブリッジズ、投手戦。
バルト選手は今日も投げている。
いつも通り。
静かで、揺れない。
魔族だとか、そんな言葉はもう聞こえない。
あるのは、点が入るかどうか。
それだけだ。
⸻
終盤。
七回。
八回。
誰かが祈る。
誰かが、拳を握る。
勝っているチームのファンは、声を出せない。
負けているチームのファンは、黙り込む。
勝敗が、重たい。
⸻
九回。
速報が、更新される。
レガリア、勝ち越し。
ブリッジズ、同点のまま。
スタジアムが、揺れた。
私は息を止める。
エステル様は私の袖を掴んでいる。
「……イオリ」
「はい」
「これで、決まるのか?」
「最後まで分かりません。ですが……」
⸻
数分が、永遠みたいに長い。
そして。
板が、書き換えられた。
ブリッジズ、敗戦。
レガリア、勝利。
⸻
一瞬、音が消えた。
次の瞬間、王都のスタジアムが爆発した。
歓声。
拍手。
泣き声。
誰かが、誰かを抱きしめる。
知らない者同士でも、関係なく。
⸻
エステル様は目を潤ませていた。
「……勝った、のじゃな?」
「はい」
「妾は……」
言葉が続かない。
でも涙は止まらない。
「良かった……本当に、良かったのじゃ」
何も言わず隣に立って、その頭を撫でた。
⸻
別の場所ではブリッジズの選手達が帽子を取っていた。
バルト選手はマウンドを見つめ、静かに一礼する。
敗者の顔。
けれど、誰も目を逸らさない。
観客席から拍手が起きる。
最初は疎ら。
でも、確かに広がっていく。
⸻
このリーグの最初の王者は、ヴァルドハイム・レガリア。
でも。
この一年で得たのはそれだけじゃない。
私は、そう確信していた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。