追放理由 「王太子殿下の求婚を、厨房の裏口から蹴り返した疑い」
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あらすじ
異世界恋愛ショートドラマ - 追放理由 「王太子殿下の求婚を、厨房の裏口から蹴り返した疑い」
本文
鐘。
悲鳴。
それから、私の追放。
「侍女リゼット。おまえは本日限りで公爵家を去れ」
朝食会の銀器が陽を跳ねた、その三秒後である。
私は毒見の銀匙を握ったまま、呼吸の仕方を少し忘れた。
しかも追放理由がひどい。
「王太子殿下の求婚を、厨房の裏口から蹴り返した疑い」
疑い。
蹴り返した、は事実だが、求婚だとは聞いていない。
「いきなり『君の人生を予約したい』などとおっしゃるから、不審者かと」
「王族を不審者呼ばわりしたのか」
「裏口から現れた時点でだいぶ減点です」
食卓の空気がぴしりと凍る。
私に追放を告げたのは、主君である若き公爵エーヴェルト様、二十六歳。
青灰の眼。冷たい声。完璧な礼装。
そして、なぜか今、指先だけ白い。卓の下で拳を握っているらしい。
「……荷物は一時間でまとめろ」
「承知しました。長らくお世話になりました」
そう言って頭を下げた瞬間。
私の背後で窓が割れた。ばしゃん。
「迎えに来た!」
「来る場所と入り方を選んでくださいませ!」
金髪の男が飛び込んできた。
王太子ルシアン、二十四歳。
薔薇みたいな顔で、手口は盗賊。
「リゼット、君をさらいに来た」
「語彙が最悪です」
「訂正しよう。丁重に奪いに来た」
「悪化しました」
◆
以上説明は長くなったが、私は公爵家の毒見侍女である。
平民上がり。二十歳。よく食べ、よく働き、口が回る。
毒に異様に強い。ついでに人を見る目もそこそこある。
だから分かる。今この場にいる男たちは、全員ろくでもない。
公爵は冷たい顔で私を追放する。
王太子はきらきら笑ってさらおうとする。
そのうえ、騒ぎを聞きつけて現れた辺境騎士団長のガイゼルまで言った。
「行く先がないなら北へ来い。狼は噛むが、俺は噛まない」
「比較対象が怖いんですが」
「必要なら噛む」
「前言を撤回しないでください」
さらに廊下の向こうから、白銀の法衣がゆらり。
神官長セレス、二十五歳。
微笑みが聖職者、目つきが取り立て屋。
「神殿としては、毒耐性の高い人材を見過ごせません」
「人材、ですか」
「ええ。極めて貴重です。保護名目で囲いましょう」
「名目が見えてます」
――なんだこれは。
私は今、追放されたはずでは。
なのに四方八方から“うちへ来い”が飛んでくる。
屈辱なのに忙しい。泣く暇もない。
(人気職だな、おまえ)
と、頭の中で妙な声が言った。
私にしか聞こえない、昔からの“毒の精”の声である。
(ただし求人票がぜんぶ危険)
知ってる。
◆
私は公爵家を出た。
出た瞬間、馬車にさらわれかけた。
「おとなしく乗って。絹の座席だよ」
「拉致監禁の内装を豪華にしないでくださいませ!」
王太子の馬車を蹴って逃げたら、今度は神殿の白馬車が横づけされた。
「こちらは合法です」
「逆に怖いです」
神官長の手をかわして路地へ走れば、屋根の上からガイゼルが降ってくる。どすん。
「北へ来い」
「告白より雑!」
「俺は回りくどいのが苦手だ」
「得意になってください!」
全力疾走。
石畳。
帽子が飛ぶ。
呼吸が熱い。
通行人が壁際に避難する。
その最後に、黒塗りの一頭立てがぴたりと止まった。
「乗れ、リゼット」
窓の奥から、公爵が言う。
その声音だけ、妙に低い。
「追放したのはあなた様でしょう」
「した」
「でしたら」
「命令ではない。取引だ」
私は立ち止まった。
嫌な予感がしたからだ。たいてい当たる。
「三日だけ、戻れ」
「お断りします」
「王宮で毒が出た」
ぴたり。
足が止まる。
脳が仕事を始める。
「……誰に」
「まだ公表していない」
「死者は」
「いない。だが次は分からん」
その一言だけで、王太子の軽薄な笑みが消えた。
神官長は目を細め、ガイゼルは柄に手を置く。
空気が変わる。
冗談が一枚ずつ剥がれる。
「三日だ。侍女としてではなく、捜査協力者として来い」
公爵はそこで、ほんの一拍置いた。
「報酬は君が決めろ」
建前。
それも上等の。
けれど、その建前の奥で、何かがじり、と鳴いた。
◆
王宮はきらびやかで、底が浅そうに見えて底なしだった。
私は“臨時毒味役兼、夜会潜入用の仮婚約者候補”という意味不明の肩書を押しつけられた。
誰の候補か。
そこが日替わりで変わる。やめてほしい。
昼は王太子の腕を取り、
夜は公爵の隣に座らされ、
廊下では神官長に聖句のような口説きを浴び、
庭では騎士団長に剣の柄でエスコートされる。
どこへ行っても視線が刺さる。
噂は踊る。
私の胃も踊る。
「君、笑うといいね」
王太子が耳もとで言う。
「そういうのは百人目から有料です」
「じゃあ最初に払う」
「金で風情を壊さないでください」
すると公爵がグラスを置く。かつん。
「殿下、彼女は勤務中です」
「公爵、仕事熱心すぎる男は嫌われるよ」
「軽率な男よりはましでしょう」
火花。
きらきら。
笑顔で刺し合うな。
その夜、毒は本当に出た。
舞踏会の冷製スープ。
色も匂いも上等。
ただし舌の奥に、針のような眠り。
私は一口で気づいて器を弾いた。
跳ねた銀が燭台を打ち、火がレースに燃え移る。
悲鳴。
楽団停止。
王太子、私を庇って転倒。
公爵、上着で火を消す。
神官長、冷水の術式。
ガイゼル、犯人を窓ごと確保。
事件が多い。
畳みかけ方に品がない。
◆
中盤でいちばん痛かったのは、そのあとだ。
私は犯人の狙いが自分だと知った。
正確には、“毒に強い娘”として神殿に売られる予定だったらしい。
私の背筋を、嫌な冷たさがなでた。
「君は昔から商品にされやすい」
神官長が静かに言う。
慰めにならない。
だが事実だ。
平民の娘が公爵家に上がり、王宮に入り、男たちの目を引く。
そこだけ切り取れば、夢物語。
裏を返せば、値札のついた獲物。
その夜、私は庭園の温室に逃げた。
薔薇の匂い。
月光。
じわじわ遅れてくる屈辱。
追放の朝は泣かなかったくせに、今さら胸がきしむ。
私は都合のいい駒だ。
華やかな札で取り合われても、意味が違えばただの競売である。
「泣くなら肩を貸す」
背後で、低い声。ガイゼルだった。
「泣いてません」
「そうか。では殴る相手を言え」
「解決が野蛮です」
彼は無骨な指で、私の頬の横の薔薇の棘だけを摘んだ。
触れない。
でも怪我は避ける。
そういう優しさ、ずるい。
入れ違いに王太子が現れ、外套を掛ける。
さらに神官長が温かい茶を差し出す。
最後に、公爵が一番遅く来た。
「……全員いるの?」
「人気者は忙しい」
王太子が笑う。
「面白がってませんか」
「面白いよ。君を除く全員の顔が」
公爵は何も言わず、私の外套の襟元を整えた。
その手つきだけ妙に丁寧で、私は息をひとつ詰まらせた。
◆
それで終われば苦労はない。事件は翌朝きた。
犯人が捕まり、黒幕の名が出た。
――公爵家。
正確には公爵の叔父筋。
だが広間に並んだ証拠は十分だった。
そして公爵エーヴェルト様は、人前で冷たく言い渡した。
「リゼット。本件への関与を疑われる以上、おまえを王宮付きから外す」
ざわり。
息が止まる。
またか。
私は二度目の追放を受けた。
今度は、みんなの前で。
しかも昨日より痛い。
なぜなら少しだけ、信じかけていたからだ。
王太子が口を開く。
ガイゼルが前へ出る。
神官長が笑みを消す。
でも、公爵は誰も見なかった。
ただ私にだけ、視線を一度も寄越さない。
――ああ、そういうこと。
私は切り捨てられたのだ。
一番まともそうな男に。
一番、心が揺れた相手に。
◆
それで終われば苦労はない。またまた一時間後にひっくり返った。
私は城外門で、覆面の護送車に押し込まれた。
屈辱にしては手際がよすぎる。
窓がない。護衛が精鋭。
扉が閉まり、向かいの席にいた男が仮面を外した。
公爵だった。
「説明を」
「君を外したのは王宮からだ。私からではない」
「言い方!」
「人前で愛想よく守れば、叔父どもに狙い撃ちにされる」
「もう少し情緒のある方法が」
「検討はした」
「してそれですか」
「時間がなかった」
私は口をぱくぱくさせた。
魚か。
いや侍女である。たぶん。
「ではこれは」
「別邸への移送だ」
「保護ですか」
「共同戦線だ」
「建前が硬い」
「崩すと危ない」
そこで彼は、初めて少しだけ顔を伏せた。
耳が、ほんのわずかに赤い。
今まで一度も見せなかった色だった。
「……君を欲しがっているのは、私だけではない」
扉の外から、どん、と衝撃。
王太子の声。
「その移送、行き先の確認をしたい!」
さらに別方向から馬蹄。
ガイゼルだ。
「黙って連れ出すな、卑怯者!」
屋根の上には神官長の気配。
「神の前で抜け駆けは感心しませんね」
うるさい。
全員うるさい。
だが、その喧噪の真ん中で、公爵だけは低く言った。
「だから契約を結ぼう、リゼット」
私は息を飲む。
まだ求婚ではない。
まだ花嫁でもない。
その一歩手前。
ずるい場所を選ぶ男だ。
「三か月、私の協力者でいてくれ。
叔父を潰し、王宮の毒の流れを絶ち、そのあとで――」
外の騒音が近づく。
扉がみしむ。
時間がない。
それでも彼は、最後の最後で、ようやく私を見た。
冷たい青灰の眼。
そこにだけ、熱。
「そのあとで、他の誰の前でもなく言う。
君を選びたいと」
心臓が、どくん、では足りない勢いで暴れた。
頭のてっぺんから湯気。
語彙、蒸発。
「さ、さ、さすがに順番が狡いです……!」
「知っている」
「こんなの、断りづらいでしょう!」
「断られる前提で来た」
「その顔で!?」
外で王太子が扉を叩き、騎士団長が怒鳴り、神官長が術式を唱える。
修羅場である。
しかし不思議と、怖くはなかった。
私は深呼吸して、笑った。
追放の朝にはできなかった笑い方で。
「三か月だけですからね、公爵様」
「十分だ」
その返事が早すぎて、今度は私が睨む番だった。
――かくして私は、二度追放され、一度拉致され、四人に争奪され、結局いちばん厄介な男と契約を結んだ。
なお王太子は毎日花束を寄越し、騎士団長は毎週狼を送り、神官長は月一で合法の勧誘状を出してくる。
公爵はそれを全部、私の机の上に並べてから言うのだ。
「返事は急がなくていい。ただし最後に選ぶ相手だけは、慎重に」
そんな台詞、余裕のある顔で言うものではない。
指先が、紙の端を少しだけ潰していた。
だから私は、まだ答えない。
答えは三か月後。
その頃にはきっと、追放なんて言葉、笑い話になっている。
……たぶん。
いや、してみせる。
私が選ぶ側として。
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