五年ぶりの再会は最悪の表紙画像

五年ぶりの再会は最悪

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/16 📚 シリーズ: 異世界恋愛ショートドラマ 📝 4,189文字 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界恋愛ショートドラマ - 五年ぶりの再会は最悪

本文

白手袋の男が、微笑んだ。

 鏡のように磨かれた舞踏会の床に、何百ものシャンデリアが映りこんでいる。その中心で、彼はリディア・ヴァレニアの手を取り、完璧な角度で頭を下げた。

「一曲、よろしいでしょうか」

 リディアは一瞬だけ、その顔を見つめた。

 美しい。知らない人間が見れば、間違いなくそう思う。癖のない金髪、切れ長の灰色の目、礼儀作法の教科書から抜け出たような所作。

「……ありがとうございます」

 口では言いながら、爪先が床を噛んでいた。帰りたかった。もう帰りたかった。

 でも、帰れない理由があった。

 五年前から、ずっとある。

**

 最悪。

 喧嘩別れをした。

 春の王宮は、夜になると残酷なくらい綺麗だ。

 白金の燭台。磨き上げられた床。笑いさざめく貴族たち。花の香り。香水。楽団の弦。

 なのに、リディア・ヴァレニアの胸の中だけは、ひどく騒々しかった。

「――背、伸びたな」

 柱の陰でそう言った男の声は、昔と同じで、少し低くなっただけだった。

 銀灰の礼装。夜色の髪。すました横顔。

 五年前、隣領へ発つ日に『二度と泣くな、泣き虫』と言い放って去った幼馴染、アシュレイ・クロフォード。王都帰りの公爵家嫡男。いまや近衛騎士団の若き副隊長。腹立たしいことに、驚くほど見目がいい。

 そしてリディアは、その顔を見た瞬間、思ったのである。

 あ、だめ。

 これ、好きだ。

 以上、説明は長くなったが、一目惚れである。轟沈。内心でだけ。

「あなたは相変わらず失礼ね」

「そうか? 昔はもっと小さくて、よく木から落ちてた」

「人の黒歴史を挨拶代わりに掘り返す男に、礼儀を説かれる筋合いはないわ」

「黒歴史じゃない。あれは見事だった。枝を折って池まで落ちた」

「忘れなさい!」

「無理だな。泥だらけで俺に噛みついてきた顔、今でも覚えてる」

 かあっ、と頬が熱くなる。恋のせいではない。断じてない。羞恥と怒りである。たぶん。

 せっかく、せっかく五年ぶりに会ったのに。少しくらい、こう――「会えてよかった」だの「綺麗になった」だの、あるでしょう普通!

「……もう結構ですわ」

 リディアは扇を閉じた。

「あなたと話していると、昔の傷まで疼くもの」

「リディア」

「どうせアシュレイ様にとっては、昔の喧嘩相手の一人でしょう」

 言ってしまってから、喉が焼けた。

 彼が何か言いかけた気配。けれどリディアは見なかった。見たら負ける気がしたからだ。淑女らしからぬ速度で踵を返し、その場を去る。

 逃げた。

 完敗である。

 広間へ戻れば、音楽は華やかで、笑顔は眩しくて、誰も彼も幸福そうだった。

 自分だけが間抜けだ。五年ぶりに再会した男に勝手にときめいて、勝手に傷ついて、勝手に怒っている。

 ばかみたい。

 ……どうせあいつだって、こっちのことなんてどうでもいいんだろうし。

 そう思って、諦めることにした。

「お顔の色が優れませんね、お嬢さん」

 す、と差し出された手袋の白い手。

 見上げれば、蜂蜜色の髪を綺麗に撫でつけた、見知らぬ貴公子が微笑んでいた。柔らかい声。非の打ち所のない礼装。いかにも王都らしい洗練。

「よろしければ、次の曲を」

「……ええ」

 断る理由はない。リディアは一瞬だけ、広間の端を見た。

 ちょうどアシュレイが、侯爵令嬢に話しかけられているところだった。涼しい顔。こちらなど見ていない。

 胸の奥で、何かがむっと膨れた。

 よろしい。踊ってやろうじゃないの。

「光栄ですわ」

 差し出した指先を取られた瞬間、相手の目が細くなった。

 獲物を見つけた獣のように――見えた気がして、リディアはほんの僅かに眉を寄せる。

 だが曲が始まれば、男の足取りは完璧だった。会話も上手い。辺境の気候、王都の流行、宝飾の話。淑女を退屈させない程度に、踏み込まない程度に。

 それでも、胸はちっとも弾まない。

 違う。

 こんなのじゃない。

 指先を取られたときに熱くなるのは。

 少し乱暴にエスコートされて腹が立つのに安心するのは。

 無愛想なくせに、階段ではさりげなく人波から庇ってくるような、ああいう男に対してだけだ。

 曲が終わった瞬間、リディアは笑みを作った。

「素敵でしたわ。でも、少し風に当たりたくて」

「では、庭園への回廊までお送りします」

 断る隙がない。

 しまった、と思った時には、男の指がもう肘を取っていた。

 夜風の通る硝子回廊は、広間の喧騒から切り離された別世界だった。

 月。白い花。細長い影。

 その真ん中で、男はぴたりと歩みを止めた。

「――ヴァレニア辺境伯令嬢。あなたが今夜持っているはずだ」

「何を」

「北門の封鎖符だよ」

 ぞくり、と背が冷えた。

 父から預かっていた小さな封蝋筒。舞踏会の後、王弟殿下に渡す予定のもの。たしかに、ドレスの隠しポケットにある。

 なぜ知っている。

 リディアが一歩退くより早く、男の笑みが剥がれた。

 ぬるり、と。

「声を上げるな」

 低い声。腕を引かれる。壁。息が詰まる。

 次の瞬間、手袋越しの掌が口を塞いだ。

「……っ!」

 冗談ではない。悲鳴を上げようとしても、喉が潰れる。相手の力は強い。回廊の端には、いつのまにか黒衣の影が二つ。

 敵国の紋。見覚えがあった。辺境で何度も報告を受けた徽章だ。

(終わった)

 頭が真っ白になる。

 違う、終われるわけがない。父も、領地も、こんなところで。

 涙が滲んだ。悔しい。怖い。息ができない。

 誰でもいい、と思った。いや、嘘だ。

 来て。

 来なさいよ、ばか。

「ん、――ッ、た、す……!」

 塞がれた口の端から、掠れた声が零れた、その時。

 ガシャアアアンッ!

 耳をつんざく破砕音。

 頭上の大窓が一面、星みたいに砕け散った。

 降ってきたのは月光ではない。

 黒い外套。銀の剣。見慣れた、不機嫌な顔。

「その手を離せ」

 アシュレイだった。

 男が舌打ちし、リディアを盾にしようと腕を引く。

 だが、その前にアシュレイが床へ着地する。砕けた硝子を蹴り、踏み込み、迷いなく剣の柄で男の手首を打った。

 骨の鳴る音。悲鳴。口元が解放される。

 息を吸った瞬間、腰が抜けた。

 けれどアシュレイの腕が先に伸びる。乱暴なくせに、絶対に落とさない抱え方で、リディアを背へ庇った。

「遅い!」

 涙声のまま、リディアは叫んだ。

「もっと早く来なさいよ!」

「無茶を言うな。おまえ、わざと怪しい男に釣られただろ」

「そんなわけないでしょう!」

「だったらせめて俺を見ろ。三曲ぶん追いかけた」

「はあ!?」

 言い返す間にも、黒衣の一人が短剣を抜いた。

 アシュレイはリディアを片腕で抱えたまま、もう片手の剣で相手の手首を払う。金属音。火花。回し蹴り。とどめに肩で突き飛ばす。二人目が逃げようとしたところへ、回廊外から近衛がなだれ込んだ。

「副隊長!」

「生かして捕えろ!」

 あっという間だった。

 さっきまでの恐怖が、遅れて膝を震わせる。リディアは自分のドレスの裾を握り、ふらついた。

 その手首を、アシュレイが掴む。

「帰るぞ」

「命令しないで」

「命令じゃない。頼んでる」

「……そういうの、ずるいのよ」

 近衛たちに囲まれ、二人は人気のない小広間へ移された。

 扉が閉まる。

 静か。途端に、鼓動の音ばかり大きくなる。

 アシュレイはようやく息をついて、額に散った硝子片を払った。血が一筋、こめかみを伝う。

 リディアは反射で一歩寄る。

「怪我してるじゃない」

「かすり傷だ」

「窓を割って飛び込む馬鹿がある!?」

「おまえが泣いてた」

「……っ」

 それは卑怯だ。

 そんな声音、昔は知らない。

 アシュレイは少しだけ目を伏せ、それから苦い顔で笑った。

「五年前から、ずっと後悔してた」

「何を」

「最後に言った言葉だ。二度と泣くな、なんて」

 静かな声だった。

「泣かせたかったわけじゃない。俺が王都へ行くのが、たぶん一番つらかったのはおまえなのに、あの時の俺は格好つけて、最低なことを言った」

 リディアは息をのむ。

 彼は続けた。

「今夜も同じだ。綺麗になった、会いたかった、そう言えばよかったのに。昔の話でからかって、怒らせて」

「本当に、最悪」

「ああ。知ってる」

「侯爵令嬢と楽しそうにしてたくせに」

「任務だ」

「……え」

「今夜、辺境伯家を狙う間者が入ると掴んでいた。だから離れたくなかったのに、おまえが俺を見限る顔をするから」

 どくん、と胸が鳴る。

 先に傷ついたのは自分だと思っていた。たぶん違った。少なくとも、片方だけではなかった。

「どうせ私のことなんて、と思ったのよ」

「俺は逆だ」

 アシュレイは一歩近づく。

「どうせおまえは、昔みたいに俺を嫌ってると思った」

 嫌っているものか。

 そんなこと、さっき一目見た瞬間に全部終わっていた。

 でも、悔しいから、すぐには言わない。

「……バッカじゃないの」

「知ってる」

「五年ぶりなのに、喧嘩しかできないし」

「お互い様だ」

「助けに来るなら、最初から優しくすればよかったのよ」

「それは無理だな」

「なによ」

「優しくしたら、たぶん今より先に我慢がきかなくなる」

 リディアの呼吸が止まる。

 その沈黙の隙に、アシュレイの手がそっと頬へ触れた。戦いのあとの、少し荒れた指先。なのに震えるほど丁寧だ。

「今すぐ婚約を申し込む気はない」

 低く、はっきりと言う。

「おまえが怯えるような真似もしたくない。だから建前を使う。今夜の件で、しばらく俺が辺境伯家の護衛責任者になる」

「……建前、ずるいわね」

「本音は、近くにいたい」

 心臓が、もうだめなくらい忙しい。

 笑うしかない。泣きそうなくらい。

「その言い方、ずるい」

「おまえが先に言え」

「嫌よ」

「じゃあ、これは喧嘩の続きだ」

 そう言って、彼は唇を寄せた。

 短く。けれど、逃げ道のない口づけだった。

 リディアは目を見開き、それから胸元を拳で叩いた。

「ほんとうに、バッカじゃないの!」

「やっと同意してくれたな」

「してない!」

「じゃあ次は、同意をもらってからにする」

「次がある前提なの!?」

「ある。護衛責任者だからな」

 建前の盾を掲げた顔が、少しだけ赤い。

 それが可笑しくて、愛しくて、リディアはとうとう吹き出した。

 泣き笑いのまま見上げれば、割れた窓の向こうに夜の星。

 最悪の再会だった。喧嘩もした。攫われもした。たぶん明日も口論する。

 けれど、もう知っている。

 助けを求めた時、本当に来るのはこの人だ。

「アシュレイ」

「なんだ」

「今度、昔の話でからかったら――」

「からかったら?」

「もう一枚くらい、ガラスを割らせるわよ」

 彼は一瞬きょとんとして、それから声を立てて笑った。

 五年ぶりに聞く、ちゃんと嬉しそうな笑いだった。

 春の王宮の夜は、まだ終わらない。

 けれどたぶん、幼馴染の喧嘩には、ようやく続きができたのだ。

ジャンル・タグ

, ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 0 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

うえはらゆうり

うえはらゆうり

日経ダブルベアで大損し続ける逆張り地獄

👥 フォロワー: 2人

作者ページを見る