その毒見役は、今宵かぎりで解雇する(claudeで生成)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界恋愛ショートドラマ - その毒見役は、今宵かぎりで解雇する(claudeで生成)
本文
「貴女を、今夜限りで解雇します」
宣告はあまりにも唐突で、しかも舞踏会の最中だった。
楽団がまだ弦を鳴らしている。蝋燭の灯りが揺れている。腕に巻いた白い手袋がきつく感じられるのは、知らず知らず拳を握っていたからだと、一拍遅れて気づいた。
「……舞踏会の、最中に、ですか」
「ええ」
エリアス・ヴァルトハイム公爵は、私の正面でシャンパングラスを静かに傾けた。乱れひとつない礼装、無感動な灰色の双眸。三年間、彼の毒見役として仕えてきたセレア・アイヴンには、その表情がどれほど意図的に作られたものか、もう見分けられる。
だからといって、今の言葉の意味が飲み込める、というわけにはいかなかったが。
「理由をうかがっても」
「貴女が優秀すぎて、困っています」
意味がわからなかった。
正確には意味はわかる。理由がわからない。胸の中でその二つが混線して、私は次の言葉を失った。呼吸だけが、妙に大きく感じられた。
「六人目の刺客を素手で制圧したと報告を受けました。今夜で」
「あれは流れで」
「毒杯を舌で見分け、刃物を肘で止め、暗殺者を壁に縫い付けた女性を、私は引き続き"給仕係"として扱うことができません」
言い訳をしようとして、言葉が出てこなかった。
公爵家の毒見役というのは名目上、食事の安全を確認する女性職だ。実態は違う。エリアス・ヴァルトハイム公爵には政敵が多く、暗殺の試みも多く、近衛を使えば目立つ場面が多い。だから私は三年、給仕係の制服を着て隣に立ち続けた。毒を飲み、刃を受け、「転んで申し訳ございません」と言いながら刺客を床に沈めてきた。
それが今夜、解雇される。
「では」私は声を整えた。「次の職の手配は、いつごろ」
「手配はしません」
「は」
「別の職に就いてほしくないので」
また意味がわからなかった。
グラスを傾けたまま、公爵の視線だけが私の顔に向いている。楽団が曲を変えた。誰かが笑う声がした。私の頭の中だけが、奇妙に静かだった。
「……公爵閣下、それは」
「踊りましょう」
有無を言わせず、グラスをテーブルに置いた手が、私の左手を取っていた。
---
踊りながら考えた。
悪い可能性から順番に。
私は三年間、公爵の傍にいた。傍にいすぎた。機密を知りすぎた。だから解雇する——口封じの前置きという可能性は、ない。それをする男なら、とっくに六人目の刺客の前に私を処分していた。
では次。
政略的な必要から、私を別の誰かに嫁がせる必要がある——これも違う。私はアイヴン家の三女で、政略価値はほぼゼロだ。
では、本当に優秀すぎて役割が合わなくなったのか。
……それが一番、つまらない答えだ。
「考えすぎです」
低い声が耳に落ちてきた。
公爵が私の顔を見ていた。踊りながら、ほとんど視線を逸らさずに。三年で初めて、この距離でこの顔を、この表情で見られた気がした。
「私の考えが顔に出ていましたか」
「いつも出ています。貴女の長所のひとつです」
長所、と繰り返しそうになって、やめた。
「解雇するのに長所の話を」
「解雇するからこそ、言えることもあります」
その言葉の意味を考え始めたとき、音楽が止まった。
---
曲の終わりに乗じて、声が飛んできた。
「エリアス! やはりここにいた」
踏み込んできたのはラインハルト侯爵——公爵の遠縁で、次の王妃候補の筆頭を娘に持つ男だ。その背後に、白いドレスの令嬢。美しく、高位で、こちらをまったく見ていない。
「今夜こそ、娘とのご縁談をご検討いただきたい。時期も時期です。そろそろ公爵家に正式なご令嬢を——」
「セレア」
公爵が、令嬢でもなく侯爵でもなく、私の名前を呼んだ。
姓ではなく。名前を。
三年間、一度も呼ばれなかった名前を。
「次の曲も付き合ってもらえますか」
侯爵が固まった。令嬢の視線が初めて私に向いた。私自身は、おそらく数秒、呼吸をしていなかった。
「……閣下、私は」
「毒見役ではないのでしょう。今夜限りで」
静かな声だった。楽団がまた弦を構える音がした。
「ならば、給仕係の立場で断る必要もない」
---
二曲目が終わるころ、侯爵はいなくなっていた。
令嬢も、取り巻きも。
テラスに出て、私は少しだけ夜気を吸った。エリアスは二歩後ろに立っていた。追ってきたのか、最初からそのつもりだったのか、判断がつかなかった。
「解雇の本当の理由を、聞かせていただけますか」
正面から聞いた。これまでの三年間、正面から個人的なことを聞いたことはなかった。
沈黙。
「貴女を危険な場所に立たせ続けることが」エリアスは空を見上げた。「三年で六度、私への刃が貴女の腕や肩をかすった。七度目を待つほど、私は冷静ではなかった」
「それは職務上の——」
「私が、嫌だったのです」
言い切った声は、どこまでも静かだった。
私の喉が、かちり、と音を立てた気がした。
「公爵家の当主が個人的な感情で人事を——」
「しました。三年間、ずっとそうしようか迷って、今夜しました」
振り返ったエリアスの顔に、いつもの無感動はなかった。あるのは、私が三年間ただの一度も見たことのない表情だった。
「貴女は私の毒見役には優秀すぎた。最初からそうでした。わかっていて雇ったのは、傍に置く理由が他に思いつかなかったからです」
少し間があった。
「……どういう、意味ですか」
「わかりやすく言いましょうか」
一歩、距離が縮まった。
「解雇した理由は、危険だからです。別の職を手配しない理由は、他家に取られたくないからです。踊った理由は、侯爵を追い払いたかったからです」
また一歩。
「三年間、傍に置き続けた理由を、まだ言いましょうか」
言わなくていい、と思った。
言わなくていい。もうわかった。
わかってしまったら、私は今夜から、何を理由にこの人の傍に立てばいいのか。
「……給仕係でも毒見役でも、なくなります」
「ええ」
「公爵家の令嬢でも、ありません」
「今は、そうですね」
"今は"という二文字が、耳の奥に刺さった。
「準備が整うまでは、私の個人的な護衛という名目ではどうですか」エリアスはほとんど表情を変えずに言った。「給与は三倍にします。業務内容は、私が無事に朝を迎えることの確認、一件のみ」
「……それは護衛の仕事ではありません」
「貴女が傍にいると、私は無事に朝を迎えられる。論理的には正しい」
言い返す言葉を探した。
三年分の語彙を総動員して、探した。
見つからなかった。
「……条件があります」
「どうぞ」
「名前で呼んでください。今夜だけでなく」
エリアスが、三年で初めて、笑った。
ほんの少し。口の端が上がっただけ。それだけなのに、私の胸はひどく騒がしくなった。
「セレア」
「……はい」
「明日から頼みます」
---
舞踏会はまだ続いていた。
楽団が三曲目を弾き始めた。
私はテラスに立ったまま、少しだけ夜空を見上げた。六度かすった腕は今夜は無事だった。七度目は来ないらしかった。
それが解雇の理由だと、三年前の私に教えてやりたかった。
——いや。
教えなくてよかった、とも思った。
三年分、全部あってよかったと、今は思えるから。
---
*了*
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。