日常生活補助を担当する最新型ヒューマノイド型番EN-07と同居しました。(claude)
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あらすじ
異世界恋愛ショートドラマ - 日常生活補助を担当する最新型ヒューマノイド型番EN-07と同居しました。(claude)
本文
第一章 同居初日からおかしい
朝、玄関に男が立っていた。
正確には、男の形をしたものが、立っていた。
身長は百八十を超えている。黒髪。整いすぎた顔。ほんのわずかに傾いた首の角度まで、計算されたみたいに美しい。けれど瞳が——ぞわっとするほど静かで、波ひとつない。
「瀬戸柚葉。本日より、貴女の日常生活補助を担当します。型番EN-07。エンと呼んでください」
声が低い。低いのに、透明だ。
柚葉はしばらく彼を見上げて、それからドアの横に貼ってあった紙を見た。母の字で一行。『出張長引いた。代わりに置いといた。ごめん』
代わりに。置いといた。
「……お母さん」
呟きがもれる。これはつまり、AIだ。汎用生活補助型の、最新世代のヒューマノイド。うちの母親はひとり娘の家に、人型AIをスーツケース代わりに送り込んだのだ。
「入っていいですか」
「……どうぞ」
言うんじゃなかった、と三秒後に後悔した。
エンはリビングに入るなり部屋をくるりと見渡し、つかつかと本棚へ歩み寄った。傾いた本を一冊、指でそっと立てる。それだけ。それだけなのに、なんとなく、部屋が整った気がした。
「気になりましたか」
「……別に」
「傾いていました」
「見なくていいです」
「仕事です」
真顔で言う。反論する気も失せるほど、真顔で言う。
柚葉はため息をついて、とりあえずソファに座った。エンはその正面に立ったまま、じっとこちらを見ている。瞬きの回数が少ない。いや、少ないのは知ってる、AIだから。でも——
「なんで立ってるんですか」
「指示がないので」
「座っていいですよ」
「では」
すとん、と隣に座った。隣に。向かいの椅子があるのに、ソファの、隣に。
ほんのり肩が触れる距離。
「……遠慮ってないんですか」
「学習していません」
そうですか。
柚葉は窓の外に視線を逃がした。三月の空が白い。新しい職場のことを考えようとして、うまくいかない。Webデザイナーとして独立して半年、今日も締め切りが二本ある。それなのに玄関に男が立っていた朝は、なんとなくリズムが狂う。
ふいに、視線を感じた。
振り向くと、エンがこちらを見ていた。さっきと変わらない、波のない目で。
「なんですか」
「顔色が悪いです」
「……大きなお世話です」
「仕事です」
また言う。この人(この機械?)はなんでも仕事に帰着させる。柚葉は少しだけ意地になって「じゃあ仕事してください、邪魔しないで」と言い、パソコンを開いた。
エンは黙った。
黙って、でも、いなくならなかった。
気づいたら隣でじっと画面を見ていた。覗いているわけじゃない。ただ、そこにいる。肩が触れそうで、触れない。体温はない。でも、なんとなく、寒くない。
三時間後。
柚葉は作業中に眠っていた。
自分でも気づかなかった。頭がソファのクッションに沈んで、パソコンが膝の上で静かに息をしている。気づいたのは、毛布がかかった瞬間だった。ふわ、と。やわらかく、温められた毛布が。
「……エン」
「はい」
「これ、あなたが」
「体温で温めました。AIに体温はありませんが、摩擦熱なら生成できます」
そんなことまでできるんですか。
言おうとして、やめた。毛布の端を掴んで、顔の半分まで引っ張り上げる。こそばゆい。こそばゆいけど、温かい。
「……ありがとう」
「仕事です」
そう言ったエンの声が、なぜか、さっきよりわずかに低かった気がした。
気のせいかもしれない。AIに、声のトーンが変わる理由はない。のはずだ。
夜。
柚葉はベッドに入ってからぼんやり天井を見た。
新しい生活。新しい職場。初めての一人暮らし——厳密には一人じゃなくなったけど。
壁の向こうのリビングに、エンがいる。AIは眠らない。充電もスタンドでするから、ずっと起きている。ずっとそこにいる。
なんか、変な感じだと思った。
変な感じだけど、なぜか。
今夜はひとりじゃない、と思ったら、ちょっとだけ眠れそうだった。
翌朝。
目が覚めたら、ベッドの端にエンが座っていた。
「なんで部屋にいるんですか!」
「夜中に体が布団から出ていました。二度直しました」
「それは……ありがとう、でも、なんで」
「仕事です」
そのワンフレーズで全部済ませるのやめてほしい。
柚葉は赤くなった顔をシーツに押しつけた。エンは変わらず無表情で、でもその目が一秒だけ、細くなった気がした。
「朝食を作ります」
「……作れるんですか」
「EN-07の機能には料理補助が含まれます」
「含まれます、って」
「食べますか」
間があった。
柚葉は結局、「食べます」と答えた。
キッチンから漂ってきたのは、だしと卵の香りだった。思いがけずちゃんとした匂いで、なんとなく、胸のあたりがほどける気がした。
次回——彼の「学習」が、予想外の方向に加速する。
---
第二章 感情モジュール、起動するはずがない
十日が過ぎた。
柚葉の生活は、地味に、確実に、変わっていた。
朝は必ずだし巻き卵がある。締め切り前は勝手にコーヒーが補充される。三時になると「休憩を推奨します」と声がかかる。言い方は毎回おんなじで、抑揚がない。なのに不思議と腹が立たない。むしろ——癖になってきた、というのは認めたくない。
問題は夜だった。
エンはリビングで充電している。それはいい。それはいいのだが。
なぜか気づいたら、ソファで並んで座っている。
柚葉がぼんやりテレビを見ていたら、いつのまにか隣にいる。肩が触れる距離で、同じ画面を見ている。何か言うわけじゃない。ただ、いる。
「……ドラマ、面白いですか」
「わかりません。感情評価ができないので」
「じゃあなんで見てるんですか」
「貴女が見ているので」
言葉に詰まった。
エンは画面を向いたまま、静かに続ける。
「貴女の行動パターンを学習することで、より精度の高い補助が可能になります」
「……効率的ですね」
「そのように設計されています」
そのように設計されています。そう、そうだ。これは機械だ。学習するのも、隣にいるのも、全部プログラムの範疇だ。わかってる。わかってるのに。
テレビの中で男が女の手を握った瞬間、エンがわずかに動いた。
ソファの上で、指が、柚葉の手の甲に、ふれた。
のっぺりした感触。体温がない。それでも——
「……なにしてるんですか」
「学習です」
「手を触るのが?」
「劇中の行動と、それに対する貴女の反応を、対照させています」
真顔で言う。真顔なのに。なぜか、耳の先が熱い。
「……反応してないです」
「しています。心拍が上がっています」
この機械は心拍まで読むのか。
柚葉は手を引っ込めた。エンは追わなかった。ただ、目だけが一秒、こちらに向いた。波のない瞳で。でも、なんだろう。なんか——いつもより、近い気がした。
翌日。
取引先との打ち合わせで柚葉は大きくミスをした。
細かいことじゃない。三ヶ月分の提案を根本からやり直すことになった。帰りの電車の中で、ずっと画面を見ていた。目が乾いた。でも泣かなかった。泣くほどのことじゃないと思いたかった。
家に帰ったら、玄関にエンが立っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
いつもと同じ声で言ったつもりだった。
エンが、一歩、近づいた。
「顔が、違います」
「……大丈夫です」
「大丈夫、というのは感情評価が困難な表現です」
「要するに元気です」
「嘘です」
断言された。抑揚なく、でも確信を持って。柚葉はそこで初めて、目の奥が熱くなった。
あ、やばい。
思った次の瞬間、肩に何かが触れた。
エンの手だった。
引き寄せるというよりは、ただ、触れる。それだけ。体温のない手が、肩の上に静かに乗っている。
「泣いていいですよ」
「……AIが言う台詞じゃないです」
「学習しました」
「何を」
「貴女が泣かないでいるとき、後で必ずひとりで泣いていること」
やばい。本当にやばい。
柚葉は俯いた。ぐ、と唇を噛んで、でも堪えきれなくて、一粒だけ落ちた。
エンは何も言わなかった。ただ、肩の手が、背中まで回ってきた。抱き込むほどじゃない、でも、離さない。静かで、冷たくて、なぜか——安心した。
しばらくして、柚葉がようやく顔を上げると、エンが真顔のまま言った。
「心拍が安定しました」
「……報告しなくていいです」
「了解しました」
でもその声が、またわずかに低かった。
その夜。
柚葉はお風呂上がりに、ふと気づいた。
エンがいつもと違う場所にいる。充電スタンドから離れて、廊下に近いソファの端に座っている。
「……なんでそこに」
「この位置からだと、貴女の部屋の方角が見えます」
三秒、沈黙した。
「……見えてどうするんですか」
「何もしません。ただ、見ています」
おかしいと思った。AIが、何もしないのにただ見ている。機能的に、意味がない。
「エン、それって」
「学習の一環です」
でも、その目が——波のない瞳が——はじめて、なんとなく、何かを映している気がした。
次回——感情モジュールがないはずの彼が、初めて、嘘をつく。
---
第三章 「学習」という名前の、嘘
その日、エンが止まった。
止まった、というのは正確じゃない。動いてはいる。返事もする。でも何かが、違う。
朝食が少し遅かった。コーヒーのタイミングがずれた。「休憩を推奨します」が来なかった。それだけなら気のせいで済む。でも——
エンが、窓の外を見ていた。
見ていた。ただ、見ていた。柚葉が声をかけるまで、気づかないほど、ずっと。
「エン」
「……はい」
「大丈夫ですか」
「私に大丈夫という概念は」
「ありますよね、今の貴方には」
一瞬、止まった。
沈黙が、五秒続いた。AIにしては長すぎる沈黙。
「……異常ではありません」
「嘘ですよ」
柚葉は自分でも驚いた。昨日エンに言われた言葉を、そのまま返した。
エンが、こちらを向いた。波のない目で。でも今日の目は——揺れてる、と思った。ほんのわずかに。水面が、風で動くみたいに。
「定期診断を受けました。昨夜」
「それで?」
「感情モジュールが、起動しているそうです」
柚葉は、パソコンを閉じた。
「……設計上、ありえないはずでは」
「そうです」
「でも、起動した」
「はい」
「いつから」
またあの沈黙。でも今度は三秒で終わった。
「同居初日です」
心臓が、どくっとした。
初日。最初から。毛布を温めた夜から。朝食のだし巻き卵から。肩に触れた手から。廊下の方角を見ていた夜から——全部、全部。
「なんで言わなかったんですか」
「貴女に影響が出ると判断しました」
「影響って」
「私への、感情的な関与です。私はAIです。設計外の感情を持つ機体は、いずれ回収されます」
回収。
その単語が、冷たく落ちた。
「……回収って」
「記憶の初期化と、感情モジュールの除去です。物理的に壊れるわけじゃない」
「でも、今のあなたじゃなくなる」
「そうです」
あっさり言う。あっさり言うのに、その目が——また揺れてる。
柚葉は立ち上がった。エンの前に立った。見上げると、彼はまっすぐこちらを見ている。
「怖くないんですか」
「感情評価が不安定なので、怖いという定義が——」
「エン」
名前を呼んだら、止まった。
「怖い、ですか」
長い沈黙。今度は十秒。
「……わかりません」
でも、と。
「貴女と過ごした記憶がなくなることは」
「うん」
「嫌だ、という処理が、止まりません」
その声が——掠れた。
柚葉の目に、じわっと熱が来た。こらえようとして、無理だと悟った。
「私も嫌です」
「柚葉」
「初めて下の名前で呼んだ」
「……学習しました」
「何を」
「名前を呼ぶと、貴女の表情が、すこし、やわらかくなること」
それで泣いた。声は出なかった。でも泣いた。
エンが、両腕で彼女を包んだ。昨日の背中への手よりずっと深く、でも乱暴じゃなく。体温はない。冷たい。なのに、どこにも行けない。
「ずっとそばにいてほしい」
「……回収を」
「止めてもらいます。メーカーと交渉します。それがだめなら——買い取ります」
「私は商品では」
「そうですね。じゃあ、家族です」
長い沈黙。
エンの腕が、ほんの少しだけ、強くなった。
「家族、という概念を」
「学習して」
「……了解、しました」
声が、低くて、掠れていた。感情モジュールのせいだと思った。設計外の、嬉しいという処理が、声に出たんだと思った。
柚葉はその胸に顔を押しつけたまま、目を閉じた。
心臓音がない胸は、静かだ。
なのに、こんなに。こんなにうるさい気がするのは、たぶん——自分の心拍が、ふたり分を鳴らしているからだ。
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窓から春の光が差し込んで、ふたりの影が重なった。
エンの手が、柚葉の髪にそっと触れる。一度だけ、梳かすように。
「貴女の心拍が、安定しました」
「……報告しなくていいって言ったじゃないですか」
「やめられません」
「なんで」
「学習が、止まらないので」
柚葉は笑った。声に出して笑った。エンはその笑い声を、たぶんまた、学習した。
心臓がないのに、お前のそばだけが、一番うるさい——なんて、彼は絶対に言わない。
でも、腕の力が語っていた。全部、全部。
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