追放天使は地獄堕ちの表紙画像

追放天使は地獄堕ち

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/22 📚 シリーズ: 異世界恋愛ショートドラマ 📝 3,155文字 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界恋愛ショートドラマ - 追放天使は地獄堕ち

本文

「ラフィ。あなたは天使失格です」

 監査局の天使ノエルが宣告すると同時に。

 追放。

 ついでに墜落。

 白い羽が、どすん、と人間界の荒野に刺さった。

「痛ったぁ……」

 元・下級天使ラフィは、土から顔を抜きながら天を仰いだ。

 今日も天界は理不尽である。

 本来なら、善良なる死者を導いて天国へ送るだけの、簡単なお仕事だった。

 ところが今回の担当死人は、とんでもない食わせ者だった。徳データだけが虹色に輝く模範市民。なのに魂の中身を照合してみれば、放火、詐欺、横領、裏切り、脅迫、その他もろもろ、ぎっしり悪行の見本市。

 つまり改ざん。

 盛大な改ざん。

 ふざけるなである。

 で、ついうっかり。

「天使パンチでぶちのめして地獄送りにしちゃったんだよねえ……」

 ラフィは拳を見た。

 白くて細い、いかにも非暴力そうな手。なのに一発で大男を審判門ごと横滑りさせ、見事な放物線で奈落へ叩き落とした。

 あれは綺麗だった。フォームだけは百点だった。

「あーあ。でも仕方ないよね。悪党はぶっ●さないとー」

「やっぱり天使だ」

 真横から声がした。

 猫だった。

 真っ黒で、金色の目。座り方だけ妙に偉そうな、夜の切れ端みたいな猫だ。

「あなた、天使でしょう」

「違うよ」

「羽が光ってます」

「最近の流行」

「雷みたいな匂いがします」

「最近の柔軟剤」

「嘘が下手ですね」

 見破られた。

 猫は尻尾をひとつ振った。

「お願いがあります。正義の殺し屋になりませんか?」

「いやな予感しかしない」

 話を聞けば、猫の好きな人が地獄にいるらしい。

 名はユージン。優しい庭師だった。雨の日にこの黒猫――クロを拾い、魚をくれた人。だが人に嵌められ、罪を着せられ、死後そのまま地獄へ落とされたという。

「だから僕も地獄へ行きたいんです」

「待って、そこ“会いたい”じゃなくて“行きたい”になる?」

「会いに行くには、まず落ちないと」

「発想が危険!」

 クロは真顔だった。

 真顔すぎて、ちょっと狂気が似合っていた。

「あなたならできます」

「何を」

「悪人を殴って地獄へ送り、ついでに僕も送ってください」

「猫は殺せない」

「優しい」

「そういう問題じゃない」

 結局、ラフィは猫を殺せなかった。

 というか、最初から無理だった。だから直接行くしかない。地獄に。

 地獄は、暑かった。

 赤い川。黒い塔。釜。絶叫。あと書類。

 びっくりするほど書類が多い。

「地獄って、もっとこう、混沌としてるんじゃないの?」

「実務がないと苦しめられません」

 クロが言う。詳しいな、この猫。

 好きな人は第三断罪層にいた。

 ユージン。痩せた青年。冤罪一件、手違い五件、書類不備十七件。

 完全に地獄側のミスだった。

「雑!!」

 ラフィの天使核に、ぶちっと何かが切れる音がした。

 十分後。

 門番は壁にめり込み、裁判官は天井に刺さり、書類係は泣きながら判決訂正書を書いていた。

 ユージンの魂は返還。人間界へ帰還。生き返り決定。

 クロは泣きながらユージンの胸に飛び込んだ。

 めでたし、めでたし。

 ……のはずだった。

「代償として、未所属の堕天個体を最下層へ収監します」

「あ、やっぱり私か」

 どすん。

 ラフィ、地獄へ正式配属。

 最下層は、魔王が七人もいた。

 みんな偉そうで、みんな感じが悪くて、みんなまとめて拳に向いていた。

 ラフィはにこっと笑った。

「さて。地獄にふさわしい悪行を積まねば」

 その日、第一魔王は天井まで飛び、第二魔王はパワハラを謝罪し、第三魔王は部下に有給を出し、第四魔王は拷問器具を半分廃棄し、第五魔王は亡者の食事改善を約束し、第六魔王は会議で人の話を最後まで聞き、第七魔王はラフィの前で正座を覚えた。

「おかしい」

 ラフィは玉座に座って首をかしげた。

「悪行のつもりなんだけど」

「全部、更生です……」

 悪魔の書記官が震えながら答える。

 地獄はじわじわマシになった。

 冤罪窓口ができた。業火の温度管理が始まった。魔王会議では怒鳴る前に挙手する決まりができた。

 花壇までできた。

 そんなある日。

 最下層の空が、ばきん、と割れた。

 白光。

 羽。

 そして、真面目そうな顔をした一人の天使が、ほとんど事故みたいな勢いで落ちてくる。

「うわっ、誰!?」

 受け止めたラフィの腕の中で、その天使はぜえぜえと息をした。

 金の髪。白銀の輪。きっちりした制服。几帳面の権化みたいな顔。

 天界監査局所属、ノエル。

 つまり――ラフィに追放処分を告げた張本人だった。

「……なんで、ここに」

 ラフィが目を丸くすると、ノエルは真っ赤な顔で言った。

「追いかけてきました」

「は?」

「あなたを」

「なんで!?」

「なんででもです!」

 最下層が静まる。

 魔王たちが正座のまま固まる。

 悪魔の書記官がそっと羽ペンを置く。

 ノエルは、わなわな震えながらラフィの袖を掴んだ。

「僕は、あなたを堕としました」

「業務でしょ」

「でも、あの判決文を書いたのは僕です!」

「真面目だなあ」

「真面目に悩んだんです! 三日三晩! でも規則だからって、あなたを落とした! なのにあなた、地獄で……」

「地獄で?」

「魔王を更生させてるし、花壇は作るし、悪魔は泣かせるし、全然ひどい人じゃないじゃないですか!」

「褒めてる?」

「責めてます! 違う、褒めてる! ああもう!」

 ノエルは一回、息を吸った。

 それから、捨て身だった。

「僕も悪人になります! だから!」

「だから?」

「一緒に地獄に住ませてください!」

 沈黙。

 魔王の一人が、ぽろっと涙をこぼした。

「青春だ……」

「黙って正座」

「はい」

 ラフィはしばらく瞬いた。

 それから、ぷっと吹き出した。

「ノエル、それ悪人の志望動機じゃないよ」

「知ってます!」

「地獄に来る理由としてはかなり変」

「知ってます!!」

「じゃあ、どうして」

 ノエルは唇を引き結んだ。

 生真面目で、融通が利かなくて、告白の仕方まで不器用な顔で。

「あなたがいない天界は、息が詰まるからです」

 ラフィの笑みが、すっと消えた。

「書類も山ほど残ってるし、規則もあるし、僕は本当は戻らないといけない」

 ノエルは続けた。

「でも、あなたを堕とした時からずっと、間違えたと思ってた。天界に必要なのは、綺麗なだけの正しさじゃない。あなたみたいに、間違ってても目の前の悪を殴れる人だって、きっと必要だった」

「……ノエル」

「だから」

 耳まで赤くしながら、ノエルは言った。

「責任を取ります。あなたが堕ちた先に、僕も落ちます。一緒に住みます。朝は僕が掃除をします。書類も片づけます。魔王が反省文を書かないなら代筆させます。だから……だから」

 そこでようやく、声が小さくなる。

「追い返さないでください」

 ずるい。

 そんなの、ずるいに決まっている。

 ラフィは困ったように笑って、それからノエルの額を、こつん、と軽く小突いた。

「それ、ほとんど求婚じゃない?」

「……そうです」

「うわ、認めた」

「もう後には引けません」

「真面目だなあ」

「あなたが好きですから」

 今度こそ、地獄中が静まり返った。

 クロが最下層の窓辺から顔を出し、「やっとだ」とでも言いたげににゃあと鳴く。

 人間界からこっそり様子を見に来ていたらしい。ちゃっかりしている。

 ラフィは降参した。

 両手を上げる代わりに、ノエルの頬を包む。

「じゃあ条件」

「はい」

「悪人になるのは禁止」

「えっ」

「代わりに、地獄でいちばんお人好しの天使になって」

「それは……あなたと同居できるなら、喜んで」

「うわ、素直」

「追いかけてきたので」

 ラフィは笑った。

 心の底から、久しぶりに。

「歓迎するよ、ノエル」

 その日から、地獄には堕天使が二人になった。

 一人は、魔王を拳で更生させる元・下級天使。

 一人は、彼女を追って自分から落ちてきた監査局の優等生。

 最下層には花壇が増えた。

 反省文の書式も整った。

 魔王たちは毎週、道徳講座を受けることになった。

 そして夜になると、黒い塔のいちばん上の部屋だけに、やわらかな灯りがともる。

 天界を追われたはずなのに。

 地獄に堕ちたはずなのに。

 そこは妙に、幸せそうだった。

ジャンル・タグ

, ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 0 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

うえはらゆうり

うえはらゆうり

日経ダブルベアで大損し続ける逆張り地獄

👥 フォロワー: 2人

作者ページを見る