政敵宰相と入れ替わったら、私が妹王女を推しまくって大混乱です! でもその宰相、敵国のスパイかもしれません
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あらすじ
異世界恋愛ショートドラマ - 政敵宰相と入れ替わったら、私が妹王女を推しまくって大混乱です! でもその宰相、敵国のスパイかもしれません
本文
鏡の中にいたのは、見知らぬ男だった。
いや、見知らぬは嘘だ。
見覚えはある。毎日ある。むしろ見たくない時ほど見る。
黒髪。切れ長の目。愛想のない口元。やたら整った顔。腹立たしいくらい落ち着いた雰囲気。
王国宰相クロード・ルヴェル。
問題は、その男が私の動きに合わせて、同じように口をぱくぱくさせていたことだ。
「……やだぁぁぁ!?」
低っっっっ!
私、セラフィーナ・アルヴェイン二十四歳、第一王女。
さきほどまで可憐な女だったはずなのに、今の悲鳴は見事に成人男性だった。終わった。
鏡から飛び退く。肩が重い。足が長い。視点が高い。手が大きい。
信じたくない。信じたくないのに、何もかもが「はいそうです」と主張してくる。
どうしてこんなことに!?
そのとき、背後で、聞き慣れた自分の声がした。
「騒がないでください、殿下」
ゆっくり振り向く。
そこにいたのは――私だった。
私の顔。私の髪。私の姿。
でも中身は違う。分かる。あんな仏頂面で立つセラフィーナがいてたまるか。
気が付く。
あの鏡の前で、あの男と口論したときからだ——。
▼
三十分前。
私はクロードを、王城の古い応接間へ呼び出していた。
理由は簡単。
明日の継承会議で、彼が本当に私を推すつもりなのか確かめるためだ。
それは困る。非常に困る。
女王なんて面倒くさい。朝から晩まで書類、会議、署名、謁見、笑顔、たまに戦争。ろくなものではない。
私はもっと、もう少し、こう、風通しのいい離宮で昼寝とかしたい。
「確認するわ」
私は扉が閉まるなり言った。
「明日、あなたは私を推すつもりなのね」
「ええ」
「やめて」
「却下です」
「即答!?」
人の人生の分かれ道に、そんな気軽な却下がある?
「ルイーゼでいいでしょう。あの子可愛いし」
「可愛いだけです」
「失礼ね!」
「褒めています」
「どこが!?」
クロードは眉ひとつ動かさない。悔しい。
「妹には無理です」
「決めつけないで」
「予算書を開いて五分で寝ました」
「睡眠は大事よ」
「先月の外交文書にうさぎの落書きをしました」
「芸術性が高いのよ」
「先々月、戴冠式の練習で王冠が重いと泣きました」
「繊細なの」
「王冠は軽くなりません」
くっ。
全部事実なので言い返しづらい。
「じゃあ何? あなたは私なら平気だと?」
「ええ」
「なぜ」
「面倒くさがりですが、有能だからです」
「うっ……」
「必要な時は逃げません」
「うぐっ……」
「妹より向いています」
「最後の一言だけは認めるけど、だからって嫌よ! そんなにやらせたいなら、あなたが王女をやってみなさい!」
言った。
完全に勢いで言った。
クロードは、窓辺の大きな鏡にちらりと目をやった。古い王家の品らしく、金の装飾がいやに仰々しい。
「貴女こそ、一度でいいから私の机に座ってみてください」
「嫌よ!」
「では、願いは一致していますね」
その瞬間。
鏡が、ぴかっと光った。
「え」
「下がって」
無理。間に合わない。
私はクロードの腕に引かれ、次の瞬間には世界がひっくり返っていた。
▼
現在。
私の身体に入ったクロードは、いつもの調子で言った。
「……状況は理解しました」
「私はしてない!」
「貴女が私、私が貴女です」
「言い方が落ち着いてるのが腹立つ!」
しかも明日は継承会議だ。
ばれたら終わり。ばれなくても終わりかもしれない。
翌朝。
私はクロードの身体で執務室に座り、人生で初めて宰相の机を見た。
「なにこれ」
「書類です」
「知ってる」
「今日の分です」
「今日だけで山脈なの!?」
しかも全部細かい。税。軍。道路。外交。小麦。塩。羊。羊? なんで羊で三通もあるの?
私はその瞬間、決意した。
絶対に女王になりたくない。
そして会議前の打ち合わせで、私はクロードの顔のまま、堂々と言い放った。
「やはり次代の女王はルイーゼ殿下がよろしいかと」
「は?」
「は?」
「は!?」
廷臣たちが三段階で固まった。
私の身体に入ったクロードだけが、ひどく冷たい声で言う。
「閣下、昨夜から気でも触れましたか」
「正気です!」
「その発言が異常です」
「妹殿下は可愛いので!」
「国政に不要です」
「可愛いは正義でしょう!?」
「戦時には弱い」
だめだ。
この男、私の顔で私より怖い。
▼
さらに最悪なことに。
その日の夜、私はクロードの執務机の隠し抽斗から、とんでもないものを見つけた。
隣国宛ての暗号文。
国境の兵の配置。
王城の出入り記録。
しかも一通には、こう書いてある。
**『年長の方は必ず押さえること。年少の方では代わりにならない』**
「なにこれぇぇ……」
ぞっとした。
私を推す。妹では駄目と言う。敵国への暗号文。
まさか。まさかだけど。
この男、もしかして。
もしかしなくても。
「スパイ……!?」
「違います」
真後ろから声がして、私は本気で飛び上がった。
私の顔をしたクロードが立っている。心臓に悪い!
「人の背後に立たないで!」
「宰相の部屋を漁っておいて言うことですか」
「それはそうだけど今はこっちが被害者でしょう!」
「違います」
「じゃあこの手紙は何! “年長の方を押さえる”って何! 私を敵国に売る気!?」
「売りません」
「妹を?」
「もっと売りません」
「じゃあ何よ!」
「説明すると長い」
「今すぐ短くして!」
クロードは、ほんの少しだけ目を伏せた。
あ、これは言いたくない時の顔だ。私の顔なのに腹立つくらい分かる。
「隣国の王弟が」
「うん」
「貴女か妹殿下を、婚姻で取り込もうとしている」
「は!?」
「私はそれを阻止している」
「えっ」
「妹では話にならないので、向こうは貴女を狙っている」
「なによそれ気持ち悪い!」
「同感です」
えっ。待って。
じゃあこれ、スパイ文書じゃなくて、私を売らないための文書?
「……本当に?」
「ええ」
「なんで言わなかったの」
「貴女が余計なことをするからです」
「余計なことって」
「単身で敵国使節に怒鳴り込みに行きます」
「行かないわよ!」
「半分くらいは」
「半分なら行ってるみたいで嫌!」
でも、胸の真ん中のひやっとしたものは、少し消えた。
▼
翌日。
妹ルイーゼを交えて秘密会議を開いた。
「というわけで、ルイーゼ。次代の女王になって」
「いやです」
「即答!?」
「だって面倒くさいですもの」
「そうなの!?」
「姉上、わたくしたち姉妹でしょう」
「そこは似なくていいのよ!」
ルイーゼは真顔でお茶をすすった。
「というか、わたくし、前から言ってますわ。書類は眠くなるし、会議は長いし、王冠は重いし」
「でしょうね」
私とクロードの声が綺麗に重なった。
ちょっとだけ、間が空く。
クロードが、いつも通りの低い声で言う。
「ですので、やはり貴女です」
「嫌」
「貴女です」
「嫌ったら嫌」
「諦めてください」
「雑!」
思わず机を叩いたら、ルイーゼが楽しそうに笑った。
「でも姉上、宰相閣下の身体で一日働いて、少し気が変わったでしょう?」
「え」
「閣下がどうして姉上を推すのか、前よりは分かったのでは?」
ずるい質問だ。
分かってしまった。少しだけ。ほんの少しだけ。
この男、冷たい顔をしているくせに、私が逃げたくなるような厄介ごとを、先回りして片づけていた。
しかも無言で。かわいげゼロで。黙って全部。
「……そういうところは」
思わずこぼれる。
「ちょっとだけ、ずるいと思う」
「褒め言葉として受け取ります」
「褒めてない!」
クロードは相変わらず淡々としている。
なのに、口元だけほんの少しだけ緩んだ気がして、私は急に落ち着かなくなった。
▼
入れ替わりは、その夜、鏡の前で元に戻った。
条件は単純だったらしい。
互いの立場を“最悪だ”と認めたうえで、相手に任せたいことを言葉にすること。
「では」
鏡の前で、クロードが言う。
「戻ったら、逃げずに継承会議へ」
「うっ」
「私は、貴女を売らない」
「……それ、任せてもいいの?」
「最初からそのつもりです」
ずるい。
そういう言い方は本当にずるい。
鏡が光る。
視界がぐらりと揺れて、次の瞬間には私はちゃんと私に戻っていた。
▼
継承会議の当日。
私は女王になりたくない顔をできるだけ隠して座った。
隣にはクロード。いつもの宰相の顔。いつもの無表情。
会議は進み、最終的に――当然のように、私が指名された。
終わった。
私の平穏な昼寝人生は終わった。
がっくり肩を落とした私に、散会後、クロードが低く言う。
「そんな顔をしないでください」
「するわよ。これから私、ずっと働くのよ」
「私も働きます」
「比率がおかしいでしょう」
「補佐します」
「全面的に?」
「ええ」
「……逃げても?」
「捕まえます」
「怖い」
でも、なぜだろう。
さっきまで絶望しかなかったのに、その一言で少しだけ笑いたくなった。
「ねえ、クロード」
「はい」
「もし次に、私を面倒ごとに巻き込むなら」
「巻き込みません。既に中心です」
「うっ……じゃあ、その、もう少し優しく言って」
「善処します」
短い返事。
なのにそのあとで、彼はほんの少しだけ身を屈めた。近い。近い近い。
「戴冠が済んだら、もうひとつお願いがあります」
「な、なに」
「今度は貴女の身体ではなく、私として隣に立たせてください」
待って。
それは。
それはちょっと、かなり、ずるい。
顔が熱くなる。絶対赤い。
でもクロードは、そんな私を見ても、あくまで淡々としたままだ。腹立たしい。かっこいい。腹立たしい。
「返事は」
「……保留!」
「では、その間も逃がしません」
「だから怖いのよ!」
妹ルイーゼの笑い声が、廊下の向こうから聞こえた。
たぶん最初から全部見ていたのだ。あの子はそういうところがある。
こうして私は、不本意ながら次代の女王になった。
でも隣には、言葉少なで、感じが悪くて、たまにずるいくらい頼れる宰相がいる。
それならまあ。
……ほんの少しだけなら、悪くないかもしれない。
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