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十年越しの「好き」は、ずっと同じ場所で

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/4/29 📚 シリーズ: 異世界恋愛ショートドラマ 📝 3,068文字 ✅ 全年齢

あらすじ

異世界恋愛ショートドラマ - 十年越しの「好き」は、ずっと同じ場所で

本文

第一章 再会は、最悪のタイミングで来る

 雨だった。

 それも土砂降りの、傘が意味をなさないやつ。ソアラは城門の軒下で雨粒を眺めながら、今日という日の不運を静かに数えていた。依頼書は濡れた。ブーツに穴が開いた。そして——

「ソアラ」

 名前を呼ばれた。

 十年ぶりに、その声で。

 振り向いた瞬間、心臓が一拍、明らかにおかしな動き方をした。

 カイル・エヴァンスは、背が伸びていた。当たり前だ、十年経っている。黒髪は短く整えられ、肩には王城騎士団の銀章。あの頃の、泥だらけで笑ってた少年の面影が、どこにも——いや、目だけが、同じだ。

「……カイル」

「やっぱりソアラだ」

 傘を差し出してきた。

 大きな手が、柄をこちらに向けて。

「濡れてる」

「見ればわかります」

「今も口が悪い」

 笑った。昔と同じ笑い方で。ソアラは傘を受け取って、それから受け取ったことを少し後悔した。これでは会話が続く。

「騎士になったんですね」

「ソアラは冒険者か」

「フリーランスの術士です」

「同じようなものだろ」

「全然違います」

 口が動く。勝手に動く。十年のつもりが、五分で昔に戻りそうで、それが恐ろしかった。

 ソアラがこの街を出たのは、十六の春だった。理由はひとつ。カイルが騎士団の推薦を受けた日の夜、彼の幼馴染の女の子が「あの子のことが好き」と嬉しそうに話しているのを聞いてしまったから。好きなら負ける、と思った。自分の気持ちを持て余したまま、翌朝には荷物をまとめた。

 彼には、何も言わなかった。

「なんで出ていったんだ」

 唐突に言われた。

「……修行のためです」

「手紙も寄こさずに」

「それは」

「十年だぞ」

 声に、棘があった。笑顔のまま、棘があった。ソアラは傘の柄を握り直した。雨音がうるさい。

「あなたには関係ない」

「ある」

「なぜ」

 答えなかった。

 代わりに、ソアラの頭に手を乗せた。ぽん、と。昔よくされた、あれと同じ手つきで。

「また会えてよかった」

 それだけ言って、騎士団の隊列に戻っていった。

 ソアラは傘を持ったまま、雨の中に立っていた。頭の上が、じわじわと熱い。

 次回——彼は十年間、ソアラを探していた。

---

第二章 「好き」の反対は、無関心じゃなかった

 翌日、また会った。

 今度は市場で。ソアラが依頼の素材を選んでいたら、隣に気配がした。

「奇遇」

「絶対違います」

「なんで」

「騎士が非番に市場で薬草を選ばない」

 カイルは黙った。一秒だけ。

「……ばれたか」

「最初から」

 ため息をついた彼は、それでもいなくならなかった。ソアラの隣に立って、素材を一緒に眺めて、売り子のおじさんに愛想よく値引きさせた。役に立つのが腹立たしい。

 昼食を一緒に食べることになった。なぜそうなったのか、ソアラにも説明できない。気づいたら向かいに座っていた。

「十年、どこにいたんだ」

「北の方」

「ずっと?」

「依頼があれば各地に」

「ひとりで」

「ひとりで」

 カイルがパンをちぎった。ちぎって、置いた。

「俺もずっとひとりだった」

「騎士団にいるじゃないですか」

「そういう話じゃない」

 視線が上がった。まっすぐ来た。ソアラはスープに目を落とした。

「あの夜、なんで行ったんだ」

 知ってる。知っていて聞いている。

「修行のためと言いました」

「嘘だ」

「……人聞きが悪い」

「ソアラ」

 名前だけで、返せなくなる。

 カイルがテーブルに肘をついた。少し前に出てくる。距離が縮まる。

「エリナのことを聞いたか」

 心臓が跳ねた。エリナ。あの夜、嬉しそうに「好き」と言っていた女の子の名前。

「……なんですか」

「彼女は今、よその街で元気にしてる。二年前に結婚した」

「それは、よかった」

「俺とは何もなかった」

 スープから目が上げられなかった。

「何も、というのは」

「好きだったのは知ってる。でも俺には別に好きな人がいたから、ちゃんと断った」

 別に。好きな。人。

「……誰ですか」

 聞いた。聞いてしまった。

 カイルは答えなかった。代わりに立ち上がって、ソアラの隣に来た。椅子を引いて、横に座った。近い。近すぎる。

「ソアラ」

「はい」

「俺の顔、見てくれ」

 見たくなかった。見たら、なんかわかってしまう気がして。

 でも顔が動いた。

 カイルがまっすぐ見ていた。あの金色がかった茶色い目で。

「十年、探した」

「……え」

「術士の資格取得者の記録を全部当たった。北部の冒険者ギルドに問い合わせもした。そしたら去年、ようやく登録名が出てきた」

「なんで、そんな」

「好きだから」

 静かに。あっさりと。でも重く。

 ソアラの思考が、止まった。

「俺が騎士団の推薦を受けた日の夜、お前が黙っていなくなった。理由がわからなかった。怒っているのかと思った。でも手紙もなかった。だから——」

「待って」

 声が出た。

「私が出ていったのは、エリナさんが、あなたのことを好きだと言っているのを聞いたから」

 今度はカイルが止まった。

「それで、負けると思って」

「……負けるって、誰に」

「エリナさんに。あなたの気持ちを巡って」

 沈黙。

 カイルの顔が、ゆっくり、崩れた。笑いをこらえているのか、別の何かなのか、判断できない表情で。

「ソアラ」

「はい」

「お前も、好きだったのか」

 答えられなかった。

 答える代わりに、スープをひとくち飲んだ。冷めていた。

 カイルが小さく笑う声がした。

 次回——十年分の「好き」の重さを、今夜ふたりで測る。

---

第三章 遅すぎた告白は、ぜんぶ取り戻せる

 夕暮れに、城壁の上にいた。

 なぜここに来たのか、ソアラにもわからない。カイルが「夕日がきれいな場所がある」と言って、ソアラが断れなかった。それだけだ。

 街が橙色に染まっている。遠くに山。昔、ふたりでよく眺めた山と、たぶん同じ山だ。

「怒ってるか」

 カイルが言った。

「何に」

「十年無駄にさせた」

「……私が出ていったんです」

「俺がちゃんと言ってれば、お前は出ていかなかった」

 横を見た。カイルも横を向いた。目が合った。すぐ逸らした。

「言えなかったんですか」

「騎士団に入ったばかりで、先が見えなかった。お前を引き止めるほどの資格が自分にあるかわからなかった」

「今は」

「ある、と思ってる」

 また目が合った。今度はお互いに逸らさなかった。

 カイルの手が伸びてきた。ソアラの手に触れる、寸前で止まった。触れそうで、止まった。昨日の頭の上の手と違う、もっと慎重な止まり方で。

「……いいですか」

 聞いた。

 ソアラは俯いた。頷いた。

 指が、絡んだ。

 大きな手だった。冷たくて、少し硬い、騎士の手だった。それなのに、おそるおそる触れるみたいな握り方だった。

「ソアラ」

「はい」

「帰ってきてくれてよかった」

 声が、掠れていた。

 ソアラの目が熱くなった。こらえた。こらえて、手を握り返した。

「……私が出ていったんです」

「でも帰ってきた」

「偶然です」

「そうかもな」

 少し間があって。

「でも、俺には必然だった」

 ずるい。ずるすぎる。十年経って背が伸びて騎士になって、それでそんなことを言う。

「カイル」

「ん」

「私も、ずっと好きでした」

 言えた。

 カイルが動いた。ソアラの方を向いた。手を引いて、肩を引いて、自分の側に引き寄せた。乱暴じゃない。でも迷いもない。

 肩に触れる。頭が、彼の肩のあたりに来る。

 夕日が落ちていく。山の向こうに。街が青くなっていく。

「十年分、取り戻していいか」

「……欲張りですね」

「そうかも」

「いいです」

 言った瞬間、腕が背中に回ってきた。包まれる。体温がある。鎧じゃなくて、人の温度。

 ソアラは目を閉じた。

 十年前に持て余した「好き」が、今ここで、ようやく着地した気がした。

 遠くで鐘が鳴った。夕刻の鐘。街が夜を迎える音。

 ふたりは動かなかった。

 それでよかった。今夜だけは、それでよかった。

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作者について

うえはらゆうり

うえはらゆうり

日経ダブルベアで大損し続ける逆張り地獄

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