十年越しの「好き」は、ずっと同じ場所で
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界恋愛ショートドラマ - 十年越しの「好き」は、ずっと同じ場所で
本文
第一章 再会は、最悪のタイミングで来る
雨だった。
それも土砂降りの、傘が意味をなさないやつ。ソアラは城門の軒下で雨粒を眺めながら、今日という日の不運を静かに数えていた。依頼書は濡れた。ブーツに穴が開いた。そして——
「ソアラ」
名前を呼ばれた。
十年ぶりに、その声で。
振り向いた瞬間、心臓が一拍、明らかにおかしな動き方をした。
カイル・エヴァンスは、背が伸びていた。当たり前だ、十年経っている。黒髪は短く整えられ、肩には王城騎士団の銀章。あの頃の、泥だらけで笑ってた少年の面影が、どこにも——いや、目だけが、同じだ。
「……カイル」
「やっぱりソアラだ」
傘を差し出してきた。
大きな手が、柄をこちらに向けて。
「濡れてる」
「見ればわかります」
「今も口が悪い」
笑った。昔と同じ笑い方で。ソアラは傘を受け取って、それから受け取ったことを少し後悔した。これでは会話が続く。
「騎士になったんですね」
「ソアラは冒険者か」
「フリーランスの術士です」
「同じようなものだろ」
「全然違います」
口が動く。勝手に動く。十年のつもりが、五分で昔に戻りそうで、それが恐ろしかった。
ソアラがこの街を出たのは、十六の春だった。理由はひとつ。カイルが騎士団の推薦を受けた日の夜、彼の幼馴染の女の子が「あの子のことが好き」と嬉しそうに話しているのを聞いてしまったから。好きなら負ける、と思った。自分の気持ちを持て余したまま、翌朝には荷物をまとめた。
彼には、何も言わなかった。
「なんで出ていったんだ」
唐突に言われた。
「……修行のためです」
「手紙も寄こさずに」
「それは」
「十年だぞ」
声に、棘があった。笑顔のまま、棘があった。ソアラは傘の柄を握り直した。雨音がうるさい。
「あなたには関係ない」
「ある」
「なぜ」
答えなかった。
代わりに、ソアラの頭に手を乗せた。ぽん、と。昔よくされた、あれと同じ手つきで。
「また会えてよかった」
それだけ言って、騎士団の隊列に戻っていった。
ソアラは傘を持ったまま、雨の中に立っていた。頭の上が、じわじわと熱い。
次回——彼は十年間、ソアラを探していた。
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第二章 「好き」の反対は、無関心じゃなかった
翌日、また会った。
今度は市場で。ソアラが依頼の素材を選んでいたら、隣に気配がした。
「奇遇」
「絶対違います」
「なんで」
「騎士が非番に市場で薬草を選ばない」
カイルは黙った。一秒だけ。
「……ばれたか」
「最初から」
ため息をついた彼は、それでもいなくならなかった。ソアラの隣に立って、素材を一緒に眺めて、売り子のおじさんに愛想よく値引きさせた。役に立つのが腹立たしい。
昼食を一緒に食べることになった。なぜそうなったのか、ソアラにも説明できない。気づいたら向かいに座っていた。
「十年、どこにいたんだ」
「北の方」
「ずっと?」
「依頼があれば各地に」
「ひとりで」
「ひとりで」
カイルがパンをちぎった。ちぎって、置いた。
「俺もずっとひとりだった」
「騎士団にいるじゃないですか」
「そういう話じゃない」
視線が上がった。まっすぐ来た。ソアラはスープに目を落とした。
「あの夜、なんで行ったんだ」
知ってる。知っていて聞いている。
「修行のためと言いました」
「嘘だ」
「……人聞きが悪い」
「ソアラ」
名前だけで、返せなくなる。
カイルがテーブルに肘をついた。少し前に出てくる。距離が縮まる。
「エリナのことを聞いたか」
心臓が跳ねた。エリナ。あの夜、嬉しそうに「好き」と言っていた女の子の名前。
「……なんですか」
「彼女は今、よその街で元気にしてる。二年前に結婚した」
「それは、よかった」
「俺とは何もなかった」
スープから目が上げられなかった。
「何も、というのは」
「好きだったのは知ってる。でも俺には別に好きな人がいたから、ちゃんと断った」
別に。好きな。人。
「……誰ですか」
聞いた。聞いてしまった。
カイルは答えなかった。代わりに立ち上がって、ソアラの隣に来た。椅子を引いて、横に座った。近い。近すぎる。
「ソアラ」
「はい」
「俺の顔、見てくれ」
見たくなかった。見たら、なんかわかってしまう気がして。
でも顔が動いた。
カイルがまっすぐ見ていた。あの金色がかった茶色い目で。
「十年、探した」
「……え」
「術士の資格取得者の記録を全部当たった。北部の冒険者ギルドに問い合わせもした。そしたら去年、ようやく登録名が出てきた」
「なんで、そんな」
「好きだから」
静かに。あっさりと。でも重く。
ソアラの思考が、止まった。
「俺が騎士団の推薦を受けた日の夜、お前が黙っていなくなった。理由がわからなかった。怒っているのかと思った。でも手紙もなかった。だから——」
「待って」
声が出た。
「私が出ていったのは、エリナさんが、あなたのことを好きだと言っているのを聞いたから」
今度はカイルが止まった。
「それで、負けると思って」
「……負けるって、誰に」
「エリナさんに。あなたの気持ちを巡って」
沈黙。
カイルの顔が、ゆっくり、崩れた。笑いをこらえているのか、別の何かなのか、判断できない表情で。
「ソアラ」
「はい」
「お前も、好きだったのか」
答えられなかった。
答える代わりに、スープをひとくち飲んだ。冷めていた。
カイルが小さく笑う声がした。
次回——十年分の「好き」の重さを、今夜ふたりで測る。
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第三章 遅すぎた告白は、ぜんぶ取り戻せる
夕暮れに、城壁の上にいた。
なぜここに来たのか、ソアラにもわからない。カイルが「夕日がきれいな場所がある」と言って、ソアラが断れなかった。それだけだ。
街が橙色に染まっている。遠くに山。昔、ふたりでよく眺めた山と、たぶん同じ山だ。
「怒ってるか」
カイルが言った。
「何に」
「十年無駄にさせた」
「……私が出ていったんです」
「俺がちゃんと言ってれば、お前は出ていかなかった」
横を見た。カイルも横を向いた。目が合った。すぐ逸らした。
「言えなかったんですか」
「騎士団に入ったばかりで、先が見えなかった。お前を引き止めるほどの資格が自分にあるかわからなかった」
「今は」
「ある、と思ってる」
また目が合った。今度はお互いに逸らさなかった。
カイルの手が伸びてきた。ソアラの手に触れる、寸前で止まった。触れそうで、止まった。昨日の頭の上の手と違う、もっと慎重な止まり方で。
「……いいですか」
聞いた。
ソアラは俯いた。頷いた。
指が、絡んだ。
大きな手だった。冷たくて、少し硬い、騎士の手だった。それなのに、おそるおそる触れるみたいな握り方だった。
「ソアラ」
「はい」
「帰ってきてくれてよかった」
声が、掠れていた。
ソアラの目が熱くなった。こらえた。こらえて、手を握り返した。
「……私が出ていったんです」
「でも帰ってきた」
「偶然です」
「そうかもな」
少し間があって。
「でも、俺には必然だった」
ずるい。ずるすぎる。十年経って背が伸びて騎士になって、それでそんなことを言う。
「カイル」
「ん」
「私も、ずっと好きでした」
言えた。
カイルが動いた。ソアラの方を向いた。手を引いて、肩を引いて、自分の側に引き寄せた。乱暴じゃない。でも迷いもない。
肩に触れる。頭が、彼の肩のあたりに来る。
夕日が落ちていく。山の向こうに。街が青くなっていく。
「十年分、取り戻していいか」
「……欲張りですね」
「そうかも」
「いいです」
言った瞬間、腕が背中に回ってきた。包まれる。体温がある。鎧じゃなくて、人の温度。
ソアラは目を閉じた。
十年前に持て余した「好き」が、今ここで、ようやく着地した気がした。
遠くで鐘が鳴った。夕刻の鐘。街が夜を迎える音。
ふたりは動かなかった。
それでよかった。今夜だけは、それでよかった。