召喚士 第2話:ビンス村
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あらすじ
いたって静かな日常に舞い込んできたのは、のどかな村の教会にまつわる脱税調査。しかしクレハの耳にしたスラムの人々の失踪事件で大きく動く。 白すぎる教会と手に剣のタコを持つ若い牧師。 不釣り合いなそれが、事件を呼ぶ。 村人たちの平穏な暮らしの裏側で起こるのはただの汚職事件か、それとも国家を揺るがす闇の始まりか――
本文
窓から漏れる陽気が暖かくて、屋根に登った野良猫が気持ちよさそうに寝息を立てる昼下がり。
タドロキアの街の片隅。民家を改装したカムイ隊の拠点、その広めのリビングで、カムイが机に突っ伏して情けない声を上げていた。
「あーもう無理だ!なんだってこんなに書類が多いんだ…」
市場での立てこもり事件から数日。現場で見せた頼もしいリーダーの姿はどこへやら、現在の彼は『事件詳細報告書』『魔法使用許可の事後申請』『市場の器物損壊査定書』『特異魔導道具押収書』『対警察隊合同捜査報告書』という、お役所仕事の山と格闘している。
「自業自得でしょ。カムイが『俺たちの管轄で保護する』なんてカッコつけるから、書類が三倍に増えたのよ」
ソファでファッション誌をめくりながら、アイが冷たく言い放つ。彼女は自分の指先に目線を移しネイルの状態をチェックする。
「アイ、お前もやることないなら手伝ってくれよ。計算とか得意だろ」
「嫌よ。自分の分はもう終わりました。それはカムイの仕事。そんな他人の仕事に私の脳みそを使うなんて、時間と労力の無駄です」
そう一蹴し取り合わない。カムイは少し顔を上げると窓の方を見る。暖かい春の陽気に光る緑。外はあんなにも気持ちよさそうだというのに、カムイの頭の中は限界寸前だ。
「たっだいまぁー」
ガチャリと玄関の扉が開き、元気な声とともに2人の男女が帰ってくる。1人はクレハ·グリードもう1人はアオイ·グリード。まだ幼い顔つきの2人は学生服に身をつつみ、軽快に家の中へと入る。
「おかえりなさい」
キッチンから迎えたナイルにアオイは笑顔で笑いかけ近づいた。
「カムイどうしたの?」
机に突っ伏したままのカムイにクレハが声をかける。
「書類の多さに絶望してるの。ひっぱたいてやる気出させてあげて」
「アイ、お前なぁ……」
雑誌に視線を落としたまま、アイがソファから応える。カムイはふてくされてボヤくと困った顔をして伸びをし深呼吸をした。
「あとどれくらい?」
「…3分の2くらい」
「ハハハ…頑張れ!」
「クレハ!お前まで!!」
肩に手を置きカムイを励ます。カムイが驚いた顔でクレハを見ると、その背中がヒラヒラと手を振って2階の自室に消えていく。
その様子にアオイはクスリと笑う。ナイルとアオイも困った顔でそれを見つめた。
「アオイも着替えおいで、お昼にしよう」
「うん。行ってくる」
アオイが大きく返事をして階段を駆けがる。その背中をナイルは笑顔で見送った。アオイの様子をカムイは安堵の表情で見つめる。
「話すようになったな」
「そうね…」
「この間、一緒に買い物に行ったの。すっごく楽しそうだったよ」
「そうか…ありがとうな。アイ」
「べっ別に、感謝されるようなことじゃないわ。あの子、センスがいいから、私の買い物に付き合わせただけよ」
視線は雑誌に向けたまま、アイは少しだけ耳たぶを赤くして、そっけなく返す。しかしその顔はとても嬉しそうだった。
クレハは知的な銀縁のメガネを、アオイは緻密な彫金が施された銀のブレスレットを身につけている。これらは、彼女たちの脳から溢れ出す“能力”の波長を一定に保つための制御具だった。
この世界には能力を持つものが存在する。魔力とはまた違う、一般的に特異体質と呼ばれるもので、その力は様々。生まれたときから透視できる者、魔力がないのに空が飛べる者。
クレハは人の身体を透視することができ、アオイは心の声が聞こえた。クレハとアオイの育った村はこうした能力を悪魔の能力と捉え、処分の対象とする掟があった。どんなに能力に対する研究が進んでも村の掟や文化はすぐには変わらない。2人の両親は2人を必死に隠そうとしたが、ついにバレて家族共々魔法生物の住む森に放り込まれた。2年前そこにたまたまカムイ達が別の任務で訪れており、紆余曲折を経てアオイとクレハだけを預かることになった。
当時のアオイは聞こえすぎるせいで心を閉ざし、元々活発な性格にも関わらず、誰かの思考に傷つき笑うことすらしなくなった。
五感からくる能力は一部の脳の働きが異常であることがわかっており、その能力自体を抑えるための道具がある。2人はそれを身につけることで能力を抑え生活をしている。
クレハもアオイも特異体質とその才能からクレハは15、アオイは13で召喚士養成校と医師、看護士校を掛け持ちしている。
ここ最近、口数は少ないが更に笑うようになったアオイは武術体術も精力的に学び「汗かくって本当気持ちいい!」ととびきりの笑顔を見せていた。
「あの調子だと大丈夫そうね。」
「そうね…」
穏やかな空気が流れる。昼食の香りが部屋の中に充満し、カムイの腹の虫が鳴った。
「よーし。飯だ飯!腹が減ってはなんとやら!先に食べるぞ!」
「現実逃避してるだけじゃないの?」
「ちげーよ!」
アイの鋭いツッコミに額に汗をかきながら応えるカムイはテーブルに広げた紙の束をまとめる。
「ただいま…腹減ったぁ……」
「おー、おかえりカズキ。どうだった?」
支部局に新しい任務依頼を受け取りに行っていたカズキが帰ってくる。昼食のいい香りにつられてキッチンを覗くカズキにカムイが声をかける。
「ああこれ…ビンス村の調査だと」
支部局の印が押された分厚いファイルがカズキの手からカムイに渡る。
「対象:ビンスの村はずれにある教会。容疑:牧師の脱税及び、違法な集金の強要。」
カムイはそれを開くと読み上げた。脱税や税の強要はよくある内容なだけに難しい任務でないことに少し胸をなでおろす。それを閉じると、報告書の山の上に置きテーブルをあける。
ナイルがトレーに乗せた料理を配膳し始めると、2階からクレハとアオイが降りてきて、賑やかなランチタイムが始まった。
「…そうだ。クレハ。 ガルの娘さんの様子はどうだった?」
昼食が終わる頃、カムイが少しだけ真面目な顔になってクレハに尋ねた。
ガルとは先日の引きこもり事件の犯人で、今は支部局の病棟で監視のもと娘と2人入院をしている。今日は昼までの授業だからと帰りに様子をみてくるよ頼んであった。
クレハは口のなかにあったものを飲み込むと、そうそう!と目を大きくして応える。
「熱、完全に下がってたよ! 今日からご飯も食べられるって。ガルさん、泣いて喜んでた。カムイさんによろしく伝えてくれってさ」
クレハの明るい報告に全員の頬が緩む。
「そっか。そりゃよかったな」
「ただ。」
カズキも満足げに鼻を鳴らす。だが、嬉しそうだったクレハの顔がふと真面目な顔をしてカムイを見た。
「ただね。…ガルさんが変なこと言ってたんだよね」
「変なこと?」
急に空気が重くなる。まだ食事中のナイルとアオイ、先に食べ終わり雑誌や研究書を見ていたアイとカズキもクレハの言葉に顔を上げた。
「うん。スラムで最近『割のいい仕事』の勧誘が回ってるんだって。住み込みで働けば、家族全員の生活を保証してくれる····みたいな」
「へえ、スラムにしては随分と羽振りのいい話だな」
カズキが眉をひそめる。クレハは首をかしげながら続けた。
「タドロキアの郊外にある、『ビンスの村の教会に』だって……でもさ、その仕事に行った人、一人もスラムに帰ってきてないんだってさ」
その言葉に、リビングの空気が少しだけ冷えた。
カムイは手の届くところに置いていた先ほどのファイルを手に取る。
「それもビンス村の教会じゃなかったか」
「ああ。そうだな」
カズキの問いかけにカムイは視線をファイルから変えず頷いてみせた。
ページには、力強い公印と共に『対象:ビンスの村外れ、辺境教会』の文字が並んでいる。
「脱税、変な勧誘、それにスラムからの失踪者……。ただの金絡みの事件じゃなさそうね」
アイが冷めた声で呟く。目を細めカムイは訝しむ。
「スラムの連中を集めて、教会で何やってるんだか…よし、カズキ、アイ。明日、現地を視察するぞ」
「りょーかい」
「はいはい…大ごとにならないといいけど…」
アイの呟いた一言にカムイは眉間にシワを寄せもう一度ファイルに目を落とす。何かが起こっている気がする。ざわつく心はこれから起こることを予想しているようだった。
翌朝。カムイ、カズキ、アイの三人はタドロキアの街の外れを歩いていた。
王都へと続く華やかな大通りを進む。街路樹の並ぶ木漏れ日がさわやかな通りを抜けるとビンス村に入った。村は拍子抜けするほどのどかな場所だった。
なだらかな丘陵地帯に広がる畑。風車がゆっくりと回り、土の道を子どもたちが笑い声を上げて駆け抜けていく。どこからか焼きたてのパンの匂いさえ漂ってきた。
「おいおい……」
カズキが拍子抜けしたように頭をかく。
「本当にこんな村で何か起きてんのか? 事件の匂いどころか、平和そのものじゃねぇか」
「同感ね。空気中の魔力濃度も安定してるし、異常は見当たらないわ」
アイも周囲を警戒しながら歩くが、不審な点は見つからない。
「……とりあえず、目的の場所に行ってみよう」
カムイの案内に従い、村のさらに外れへと少し足を進める。するとその村に出口に、真っ直ぐ光り輝く湖へと続く道ともう一つ、薄暗い路地へ続く別の道が姿をあらわした。
そちらの方に目線を向ける。太陽の光すら遮られる巨大な壁がそびえ立ち異様な雰囲気を醸し出した。その向こう側がこの国の抱える闇『スラム』の入り口だ。
ドブの臭いと、淀んだ空気が微かに漂ってくる。
「·····ここか。あの男と娘がいた場所は」
カムイは足を止め、鉄格子で塞がれたような薄暗い入り口を見つめた。
ガルが絶望し呪術書に手を出さざるを得なかった泥水のような世界。壁一枚隔てただけで、ここには王都の恩恵など微塵も届いていない。
「嫌な空気ね…長居すると服に臭いが染み付きそう」
アイが顔をしかめるが、その視線はスラムの奥を睨みつけるように鋭かった。カズキも無言で入り口を見据え、小さく息を吐く。
「行くぞ。ガルがいうように、騙されて教会に連れて行かれた奴らがいるなら、見過ごせねぇ」
3人はスラムを背にさらに先へと足を向けた。木立を抜けた先に大きく澄んだ湖が現れた。水面が春の陽光を反射してキラキラと輝いている。そして、その湖畔に建っていたのは——。
「…立派なもんだな」
カムイが思わず呟いた。
そこにあったのは、辺境の村には不釣り合いなほど白く美しい教会だった。外壁には汚れ一つなく、高くそびえる尖塔にはめ込まれたステンドグラスが、宝石のように光を放っている。
「綺麗だけど、違和感しかないわね。この規模の白亜の壁を維持して、ステンドグラスの曇り一つなく手入れするなんて、莫大な維持費がかかるはずよ」
アイが鋭い視線で教会を分析する。
「牧師が、莫大な献金を強要して脱税してたって容疑、あながち外れじゃなさそうだな。で、どうするカムイ。いきなり3人で乗り込むか?」
「いや、警戒されるかもしれない。まずは俺が1人で様子を見てくる。2人は村に戻って、教会の評判やスラムから来た人間の出入りがないか聞き込みをしててくれ」
「わかった。気をつけてね」
「何かあったらすぐ呼べよ」
2人に背を向け、カムイは単身その美しすぎる教会の重厚な扉を押し開けた。
ギィィと軋む音を立てて扉が開く。
内部もまた、チリ一つ落ちていないほど清掃が行き届いていた。静寂の中、ステンドグラスを通した色とりどりの光が祭壇を神秘的に照らしている。
「懺悔ですか? それとも、迷える子羊への導きをご所望で?」
ふいに、奥から声が響いた。
祭壇の陰から現れたのは、質素な牧師服に身を包んだ若い男だった。無造作に伸びた髪と、どこか人を食ったような飄々とした笑みを浮かべている。
「あ、いや……旅の途中でな。立派な教会が見えたから、少し祈らせてもらおうかと」
「それはそれは。歓迎しますよ」
若い牧師は優雅にお辞儀をした。だが、カムイの目はその男の「不自然さ」を見逃さなかった。
牧師服の下に隠しきれない、引き締まった体躯。そして何より、聖書を抱えるその手——手のひらから指の腹にかけて、分厚い『剣ダコ』がびっしりと刻まれていたのをカムイは見逃さなかった。
(こいつ…ただの牧師じゃないな)
カムイは内心の警戒を悟られないように、気さくな笑みを浮かべて尋ねる。
「若い牧師さんだな。この村にはよく外から人が来るのか? 仕事を探して、タドロキアのスラムから来る連中もいるって聞いたんだが」
男——リッド·ラウライドは、少しだ目を細め、変わらぬ笑みのまま首を振った。
「さぁ? 残念ながら、前任の牧師が急に重い病に倒れましてね。私は数日前に代理でここへ来たばかりなんです。それ以前のことはよく知りませんし、私が来てから、ここに怪しい人間の出入りはありませんよ」
よどみない返答。嘘をついているようには聞こえないが、逆に「完璧すぎる」返答だった。
これ以上しつこく探りを入れるのは得策ではない。カムイはそう判断し、息をつくと剣に手を乗せながら、男をまっすぐに見つめた。
「そうか。変なことを聞いて悪かったな。祈りはまたの機会にするよ」
「ええ。主の御加護があらんことを」
背中にリッドの視線を感じながら、カムイは教会を後にした。
扉が閉まった瞬間、カムイは深く息を吐き出す。
「……病に倒れた前任の牧師に、数日前に来たばかりの"剣士"の牧師、か」
マスター・ストライプの袖を揺らし、カムイはカズキたちが聞き込みをしている村へと足早に戻っていった。
リッドは扉を睨みつける。ゆっくりと閉まるその扉の向こうで旅の男が足を止めたのを確認した。
「あれは、もしかすると嗅ぎつけられたかもしれませんね」
「だな」
祭壇の裏から姿を現し肩まで伸ばした黒色の髪をかき上げながら、女エリナ・リードッグはリッドの横に並ぶとその声を凛と鳴らす。
「私が代わります。ライド様は牧師を辞めましょう。」
「いや、もうしばらくこれでいい。中まで詮索されることはしばらくないだろう」
高身長のリッドがエリナを見下ろす。リッドの胸元くらいから見上げたその目が細くなり「そうですか」と呟いた。
「……っていうか。お前がやるからバレたんじゃねぇの?なんで俺じゃねぇんだよ」
もう一人、祭壇横の扉からライム·リードッグが出てくる。エリナと瓜二つの顔を不機嫌そうに歪ませ、その手には手入れの行き届いた短剣が握られていた。
エリナはその声を聞くと少しだけ振り向きその姿を確認する。
「あんたに常に冷静で適切な解答ができるとは思えないからよ。大体、そのおもちゃを隠す知恵もないでしょう?」
「あ? ひっでぇな! おい!……俺だって、あの男の首筋くらいは、裏から狙えたんだぜ」
ライムが物騒なことを口にした瞬間、リッドの鋭い視線が彼を射抜いた。
「やめておけ。……あの男からは、妙な『音』がした。ただの旅人じゃない」
「だからなんだってんだ!俺のほうがぜってぇ強い!」
「どっちが強いかの話はしてない」
「うっせえな!俺はぜってぇお前より頭はいいぞ」
「はいはいそうですね。でもそれも論点じゃない。」
「やんのか!」
「誰もケンカは売ってない」
目を座らせ、腕組みをしながら応戦するエリナにライムの目は怒りに震える。
「ライム本当にやめておけよ。気付かれたかも知れないのに、教会部外者が喧嘩していたなんて知られたらそれこそ通報されかねない。」
リッドが2人の間に入り声をかけると、ライムはリッドを睨みつけた。軽く舌打ちをすると、額に筋を作りエリナとリッドを交互に睨みつける。
「うぜぇ!俺は出ていく。」
「どうぞお好きに」
ドカドカと歩いて教会から出ていく。エリナは扉が閉まるのを見届けるとため息をついた。
「はぁ…すいません。あいつバカなんです」
「いや、別に…それよりいいのか?出て行かせて」
「まだお昼間ですしいいんじゃないですか?夜までに帰ってくるでしょうし……今日も行くんでしょう?」
「ああ、まぁ…な」
「じゃぁ大丈夫です。さ。今からはちょっと休みましょう。ライド様もしっかり休憩してくださいね」
言うとエリナはニコリと笑って祭壇横の扉から奥の部屋へ消えてしまう。1人になったリッドは祭壇から入口を睨みつけ呟く。
「バレるわけにはいかない」
教会を後にしたカムイが村の広場へ戻ると、そこには予想外の光景が広がっていた。
「お、おい! ちょっ、引っ張るなって!」
「カズキ、私の服にその泥だらけの手を触れさせないで。結界張るわよ」
カズキとアイが、十数人の村人たちに取り囲まれていたのだ。しかしそれは敵意によるものではない。村人たちは皆、縋るように二人の手や服の裾を掴み、涙ぐんですらいた。
「あ!カムイ見つけた!」
「カムイ! 遅ぇよ、助けてくれ!」
アイとカズキが悲鳴のような声を上げる。カムイが目を丸くして駆け寄ると、恰幅の良い村の代表らしき男が、カムイの左袖『マスター・ストライプ』を見てパッと顔を輝かせた。
「おお! あなたも召還士様ですね! やっと……やっと王都が我々の声を聞き届けてくださった!」
「え? いや、ちょっと待ってくれ。あんたたち、俺たちが調べに来たって知ってるのか?」
「もちろんですとも! あの強欲な豚·····いや、前牧師の不当な税の取り立て! 払わなければ神の罰が下ると脅され、我々はずっと苦しんできたのです!」
村人たちが口々に「そうだそうだ!」「あいつを捕まえてくれ!」と声を上げる。
予想外の熱烈な歓迎に、カムイたちは呆気にとられて顔を見合わせた。
どうにか村人たちを落ち着かせ一人一人に話を聞くと彼らは一応に教会の牧師の脅迫に迷惑していたと口々に漏らす。
「…なぁ、アイ。これって」
「村人たちは『前任の牧師の脱税と脅迫』について相当怒ってるみたいね。でも…」
村人たちから解放されたアイは服を手ではらいながら冷めた目で村人たちを見回す。
「ねえ、あなたたち。その『前の牧師』が病気で倒れて、数日前から若い男に代わったことは知ってるの?」
アイの言葉に、村人たちはキョトンと首を傾げた。
「代わった? さぁ……教会は村の出口のさらに奥、湖のそばにあるもんで。あまり寄り付く者もおりませんし、知りませんでしたな」
「じゃあ、スラムから大勢の人間が教会に出入りしているのも知らないのか?」
カズキが問い詰めると、村人たちは顔を見合わせて首を横に振る。スラムの入り口は村の反対側の外れにあるため、彼らの生活圏からは完全に死角になっていたのだ。
だがその時、広場の隅にいた一人の老人が、ぽつりと口を開いた。
「……そういやぁ、三日ほど前の夜中。湖の方で奇妙なもんを見たぞ」
「奇妙なもの?」
カムイが輪から外れ老人の傍に駆け寄る。老人は顎髭を撫でながら、忌々しそうに顔をしかめた。
「薄汚れた身なりの連中が、何人も列をなして教会の方へ歩いていきよったんじゃ。スラムの入り口の方角からな。前の牧師はひどく選民意識が強くて、スラムの人間なんて敷地に入れるどころか、近づくことすら許さんかったはずなのに……」
その証言にカムイの脳内で全ての情報が線として繋がり思考が加速する。
前任の牧師はスラムの人間を近づけさせもしなかった。なのに、今は夜な夜なスラムの人間が「行列」を作って教会へ吸い込まれている。
あの美しすぎる白亜の壁。汚れ一つないステンドグラス。そして、聖書を持つ手には不釣り合いな剣ダコ…。先ほど会った飄々とした若い牧師の顔が脳裏に浮かぶ。
(なんなんだ……あの教会で、一体何が起きようとしてる?)
胃の奥が冷えるような嫌な予感。だが、スラムの人間を集めて何をするつもりなのか、その核心まではまだ届かない。
「カズキ、アイ。さっきのスラム街だ。」
カムイは村人たちから少し離れると、声を潜めて二人に告げた。
「どうやら、俺たちの追うべき『本命』は脱税牧師じゃない。数日前に教会を乗っ取った謎の連中だ。スラムの人間を集めて、何かよからぬことを企んでる」
「なるほどね。だからスラムから行った人間が誰一人帰ってこないわけ」
アイが腕を組み、面白くなさそうにため息をつく。
「カズキ。さっきの老人が言ってた『村の出口にあるスラム街』そこを調べるぞ」
「おう! やっと俺の出番が来そうだな」
カズキが好戦的な笑みを浮かべ、音叉を指で弾いた。のどかな村の裏側に隠された、底なしの悪意を感じた。
「なぁ、なんとかしてくれるんですよね? あの強欲牧師を引っ捕まえてくれるんでしょう!?」
すがりつく村人の手。カムイはそれを優しく、けれど力強く握り返した。
「あっああ……牧師も、その裏に隠れてる『何か』も、全部俺たちに任せておいてください」
村人たちの歓声が広場に響き渡る。
だが、踵を返したカムイの瞳に、先ほどまでの気さくな笑みはなかった。静かにそして重く言葉を紡ぐ。
「カズキ、アイ。一度戻って装備を整え直すぞ。……これは、ただの調査じゃ済まない気がする」
その言葉にアイが静かに頷きカズキは音を鳴らしてツバを飲み込んだ。
「ああ、上等だ……」
カムイ隊の3人は、熱狂する村を背に、戦士の顔で足早に拠点を指した。
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