新婚旅行とフィールドテスト、ついでにクーデター②
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
ノルンは帝都近くの森林に移動し、そこから帝都全体を見渡していた。
王宮を中心に、帝都のあらゆる場所から黒煙が上がっているのが見える。
AILICEによると、王宮内部まで軍部は進行している状態らしい。
また、既にノスティア王国含め、複数の国から同盟軍がクーデター鎮圧のために展開されているとの情報も入った。
「新婚旅行を台無しにした礼だ、これくらい付き合ってもらわないとな」
そう言って、ノルンはTempestを召喚する。
「重力操作、出力マイナス二十パーセント」
ノルンがTempestに術式をかける。
出力がマイナスなので、Tempestは空に落ちていくように上昇していく。
それから数分間、Tempestが大気圏を突破するまでの軌跡をAILICEで監視した。
そして、Tempestが大気圏を突破したのを確認して。
「AILICE、弾道計算。目標は……そうだな」
ノルンは人気の少なそうな南西側の城壁を指定した。
即座にAILICEが計算を完了させ、投下準備が整う。
「重力操作、出力三十パーセント」
ノルンはTempestにかけていた術式の出力を反転させる。
すると、Tempestが地表に引き込まれるように落下を開始した。
数分後、激しい轟音と共にTempestが目標の城壁に命中する。
Tempestが命中した箇所の城壁が、ガラガラと崩れ落ちる。
ノルンは、その崩落した城壁から城内に侵入した。
「さて、新婚旅行のお返しはまだ済んでいないぞ……」
そう言って、ノルンは城内の殲滅を始めることにした。
はずだったが……。
「誰もいないな」
ノルンは城の階段を上りながらつぶやく。
しばらく城内を散策したが、軍部の人間とは一度も交戦しなかった。
正確には、何度も接触したが全員が戦闘不能状態だった。
気絶している者、瓦礫に埋まっている者。
もちろん、敵なのでそのまま放置しておいた。
助ける理由もない。
そのまま階段を登りきると、大きなホールにたどり着く。
軍部の人間はいなかったのでスルーしようとした途端、どこからかかすかな悲鳴が聞こえた。
直後、遠くから爆発音や兵士たちの怒鳴り声、剣戟の音に混じって、少女の悲鳴が聞こえる。
「AILICE!半径百メートル以内の女性の生命反応を検索!」
数秒後、AILICEが青白い背景のマップを表示する。
マップ上にノルンの現在位置と少女のいる部屋までの最短ルートが表示された。
「目の前の部屋か!」
ノルンが部屋の扉を蹴破ると、そこには金色の髪をした獣人の少女が床に倒れ込んでいた。
胸部を刺されたのだろう。背中が赤く染まっている。
「一方遅かったか……!」
軍服から判断するに、兵士が五人、士官らしき人物が二人、そして将軍らしき者が一人。周囲には騎士の死体が転がっていた。
「何者だ?騎士団の者ではないな?」
「……通りすがりの一般人だ」
将軍らしき男が誰何する。鋭い双眸がノルンを捉え、如何にも警戒するような表情を見せると、表情を一変させて笑った。
それにつられて、周囲の男たちも笑う。
「通りすがりの一般人か!そんな奴が、どうしてこんなところに居る!」
「強いて言うなら、新婚旅行のお返しだ。それより……お前が首謀者で間違いないか?」
将軍らしき男は、ノルンの言葉が気に入ったのかゲラゲラと笑い出した。
「面白い奴だ、新婚旅行のお返しとは!そうだ、俺がこのクーデターを起こした張本人、カルヴァンだ!そして貴様は――」
言葉の途中でカルヴァン将軍が手を振る。 背後にいた兵士たちが一斉にノルンへ向けて剣を構えた。
「ここで死ね」
殺気を孕んだ声が部屋に響く。
「お断りだ。来い、Tempest!」
ノルンの声に呼応し、手元に魔法陣が出現する。
そこから冷たい風と共に黒い粒子が噴き出し、ノルン専用の杖が現れた。
ノルンがTempestを構えると、背後から風切り音が聞こえた。
それをTempestの石突で弾く。
「完全包囲ってか、面白い」
上から角度をつけた射線――天蓋の陰に伏せていた弓手を、ノルンはとっくに把握していた。
「AILICE、部屋全体の生命反応を表示」
ノルンの脳内に表示されたマップは、ノルンが既に把握していた配置と寸分違わず一致していた。
「全員で九人か、少ないな」
ノルンがそう言うと、カルヴァン将軍の顔から笑みが消えた。
「……何者だ、本当に」
「だから言ったろ、通りすがりの一般人だ」
ノルンは溜め息をひとつついてから、
「Tempest――2ndフェーズ移行」
そう呟いた瞬間、部屋の空気が変わった。
Tempestの本体が黒と深紫の粒子に覆われていく。
先端の位置が揺らめき、光を吸い込むように膨らんでいく。
兵士たちが後退した。本能的な恐怖だろう。
生物というのは、理屈より先に身体が反応するものだ。
「ひ、ひるむな!たかが一人だ、数で押し潰せ!」
カルヴァン将軍が怒鳴る。
「……数か。分かってないな」
ノルンはTempestをゆるく持ち上げた。
次の瞬間、兵士たちが床に叩きつけられた。
いや、正確には気絶させられた。
全員が呻き声をあげてその場に崩れ落ちる。
カルヴァン将軍も膝をつき、床を引っ掻く。
「な、に……を……」
「簡単な話だ、時間を止めてから全員Tempestでぶっ叩いた」
ノルンはそう言いながら、倒れ込んだ少女のそばに膝をついた。
背中の傷を確認する。傷は深いが、まだ息がある。
将軍が歯を食いしばって顔を上げる。目に怒りと屈辱が滲んでいた。
「……貴様、一体何者だ」
ノルンは少し考えてから、肩をすくめた。
「ノスティア王国の一般市民だ。それ以外に言いようがない」
新婚旅行のお返しは、存外あっさりと済んでしまった。
そう判断し、少女を連れて撤収しようとした瞬間。
壁一面の窓が吹き飛んで、粉塵で視界が奪われた。
「AILICE、外部の状況を確認!」
粉塵が晴れるのを待たずに、ノルンは少女を庇うように上から覆い被さった。
破片がノルンの背中を叩く。大したことはない。
数秒後、粉塵が晴れると、吹き飛んだ窓の向こう側——そこには、巨大な老竜が居た。
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