新婚旅行とフィールドテスト、ついでにクーデター③
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
粉塵が晴れると、吹き飛んだ窓の向こう側——そこには、巨大な老竜が居た。
全長は城塔と同じくらいだろうか。
鱗は深い灰青色で、長い年月を経て刃こぼれした剣のような凄みがある。
黄金色の眼が、ゆっくりとノルンを捉えた。
「どういうことだ……?本来なら老竜の使役なんて可能なはずがない」
「簡単な話だ、こいつで使役した」
カルヴァン将軍が懐から取り出したのは、小さな指輪だった。 深い紅色をしており、内側から何かが脈打つように光っている。
「強制使役のアーティファクトだ。これさえあれば、老竜であろうと意のままになる」
将軍はまだ膝をついたまま、それでも誇らしげに笑った。
「それで勝ったつもりか?」
「ああ、そうさ。いくらなんでも老竜に単独で勝つことはできないだろう」
老竜が低く唸る。
石床が振動し、天井から砂塵が落ちてくる。
「どうだ、降参しないか?老竜の炎に焼かれたくなければな」
ノルンは少し考えた。
こちらには手負いの少女。それにカルヴァン将軍には老竜がいる。
本気で交戦すれば単独で討伐可能だろうが、時間がかかる。
ここが崩れる可能性もあるだろう。
「潮時か……仕方ない」
ノルンは少女のことを考慮し、撤退することにした。
少女を右腕で抱き上げ、Tempestを左手に持ち直す。
「AILICE、建物の構造を解析。最短での脱出ルートを算出」
即座にマップが展開される。が、その前に老竜が大きく息を吸い込んだ。
「まずい……!」
ノルンが判断するより先に、喉の奥から橙色の光が漏れ始める。
「Tempest!」
ノルンはTempestにため込んでいた魔力を一気に放出する。
次の瞬間、部屋全体を炎が舐めた。
熱気が頬を焼く感覚がある。
天まで到達した炎が、石材を赤く変色させながら渦を巻いた。
「危ないところだった……!」
ノルンと少女は、魔力を一気に放出した反動を利用して城外へ脱出していた。
魔法ではない、本来ならただの自爆技だ。
二人が吹き飛ばされたのは城壁の外側、先ほどノルンが崩壊させた南西部の城壁だった。
さっきので魔力は完全に枯渇した。重力術式は使えない。
二人は勢いそのままに地面へ叩きつけられる。
運よく足から着地できたので、辛うじて致命傷は避けられた。
ノルンは膝をついたまま、少女を胸元に抱き直した。
衝撃でまた出血が始まっている。
「こんなときに……! AILICE、回復魔法の構築を急げ! 俺は後回しでいい!」
応答はない。
当然だ。魔力が枯渇した状態では、術式の使用は不可能だ。
少女の顔色が悪い。呼吸は浅いが、まだある。
「……こんなところで死なせるか!」
少女は答えなかった。
当然だ。多量出血で気を失っている。
ノルンは周囲を見渡した。
崩落した城壁の瓦礫が散らばっている。
城の内側からは老竜の唸り声と、炎の爆ぜる音が聞こえてくる。
ノルンの行動は、もはや執念に近かった。
全身の激痛を我慢し、回復術式の構築を急ぐ。
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報告:回復術式および転送術式の発動準備完了。実行しますか?(y/n)
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「AILICE、実行しろ! 回復術式の対象は彼女を優先!」
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処理完了:対象の生命維持安定化を確認
報告:魔力不足による回復魔法および転送魔法の発動に失敗。再実行可能まで五分
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「……俺の分は後回しにしろ。転送術式の発動を優先、転送先はリースフィリア皇国国境付近」
少女の顔色が、ほんのわずかだが戻った気がした。
呼吸が、先ほどより落ち着いている。
「よし……あとは逃げるだけだ」
そう思ったのもつかの間。
城壁の向こうから、複数の足音が近づいてくる。
瓦礫を踏み越える音、鎧の擦れる音。
すぐに人影が見えた。武装した兵士が十数人、崩落口から次々と流れ込んでくる。
「見つかったか……! こんなときに!」
少女を地面に寝かせ、震える脚でその前に立つ。
瓦礫からTempestを引き抜き、穂先を兵士に向ける。
「投降しろ! 抵抗すれば殺す!」
先頭に立つ士官が怒鳴る。
だが、ノルンは答えなかった。
「AILICE、転送まであと何秒だ」
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報告:転送魔法発動まであと三分
推奨:降伏
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「そいつは御免だな。こうなったら、やるしかないか」
ノルンは溜め息をひとつついて、それからゆっくりと身体を低くする。
次の瞬間、ノルンが動いた。
術式なし。魔力なし。Tempestなし。
ただの身体能力だけで、ノルンは先頭の兵士へ一直線に踏み込んだ。
相手が剣を構える前に間合いを潰す。
懐に入ってしまえば剣は使えない。
肘を顎に打ち込む。
手応えがあった。兵士が白目を剥いて崩れ落ちる。
「な……!」
二人目が横から斬りかかってくる。
ノルンは身体を沈めてそれを躱し、相手の腕を取って自分の体重ごとぶつかる。
鎧ごと地面に叩きつけた。
「化け物か!」
怒声が飛ぶ。
「獣人の身体能力をなめるな!」
ノルンは答えながら、すでに三人目に向かっていた。
人間より身体能力は高い。魔力なし、手負いの状態でもこれくらいはできる。
三人目が槍を突き出してくる。
ノルンは半身でそれを躱し、石突きの手前を掴んで引き込む。
引っ張られた勢いを殺せずに前に出てきた相手の顔面に、ひじを叩き込んだ。
四人目、五人目が同時に動いた。
こちらは前屈姿勢。刃は二方向から。
まずい、回避できない!
ノルンの首元に刃が差し迫った瞬間。
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報告:転送術式の発動準備完了。発動します
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足元に白い閃光が広がる。
転送術式の光が二人を包んだ瞬間、刃の感触が消えた。
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