第122話:【有線】サハラの沈黙、有線の絆
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第122話:【有線】サハラの沈黙、有線の絆
本文
砂漠に入って2日目に、世界が黙った。
最初はリディアが気づいた。
「……通信が落ちてる」
フェアリ・オプションの100機が一斉に信号を失い、制御を離れた蜂たちが砂の上にぽとぽとと落ちていく。紅い小さな体が砂に埋もれていく光景は、なんだか生き物が死んでいくみたいで、胸が痛んだ。
「リディア!?」
「機体は壊れてない。電波が……吸われてるの」
リュウガが砂を掬い、指先で擦った。
「高濃度マナの飽和領域だ。大気中のナノマシンが電磁波を吸収している。無線通信は全帯域で使用不能」
ピッコの顔色が変わった。
「MNWも……?」
マナ・ネットワーク。シスターズ同士を繋ぐ神経系。それが、途切れた。
瞬間、アークの車内で11の体が同時に揺れた。チェロが重力斧を取り落としかけ、オーボエが壁に手をつき、コルネが目を見開いた。
「……みんなの声が、聞こえない」
コルネが呟いた。いつもは脳の奥で繋がっている姉妹の気配が、消えている。
「ルーテ、ハープ、聞こえる?」
チェロが声に出して呼んだ。隣のキャラバンに乗っているはずの2人。無線もMNWもなければ、届かない。
「全車、停止せよ!」
カイルが即座にブレーキをかけた。10台のキャラバンが砂漠のただ中で止まる。エンジン音が消えると、恐ろしいほどの静寂が降りた。風すらない。砂粒が陽光に焼かれる、かすかなぱちぱちという音だけ。
「これが……沈黙の領域?」
「サハラの中心部に広がるマナ飽和帯。旧世界のデータにも記録がある。ここでは電子機器も、魔法系のネットワークも、一切機能しない」
リュウガが地図を広げた。紙の地図。こういう時、アナログが命綱になる。
「抜けるまでの距離は?」
「最短ルートで400キロ。全速で走っても丸一日はかかるな」
全車停止のまま、幹部がアークの甲板に集まった。リュウガ、ピッコ、カイル、チェロ、オーボエ、リディア、ヴォルフ、そして私。セフィラは車列の最後尾で警戒を続けている。
「通信なしでの縦列走行は危険すぎます」
カイルが腕を組んだ。
「車間が開けば連携が取れない。詰めすぎれば一撃で全滅する」
「加えて、この領域にはGaia変異体が棲息している可能性があると思う」
リュウガの言葉を証明するように、砂の下から微かな振動が伝わった。
ざり、ざり、ざり。
何かが、砂の中を移動している。うわぁ、嫌な予感しかしないわ……。
「リディア、ドローンは?」
「無理よ。電波が通らない以上、自律飛行もできない。……ただの置物」
リディアの声は平坦だったけれど、100機の子供たちが動かない苦しさは、表情の端ににじんでいた。
「つまり、偵察手段なし、通信手段なし、MNWなし?」
オーボエが状況を整理した。
「シスターズは個別の戦闘力を維持していますが、連携が取れません。これは――」
「致命的、ですわね」
ピッコが静かに言い切った。
◇◆◇◆◇
最初の襲撃は、停車から10分後だった。
5号車の床下から、黒い塊が噴き出した。
ナノマシンの変異体。サソリの形をした、拳ほどの大きさの群体。1匹1匹は小さいが、数が尋常ではない。砂の下から次々と湧き出し、車体の隙間に潜り込み、金属を齧る。
「きゃあっ!」
ボーンの悲鳴が聞こえた。5号車だ。でも、ここからでは何が起きているのか分からない。無線がない。MNWがない。声を張り上げても、砂漠の沈黙が呑み込んでしまう。
「くそっ、状況が把握できないッ!」
私は甲板から飛び降りようとして、リュウガに腕を掴まれた。
「待て。闇雲に走るな」
「でもボーンが――」
「分かっている。だが今バラバラに動けば各個撃破される」
リュウガの目が、私を射抜く。冷静で、けれど焦りが奥に見えた。
考えろ。考えろ、エリアーナ。
無線がダメ。MNWがダメ。電磁波は全部吸われる。
でも。
「……光は?」
「何?」
「電磁波が吸われるのは、ナノマシンが電波帯域を吸収してるからでしょ? 可視光は? 目で見えてるんだから、光は通ってる」
リュウガが一瞬、目を見開いた。
「……光ファイバー」
「そうよ! 無線がダメなら有線よッ!」
私はアークの整備庫に駆け込んだ。棚をひっくり返す。光ケーブルの予備。修理用の端子。接続キット。足りない分は――。
「マナという見えない網(ネットワーク)が死んだなら、光を通す『物理的なへその緒』で強引に繋ぐしかないわ!」
私はアークの整備庫に駆け込んだ。棚をひっくり返す。旧時代の遺跡から発掘し、丁寧に磨き直しておいた高純度のガラス繊維(光ケーブル)の束。そして、物理的な接点端子。それを探す。
「魔法の通信みたいに思考までは共有できない。でも、光の点滅信号なら、このマナの飽和地帯でも確実に声を届けてくれるはずよ! ねえ、ヴォルフ!」
「おう! 任せとけ!」
ヴォルフはすでに工具箱を開けていた。この男は、こういう時だけ異常に嗅覚が鋭い。
「光ケーブル積んでたわよね、全在庫は?」
「アーク搭載分が300メートル。各車に予備が50メートルずつ。合計800メートルだ」
「10台を繋ぐには?」
「車間20メートルとして、180メートル。余裕がある。やるぞ!」
ヴォルフの目が、昨日の死海遺跡と同じ輝きをしていた。
「あなた、こういう時だけ生き生きするわね」
「当たり前だ、リディア! 四千年前のロマンと今日のサバイバル、技術者の血が燃えないわけがないだろう!」
「ヴォルフ様。興奮するのは後にして、手を動かしてください」
セフィラが最後尾から駆けつけ、淡々と工具を受け取った。
◇◆◇◆◇
作業は突貫だった。
ヴォルフが光ケーブルの端子を車両のポートに力技で圧着し、私がハンダごてで接合部を固定する。リュウガが各車の接続順序を指示し、ピッコが信号プロトコルを組み上げた。
問題は、車両間の空中区間だった。走行中にケーブルが地面を擦れば一瞬で断線する。
「リディア……」
「……分かってるわ」
リディアがフェアリ・オプションの機体を20機、手ずから拾い上げた。電波が通らなくても、機械としての構造は生きている。翼のフックにケーブルを通し、車両のルーフに固定した。飛べない蜂たちが、ケーブルを支える吊り橋の柱になった。
「……飛べなくても、役には立つのね」
リディアが小さく呟いた。その声は誰にも聞かせるつもりがなかったのだろうけれど、私には聞こえた。
30分で、10台のキャラバンが1本の光ケーブルで繋がった。
先頭のアークから最後尾の10号車まで、800メートルの光の鎖。
「ピッコ、信号テスト」
「全車、応答確認。……繋がりましたわ」
チェロの声が、光に乗って届いた。
「――全員、聞こえるか?」
11の声が、順番に返ってきた。
ルーテ。ハープ。コルネ。ユーフィ。ボーン。テューバ。ヴィオラ。クララ。オルガ。オーボエ。そしてセフィラ。
1人も、欠けていなかった。
「ボーン! さっき大丈夫だった!?」
「大丈夫! サソリめっちゃ踏んだ! ランスで!」
「踏んだって……」
「潰れた! いっぱい!」
何だかんだで元気だった。
「……光ケーブルでの連携は、MNWとは違う」
オーボエが冷静に分析した。
「遅延がある。体感で0.05秒。それと、情報量はMNWの10分の1以下。感覚共有は不可能。音声と基礎データのみ」
「十分よ。声が聞こえれば、戦える」
私は最後の端子を締め、立ち上がった。
その時だ。
砂が、盛り上がった。
四方から。10台のキャラバンを囲むように、砂の下から黒いサソリの群れが噴き出した。数百、いや数千。地平線が黒く染まるほどの群体が、光ケーブルで繋がれた私たちの鎖に襲いかかった。
「全車、前進ッ! 止まるなッ!」
カイルの号令でエンジンが唸る。10台が一斉に動き出す。光ケーブルが張り、緩み、揺れる。
「コルネ、右翼の群れを!」
「了解、エリーちゃん!」
コルネの炎が砂を焼いた。3号車の窓から身を乗り出し、大剣を振るう。ケーブルを通じて位置情報が全車に伝わり、ユーフィが5号車から衝撃波で援護した。
MNWなら思考の速度で伝わる。光ケーブルでは、0.05秒遅い。
でも、そんなのわかってりゃ補正すればいい!
「テューバ、左!」
「見えた!」
テューバのハンマーが砂ごとサソリの群れを叩き潰す。振動がケーブルを伝って全員の手に届く。物理的な振動。仲間がそこにいるという、手触りのある証拠。
ルーテとハープが6号車から双剣で跳び出し、ケーブルの中継点に集まったサソリを掃討。オルガのビットがケーブルに沿って飛び、齧りついたサソリを電磁パルスで弾き飛ばす。
ヴィオラの中継でクララの狙撃データが全車に回り、セフィラが最後尾で振動剣を振るうたびに、ケーブルがびりびりと震えた。その震えが、全員に伝わる。
セフィラが、戦っている。1番後ろで、私たちの背中を守っている。
「チェロ、先頭車の進路確保を!」
「了解。――ルーテ、ハープ、前に出ろ!」
チェロの指示が光を伝い、ルーテとハープが先頭車に飛び移る。加速空間を展開し、前方の砂を切り裂いた。
10台の鎖が、1匹の蛇のように砂漠を疾走する。
「……魔法も電波もなくても、繋がれるんだな」
カイルがハンドルを握りながら、呟いた。
◇◆◇◆◇
サソリの群れを振り切ったのは、2時間後だった。
高濃度マナの領域を抜け、無線が復旧し、リディアのフェアリ・オプションが次々と空に舞い上がっていく。100の蜂が砂漠の空に散開する光景に、リディアがほんの少しだけ口元を緩めた。
MNWも回復し、シスターズの声が脳の奥で再び重なり始めた。
でもチェロは、すぐにはケーブルを外さなかった。
「……もう少し、このままで」
光ケーブルの振動が、まだ微かに手に残っている。0.2秒の遅延。10分の1の情報量。それでも確かに、全員がそこにいた。
私はリュウガの隣に座り込み、自分のケーブル端子を見つめた。
「ねえ、リュウガ」
「何だ?」
「あんたとも物理的に繋いでおくわ。迷子になったら困るでしょ?」
私はリュウガの義手にケーブルの切れ端を巻きつけた。何の意味もない。通信機能なんかない。ただの、光ファイバーの切れ端だ。
リュウガが、その切れ端を見下ろした。
「……俺はお前の隣以外に行く場所がない」
心臓が、また跳ねた。
『てぇてぇ最大値、本日2回目の更新だお!』
「ファーファ黙れッ!」
「エリーちゃん顔真っ赤ー」
「コルネもッ!」
砂漠の向こうに、陽が傾き始めていた。
エチオピアまで、あと帝国3個分。
光ケーブルの切れ端は、しばらくリュウガの義手に巻きついたままだった。
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