第123話:【誠実】南の守り人、科学への誠実さ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第123話:【誠実】南の守り人、科学への誠実さ
本文
サハラを南下して4日目。砂と太陽と乾いた風以外、何もない景色に目が慣れ始めた頃だった。
「地下に構造物を検出。深度約30メートル、人工的な空洞」
リディアが偵察型ドローンのデータを読み上げた。沈黙の領域を抜けてからは、フェアリ・オプションが再び空を飛んでいる。多眼カメラが捉えた地下の映像には、規則的な直線と直角が見えた。自然の洞窟ではない。
「……罠の可能性は?」
チェロが重力斧の柄を握り直した。
「不明。ただし熱源反応が複数。生体です」
カイルがキャラバンを500メートル手前で停止させた。
「偵察班を出す。リディア、ステルス型を先行させてくれ」
「了解」
小型のステルス特化ドローン5機が、砂の表面すれすれを滑るように飛んだ。地下への入口は巧妙に隠されていたが、換気用の竪穴から微かに風が漏れている。ドローンがその風穴に潜り込み、映像を送ってきた。
『おおっ! 人がいるお! たくさんいるお! でも武器は見えないお!』
ファーファが映像を全車に中継する。地下には女性や子供の姿もあった。農具のようなものを持ち、穏やかに作業をしている。
「軍事施設ではないな……」
リュウガが映像を確認した。
「だが油断はするな。カイル、第一種警戒態勢のまま接近する」
キャラバンが慎重に前進し、竪穴の近くに停車した。セフィラとオーボエが先行して降り、チェロが後方を固める。私たちが地上で警戒していると、砂の中から静かに蓋が持ち上がった。
中から褐色の肌に白い布を纏った壮年の男が現れた。武器は持っていない。額に太陽を象った焼印がある。
以前、旅の途中で出会った北の守り人たちと同じ紋章。だが雰囲気が違う。北の守り人は魔法と物理の融合を掲げていた。この人たちからは、魔法の気配がまるでしない。
「如何にも。客人を地下から監視していた無礼を許されよ。我々は『南の守り人』。この砂漠で理に殉じる者たちだ」
「リュウガ、もしかして知り合い?」
「直接は知らない。だが守り人のネットワークは旧世界から続いている。北にいた者たちの遠い縁者だろう」
「……ネットワークの礎を築かれたのはアリス様だ。だが我ら南の一族は、ソフィア様の教えに従い、魔法を捨てた。理に頼り、理に生き、理に還る。それが古の導き手が示された道だ」
ソフィア。あの見た目12歳の口の悪い老学者が、二千年前にこの地まで思想を届けていたのか。感情はノイズ、合理性こそ正義。その徹底した思想が、ここでは「魔法を使わない文明」として根付いていた。
「……ソフィアのやつ、こんなところにまで」
リュウガが苦笑した。
一方、ピッコは目を丸くしている。
「マナ濃度、ほぼゼロですわ。沈黙の領域の影響ではなく……本当に意図的に排除しているのね」
「あら。じゃあ私たちと相性がいいじゃない」
私が言うと、守り人の男が初めて表情を緩めた。
「魔法に頼らず、物理の法則で世界を理解する者たちか。……なるほど。アリス様のネットワークが、こういう形の旅人を導いてくるとは」
「物理で魔法世界を再定義する。それが私たちのやり方よ」
「面白い。我々と同じ志だ」
警戒態勢を維持しながらも、相手に敵意がないことは明らかだった。カイルが判断し、警戒を第二種に下げた。
「……入れ、とおっしゃってる?」
「客人を砂の上に放置するのは、砂漠の民の恥だ」
◇◆◇◆◇
案内された地下の工房で、私は息を呑んだ。
岩盤をくり抜いた空洞に、太陽光を集める巨大な反射鏡と、風を取り込む竪穴が何本も伸びている。電灯はない。代わりに、磨き上げた金属板が地上の光を奥へ奥へと導いて、地下の街全体を柔らかな自然光で満たしていた。
派手さはない。魔法の輝きも、ナノマシンの精緻さもない。ただ、鉄と銅と硝子で組み上げられた機械たちが、静かに回っていた。
歯車は手で削り出されていた。軸受けには動物の脂が塗られ、継ぎ目はすべて規格化されたボルトで留められている。壊れたら、その部分だけ外して交換できる。
「……これ」
私は水汲みポンプの分解図を見つめた。部品点数、わずか23。どの部品も、手持ちの工具で作れる形状。
「壊れても直しやすいように設計してあるのね」
「当然だ。壊れない機械はない。ならば、壊れた時に誰でも直せることが最も重要だ」
守り人の技師が、当たり前のように言った。
私のハンダ付けは、壊れたものを繋ぎ直す技術だ。でも彼らの設計思想は、もっと手前にある。壊れることを前提に、最初から直しやすく作る。
「科学への誠実さ、ってこういうことなのね……」
隣でヴォルフが、目を輝かせていた。
「この歯車の噛み合い精度! 手削りでここまで出せるのか!? 工作機械なしで!?」
「もしやヴォルフ殿は物理工学者か?」
「ああ! 見てくれ、俺のアークの浮揚ユニットだ! ここの軸受けが砂漠走行で摩耗して――」
「ならばこの合金を試せ。砂の研磨に強い!」
技術者同士は言語が要らない。ヴォルフと守り人の技師は5分で意気投合し、あっという間に部品を広げて議論を始めた。リュウガもいつの間にか輪に加わって、合金の組成比について何やら議論している。ここにいる全員が物理畑だから、話が早い。
セフィラが黙って工具を手渡す係になっている。
「セフィラ、楽しそうね?」
「楽しくはありません。……少しだけ、興味深いだけです」
嘘つき。口元が緩んでいる。
技術交流は実益も伴った。守り人の太陽光充電パネルがアークの屋根に追加され、シスターズの冷却系統に砂漠仕様の放熱板が組み込まれた。コルネの炎は出力を上げると自身の体温も跳ね上がるから、これは大きい。
「エリーちゃん、ボク涼しくなった!」
「よかったわね、コルネ」
「だから、もっと燃やせるよ!」
「ほどほどにしなさい」
◇◆◇◆◇
守り人の聖域は、工房のさらに奥にあった。
岩壁に刻まれた文字と、1枚の金属板。ナノマシン保存ではない。純粋な物理的手法――真空封入された金属エッチング。魔法を捨てた民らしいやり方だった。
「これは……アリスの手記?」
リュウガが金属板に手を触れた。義手の指先が、刻まれた文字をなぞる。
「リセット直前の記録だ」
ピッコが読み上げた。声が震えていた。
「『私は間違えた。リュウガを救うために世界の管理構造を分断し、種子を埋めた。だがその行為が次元震の間隔を短縮させた。愛する人を守ろうとした結果、世界の崩壊を早めてしまった。これは記録であり、告白であり、謝罪である。私の愛は、世界を壊した』」
沈黙が落ちた。
リュウガの表情が、凍っていた。
「……彼女は、俺のために世界を壊した」
低い声だった。
「その罪を、俺は背負わなければならないのか」
私はリュウガの隣に立った。彼の義手を、両手で掴んだ。冷たい金属の指。
「背負うのはあんた1人じゃないわ」
「エリー……」
「半分よこしなさい。夫婦でしょ?」
リュウガが長い息を吐いた。
「……お前にはいつも、言い返す隙を与えてもらえないな」
「当たり前よ。――アリスの愛は世界を壊した。でもね、リュウガ。私はそれを否定しない」
金属板に刻まれた文字を見つめた。四千年前の死海文書を遺した人も、二千年前のアリスも、やっていることは同じだ。大切なものを、守りたかった。
「不完全でいいの。愛ってそういうものでしょ? 完璧じゃなくて、間違えて、壊して、それでも諦めない。だから私がリセットを書き換える。アリスの愛を、今度こそ正しい形で」
リュウガが義手の指で、私の手を握り返した。
「……お前に論理で勝てたことが、一度もない」
「それ、褒めてる!?」
「当然だ。褒めているとも」
『てぇてぇ記録、本遠征通算47回目だお!』
「ファーファ、数えてんじゃないわよッ!」
守り人たちは、朝になると私たちを見送ってくれた。太陽光パネルと放熱板と、干し肉と水袋を積んだキャラバンが、再び南へ走り出す。
エチオピアまで、あと帝国2個分。
アリスが壊した世界を、アリスの愛ごと修理する。
不完全な修理屋の、不完全な旅は続く。
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