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第124話:【砂嵐】サハラの怒り、キャラバン全停止

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あらすじ

物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第124話:【砂嵐】サハラの怒り、キャラバン全停止

本文

守り人たちは、別れ際に1枚の革地図をくれた。

「この先、ナイル川の手前に磁場の乱れる地帯がある。我々はそこを『怒りの回廊』と呼んでいる。Gaiaの脈動が地表に漏れ出す場所だ。迂回を勧める」

 だが迂回すれば3日のロス。リセットまでの猶予を考えれば、正面突破しかない。カイルとチェロとオーボエが地図を睨み、リュウガが磁場データを計算し、最短ルートを弾き出した。

「回廊の幅は約80キロ。全速なら4時間で抜けられる」

「4時間、持つか?」

 カイルがリュウガを見た。

「やるしかない」

 出発から6時間後。空が、変わった。

 最初は砂が舞い上がっただけだった。

 だがそれは序章に過ぎなかった。地平線の向こうから、壁のような砂塵が迫ってくる。茶褐色の壁。高さは目測で数百メートル。その内部で稲妻が走り、大気そのものが軋む音が聞こえた。

「磁気嵐だ! 全車、ハッチを閉じろッ!」

 カイルの絶叫。

 遅かった。

 嵐が、キャラバンを呑んだ。

 視界がゼロになった。砂が車体を叩く音が、内側からでも耳を塞ぎたくなるほどの轟音に変わる。アークが横に揺れ、何かにぶつかった衝撃で私は壁に叩きつけられた。

「全車、応答しろッ!」

 カイルが無線を叫ぶ。返事がない。

「通信、死んでる……!」

 リディアが操作パネルを叩いた。

「磁気嵐で全帯域が潰されてる! フェアリ・オプションも全機制御不能!」

 MNWも落ちた。また。サハラの沈黙の領域と同じだ。いや、もっと悪い。あの時は電磁波が吸われただけだった。今度は、アークの電子系統そのものが狂っている。

 計器がめちゃくちゃな数値を吐き出し、照明が明滅し、そして――メインエンジンが止まった。

「駆動系に過電流。メイン制御基板が焼けた」

 ヴォルフが床板を剥がし、エンジンルームに潜り込んで叫んだ。

「量子浮揚ユニットも停止! 補助動力だけ生きてるが、走行は無理だ!」

 アークが、砂の上に腹をつけて止まった。

 他の車両の状況は分からない。通信が全滅している。窓の外は茶色い壁で、隣の車すら見えない。

「……最悪ね」

 私は深呼吸した。パニックになっている暇はない。

「ヴォルフ、制御基板の交換にどのくらいかかる?」

「予備基板があれば30分。だが問題は、磁気嵐の中で作業すると新しい基板も焼ける可能性がある」

「嵐が止むのを待つ?」

「水と食料の残量は?」

 ピッコが即座に答えた。

「車内備蓄で48時間分。ただし全員分となると36時間が限界ですわ」

「浄化リアクターは?」

 ヴォルフが首を振った。

「制御基板がイカれてる。アークのメインと同じだ。磁気嵐で電子系統が全滅してる以上、浄化も動かない」

「つまり、水は備蓄分だけ……」

「嵐がいつ止むかは、誰にも分からない」

 リュウガが静かに言った。

「これはGaiaのリセットの前兆現象だ。地殻内部のマナが磁場を乱している。規模から見て、自然に収まるまで数日はかかる」

 数日。浄化リアクターが動かず、水の備蓄が36時間で尽きる状況で、数日は待てない。

「……外で直すわ」

「エリー!?」

「外に出て、基板を換えて、エンジンをかける。嵐の中でも、やるしかないでしょ?」

 リュウガが私を見た。反対するかと思った。でも彼は、短く頷いた。

「俺も出る。風向きのデータを体で読む」

「ピッコ、残りの演算球体で風向きを計算できる?」

「ソフィアが6基持っていったから、手元には……ゼロですわ。手動で観測するしかありません」

 ヴォルフが工具箱を抱えて立ち上がった。

「俺が基板を換える。エリーはハンダで接合部を固定しろ。リュウガは外で風を読んで、砂が薄くなる瞬間を教えてくれ」

「3人で行くのか?」

 カイルが言った。

「俺はアークを離れられない。他の車両と合流できた時に指揮を執る人間が必要だ」

「分かってる。――チェロ、アークの守りを頼む」

「了解ですわ。……でも、父様、母様、無茶はしないでください」

「無茶をしなきゃ直せない状況よ、これは」

 ハッチを開けた瞬間、砂の壁が殴りかかってきた。

 視界ゼロ。

 呼吸すら困難だった。布で口と鼻を覆い、目を細めて、手探りでアークの外壁を辿る。風速は体感で40メートル以上。立っているだけで体が持っていかれそうになる。

「エリー、右手をアークから離すな!」

 リュウガの声が、風に千切れながら届いた。彼は義手を車体のフレームに引っかけ、もう片方の手で風向きの変化を読んでいる。

 ヴォルフが車体の下に潜り込み、床板を外した。

「基板、見えた! 完全に焦げてる! 予備を寄こせ!」

 私はポケットから予備基板を取り出し、ヴォルフに手渡した。砂が舞い込む。端子に砂が噛めば、また焼ける。

「ヴォルフ、端子カバーは!?」

「ない! この嵐じゃ何を被せても砂が入る!」

 その時、MNWが途切れているはずの通信に、ノイズ混じりの声が飛び込んできた。

 光ケーブル。

 サハラで繋いだあの有線が、まだ一部生きていた。

「――母様! 聞こえますか!?」

 コルネの声だった。3号車。

「聞こえる! コルネ、そっちは!?」

「3号車は停止してます! でも全員無事! エリーちゃん、あたしたちに何かできることない!?」

「……端子カバーが要るの。砂を遮断できる金属板。何でもいい、薄くて平らなもの!」

 光ケーブルを通じて、声が伝言ゲームのように繋がっていった。コルネから、ユーフィへ。ユーフィから、テューバへ。テューバから、ルーテへ。

 そして返ってきた答えは、予想もしないものだった。

「装甲片を剥がす。あたしの左肩の増設装甲、ちょうどいいサイズだ」

 テューバだった。

「テューバ!? 自分の装甲を!?」

「端子カバーに使えると思う。あたしの肩装甲は2ミリのチタン合金。砂くらい弾くよ」

 光ケーブルを通じて、次々と声が重なった。

「あたしの脛当ても使って!」

 ボーンだった。

「わたくしの背面パネルも。放熱効率は下がりますが、今はそれどころではありません」

 オーボエ。

「クララの照準カバーも外せますわ」

「ちょっと、ヴィオラ。賛成だけど、自分のも差し出しなさいよ!」

 ヴィオラとクララ。

 シスターズが、自分のパーツを差し出している。自分の体の一部を剥がして、アークを直すために。

「……あんたたち」

 泣きそうになった。泣いている場合じゃない。

「ありがとう! テューバの肩装甲だけでいい! 他は自分を守っておきなさい!」

 嵐の中、光ケーブル伝いにテューバの装甲片がリレーされてきた。コルネが受け取り、砂の中を走って届けてくれた。炎で照らしながら。

「エリーちゃん、届けたよ!」

「コルネ、戻りなさい! 危ない!」

「届けたかったの!」

 三女の笑顔が、砂嵐の中で燃えるように赤かった。

 テューバの装甲片を端子カバーにして、ヴォルフが基板を嵌め込む。私がハンダごてで接合部を固定する。風で炎が揺れる。手が震える。砂が目に入る。

「リュウガ、風が弱まる瞬間は!?」

「……今から12秒後に3秒だけ風向きが変わる! その隙に最終接合を!」

 12秒を数えた。リュウガの声を信じた。

 風が、一瞬だけ止んだ。

 その3秒で、吹き込む砂をテューバの装甲片でギリギリ防ぎながら、私は溶けた鉛を流し込んだ。

「……接合完了!」

「基板、通電確認! エンジン再起動するぞ!」

 ヴォルフが叫び、アークの腹の下でスイッチを入れた。

 エンジンが、咳き込むように唸った。一度、二度。三度目で、回った。

 量子浮揚ユニットが起動し、アークがゆっくりと砂から浮き上がる。

「――全車、光ケーブルで繋がっている車両は応答しろ!」

 カイルの声が、有線を伝って響いた。

 1台、2台、3台。最終的に8台が応答した。残り2台は光ケーブルが切断されていたが、リディアが手動で起動させたフェアリ・オプション3機が――磁気嵐の中、翼を砂に削られながら――位置を特定した。

「全車確認。ロープで物理連結する。バラけるな」

 10台のキャラバンが、鎖のように繋がった。光ケーブルと、ロープと、シスターズの声で。

「全車前進! 抜けるぞ!」

 嵐の中を、鎖が走る。砂を被り、風に煽られ、それでも止まらない。

 3時間後。

 風が、止んだ。

 砂の壁が薄れ、空が見え、そして――

「……緑だ」

 リュウガが呟いた。

 地平線の向こうに、砂の色とは違うものが見えた。細い、けれど確かな緑の線。そしてその中央に、陽光を反射して光る一筋の帯。

「ナイル川……」

 ピッコが息を漏らした。

「着いた……のか?」

 カイルがハンドルから手を離し、額の汗を拭った。

「まだよ。あの川を遡って、エチオピア高原まで登らないと」

 私はアークの甲板に出た。全身砂まみれ。髪も服も茶色い。隣にリュウガが立ち、反対側にカイルが来た。

「……それにしても、3人ともひどい顔ね」

「お前が一番ひどい」

「リュウガ、それ言う?」

 カイルが珍しく笑った。静かな、でも確かな笑い。

「……ここまで来たんだな」

「ああ。ここまで来た」

 リュウガがナイルの流れを見据えた。

 3人で並んで、砂漠の果ての川を見た。修理屋と、種子と、隊長。妻と、夫と、戦友。何と呼んでもいい。極限を一緒に越えた人たちだ。

「あの川の上流に、世界の心臓がある」

「直すわよ。いつも通り」

『砂嵐サバイバル、無事完走だお! 全車生存! ファーファも砂だらけだお!』

「その前にお風呂入りたい……」

 ボーンの声が、光ケーブルの向こうから聞こえた。全員が笑った。

 砂漠の果てに、川がある。

 その川を遡った先に、世界の心臓が待っている。

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ざつ

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