第126話:【廃都】エチオピア高原、天空の廃都
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第126話:【廃都】エチオピア高原、天空の廃都
本文
息が、重い。
標高2000メートルを超えたあたりから、空気が乾き始めた。崖道を登るにつれ、気温が下がり、植生が痩せていく。アークの空調は問題ないはずなのに、身体が重力を忘れたように軋む。ピッコが「マナ濃度、ほぼゼロ。酸素も少し薄いわ」と計器を読み上げた。
崖壁は赤褐色の岩が2000メートル以上そびえ、幅4メートルの旧山岳道路がキャラバン1台ぶんしかない。カイルが先頭車から「全車、速度を落とせ。タイヤが崖を噛んでいるか、目視で確認しろ」と的確に指示を飛ばす。
リュウガは窓の外を見ていた。義手の指が、地図の一点を押さえている。
「もうすぐだ」
標高2400メートル。高原の空気は乾いて冷たく、息をするたびに肺が痛んだ。
廃都は、枯れていた。
旧世界の高層ビルが、風と砂に削られて立っていた。10階建て、20階建て、30階建て。コンクリートの表面は剥落し、鉄骨が赤錆に覆われ、それでも骨格だけは高原の空を突いている。窓の空洞から乾いた草が垂れ、ひび割れた道路の隙間に低い灌木がしがみついている。森林限界に近い高地では、樹木は育たない。ただ草と風化だけが、2000年かけてこの都市を静かに喰った。
「……廃都」
リュウガが呟いた。
「旧世界の都市、アディスアベバ。標高約2400メートルの高原都市だった。ここにGaiaのオリジン・サーバーが設置されている」
「はぁはぁ。それにして、なんでこんな場所に?」
私の問いに、リュウガは少しだけ目を細めた。
「大地溝帯。400万年以上前、最初の人類がこの大地で立ち上がった。ホモ・サピエンスの揺籃の地だ。Gaiaは地球環境管理システム――人類の起源に、世界の心臓を置いた」
「400万年……」
「帝国の歴史が1500年だ。その約2700倍。気が遠くなるだろう」
ピッコが小さく笑った。
「スケールが違いすぎて、もう笑うしかないわね」
カイルが通信を入れてきた。
「リュウガ、ここから先は道幅がさらに狭くなる。キャラバンはこの広場で待機させたほうがいい」
「そうだな。カイル、お前は全車をここで預かれ。守りを頼む」
「了解。――気をつけてな」
10台のキャラバンが廃都の外縁に停車した。エンジンを切ると、風の音すら消えた。
徒歩部隊を編成する。リュウガ、私、ピッコ、シスターズ――チェロ、コルネ、ルーテ、ユーフィ、ヴィオラ、テューバ、ハープ、オルガ、ボーン、オーボエ――そしてセフィラ、リディア、ヴォルフ。クララはスコープを構えてキャラバン側で警戒。
廃都の中へ、足を踏み入れた。
――静かだった。
異常なほど、静かだった。
風は吹いている。乾いた草は揺れている。だが、音がない。鳥の声がない。虫の羽音がない。足元の瓦礫を踏んでも、反響が吸い込まれるように消える。
「……気持ち悪いわね」
オーボエが眉をひそめた。ハルバードの柄を握る手に力が入っている。
「音が、死んでる」ボーンが呟いた。
リディアがドローン5機を飛ばした。映像が腕の端末に届く。廃都の中心に向かって、建物の密度が上がり、やがて巨大な広場に行き着く。広場の奥に、黒い門。
「防衛システム、確認できません。監視塔が3基。それ以外は……何もないわ」
リディアの声が不安を滲ませた。
「何もない、のがおかしいのよ」オルガが静かに言った。ビットが周囲をスキャンしている。「マナ反応ゼロ。熱源ゼロ。生体反応ゼロ。……完全な無」
チェロが全員を見回した。
「気を抜かないで。何もないということは、何かがあるということよ。――行きましょう」
リュウガのAdmin権限は残り僅かだった。監視塔3基の制御を書き換え、赤い光を青に変える。針の穴ほどのルートが開いた。
ビルの隙間を縫うように進む。20分。30分。足音だけが、吸い込まれていく。
都市の中心に近づくほど、静寂が深くなった。呼吸すら憚られる。テューバが小声で「……嫌な感じ」と漏らし、コルネが頷いた。
そして、広場に出た。
その中央に、門があった。
高さ30メートル。幅20メートル。黒い金属の一枚板に、Gaiaのシンボルが刻まれている。その奥に、地底10キロメートルへ続く螺旋階段がある。世界の心臓への、唯一の入口。
「これが、オリジン・ゲートか……」
リュウガが立ち止まった。
門の前に、影が立っていた。
犬の頭部。黒い装甲。身長3メートル。両腕に光の槍を携えた、人型の機械。目にあたる部分が赤く灯り、こちらを見た。
「――管理者権限を検知。しかし、通行は許可されない」
声は金属的で、感情がなかった。
「Gaiaオリジン・ゲート門番、アヌビス。この門を守護するために設計された独立型AI。管理者権限による命令は受け付けない」
リュウガが一歩前に出た。「俺のAdmin権限でも駄目か」
「否。この門はGaia自身の意志で閉じている。いかなる権限も、ここでは無効」
オルガがビットの解析データを読み上げた。
「出力……セフィラのリミッター解除時に匹敵。装甲厚は未知。正面からの突破は――」
「私が行きます!!」
セフィラが自ら前に出た。
静かな声だった。だが、足元の瓦礫が震えた。
「待って、セフィラ!」
チェロが呼び止めた。
「全員で――」
「お姉様」
セフィラが振り返った。その目は、もう決まっていた。
「パッチ・オフした私に合わせようとすれば、皆が危険にさらされます」
オーボエが唇を噛んだ。
「……悔しいけれど、そのとおりね。あの出力に私たちが近づけば、かえって足手まといだわ」
オルガが頷いた。
「セフィラの全力戦闘領域に入れば、余波だけで私たちの装甲が保たないわ」
チェロが斧を下ろした。長女の顔が悔しさに歪む。
「……セフィラ。頼んだわ」
「はい、チェロ姉様」
にっこりと笑ってセフィラが一歩前に出た。両手の振動剣を抜く。
「全リミッター解除を申請します。装甲の自壊も、冷却液の沸騰も、すべてを推進力(エネルギー)に変換します」
「許可しますわ。パッチ・オフ。全力戦闘なさい」
ピッコの声に、微かな震えがあった。
肩の装甲が展開した。背中から4枚の光翼が広がる。《自由の翼》。五重の強化が段階的に解放され、セフィラの周囲の空気が白く霞んだ。地面の瓦礫が浮き上がり、砕け、塵になった。
アヌビスの赤い目が、わずかに輝度を増した。
「――排除する」
セフィラの体から光が溢れた。
ソフィアの量子パッチ、カオスゾーンのマナ代謝強化、リュウガの設計、プリシラの調律。五重の強化が全て解放され、出力がレッドゾーンを突破する。
アヌビスの光の槍が突き出された。音速を超えた一撃。それをセフィラの振動剣が受け止めた。
衝撃波が廃都を貫き、ビルが数棟、粉々に崩れ落ちた。テューバがハンマーを地面に突き立てて防壁を作り、オルガのビットが破片を弾き、コルネの炎が瓦礫を焼き払う。
速い。私の目では残像すら追えない。
3秒で20合。振動剣と光の槍が噛み合うたびに空気が裂け、地面が抉れる。
セフィラが上段から斬り込んだ。アヌビスが闇の盾で受ける。盾の表面に亀裂が走った――が、一瞬で修復される。門番は門から生まれた存在だ。門がある限り、修復は無限。
「セフィラの損耗だけが一方的に進む……」
ピッコが唇を噛んだ。
セフィラの左肩装甲が、槍の掠り傷で吹き飛んだ。火花が散る。それでも彼女は踏み込み、振動剣を横薙ぎに振った。アヌビスの胴を捉える――寸前で闇の盾が割り込み、弾かれる。反動でセフィラの右足が石畳に沈んだ。膝まで。
「セフィラッ!」
ボーンが叫んだ。駆け出しかけたテューバの腕をチェロが掴む。
「行っちゃだめだ! あの領域に入れば死ぬ!」
「でもッ!」
「信じるのよ。セフィラを信じて」
チェロの声が震えていた。
セフィラが石畳から足を引き抜いた。右脚フレームから火花が漏れている。稼働率は確実に落ちている。それでも構えを崩さない。
アヌビスの槍が連撃に変わった。3連、5連、8連。光の軌跡が扇状に広がり、セフィラの体を削っていく。右腕の装甲が剥がれた。胸部の増設パネルが砕けた。振動剣の刀身に罅が入った。
それでも、セフィラは前に出た。
後ろに、家族がいるから。
「……わたくしは」
セフィラが呟いた。声は静かだった。嵐のような斬撃の中で、不思議なほど澄んでいた。
「かつて兵器でした。感情のない、ただの戦闘機械でした」
振動剣を握り直す。罅の入った刀身が、最後の光を放った。
「母様が、名前をくださいました。お姉様たちが、笑い方を教えてくださいました。お父様が、守るということの意味を見せてくださいました」
アヌビスの槍が突き出される。セフィラは避けなかった。
同時に、振動剣が、アヌビスの胸部装甲に突き刺さる。
だがアヌビスも止まらなかった。左の槍がセフィラの右脚フレームを貫通し、右の槍がセフィラの背中を突き抜けた。その槍を彼女は左腕で掴んだ。
腕のフレームが軋み、指の関節が一本ずつ折れていく音が聞こえた。それでも離さない。
「わたくしは兵器ではありません。セフィラです。この家族の、末の妹です」
言葉と同時に、右手の振動剣を、アヌビスの仮面に叩き込んだ。
仮面に亀裂が走る。刀身が砕けた。
アヌビスの動きが、時間が、止まった。
セフィラの口元から、オイルが垂れた。だが、彼女は笑っていた。
セフィラがダメ押しで、振動剣を回した。
アヌビスの胸部装甲が内側から砕けた。赤い目の光が、消えた。
同時に――門が、開いた。
重い金属の軋みとともに、黒い扉が左右に割れた。奥から、冷たい風が吹き上がった。地底10キロメートルへ続く螺旋階段の、底知れない闘。
「――今っ!」
リュウガが叫んだ。全員が走った。セフィラの身体をヴォルフとリディアが両側から抱え、門の内側へ駆け込んだ。
アヌビスの残骸が痙攣し、赤い光が点滅した。再起動しようとしている。だが門が閉まった。重い金属音とともに、黒い扉が噛み合った。
門の内側に、アヌビスは追ってこなかった。
暗い階段の入口。全員の息が荒い。ヴォルフがセフィラを壁際にそっと降ろした。
胸部装甲は全損。左腕フレームは骨折。右脚フレームに貫通痕。背面に、槍の穴が2つ。
チェロが駆け寄った。
「セフィラ、動かないで。――オルガ、ハープ、ルーテ、テューバ、応急処置を」
オルガが即座にビットを展開し、損傷箇所をスキャンした。
「コアは無事。フレーム損傷が深刻だけれど、致命的じゃないわ」
ハープとルーテがセフィラの両側に膝をつき、破損した接続部を手で押さえた。テューバが自分の肩装甲を外し、セフィラの胸部に当てた。
「……テューバ姉さん」
「黙って。あなたの装甲が足りないから、あたしのを使うだけ」
セフィラが目を開けた。
全員が、そこにいた。
チェロが手を握っている。オーボエが傍らに立っている。コルネが、ユーフィが、ボーンが、ヴィオラが。ハープとルーテが接続部を押さえ、テューバが装甲を支えている。オルガがビットで診ている。リディアが、静かにセフィラの髪を撫でていた。
リュウガと、私が、正面にいた。
セフィラは、微笑んだ。
「お父様、お母様、お姉様たち……。わたくしは……自由でした」
リュウガが、セフィラの頭にそっと手を置いた。義手の、温かい手。
「……ああ。よくやった」
私はセフィラの手を握った。冷たい金属の指が、微かに握り返してきた。
ヴォルフが工具を広げていた。その手が、震えていた。
「……直す。俺が、絶対に直す」
リディアが黙って工具箱をヴォルフの隣に置いた。予備パーツ、接合剤、微細ドライバー。彼女の手は震えていなかった。だがその目は、赤かった。
「ヴォルフ様。セフィラをお願いします」
「ああ……」
リュウガが立ち上がった。螺旋階段の闇を見下ろした。
「ヴォルフ、リディア。セフィラの修理はお前たちに任せる。――俺たちは、降りる」
ヴォルフが顔を上げた。
「……必ず直して待ってる。行ってこい!!」
螺旋階段の底から、低い振動が伝わってくる。
世界の心臓が、鼓動している。
ここから先は、降りるだけだ。
10キロメートルの闇の底へ。Gaiaの核へ。アリスが設計し、ソフィアが計算し、リュウガが守ろうとした、希望と絶望の起源へ。
私たちは、立ち上がった。
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