第127話:【螺旋】アリスの記憶
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第127話:【螺旋】アリスの記憶
本文
螺旋階段は、終わらなかった。
黒い金属の壁。幅2メートルの通路が、緩やかな弧を描いて地底へ沈んでいく。手すりはない。照明もない。ピッコの演算球体が淡い青を放ち、足元だけを照らしていた。
門の入口にヴォルフ、リディア、セフィラを残して、13人が降りている。リュウガ、私、ピッコ。シスターズ――チェロ、コルネ、ルーテ、ユーフィ、ヴィオラ、テューバ、ハープ、オルガ、ボーン、オーボエ。
1キロメートル。2キロメートル。足音だけが壁に反射する。気温が上がっていく。標高2400メートルの乾いた冷気が嘘のように、地底の空気は重く、湿っていた。
「……深いですわね」
オーボエが呟いた。
「まだ2キロ。あと8キロある」
リュウガが振り返らずに答えた。
3キロメートルを過ぎたあたりで、壁が変わった。
黒い金属の表面に、光の線が走り始めた。青く、細く、脈動するように明滅する。ナノマシンの回路。Gaiaの神経が、壁そのものに埋め込まれている。
そして――映像が、流れ出した。
壁面全体がスクリーンになった。最初はノイズ。次に、都市。巨大な高層ビル群、空を飛ぶ車、笑い合う人々。旧世界の文明の頂点。
「これ……」ピッコが足を止めた。
「アリスの記録データ。Gaiaのストレージに保存された映像ね」
映像が切り替わった。同じ都市。だが空は赤い。ビルの壁面をナノマシンの銀色の波が這い上がり、人々が倒れ、機械が暴走している。悲鳴。爆発。崩壊。
「……ねえ」
私は、歩きながら呟いた。
「そもそも、これ、誰に見せるために残したの?」
ピッコが振り返った。オーボエが足を止めた。
「アヌビスが2000年守っていた。その間、誰もここに来ていない。つまりこの映像は、2000年間一度も誰にも見せていない記録よ」
「……無粋だけど、母様の言うとおりですね」
オーボエが壁を見上げた。
「いつか誰かが来ると信じて残した、ということかしら」
チェロが静かに言った。
誰にも見せられないまま、2000年。
アリスの孤独が、壁の光の中に滲んでいた。
映像は続いた。環境破壊。資源戦争。エネルギー危機。宇宙や深海を開発しても、人類の根本的な問題は解決しなかった。戦争が繰り返され、ついに人類そのものが滅びかけた。
そして――二人の女性が映った。
一人は白衣の長髪。もう一人は銀髪に冷徹な目。
「アリスと……ソフィア?」ピッコが息を呑んだ。
二人が巨大な端末の前に並んで座り、何かを設計している映像。だがその背後に、スーツを着た数人の男女が立っていた。政治家か、軍人か。彼らが二人に何かを指示し、アリスが顔を歪め、ソフィアが無表情に頷いている。
「……命じられた、のか」リュウガが低く言った。
「リセットは、彼女たちの意志じゃない」
映像が途切れた。
4キロ。5キロ。
壁の光が弱まり、映像の代わりに沈黙が降りた。
6キロメートルを過ぎたあたりで、通路が広がった。
壁の両側に、棚が並んでいた。金属の棚に、無数のパーツが整然と積まれている。腕。脚。胴体フレーム。頭部ユニット。
リュウガが、足を止めた。
「……これは?」
棚のパーツには型番が刻まれていた。だが全て同じ基本設計。微妙にサイズが違う。微妙に関節構造が違う。そして全て――リュウガと、同じ骨格だった。
「試作体……」ピッコが演算球体を棚に近づけた。光がデータを読み取る。「製造番号001から274。全て『管理者用生体データベース筐体』。成功判定……274番目のみ。残り273体は『廃棄』」
273体の、リュウガ。
全て失敗し、廃棄された身体。
「リュウガ……」私が彼の腕に触れた。
リュウガは棚を見つめていた。義手が微かに震えていた。
「これが俺の……はじまり、か」
壁の光が、赤く変わった。
データの奔流が壁を覆った。文字列。数字列。管理者ログ。
『管理者ID:Ryuga――生体データベース最終型。格納情報量:人類文明史全領域。用途:世界再建用の知識保管媒体。感情モジュールは再建後の人間との交渉用に搭載。本体の自己認識は運用効率のため虚偽記憶を移植――』
リュウガの目が、凍った。
「虚偽……記憶」
『対象の自己認識:「アリスの親友の息子」。実態:アリスおよびソフィアにより設計・製造された人工生体。自我の基盤となる記憶は全て人為的に構築されたものです』
リュウガが壁に手をついた。
「俺の記憶は……全部、作り物か」
壁が答えた。
『管理者は生けるデータベースです。感情は交渉用のインターフェースです。あなたという自我は、設計仕様の一部です』
リュウガの目から光が消えかけた。
「……そうか。俺は――」
「違う!!!」
私はリュウガの前に立った。壁の赤い光を背中で遮り、両手でリュウガの顔を挟んだ。
「あんたは道具じゃない。私の助手よ!」
リュウガの瞳が、揺れた。
「重い機材を運んで、工具を渡して、私のハンダ付けが下手だと黙って直してくれる。毎朝コーヒーを淹れて、セフィラの頭を撫でて、シスターズに『気をつけろ』って言う。記憶が作り物だろうが関係ない。私が見てきたあんたは本物よ!」
壁のデータが激しく明滅した。
『感情はインターフェースです。管理者は――』
私はスパナを壁に叩きつけた。火花が散り、データの一部が乱れた。
「うるさい。あんたの過去も、私が直す!」
リュウガの義手が、私の手を握り返した。
「……お前の声が聞こえる限り、俺は俺でいられる」
「当たり前でしょ。作り物だろうが人工だろうが、私の旦那はあんただけよ!」
壁の赤い光が、消えた。青い光が戻った。
沈黙。
そしてテューバが盛大に吹き出した。
「……さすが母様。地底10キロで愛の宣言」
「ブレないわね、お母様」
オーボエが肩を竦めた。だがその目は笑っていた。
「記録しました「『第127回家族会議議事録:母様、地底にて父様への所有権を再確認』」
珍しくコルネが真面目な顔で言った。あ、クララの代わりなのかな。
「やめなさい!」
笑い声が、螺旋階段に響いた。2000年間誰の声も届かなかった闇に、初めて笑いが落ちた。
その隅で、ファーファが静かにレンズを回していた。クララの代わりに、一部始終を記録している。音声、映像、壁面データ、エリーの表情。全てを地上のクララと同期するために。小さな妖精型端末は何も言わず、ただ忠実に、家族の姿を刻んでいた。
チェロが静かに全員を見回した。
「今の情報、全員聞いたわね。動揺があるなら、ここで吐き出して。この先はもっと深くなる」
テューバが拳を鳴らした。
「動揺? 父様は父様でしょ。それ以外に何があるの?」
「同感です」
オーボエがハルバードの柄を握り直した。
13人は、また歩き始めた。
7キロメートル……。
8キロメートル…………。
9キロメートル………………。
そして――扉があった。
螺旋階段の底。巨大な円形の扉に、文字が刻まれている。
『Origin Server Core ―― アリスの工房』
リュウガが扉に手を触れた。
重い金属が、ゆっくりと開いた。
奥から、白い光が溢れた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。