第128話:【工房】師弟の対話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第128話:【工房】師弟の対話
本文
白い光の中に、工房があった。
天井の高さは30メートル以上。壁面全体がナノマシン回路で覆われ、青白い光を脈動させている。中央に巨大な円柱型の端末――Gaiaのオリジン・サーバーのコア。その周囲に、工具、端末、記録装置が円形に配置されている。2000年前のまま、埃一つなく保存されていた。
「……工房だ」
リュウガが呟いた。その声に、かすかな震えがあった。ここで自分は作られた。273体の失敗作の果てに。
私は工房を見回した。修理屋の目で見れば、この配置には覚えがある。工具の並べ方、端末の角度、作業台の高さ。
「アリステア家の工房と、同じレイアウト……」
『当然じゃろう』
声が響いた。ピッコの演算球体が震え、青い光が強まった。
「ソフィア?」
ピッコが球体を掲げた。
『クロノスからの遠隔通信じゃ。この深度でも演算球体なら繋がる。あの球体はワシが作ったからの』
ソフィアの声は、いつもの不遜な調子だった。だがどこか、覚悟を決めた響きがあった。
『アリステア家の工房設計は、ここから持ち出された。アリスがリュウガを連れて東へ逃げたとき、ワシに無断で設計思想ごと持ち去ったのじゃ。クロノスには何も残さずにな』
「恨んだんじゃないの?」
ピッコが訊いた。
『そりゃな。最初は怒ったよ。2000年は長い。じゃがな……今はわかる。アリスが正しかった。クロノスに残しておれば、ワシが合理の名の下にあの設計思想を歪めておったじゃろう。感情を排した効率だけの工房にな。アリスはそれを見抜いて、持ち去った。――あの馬鹿は、ワシよりワシを知っておった』
私の工房の原型が、ここにある。背筋が冷えた。
「ソフィア」リュウガが球体に向かって言った。
「螺旋階段の壁に、俺の製造記録があった。274体目の成功体。虚偽記憶の移植。――お前も知っていたのか?」
沈黙。
演算球体の光が、一度だけ揺れた。
『……知っておった。ワシはアリスと共にお主を設計した。生けるデータベース。人類の全知識を格納し、世界の再建を導く器。記憶の偽装も、ワシが計算した』
チェロが息を呑んだ。ピッコの手が震えた。
『共犯じゃよ、ワシは。アリスだけを責めることはできん』
リュウガは何も言わなかった。ただ、私の手を握る力が少しだけ強くなった。
「――来たのね」
別の声が、工房の奥から響いた。
コアの裏側から、光が人の形を取った。白衣。長い髪。疲弊した、だが優しい目。実体ではない。ナノマシンが構成した思念体。
「アリス……」リュウガが一歩踏み出した。
「リュウガ。大きくなったわね」アリスの思念体が微笑んだ。
「――いえ、大きくなったという表現は正しくないわね。あなたは最初から完成していた。ただ、生きた時間が増えた」
「アリス。俺の記憶は、全部お前が――」
「ええ。あなたの中にある『親友の息子』という記憶は、私が書いた。ソフィアが計算し、私が物語を作ったの」
アリスの目が、私を見た。
「あなたがエリーよね? リュウガを目覚めさせた修理屋」
「……そうよ」
「知っているわ。分身体が何度かあなたに会っている。正直に言うと、最初は心配だったの。この子を託すには少し……雑すぎないかって」
「雑って何よ!」
「でも」アリスが笑った。
「ここまで来ちゃうのは、さすがに計算外。分身体の報告を見るたびに思ったわ。この子、私の設計を全部無視して突き進むんだなって」
「それは褒めてるの? けなしてるの?」
「褒めてるのよ。だって私には出来なかった。計算して、祈って、待つことしか出来なかった。あなたはスパナ一本で世界の端まで走ってきた。――あなたは私よりずっと強いわ、エリー」
私は胸を張った。
「でしょう? 世界一の修理屋ですから!!」
「……あらあら。お母様の自己肯定感、今日も元気に限界突破してますね。その謎の自信だけは、アリス様にも真似できない最強のバグですわ」
オルガがにっこり微笑んだ。
「ボク思うんだけどさ、母様のその根拠のない自信、ちょっとうらやましい」
コルネが首を傾げた。
「図に乗るのが早いのよ、エリーは」ピッコが額を押さえた。
「アリスに一言褒められただけで天井知らずなんだから、まったくもう」
「うるさい! 一人くらい味方してくれてもいいでしょ!」
アリスが声を出して笑った。思念体の表情が崩れ、一瞬だけ、ただの女性に見えた。
「……いい家族ね。本当に」
「いい家族って言うか、うるさい家族だよね、ボクら」
コルネが頭の後ろで手を組んだ。
「マジそれ。でもそこがいいっていうか」
ユーフィがピースした。
「効率だけで言えば、この人数で地底10キロに来る意味はないわ。でも全員いないと気持ち悪い。……非効率って最悪ね」
ハープが淡々と言った。
「全員いないと気持ち悪い! それ名言! ハープ姉から本日の名言いただきましたァ!」
ボーンが拳を突き上げた。声が壁に反響して2000年の静寂を粉砕した。
「ボーン、声量。地底で実況しないで」オーボエが額を押さえた。
「反響で階段が崩れたらどうするの!!」
「あらあら、崩れたら帰れなくなりますね。それはそれで、ずっと家族一緒ですけれど」
オルガがにっこり笑った。
「オルガ姉、それ笑顔で言うの怖いんだけど」
ユーフィが青ざめながら一歩引いた。
「……」
ルーテが黙って親指を立てた。同意なのか諦めなのか判然としなかった。
「……」
テューバも黙って頷いた。二人の無口組が揃って肯定すると、妙な説得力があった。
「まったく。誰一人まともに静粛を守れないのね、この部隊は」
チェロが溜息をついた。だがその口元は緩んでいた。
「それが仕様ですわ、お姉様。――お母様の血ですもの」
ヴィオラが扇子を閉じた。
「え、私のせい!?」
なんか言われたい放題言われたけど、心地よかった。
演算球体からソフィアの声が割り込んだ。
『計算ずくと言われると耳が痛いのう。じゃがエリー、お主だけは計算外じゃった。アリスの設計にも、ワシの計算にも、『リュウガに惚れて嫁になる修理屋』は含まれておらんかった』
「ほらね?」アリスが微笑んだ。
「ソフィアの計算を狂わせた女は、2000年であなたが初めてよ」
「マジ? 母様ウケるんだけど!」
ユーフィが目を輝かせた。
「お母様は計算を狂わせる天才ですわね。……悪い意味で」
ヴィオラが扇子で口元を隠した。絶対笑ってるな、あれ。
「……ヴィオラ、それフォローになってないわ」
チェロが額を押さえている。よく見たら、口元ゆるんでるじゃない。
アリスの思念体が、工房の中央へ歩いていった。
コアに触れると、壁面に新しい映像が浮かぶ。
アリスとソフィアが、並んで作業している映像。やがて口論になる。ソフィアが席を立ち、背を向ける。アリスが追いかけ、腕を掴み、二人とも泣いている。
『ワシらは……袂を分かった』ソフィアの声が低くなった。
『ワシは「感情は管理のノイズ」と考えた。アリスは「感情こそ人類の核」と譲らなかった。クロノスが軌道に乗った頃、もう一緒にはいられなくなった』
「私はリュウガを連れて東へ逃げたわ」アリスが続けた。
「ソフィアがクロノスの合理主義でリュウガを道具として使うことを、許せなかった。カオスゾーンは――私がGaiaの端末を使って作った防衛線。ソフィアからリュウガを守るために……」
『お主のせいで、ワシは2000年あの氷のような帝国に閉じ込められたのじゃがな』
「ごめんなさい、ソフィア」
『……謝るな。ワシも悪かった』
2000年越しの、和解だった。
演算球体の光が揺れ、ピッコが涙を堪えていた。
「アリス」リュウガがアリスの前に立った。
「俺は、お前が作った道具だ。記憶も偽物だ。だが――」
リュウガが、私の手を握ったまま、アリスを真っ直ぐに見た。
「この手を握る感覚は、設計仕様にはないはずだ」
アリスが、泣いていた。思念体なのに、頬を光が伝っていた。
「ないわ。それはあなたが、自分で見つけたもの」
「なら、それでいい。俺は生けるデータベースかもしれないが、エリーの助手で、13人の父親だ。それは俺が選んだ事実だ」
「13人って」ユーフィが指を折った。
「えー、セフィラ入れても12人じゃね?」
「ボク分かった。ピッコも数えたんでしょ、父様」
コルネがにやっと笑った。
「……余計なことを言うな」
リュウガが目を逸らした。
「否定しないのね」
ピッコが頬を赤くして俯いた。
ふたたびアリスが微笑んだ。本当に、嬉しそうに。
「幸せそうね、リュウガ」
「ああ。お前が夢見た不確実な未来を、俺は今生きている」
アリスの思念体が、薄くなり始めた。
「エリー。この先にGaiaのコアがある。リセット・プロトコルを書き換えれば、世界は再定義される。でも、もう一つ知っておいてほしいことがあるの」
アリスが、工房の奥――重い金属の隔壁を指さした。
「あの奥に、リセットを命じた人たちが眠っている。世界が再建されたら目覚めるようにプログラムされている」
空気が、凍った。シスターズの笑顔が消えた。
「世界を壊せと命じた支配層が、安全な場所で眠って、再建の果実だけを手にするつもりだった。……私が止められなかった、最後の罪」
アリスの輪郭が崩れていく。
「エリー、あなたに判断を委ねるわ。あの人たちをどうするかは、今を生きている人間が決めて……」
光が散った。
「アリス……」
アリスの思念体は、消えた。
工房に沈黙が落ちた。ファーファが静かにレンズを回し続けている。
演算球体から、ソフィアの声がした。静かな、老女の声。
『……ワシからも言わせてくれ。あの奥に眠っている連中は、アリスとワシを道具として使い、世界をリセットさせ、自分たちだけ生き延びるつもりじゃった。ワシはそれを知っていて従った。アリスは従いながら、いつかこの仕組みを壊してくれる誰かを待っていた』
「お前たち二人とも、不器用すぎるわ」
私は呟いた。目頭が熱かった。
チェロが私の隣に立った。
「母様。判断は――」
「先に進みましょう。コアを見て、支配層を見て、全部見てから決める。修理屋は、壊れ方を確認してから直すのよ」
リュウガが頷いた。
工房の奥の隔壁に、リュウガが手を触れた。ロックが外れる音が、地底10キロメートルの闇に響いた。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。