第134話:【再会】南の守り人、再会と託された種
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第134話:【再会】南の守り人、再会と託された種
本文
銀色の花畑を抜けて北上すること二日。砂の色が変わり始めた。
行きに通った時は灰色一色だったサハラの大地に、ところどころ赤茶色の土が覗いている。ナノマシンの結晶で覆われていた地表が、再定義の余波で組成を変え始めているのだ。砂の間から這い出した雑草が、薄い緑のラインを引いている。
「母様、前方に熱源反応。複数。……既知のパターンですわ」
オーボエが通信越しに報告した。
「守り人の集落です。行きに通過した、あの太陽光パネルの民」
私の胸に、懐かしさが込み上げてきた。カオスゾーンを越える途中、砂漠の中で独自の文明を築いていた人々。ナノマシンを呼吸で代謝し、肌にナノ紋を輝かせ、「歌」で周囲のマナを沈静化させる技術を持っていた、あの南の守り人たちだ。
だが、リディアのスカウト蜂が送ってきた映像を見て、私は眉をひそめた。
「……煙が上がってる!?」
焚き火や調理の煙じゃない。何かが燃えている。いや、壊されている。
「全車、速度を上げて。カイル、戦闘準備!!」
「了解した!」
カイルの声に緊張が走る。10台のキャラバンが砂塵を巻き上げて加速した。
◇◆◇◆◇
集落は、変わっていた。良い方にも、悪い方にも。
Gaiaの再定義で太陽光パネルの効率が跳ね上がり、以前は薄暗かったドーム内部に煌々と灯りが点っている。水の循環装置も改良され、ドームの周囲には緑が芽吹き始めていた。
けれど今、その集落の防壁に、甲虫のような外殻を持つナノマシン変異体の群れが取り付いていた。体長1メートルほど。単体では大した脅威じゃないけれど、数十匹が統率された動きで防壁の継ぎ目を食い破ろうとしている。
「再定義の余波ね。旧ルールで抑え込まれていた変異体が活性化したんだわ」
世界を「直した」ことで、別の問題が噴き出している。一箇所直すと別の箇所が軋む。修理屋にはお馴染みの光景だ。
守り人の戦士たちが槍と歌で応戦していた。特定の周波数の歌声が変異体の動きを鈍らせ、その隙に槍で急所を突く。だが数が多すぎて、防壁の一角が既にひび割れている。
「シスターズ、展開!」
私はタクトを握った。でも、すぐには「全部片付けなさい!」とは叫ばなかった。
王都では全部シスターズにやらせた。ガレリアでは一歩引いてバルガスとオメガに任せた。クロノスではマルクたちに名前を贈って、自分たちで立ち上がる手助けをした。旅を重ねるごとに、私は学んできた。
「援護よ。前に出すぎないで。守り人たちの戦いを支えなさい」
チェロが一瞬だけ振り返り、その碧い瞳を細めた。理解、そして敬意。
「了解ですわ、母様」
◇◆◇◆◇
戦場は、教室に変わった。
チェロとテューバが集落の正門に陣取り、重力場と質量壁の二重障壁で変異体の侵入を食い止める。その内側で、守り人の若い戦士たちが震える手で槍を構えていた。
「狙うのは関節部です。外殻は硬いですが、繋ぎ目は脆い」
オーボエが冷徹な声で指示を飛ばす。ハルバードの一閃で一体を叩き落としたけれど、とどめは刺さない。足を止めた変異体に、守り人の青年が槍を突き立てた。甲虫の外殻が砕ける感触。青年の顔に、恐怖と達成感が同時に浮かんだ。
「よし、その調子だよ!」
コルネが大剣を肩に担いだまま、陽気に叫んだ。
「ボクの真似しなくていいから、自分のやり方で! 足が震えてても関係ない、ちゃんと突けてるよ!」
集落の東側では、ヴォルフが守り人の技術者たちと即席の物理トラップを構築していた。魔法に頼らない、純粋な力学の罠。落とし穴、投石機構、粘着性の樹脂を塗った障害物。
「いいか、ナノマシンってのは電気信号で動く。だがな、穴に落ちた虫は電気信号がどうだろうが這い上がれねえんだよ。物理は裏切らない!」
ヴォルフが熱弁を振るう横で、リディアが冷ややかに付け加えた。
「要するに穴掘って蓋しろってことよ。この男の言葉を七割くらい削ると本質が残るわ」
「おい! 七割は削りすぎだろ!」
私はアークのラボで、集落の防壁の設計図を描いていた。守り人たちが自力で再建できるように、現地で手に入る素材だけを使った補強案。ピッコが横から覗き込み、数値を修正する。
「エリー。この接合部の角度を3度変えれば、応力分散が1.7倍になりますわ」
「ピッコ、あんたホント優秀ね……悔しいけど」
「当然ですわ。わたくしは2000年前の最高技術の結晶ですもの」
◇◆◇◆◇
戦闘は、夕暮れ前に終わった。
最後の変異体が守り人の若い女戦士の槍に貫かれ、ナノマシンの粒子に還った時、集落に歓声が上がった。小さな勝利。世界を揺るがすような大戦じゃない。でも、自分たちの手で自分たちの故郷を守ったという事実が、守り人たちの瞳に新しい光を灯していた。
私はヴォルフと一緒に防壁の補強設計図を長老に手渡した。
「これなら、あんたたちの素材だけで作れるはずよ。分からないことがあったら――」
「通信網がありますわ」
ピッコが割り込んだ。小さな手にソフィアの演算球体を掲げ、微弱ながらクロノスとの中継回線を示してみせる。
「困ったことがあれば、この周波数で呼んでくださいまし。わたくしか、おばあちゃん――ソフィアが応答しますわ」
長老が深い皺の刻まれた顔で微笑んだ。
「お主らが前に来た時は、ただ通り過ぎていっただけじゃった。じゃが今度は、道を残していってくれるんじゃな」
「直すだけじゃダメなの。直し方を教えて、直せる人を増やす。そうしないと、私がいなくなったら全部元に戻っちゃうでしょ」
ヴォルフが長老に手を差し出した。
「次に来る時は、大陸を繋ぐ交易路を作ろう。南と北の守り人を結ぶ道だ。……俺の装甲車なら、どんな悪路でも踏み固められる」
長老が皺だらけの手でヴォルフの手を握り返した。
◇◆◇◆◇
出発の朝。集落の門前。
アークが動き出した時、子供たちが門から飛び出して追いかけてきた。小さな手を振り、甲高い声で叫ぶ。
「おねえちゃんたち、またきてねー!」
「次はもっとつよくなってるからー!」
セフィラがアークの屋根上から、小さく手を振り返した。
長老が私に旧世界の植物遺伝子データを託してくれた。透明な結晶に封じられた微細なデータチップ。何世代もの守り人たちが命を懸けて繋いできた、種子の記録。
「この種を、お主たちの故郷に届けてくれ」
「必ず届けるわ。約束する」
砂漠の風に乗って、長老の声が最後に届いた。
「良い夫婦じゃのう。子はまだか?」
私の顔が耳まで赤く染まった。
「ま、まだ早いわよ!」
リュウガが横で腕を組み、平然と答える。
「検討中だ」
「検討って何!? 何を検討してるのよ!?」
その瞬間、MNWが爆発した。
『実況ぅぅぅ! 父様が「検討中」発言! これは実質的な家族計画の開示ですよぉぉぉ!』
ボーンの絶叫に、ヴィオラの冷徹な解説が被さった。
『解析完了。「検討中」を論理分解すれば「意思はある」「時期を計算中」「母様の合意を待機中」の三要素ですわ。つまりお父様は既に結論を出しておいでなの。母様だけが気づいていないのですわ』
『補足資料ですわ。寝言データ847件中、母様が「赤ちゃん」と口にした回数14回。心拍グラフを全車モニターに投影しますわね』
クララが鉄扇の影から端末を操り、キャラバン全車のモニターに棒グラフがどーんと映し出された。
「クララァァァ! なんで寝言データまで持ち出すのよ!」
私の絶叫をよそに、MNWはもはや収拾がつかなくなっていた。
『きゃーーー! 砂漠のど真ん中でプロポーズの続編ですわーーー!』とオルガ。
『委員長として出産時の栄養管理計画を即座に――』とチェロ。
『……赤ちゃんの名前、もう考えてある』とルーテ。
『あーし的には女の子希望なんだけどー』とユーフィ。
『ボクは男の子! 一緒にチャンバラ!』とコルネ。
ハープが『消毒はわたくしが完璧に』と宣言し、テューバが『ベッド……ハンマーで……優しく作る』と呟き、オーボエが『育児マニュアルは策定済みです』と涼しい顔で言い、ピッコが『母様の骨盤の幅から逆算しますと――』と医学的分析を始めた。
「全員うるさーーーい! まだ何も決まってないってば!!」
その喧騒の中で、セフィラの声だけが静かだった。
『……赤ちゃんというものを、まだ見たことがありません。……わたくしが抱いても、壊れませんか?』
本気で心配しているのが伝わってきて、怒りが一瞬だけ萎んだ。
「……壊れないわよ、セフィラ。あんたは優しいんだから、大丈夫」
静寂を、ファーファが木っ端微塵に粉砕した。
『エリー様の心拍数が臨界突破していますお(゚∀゚) なお本音は「嬉しい」ですお!』
「ファーファァァァ! 全員まとめてデリートしてやるんだからァァァ!」
私の絶叫が砂漠に吸い込まれていく。でも、MNWの向こうで娘たちがきゃあきゃあ笑い転げている気配が伝わってきて、怒っているのに口元が緩んでしまう。
リュウガだけが静かに笑っていた。
「……賑やかだな」
「あんたのせいでしょ! 『検討中』なんて余計なこと言うから!」
「事実を述べただけだが?」
「事実がいっちばん困るのよ!!」
キャラバンの笑い声が、変わり始めた砂漠に響いていく。背後の集落では、守り人の戦士たちが私の設計図を広げ、自分たちの手で防壁の再建を始めていた。
直すだけじゃない。直し方を教える。それが、世界一の修理屋が見つけた新しい信条だった。