第140話:【祝砲】鉄と花の結婚式、セフィラの祝砲
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第140話:【祝砲】鉄と花の結婚式、セフィラの祝砲
本文
クロノスを出発してすぐ、カイルが意味深なことを言った。
「出発前にやり残したことがあるな、ヴォルフ」
助手席のリュウガが「ん?」と首を傾げ、私も「何の話?」とバックミラー越しにカイルを見た。カイルの視線は、後続車両を走るヴォルフのトレーラーに向いている。
ヴォルフの返事はなかった。代わりに、MNWを通じてリディアの声が届いた。
「何の話?」
とぼけている。明らかにとぼけている。声が上擦っているもの。
その瞬間、シスターズのMNWが爆発した。
『……あ。これはもしかして……』
チェロの声が珍しく揺れた。
『マジで!? マジで今からそれやるの!?』
ユーフィが絶叫し、コルネが『やったー!』と跳ね、ボーンが『実況準備ぃぃぃ!』とスピーカーを構えた。
私だけが取り残されていた。
「ねえ、誰か説明してよ。何がどうなって――」
リュウガが、静かに笑った。
「分からないか、エリー。……ヴォルフが、リディアに指輪を渡そうとしている」
「――えっ」
◇◆◇◆◇
急遽、キャラバンを停車させた。
クロノスの外縁、見渡す限りの荒野。銀色の花が咲く砂漠の真ん中で、一家全員がアークから飛び出していた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 結婚式って、準備が――」
「母様、任せてください!」
チェロが即座に式次第の草案を書き始め、オーボエが進行の段取りを秒単位で組み上げていく。二人の連携は、戦場の統制をそのまま結婚式に転用したかのような精度だった。
「花! 花が要るよ!」
コルネが銀色の花を片っ端から摘み始め、ユーフィが「デコはあーしに任せて!」とリボンや端切れを引っ張り出した。テューバが無言で祭壇代わりの台を瓦礫から組み上げ、ルーテとハープが周囲を黙々と清掃している。
「ヴィオラ、BGMのデータある?」
「クララのアーカイブに旧世界の婚礼曲がありましたわ。スピーカーの音質は保証しかねますけれど」
「十分よ。ボーン、スピーカー全開で!」
「任せろだよぉぉぉ! あたしの音響で、砂漠中に響かせるよぉ!」
そして私は、メイド服の予備生地を引っ張り出した。
「ドレスは私が縫う。……30分で仕上げてみせるわ」
「30分で? 母様、それは無茶では――」
チェロが呆れかけたが、私の手はもう動いていた。ハサミが布を断ち、針が走る。メイド服のデザインをベースに、レースの配置を変え、裾を長く取り、胸元にヴォルフが以前リディアに贈った黄金のスパナの形をモチーフにした刺繍を入れる。
ピッコが横から覗き込んだ。
「……エリー、その縫製速度は物理的に人間の限界を超えていますわ」
「修理屋の本気を舐めないでよ!!」
25分で、白いウェディングドレスが完成した。不格好だけれど、心を込めた一着。
◇◆◇◆◇
荒野の祭壇。
銀色の花で飾られた即席の式場に、一家全員が並んでいた。カイルの従者隊が整列し、シスターズが花道を作り、ファーファが照明代わりに虹色の光を灯している。
オーボエが式の進行を仕切った。
「本日ここに、ヴォルフ・アイゼン殿とリディア・スカーレット殿の婚姻の儀を執り行います。……規律正しく、粛々と進めましょう」
「粛々は無理だと思うわよ、この一家で……」
私の呟きは、案の定的中した。
ヴォルフが祭壇の前に立った。油染みた作業着から着替えた唯一の「きれいな」シャツ。カイルから借りたネクタイが微妙に曲がっている。顔は真っ赤で、巨大な手が震えていた。
そこへ、リディアが現れた。
私が縫ったドレスを纏い、赤茶色のウェーブロングを風になびかせて歩いてくる。いつもの自信に満ちた表情の代わりに、頬がほんのり赤い。唇が微かに震えている。
(……綺麗。こんなに綺麗だったっけ、この人)
技術院のエリートとして出会い、私を「お子様」と呼んで見下し、リュウガを奪おうとしたライバル。それが今、ヴォルフの隣で花嫁になろうとしている。人生って、本当に計算通りにはいかない。
誓いの場面。ヴォルフが口を開いた。
「俺は不器用だ。油臭いし、声はデカいし、スパナを振り回すことしか能がない」
「知ってるわよ」
リディアが即座に返した。会場から笑いが漏れる。
「だが、お前とセフィラを一生守る。俺の腕で。俺の技術で。……それだけは、誰にも負けない」
ヴォルフの声が、震えながらも力強く響いた。
リディアが長い沈黙の後、ふいに顔を逸らした。逸らしたまま、小さな声で言った。
「……あんたの油臭さ、嫌いじゃないわよ。……好きよ、バカ」
シスターズ全員が号泣した。
『うわぁぁぁん! リディア様がデレたよぉぉぉ!』とボーン。『記録、全アングル完璧ですわ……涙で手元が……』とクララ。『解析不能です。わたくしの論理回路では、この感情を処理しきれませんわ……』とヴィオラ。チェロが眼鏡を外して涙を拭き、オーボエが「規律……規律を……」と呟きながら鼻をすすっていた。
オルガがハンカチを配り始め、テューバが無言で涙を流し、ルーテが壁を向いて肩を震わせている。ハープが「不潔ですわ、この涙の量……でも止まりませんわ……」と矛盾したことを言い、コルネとユーフィが抱き合って泣いていた。
リュウガが私の手をそっと握った。
「……次の結婚式は、ちゃんとした指輪を用意してよね」
「俺たちの式は砲弾の下だったな」
「だからやり直すの!」
◇◆◇◆◇
そして、案の定、事件は起きた。
セフィラがゆっくりと前に出た。真紅の瞳に、珍しく「感情」と呼べるものが浮かんでいる。
「お父様とリディア母様、おめでとうございます」
ヴォルフが涙目のまま「セフィラ……!」と感極まり、リディアも目元を赤くして微笑んだ。
「祝砲を!!!」
セフィラが善意で振動剣を抜いた。
「待って、セフィラ、祝砲って――」
祝砲のつもりで空に向けて全力の一撃を放った。
ドォォォォォォォォンッ!!!
衝撃波が式場を直撃した。
銀色の花が根こそぎ吹き飛び、カイルの従者隊が将棋倒しになり、ボーンのスピーカーが転がり、私が夜なべして縫ったリディアのドレスの裾がビリビリに破れた。
「セフィラァァァァ!」
「……え? 祝砲とは、こういうものでは……?」
「違うわよッ! 祝砲は空砲! 空砲なの! 全力の振動剣を撃つのは祝砲じゃなくて砲撃よ!」
セフィラが本気で首を傾げている。この子に悪気がないのは分かっている。分かっているけれど、私のドレスが!
だがリディアが、吹き飛ばされた花びらの中で大笑いしていた。
「あはははは! 最高の演出じゃない!」
破れたドレスの裾を気にもせず、花びらを浴びながら笑っている。ヴォルフもつられて笑い出し、カイルが呆れた顔で埃を払い、従者隊の面々が苦笑いしながら起き上がっていく。
「規律が……規律が完全に崩壊しましたわ……」
オーボエが額を押さえている。だがその口元は、確実に笑っていた。
◇◆◇◆◇
その時、ファーファが全チャンネルを開いた。
ピッコの通信網を通じて、世界中から声が届き始めた。
ノイズ混じり、途切れ途切れ。でも確かに聞こえる。
『見事な祝砲じゃのう!』
ソフィアの声。クロノスから。笑っている。
『おめでとう。式の写真を送りなさい』
セーラの声。極東から。13,000キロの彼方。ノイズだらけだけれど、確かに祝福の声だ。
『おめでとー!』
守り人の子供たちの声。カスピ海のほとりから。
「……世界中から祝福が届いてる」
私は目頭が熱くなるのを堪えられなかった。ピッコが構築した通信網が、今この瞬間、「結婚式のお祝い」という最も日常的で、最も温かい目的のために機能している。
戦争の連絡でも、災害の警報でもない。ただの、幸せの共有。
「ピッコの通信網が、日常の幸せを共有するインフラになったのね……」
「……わたくしの設計目的は、そんな甘ったるいものではありませんわ。……でも、嫌いではありませんわね」
ピッコが顔を背けた。
セフィラが小さく呟いた。
「……わたくしも、いつかこういうものを」
シスターズが一斉に食いついた。
「誰と!?」
「……まだ、該当者がいません」
「「「だよねー」」」
セフィラが頬を微かに赤くして俯いた。
式は滅茶苦茶だった。ドレスは破れ、花は吹き飛び、スピーカーは転がり、従者隊は将棋倒し。だが全員が笑っている。世界中から祝福が届いている。
最高に不格好で、最高に幸せな一幕だった。
なお、セフィラの祝砲の衝撃波は、近くにいたナノマシン変異体の小群を偶然吹き飛ばしていたことが後で判明した。
「……結果的に警戒排除完了ですわ」
ルーテが淡々と報告し、ハープが「天然って怖いですわ」と呟いた。
キャラバンが再び動き出す。検疫要塞へ向けて。
花びらまみれのリディアが、まだ笑っている。
「ねえヴォルフ。次の記念日には、セフィラに空砲の使い方を教えてあげてね」
「……善処する」
『てぇてぇ記録、本日の最大値を更新ですわ。結婚式、祝砲事故、世界同時祝福。全データ永久保存版ですわ……』
クララの声がMNWに流れた。
荒野の結婚式。規格外の祝砲。世界を繋ぐ祝福。
不完全な家族の、最高に騒がしい一日が暮れていく。