第141話:【寝門】検疫要塞、寝言の門
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第141話:【寝門】検疫要塞、寝言の門
本文
検疫要塞が見えた時、私は思わずハンドルから手を離しかけた。
行きに通った時は、600基の砲口が真っ赤に光り、レールガンの弾幕が空を埋め尽くしていた。セフィラがパッチ・オフで壁をぶち抜き、シスターズが0.02秒の隙間を縫って突入し、私の寝言847件でAIの認証テーブルを書き換えた、あの要塞だ。
今、600基の砲口は全て「青」に光っていた。
友好を示す識別色。書き換えた認証データが、ちゃんと生きている。
「全砲座、待機モード。攻撃プロトコル、非活性。……私たちは『登録済み市民』として認識されていますわ」
ピッコが演算球体のデータを読み上げた。
アークが要塞のゲートに近づくと、巨大な隔壁がゆっくりと開いた。行きは命懸けでこじ開けた門が、今は自動で開く。あの死闘が嘘のようだ。
「……あっさりしすぎて逆に怖いわね」
キャラバン10台が、一台ずつ要塞の内部を通過していく。カイルが先頭車から「全車、速度を落とせ。油断するな」と指示を飛ばしたが、攻撃の気配はなかった。
通過手続き中、ピッコが要塞のシステムに接続した。
「ここを通信の中継拠点として恒久化しますわ。帰る前にインフラ整備をしておきます。次に誰かが通る時のために」
ピッコの指が虚空を走り、要塞のネットワーク構造を書き換えていく。検疫のためだけに存在していた要塞が、東西を繋ぐ通信ハブへと再定義されていく。
「この要塞はもう、壁ではなく橋ですわ」
ピッコが静かに宣言した。
その作業を見守っていると、要塞の管理AIが突然、スピーカーから音声を再生し始めた。
『再生します。登録市民エリアーナ・アルテミシアの認証データに紐づけられた音声ログ、全847件』
「は!?」
行きに認証テーブルを書き換えた時、私の寝言847件をノイズとして叩き込んだ。あのデータが認証キーとして紐づけられているせいで、通過のたびに「本人確認」として再生されるシステムになっていたのだ。
『第1夜。「リュック、もっとこっち来てよぉ……冷たいよぉ……くっつきたい……zzz」』
「ちょっ――止めて! なんで再生してるの!?」
『認証プロトコルに従い、全847件の再生完了をもって通過手続きが完了します。推定再生時間:4時間32分』
「4時間半も私の寝言を!? ピッコ、何とかしなさいよ!」
「認証プロトコルの変更にはコアへの直接アクセスが必要ですわ。通過しながらでは間に合いません」
つまり、4時間半、寝言を聞きながら通過するしかない。
シスターズのMNWが瞬時に沸騰した。
『きゃーーーー! また寝言タイムですよぉぉぉ!』とボーン。『何回聞いても飽きないんだけどw』とユーフィ。『記録準備完了ですわ……』とクララ。チェロが「母様、観念なさいまし」と眼鏡を光らせ、オーボエが「規律に則り、全件傾聴しますわ」と涼しい顔で宣言した。
「全件傾聴って何よ! オーボエまで楽しんでるでしょ!」
◇◆◇◆◇
寝言の垂れ流しが続く中、演算球体からソフィアの通信が割り込んできた。
「ワシも聞いておるぞ。ピッコの中継ハブ経由でクロノスまで届いておるわい」
「クロノスまで!? おばあちゃんまで聞いてるとかどういう羞恥プレイよ!」
「第127夜の『リュックのバカぁ、でも好き……zzz』が最高傑作じゃな」
「通信切ってッ!」
私が顔を真っ赤にして絶叫していると、後続車両から別の通信が入った。リディアだ。
「ねえエリー。あんたの寝言の『他の女の子に触るな』って、もしかして私のこと?」
「違うわよ! ……多分!」
「あらあら、必死ね。ふふ、光栄ね。あんたの潜在意識にまで刻み込まれていたなんて。……でも安心して。私はもうあんたの旦那に興味ないから」
リディアの声が、いつもより甘い。その背後で、ヴォルフの野太い笑い声が聞こえた。
「がっはっは! そうだぞエリーの嬢ちゃん、リディアは俺のもんだからな! 昨日の誓いで物理的に確定したんだ!」
「ヴォルフ、声が大きいわよ。……でも、否定はしないわ」
新婚のノロケを全車両に垂れ流されて、私の精神は限界に達した。
「ちょっと! 私の寝言847件で公開処刑されてる横で、あんたたちイチャイチャしてんじゃないわよ! 不公平でしょ!?」
「不公平って何よ。あんただって四六時中リュウガとベタベタしてるじゃないの!?」
「してないわよ!」
「してるわ。データがあるもの」
『肯定します。母様と管理者の物理的接触頻度は、1時間あたり平均14.7回ですわ。リディア母様とお父様の新婚初日は8.2回。つまり母様の方が圧倒的に――』
「セフィラ、その計測やめなさいッ!」
セフィラが真紅の瞳を瞬かせた。
「……事実を述べただけですが。お父様とリディア母様の新婚行動パターンは極めて控えめです。もっとイチャイチャすべきかと」
「セフィラが『イチャイチャすべき』って言ったぁぁぁ! 誰が教えたのよその言葉!」
『あたしだよぉ!』
「ボーンッ!」
◇◆◇◆◇
地獄の4時間32分が終わり、ようやく要塞の出口ゲートが開いた。
847件の寝言が全て再生され、私の羞恥心は灰になった。でも、不思議と嫌じゃなかった。シスターズが笑い、ソフィアが茶化し、リュウガが微笑んで、リディアとヴォルフがノロケて、テューバが通信の隅で小さく呟いた。
『……母様の寝言、温かい。……わたしも、あんなふうに誰かの名前を呼びたい……』
一瞬、MNWが静まった。
「テューバ……」
『……恥ずかしいから、忘れて』
「忘れないわよ。あんた、今の言葉、すごく可愛かったわ」
テューバが通信の向こうで蒸気を噴いている音が聞こえた。
ほんっと、我が娘ながら可愛いぞ!!
寝言一つ一つに、旅の記憶が詰まっている。あの夜リュウガに毛布をかけてもらったこと。セフィラが初めて「お父様」と呼んだ夜。ピッコが合流した日。全部、この旅で積み重ねてきた時間だ。
リュウガが隣で静かに言った。
「847件。全部、俺の宝物だ」
「……この状況で言うな。泣きそうになるじゃない」
「事実を述べただけだが?」
「事実がいっちばん困るのよ……」
◇◆◇◆◇
要塞を抜けると、カオスゾーンの景色が広がっていた。
だが、行きとは違う。灰色一色だった荒野に、ところどころ緑が芽吹き始めていた。Gaiaの再定義が、ここまで届いている。ナノマシンの暴走が収まり、土壌が本来の組成を取り戻しつつあるのだ。
ピッコが最後の作業を終え、アークに戻ってきた。
「中継ハブの構築、完了ですわ。この要塞は東のクロノスと西の極東を繋ぐ恒久的な通信拠点として機能します。ここはもう、壁ではなく橋ですわ」
「ピッコ、あんたは最高のエンジニアよ!」
「当然ですわ。……でも、わたくしにそれを教えたのは、あなたですわよ、エリー、いえ、母様」
ピッコがそっぽを向いた。耳が赤い。
いやいや、めっちゃ可愛いんですけどーーーー!!
キャラバンが東へ向かって走り出す。要塞の青い砲口が、私たちの背中を見送っていた。かつて殺意で迎えた600基の砲が、今は友好の光で送り出してくれている。
「さあ、カオスゾーンを抜けるわよ。その先は――」
「極東ですわ、母様!」
オーボエの声が、どこか弾んでいた。
「帰りましょう。セーラ様が、待っておいでですわ!!」