第142話:【夜襲】カオスゾーンの夜襲と北の守り人
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第142話:【夜襲】カオスゾーンの夜襲と北の守り人
本文
カオスゾーンに入って二日目の夜。
行きに比べれば、ずいぶん穏やかな道のりだった。Gaiaの再定義で沈静化が進み、かつて物理法則が狂っていた地帯にも秩序が戻りつつある。砂の色が灰色から茶褐色に変わり、ところどころに緑が覗いている。
「このまま何事もなく抜けられたりして」
私が楽観的なことを言った、その夜だった。
『母様、振動を検知だお。地中からだお。数が……多いお』
ファーファの警告が、夜営の静寂を切り裂いた。
地面が、震えている。最初は微かだった揺れが、秒を追うごとに大きくなっていく。砂が跳ね、アークの車体がガタガタと軋み始めた。
「全車、戦闘準備ッ!」
カイルの号令が飛ぶ。夜営の焚き火が蹴り消され、従者隊が武器を掴んで各車両に散る。
砂の中から、それは湧き出した。
サソリ型のナノマシン群体。行きにも遭遇した変異体だが、規模が桁違いだった。体長50センチほどの個体が、砂の下から次から次へと這い出してくる。目測で――数え切れない。
「ヴィオラ、数は!?」
『推定3000体以上。サーチライトの範囲外にも反応がありますわ。アークを完全に包囲しています』
3000!?
「再定義で沈静化したはずの変異体の一部が、『浄化プログラムの残滓』として実体化したのですわ。旧システムの断末魔ですわね」
ピッコが演算球体のデータを読みながら分析した。
「断末魔にしちゃ元気すぎるわよ!」
夜の闇の中、3000の光る複眼がアークを取り囲んでいる。焚き火を消した暗闘での視界はほぼゼロだ。
「MNWは回復してるけど、暗闘での視界が利かないわ。どうする!?」
「任せてくださいまし」
ファーファが虹色のアンテナを全方位に展開した。
「ファーファがサーチライト転用で戦場を照らすお! 通信帯域の一部を光学に回すお!」
ファーファの球体から眩い白光が放たれ、アーク周辺50メートルが昼間のように照らし出された。同時にリディアのドローンが赤外線データを全車に共有し、暗闇の中の群体の動きが可視化される。
「シスターズ、交代制で防衛線を維持! カイル隊は火炎瓶で側面を支援!」
オーボエの統制が飛んだ。
「A班――チェロ、テューバ、オルガ。アーク正面を死守。B班――コルネ、ユーフィ、ボーン。左翼の群体を押し返して。C班――ルーテ、ハープ。右翼で遊撃。ヴィオラ、クララは高所から狙撃支援。セフィラはアークの屋根で最終防衛線」
「「「「了解ですわ!」」」」
チェロの重力斧が砂を打ち、局所重力場が正面の群体を圧し潰した。テューバのハンマーが地響きと共に振り下ろされ、砂ごとサソリの先頭列を叩き潰す。オルガのビットが電磁パルスを扇状に放射し、近づく個体を次々とショートさせていく。
左翼ではコルネの炎が暗闇を切り裂いた。大剣から放たれた熱波がサソリの群れを焼き払い、ユーフィの衝撃波が燃え残りを吹き飛ばす。ボーンがランスのブースターで突進し、密集する群体の中央に物理的な穴をこじ開けた。
右翼ではルーテとハープが影のように動いていた。ルーテの高周波双剣がサソリの関節を一撃で断ち、ハープの振動鉤爪が群体の中枢個体を正確に抉り出す。二人の連携は言葉すら要らない。呼吸と影だけで殺戮の舞を踊っている。
カイルの従者隊が車両の上から火炎瓶を投擲し、側面から迫る群体を炎の壁で食い止めた。
「カイル殿、左翼の火炎壁が薄くなっていますわ! 補充を!」
「了解! ニコル、予備の火炎瓶を左翼へ!」
「はい、隊長!」
若い騎士ニコルが、火炎瓶の箱を抱えて車両間を走る。その足元をサソリが横切り、ニコルが剣で蹴り飛ばしながら駆け抜けた。
だが、数が多すぎた。
倒しても倒しても砂の下から湧き出してくる。防衛線がじりじりと押し込まれ、アークの車体にサソリが取り付き始めた。
「ヴォルフ、3号車の足回りにサソリが!」
「くそっ、また3号車か! 噛み付くんじゃねえ、この鉄クズ共!」
ヴォルフがスパナを振り回してサソリを叩き落とし、リディアのバレット蜂が精密射撃で車体に張り付いた個体を一体ずつ撃ち抜いていく。
「リディア、弾薬は!?」
「残り40パーセント。……このペースだと、あと1時間で尽きるわ」
1時間。3000体の群体相手に、弾が1時間しか持たない。
「夜明けまであと何時間!?」
「3時間ですわ」
オーボエの報告に、胃が縮んだ。2時間分の弾薬が足りない。
◇◆◇◆◇
防衛線が限界に近づいた、夜明け直前のことだった。
砂の向こうから、轟音が響いた。
サソリの群れの背後で、何かが炸裂した。砂が噴き上がり、群体の後衛が一瞬で崩壊する。
「何!? 誰が――」
巨大な鉄の杭が、闇を裂いて飛来した。10本、20本。物理的な質量だけで群体の中枢を貫く、魔法を一切使わない純粋な投擲兵器。
砂漠の向こうから、影が近づいてくる。
15人ほどの集団。褐色の肌に青く発光するナノ紋。鍛え抜かれた肉体。手にした巨大な弓と鉄の杭。
「……また騒がしい連中に出くわしたな」
低く、重い声。月明かりに照らされた巨躯の男が、弓を肩に担いで歩み出た。
ガラードだ。
行きにカスピ海の近くで出会った、北の守り人の長。魔法を一切使わず、身体というハードウェアだけで生きる民。あの時は私たちを警戒し、「去れ」と言い放った男が、今は自ら戦場に駆けつけていた。
「ガラード!? なんであんたがここに!」
「再定義後の世界を偵察するために西へ遠征していた。大地の振動でお主らの方角が分かった」
ガラードの戦士たちが物理兵器でサソリの群れを挟み撃ちにし始めた。鉄の杭が群体の中枢個体を貫き、巨大な弓から放たれた矢がサソリの外殻を砕く。魔法の光も、ナノマシンの輝きもない。ただの鉄と筋肉と風の力。
「お主らが世界を直したことは、大地の振動で分かった」
ガラードが私の横に立ち、弓を引き絞りながら言った。サソリが3体同時に飛びかかり、彼は一射で3体全ての急所を鉄の杭で串刺しにした。
「……礼を言う」
初めて、ガラードが感謝を口にした。
「お主らの再定義のおかげで、カオスゾーンの毒が薄まり始めた。我らの集落にも緑が戻りつつある。……だから偵察に出た。この新しい世界を、自分の目で確かめるためにな」
守り人が西へ遠征している。カオスゾーンを越えた交流が、自然発生的に始まっている。私が望んだ「壁ではなく道」の世界が、少しずつ形になりつつある。
夜明けの光が、東の地平線から差し込み始めた。
サソリの群体は、光に弱かった。朝陽を浴びた個体から順に動きが鈍り、霧散していく。守り人の戦士たちが最後の一群を鉄の杭で仕留め、夜明けと共に戦場に静寂が戻った。
ガラードがセフィラを見た。アークの屋根で振動剣を構えたまま、白銀の髪が朝焼けに染まっている。結局セフィラの出番はなかった。最終防衛線は破られなかったのだ。
二人は何も言わなかった。ただ一瞬だけ、視線が交わった。最強の守護者と、荒野の狩人。言葉は要らない。互いの「格」を認める、無言の敬意。
『……あのアイコンタクト、撮りましたわ。セフィラとガラード殿の無言の交差、構図が完璧ですわ……』
クララの囁きがMNWに流れた。この子は戦場でもカメラを手放さない。
◇◆◇◆◇
夜が明けて、守り人たちと焚き火を囲んだ。
行きの時は警戒心むき出しで「去れ」と言い放ったガラードが、今は私たちの隣に座って干し肉を齧っている。
「お主ら、前に来た時より強くなった」
ガラードが顎を撫でながら言った。
「……肉体ではない。目が、だ」
「目?」
「前は、追われる者の目だった。今は、帰る者の目をしている。守るものがある者の目だ」
「……あんたたちに教わったからよ。科学への誠実さ。身体一つで世界と向き合うということ」
「ふん。猿真似か」
「猿って言うな! ……って、なんでソフィアと同じこと言うのよ」
ガラードが珍しく笑った。喉の奥で短く、だが確かに。
話題は自然と、南の守り人のことに移った。
「南の連中は元気か?」
ガラードが訊いた。行きに立ち寄った、太陽光パネルの民。北と南、同じ「守り人」の名を持ちながら、カオスゾーンに隔てられて数百年もの間、互いの存在を知らずにいた人々。
「元気だったわよ。変異体の襲撃に苦戦してたけど、自力で戦える体制を作り始めてた。あんたたちに会いたがってたわよ」
ガラードが、遠い目をした。
「ならば、いつか南北の守り人が再会する日が来るかもしれんな」
「来るわよ。ピッコの通信網があるもの。まだ糸電話に毛が生えた程度だけど、声は届く」
「声が届くなら、十分だ。……声が届けば、足もついてくる」
ガラードが右拳を胸に当てた。守り人の敬礼だ。行きの時には見せなかった、正式な礼。
「お主の旅に、大地の祝福を」
「ありがとう、ガラード。……あんたたちも、南の守り人と繋がれるといいわね」
私はピッコの通信網の周波数データを渡した。ガラードはそれを革の袋にしまい、頷いた。
◇◆◇◆◇
守り人たちが去っていく。砂塵の向こうに消える15の影を見送りながら、私はアークの甲板に立っていた。
行きは警戒し合った者同士が、帰りは共に戦った。世界が変われば、人の関係も変わる。
「カイル、キャラバンの損害は?」
「軽微です。3号車の外装に噛み跡が多数ありますが、走行に支障はありません。弾薬消費は深刻ですが、守り人殿のおかげで最後の1時間分を使わずに済みました」
「人的被害は?」
「ゼロ。……シスターズの交代制防衛と、カイル隊の火炎瓶、そして守り人殿の増援。三つの力が噛み合った結果ですわ」
オーボエが報告を締めくくった。
リュウガが私の隣に来て、東の空を見つめた。
「行きは一人で全部やろうとしていた。帰りは、誰かが助けに来てくれる」
「撒いた種が芽を出してるのよ。守り人にも、マルクたちにも」
「ああ。……お前が蒔いた種だ」
「あんたが一緒に水をやったんでしょ」
リュウガが少しだけ笑った。
アークのエンジンが唸りを上げる。カオスゾーンを抜ければ、その先はもう極東だ。
帰る場所が、近づいている。
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