第143話:【再通】セーラの声、守り人の約束
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あらすじ
物理と知識で魔法世界を再定義!―拾った助手は2000年前の伝説の管理者(旦那様)でした。追放された天才没落令嬢は、最強の娘たちと共に「世界」を再構築中― - 第143話:【再通】セーラの声、守り人の約束
本文
ガラードたちと別れて一週間。
カオスゾーンの景色は、日を追うごとに変わっていった。行きには灰色一色だった荒野に、緑の点が増えている。Gaiaの再定義が浸透し、ナノマシンの暴走が収まった土壌から、本来の植生が顔を出し始めていた。
「行きは死に物狂いで駆け抜けたのに、帰りは散歩みたいね」
もちろん油断はできない。地形の変動は続いているし、浄化プログラムの残滓が小型の変異体として実体化することもある。だが行きのような命懸けの連続ではない。リディアのスカウト蜂が前方を偵察し、ヴィオラが地殻変動のパターンを読み、カイルが最適ルートを選ぶ。
その分、景色をちゃんと見る余裕がある。
行きには気づかなかった水晶の森の残骸。ナノマシンが鉱物化した植物の、異様だけれど美しい銀色の幹。朝日を受けて虹色に輝く結晶の葉。
「きれい……。行きは必死すぎて、こんなものがあったなんて全然気づかなかったわ」
「戦場を駆け抜けている時は、足元しか見えないものだ。帰り道で初めて、景色が見える」
リュウガが窓の外を眺めながら言った。
途中、北の守り人の集落の近くを通過した。立ち寄りはしなかったが、丘の上から集落のドームが見えた。太陽光パネルが行きの時より増えている。
「ガラードが言ってたわよね。『声が届けば、足もついてくる』って」
「ああ。南北の守り人を繋ぐのは、時間の問題かもしれんな」
◇◆◇◆◇
カオスゾーンの東端に近づいた日、アークの通信機にノイズが走った。
カオスゾーンの外縁部まで来たことで、極東側の通信インフラの範囲に入り始めたのだ。ピッコの中継ハブが検疫要塞を経由し、その先の極東からの信号を拾う。まだノイズだらけだが、距離が近づいた分、クロノスにいた時より格段に音質が良い。
スピーカーから、声が響いた。
『遅いわよ、世界一の修理屋!』
あ、セーラだ。
『聞こえるわよ。あんたの声はいつだって騒がしいから、ノイズに負けないわ』
「それ褒めてないでしょ!」
『褒めてるのよ。……お帰り、エリー姉』
その一言で、目頭が熱くなった。
セーラは王都アステリアにいた。王国の復興と連合の外交を一手に引き受けている。22歳の公爵令嬢の肩に、二つの国の未来が乗っている。
『救済連合は機能しているわ。ただし、Gaiaの再定義による魔法の変質で混乱が生じているの。民衆は不安がっているけれど、パニックにはなっていないわ。あんたたちが出発前に蒔いた種が、ちゃんと根を張っているおかげよ』
「バルガスとオメガは?」
『帝都ガレリアで共同統治を続けているわ。バルガス殿が軍をインフラ整備部隊に再編して、オメガ殿がスラムの再建を仕切っている。……ただ、旧技術院の残党が地方で小規模な反乱を起こしているの。バルガス殿が掃討に当たっているけれど、人手が足りなくて』
「帰ったら手伝うわ。……うちの子たちに、現地の自警団の指導をさせるわ」
セーラが笑った。ノイズ越しでも分かる、あの「見透かした」笑い。
『あら、言い直さなかったわね。昔のあんたなら「全部任せなさい!」って叫んでたのに』
「ふん、成長したのよ」
『ええ、成長したわね。……早く帰ってきなさい。そうそう、帳簿と報告書が山ほど待ってるから!』
「帰る前から脅さないでよ……」
通信が途切れかけた時、バルガスの声が混じった。帝都ガレリアからセーラの回線に相乗りしている。
『英雄の帰還を待っていた。……お前たちが極東に入る時、国境まで迎えを出す。久しぶりに俺自身が馬を駆るとしよう』
「バルガス、わざわざ迎えに?」
『当然だ。世界を救った者を出迎えるのは、軍人の務めだからな。……オメガにもよろしく伝えておく。あの女、もうバーベキューの炭を起こし始めているぞ』
「気が早すぎるわよ、オメガ……」
◇◆◇◆◇
通信が切れた後、演算球体からソフィアの声が届いた。
「聞いておったぞ。クロノス側からもバルガスへ技術支援を送る。マルクとゼロの連中が、旧帝国のインフラデータをパッケージ化しておる。東西で挟み撃ちじゃ」
「挟み撃ちって、技術支援に使う言葉じゃないでしょ」
「ワシは科学者じゃからの。戦術用語の方がしっくりくるわい」
ソフィアがカラカラと笑い、通信が切れた。
クロノスのソフィアとマルクとゼロが西から。極東のセーラが王国から、バルガスとオメガが帝国から。そして私たちが、その間を走るキャラバンとして繋いでいる。世界が、少しずつ一つの回路になりつつある。
◇◆◇◆◇
「ねえ、リュウガ」
夕暮れ時、アークの甲板で隣に座ったリュウガに話しかけた。
「私たちが帰っても、世界はもう回り始めてるのね。セーラが政治を、バルガスが軍を、オメガが民を、ソフィアが技術を、マルクが自治を。……私たちがいなくても」
「それが、お前の望んだ形だろう」
「……うん。でもちょっとだけ寂しいわね。修理屋が必要なくなる日が来るかもしれないって思うと」
リュウガが義手で私の頭をぽんと叩いた。
「壊れるものがある限り、修理屋の仕事はなくならない。……それに、俺の義手のメンテナンスは、お前にしかできない」
「……それ、口実でしょ」
「そう。口実だ。お前の隣にいるための」
心臓が跳ねた。
『てぇてぇ記録、本日1件目ですわ。お父様の「口実」発言、永久保存版ですわ……』
クララの囁きがMNWに流れた。
「クララァァァアアアア!」
◇◆◇◆◇
翌朝。
バルガスとの合流地点に向けて、カイルがキャラバンの進路を北寄りに修正した。
「バルガス殿が国境付近まで出てくるなら、合流しやすい位置取りが必要です。やや北に振った方がいい」
進路変更の結果、キャラバンは行きとは異なるルートでカオスゾーンの東端を走ることになった。
行きは南寄りのゴビ砂漠ルートを突っ切った。あの時、万里の長城の端っこ――風化してほとんど小山のようになった残骸を、次元崩壊に追われながら必死で駆け抜けた。じっくり見る余裕なんて1秒もなかった。
だが今回のルートはもっと内陸寄りだ。
そして、地平線に「それ」が現れた時、私は息を呑んだ。
「……嘘。あれ、壁? 行きに通った時のとは全然違う……」
地平線を左右に断ち切るように、巨大な石と土の構造物がそびえている。行きに見た風化した小山の残骸とは比べ物にならない。高さ10メートル以上、幅も数メートルはある堂々たる城壁が、どこまでも続いている。
「行きは長城の東端、ゴビ砂漠との境界付近を通った。あの辺りは2000年の風化でほとんど原型を留めていない。だが今回のルートは内陸部を通っている。こちらは保存状態がいい」
リュウガが地図を広げながら解説した。
「同じ『万里の長城』でも、場所によって全然違うのね……」
「4000年以上かけて何度も増築された壁だからな。場所によって石の質も工法も違う。そしてアリスが、特にこの区間を『最終検疫の門』として再定義した」
コルネがバイクで並走しながら割り込んだ。
「エリーちゃん、でもさ、行きにも通ったんだから一応知ってるんだよね? 『こんなの通ったっけ?』みたいな顔してたけど」
「してないわよ! ……してた?」
「してましたわ、母様。完全に初見の顔でしたわ」
オーボエが容赦なく追撃した。
「母様の記憶力、3ヶ月で揮発するんだね……」
ユーフィが呆れ顔で首を振り、セフィラが真紅の瞳を瞬かせた。
「……母様。わたくしのストレージには行きの映像が全て保存されています。長城通過時のログを再生しましょうか? 母様が『何この壁ー!?』と叫んでいる音声も残っていますが」
「再生しなくていいッ!」
だが、笑いの空気は長くは続かなかった。
壁面から微かな光が漏れている。赤い光。規則的に明滅する、防衛システムの起動シグナル。
「ピッコ、あの光はなに?」
「……旧防衛プロトコルの残滓ですわ。Gaiaの再定義を受けて門番のシステムが更新されています。行きに通った東端とは別の区画ですから、あちらの認証記録はここには届いていない。つまり――」
「初見扱い、ってことね」
「ええ。しかもこの区間はアリスが最も強固に設定した『最終検疫の門』。行きのゴビ砂漠側とは防衛レベルが桁違いですわ」
赤い光が、強くなっていた。壁面の隙間から、何かが動く気配がする。
「……まあ、いいわ。壁を壊すんじゃない。壁を直すの。それが修理屋のやり方よ」
私はスパナを握り直した。
帰路最後の試練が、地平線の向こうで待っている。
◇◆◇◆◇
壁が、赤く呼吸していた。
高さ10メートルを超える石と土の防壁。表面を走る無数の亀裂から、脈動するように赤い光が漏れている。
「認証コード、全拒否。門は開きませんわ」
オーボエが冷静に報告する。
「ファーファ、壁の構造データは?」
『壁面はナノマシン強化レンガだお。厚さ約4メートル、内部に制御端末が32基。でもね、エリー——壁の向こう側から、すごい数の起動信号が出てるんだお』
『推定……4000から5000。人型。整列して待機中だお』
「5000……!?」
カイルが双眼鏡を下ろした。カオスゾーンのサソリは3000でも地獄だった。それを上回る数が、壁の向こうで待っている。
「兵馬俑——4000年以上前の王朝が作った人型の副葬品だ。アリスがナノマシンで再構成したんだろう。1体1体が独立した戦闘プログラムを持っている」
リュウガが静かに説明する。お墓の番人を最終兵器に改造する——アリス、あなた本当に何でもやるわね。
「壊すんじゃないわ。直すのよ。32基の制御端末を書き換えて、門を『歓迎』に切り替える」
「猿嫁一人なら40分以上。わたくしが暗号解読を並行処理すれば25分ですわ」
ピッコが白衣の袖を捲った。
「25分」
オーボエがハルバードを地面に打ちつけた。
「——いつもの3班じゃ保たない」
その一言で空気が変わった。
「5000体の方陣を3班で受ければ、どこかが必ず破られる。今回は5環+砲撃+遊撃——7つに分ける」
オーボエの指がMNWに陣形図を描いた。
「第1環、内壁防衛——テューバ、オルガ。壁面直近を固めろ。半径20メートル以内に敵を入れるな。第2環、前線攪乱——コルネ、ハープ。先頭3列だけを乱せ、深追いするな。第3環、側面遊撃——ユーフィ、ルーテ。包囲の隙間を走り回れ、止まるな。第4環、情報統制——ヴィオラ、クララ。リディア様のドローンと連携して陣形変化を全環に送り続けろ。第5環、遊撃崩し——ボーン、チェロ。敵が密集した瞬間を狙って重力で地形ごとえぐれ!!」
「カイル殿、キャラバン10台の砲座を全方位に分散。弾種は徹甲弾と散弾を交互に。ヴォルフ殿、壁面から50メートルの範囲に障害物帯を構築してください」
「任せろ!」
ヴォルフがキャラバンの予備パーツを引きずり出し、リディア様がドローンで設置座標を送る。落とし穴、粘着樹脂、即席カタパルト——物理屋の戦場インフラが猛スピードで組み上がっていく。
「セフィラ。エリーの直近護衛。端末に触れる敵は1体たりとも通すな」
「了解。……1体たりとも」
(……この子に任せれば大丈夫)
私は内心で息を吐いた。末っ子のくせに、いつもの型を壊してまで最適解を組み上げる。
「行くわよ、ピッコ、リュウガ!」
「猿嫁に指図されるのは不愉快ですが——今は急ぎますわ」
3人で壁面に取りついた。全員が配置につく。夜明け前の空の下、赤い壁が脈動している。
その向こうから——5000の足音が、近づいてくる。