大学の文化祭って大体何かに巻き込まれるよね②
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
第二研究棟の外れ、周囲を森林に囲まれた会場に足を踏み入れると、すぐに動物の気配がした。
柵で仕切られたスペースの中で、大小さまざまな魔法動物が思い思いに過ごしている。小型の翼を持つ兎のような生き物が空中をふわふわと漂い、青い斑点のある亀がのんびりと石の上で日向ぼっこをしている。
受付の学生が白衣を着ており、ひとつひとつの動物の説明書きが丁寧に添えられていた。
「わあ! ちいさいフェンリルだ!」
アイシャが柵の前に張りついた。
子どものフェンリルが、よちよちとこちらに近づいてくる。
「触っていいですよ」
白衣の学生が声をかけると、アイシャは迷わず手を差し出した。
フェンリルがくんくんと匂いを嗅いで、そのまま手の上に顎を乗せた。
「やわらかい! おとーさん、やわらかい!」
「……リルもあれくらい小さかった時期があったな、懐かしい」
遠い目をするノルンの隣で、エニシャがそっと柵に近づいた。
フェンリルが今度はエニシャの方を向く。
エニシャは少しだけ後退した。
「……かむ?」
「大丈夫ですよ。人慣れしてますから」
学生が笑顔で答えると、エニシャはしばらく考えてから、おそるおそる指先を差し出した。フェンリルがぺろりと舐めた。
「……つめたい」
それだけ言って、エニシャはじっとフェンリルを見つめた。
「……もういっかい」
もう一度指を差し出す。また舐められる。
それをエニシャは三回繰り返した。
セレスティアが後ろからそっと笑いをこらえながら写真を撮っていた。
ふれあいコーナーを出て第二研究棟に入ると、セレスティアが立ち止まった。
「お化け屋敷……でしょうか」
「だな」
「……入りますか?」
「怖いのか?」
震えるセレスティアを見て、ノルンが問う。
「そんなことありません」と速攻で否定されたが、確実に怖がっているのは誰の目にも明らかだった。
「じゃあ入るか」
「それでは、私は二人と待っていますのでお一人で……」
「何言ってるんだ、全員で行くんだよ」
入口の前に立つと、中からひんやりとした空気が漏れてくる。
いざ四人で入ろうとしたら、受付に止められた。
「あの、一度に入れるのは二人まででして……」
ノルンとセレスティアが顔を見合わせた。
「よし、行くか。アイシャはエニシャと一緒に行けるか?」
「だいじょーぶ!」
「……ん、だいじょうぶ」
二人とも即答だった。
セレスティアが複雑な表情をした。
「では私は外で待って……」
「待て、俺の分はどうなる」
「ノルン様はお一人で……」
「それじゃつまらないだろ、一緒に来い」
セレスティアが助けを求めるように受付の学生を見た。
学生が目を逸らした。
「……わかりました」
諦めたような、しかし若干嬉しそうな声だった。
アイシャとエニシャが先に入ってから少しして、ノルン達の順番が回ってきた。
ノルン達は拳銃の形をした魔法道具を受け取る。
「お化けが出たらこの銃で撃退してくださいね」
「まるでゲームだな、面白そうだ」
薄暗い廊下に足を踏み込むと、壁に青白い光が揺れていた。
異世界に踏み込んだような感覚がする。
「なるほど、屋敷全体が結界魔法で作られているのか。これなら教室が狭くても問題ない。考えたな」
ノルンが感心した表情で周囲を見回す。
だが、セレスティアはそれどころではなかった。
両手で銃を構えたまま、入口からすでに半歩も進んでいない。
「ノルン様、先に行ってください」
「はぐれたらどうする」
「ではもう少しゆっくり……」
「そうしたら止まってるのと変わらないだろ」
ノルンが静かに進み始める。
セレスティアが渋々ついてくる。
廊下の両壁に、青白い光が揺れながら伸びていた。
足元には霧のような白いものが漂っており、踏むたびにさらさらと広がる。
「術式で制御しているな。五感に干渉するもので間違いなさそうだ」
ノルンが独り言のように言いながら進む。
「ノルン様は怖くないのですか」
「仕組みがわかれば怖くない」
セレスティアが口をつぐんだ。
仕組みがわかっても怖いこともある、とは言い出せなかった。
最初の角を曲がりかけたところで、頭上から何かが落ちてきた。
白い布をかぶった何かが、二人の顔の前に現れる。
「ひゃっ」
セレスティアが短く声を上げて、ノルンの腕をつかんだ。
「ゴーストか。見た感じ、人工的に作られたものだな」
ノルンが銃を人形に向けて引き金を引く。
光の弾が人形に当たると、人形がさらさらと粒子状に崩れて消えた。
「これも術式で制御しているのか、細かいな」
「……ノルン様が羨ましいです」
二つ目の角を曲がると、後方の壁が突然開いて白塗りの顔をした学生が飛び出してきた。
「セレス、しゃがめ!」
ノルンが素早く振り返ると、持ち前の反射神経で学生の頭部に二発、胸部に一発銃弾を撃ち込む。
光の弾が学生に当たると、学生がよろよろと倒れ込む演技をした。
「危なかったな」
「……ノルン様、今のかっこよかったです」
セレスティアが小さくつぶやく。
だが、それがノルンの耳に届くことはなかった。
ノルンの腕を両手でつかんだまま進むセレスティアは、次の角でも、その次の角でも、同じことを繰り返した。
何かが飛び出すたびに声を上げて、ノルンの後ろに回り込んで、ノルンが仕留めるのを確認してからまた歩き出す。
「ノルン様ってすごいのですね」
「なに、ただの経験だ」
出口の光が見えたとき、セレスティアが深く息を吐いた。
「……ノルン様」
「どうした?」
「今日のことは誰にも言わないでください」
「元から言うつもりはない」
ノルンが淡々と言った。
セレスティアがようやく腕から手を離した。
出口では、アイシャとエニシャが先に出て待っていた。
アイシャが満面の笑みで駆け寄ってくる。
受付の学生が面倒を見ていたようだ。
「おかえりなさい! 楽しかった!」
「……ん」
エニシャがノルンの足元にしがみつく。
相当怖かったようだ。
「怖かったな」
ノルンがエニシャの頭を撫でる。
「おとーさん、次はなに!?」
ノルンがパンフレットを確認する。
そろそろ時間だ。
「ダンスサークルの発表が始まる。ティファニアが踊るぞ」
アイシャの目が輝いた。
「おかーさん、おどるの!? みにいく!!」
「……たのしみ」
二人は完全に見に行くつもりだ。
エニシャの瞳からは、さっきの恐怖は完全に消えていた。