配信7回目 教室の隅で死に顔が増える
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あらすじ
影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信7回目 教室の隅で死に顔が増える
本文
朝の教室って、もっと平和な場所じゃなかったっけ。
窓の外は、春でもないのに妙に白っぽくて、校庭の隅に置かれたサッカーゴールまで、なんだか薄い膜越しに見える。いつも通りの始業前。いつも通りのざわざわ。机の脚が鳴る音。友達同士の笑い声。誰かの咳。
――なのに、スマホの画面を開くたび、私はまた喉の奥が冷えた。
昨夜、確かに来ていたはずの不明通知。
"続き、見つけた"
メッセージ本文は消えている。履歴も残っていない。なのに、通知だけが、見えない指でこめかみの裏をつつくみたいに残ってる。
「消えたなら消えろよ……」
小さく悪態をつくと、制服の胸元でぬいがもぞっと動いた。
「だから言うたじゃろ。ネット怪異は燃え残りがいちばんいやらしいのじゃ」
「朝からホラー講座やめて」
「朝だからこそじゃ」
やかましい寄生霊獣きせいれいじゅうを指先で押し込みながら、私はロック画面を伏せた。
今、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、自分の顔が映った。
いや、私の顔じゃない。
私の輪郭をしてるくせに、目だけが開きすぎていて、口元だけが妙に笑っていた。死に顔に、サムネ向きの補正をかけたみたいな顔。
「……最悪」
その時だった。
「ゆらちゃ〜ん、おはよぉ〜」
能天気のうてんきな声と一緒に、私の机の横に影が落ちる。
夜宵やよいるな。今日も朝からふわふわしてる。小柄で、童顔で、相変わらず制服の上からでも分かるくらいご立派なものをお持ちで、こっちは寝不足なのに視界だけ妙に健康被害を受ける。
「おはよ」
「なんか顔しんでる〜」
「それ今いちばん言うな」
「えへへ。でもほんとにちょっとしんでる」
「否定しづらいのやめて」
るなは私の机に手をつきながら、首をかしげた。
「ねえ、これ見てぇ。クラスの子が変な画像回してる〜」
「変な画像?」
るなが差し出してきたスマホを見て、私は笑えなくなった。
クラスメイトの何気ない写真。廊下で振り返った顔。弁当を食べてる横顔。黒板の前で笑ってる瞬間。そのどれもに、雑な悪ノリ加工みたいなノイズが入っている。
でも一枚だけ、違った。
ただの加工じゃない。その子の顔が、“まだなっていないはずの顔”に寄っていた。驚きと苦痛と、諦めが半分ずつ混ざった、嫌に生々しい死に顔。
「……これ、誰が回してんの」
「わかんなぁい。二組の子から来たって聞いた」
「聞いた、じゃないんだよ……」
「それ、見ないほうがいいよ」
真横から落ちた静かな声に、私は思わず肩を跳ねさせた。
いつの間に来たのか、同じクラスの白澤しらさわ 幽々ゆゆが立っていた。色の薄い顔。静かな目。教室にいるのに、そこだけ空気が一段静かになるみたいな子。
るながぱっと笑う。
「ゆゆちゃ〜ん、おはよぉ」
「おはよう、るなちゃん」
それから幽々は、私のスマホを見ないまま言った。
「それ、昨日から回ってる。最初はただの加工画像だったけど、今朝からちょっと違う」
「何が」
「"次の顔"が混ざり始めてる」
静かな言い方なのに、背中が寒くなる。
「……どういう意味」
「画像の中に、まだ起きてない顔が増えてるってこと」
私はるなのスマホをもう一度見た。嫌な汗が出る。
「なんでそんなの分かるの」
「見えるわけじゃないよ」
幽々は少しだけ目を伏せた。
「でも、こういうのだけは分かる」
―――
昼休み。人気のない階段踊り場で、私たちは三人でしゃがみこんでいた。
幽々の話は、思ったより具体的だった。
二組の女子が今朝、保健室ほけんしつに行ったこと。ひとりは"自分の笑った顔が思い出せない"と言っていたこと。もうひとりは、自分の写真フォルダに知らないサムネが増えて泣いたこと。
「先生に言えば?」
と言いかけて、自分で止まる。たぶんそれで終わる話じゃない。
幽々は小さく首を振った。
「学校側は、画像消して終わりだと思うから」
「……終わらない?」
「たぶん」
るなが不安そうに私と幽々を見比べる。
「それ、こわいやつぅ……?」
「めちゃくちゃ怖いやつだよ」
「えぇ〜……」
るなはしゅんとしたあと、私の顔をのぞきこんできた。
「でも、ゆらちゃん知ってる顔してる」
「どういう顔だよ」
「"またかよ"って顔」
「まあそれは否定しない」
幽々が、少しだけ私を見る。
「影森さん、相談できる人いる?」
「…………」
「その顔、知ってる人いる顔」
私はため息をついた。
「関わりたくないけど、もう関わってる人ならいる」
「やっぱり」
この子、静かな顔してわりと踏み込んでくる。
「あと」
私はるなを見た。
「お前、今回は絶対なんも拾うなよ」
「う、うん?」
「"うん?"じゃない。フリじゃないからね?」
「ひ、ひろわないもん……たぶん」
「たぶんがいちばん信用ならないんだよ!」
―――
放課後。
信用ならない予感って、なんでこう毎回、正確に当たるんだろう。
「ゆらちゃ〜ん、これ落ちてたよぉ」
教室の後ろ、ロッカーの陰。るなが指先でつまんでいたのは、小さな光沢紙だった。プリクラみたいなサイズの、変な断片。
「拾うな!」
「ひゃっ」
「だから言っただろ!」
奪い取って、私は息を呑んだ。
印刷されていたのは、るなの顔だった。でも今の顔じゃない。怯えて、涙目で、口元だけが引きつっている。まだ撮られていないはずの、次のサムネ。
「……最悪」
「え、なにそれ。るなちゃん?」
幽々の声も、さすがに揺れた。
ぬいが私の肩で毛を逆立てる。
「まずいのう。選ばれやすい顔をしとる」
「そんな最悪な評価ある?」
「あるのじゃ。見た側が"見たがる顔"というのはな、こう……柔らかくて、壊れそうで」
「フォローできてないからね!?」
るなは自分の胸元をきゅっと押さえた。
「え、るな、なんかしたぁ……?」
「お前は何もしてない! してないけど巻き込まれ体質なんだよ!」
「理不尽〜……」
私はスマホを取り出した。
コール一回。二回。
『短く言え』
出た。第一声から終わってる男。
「学校にサムネ怪異の亜種あしゅっぽいの出た」
『却下』
「は?」
『学校は面倒だ。教師、保護者、監視カメラ。全部だるい』
「そこをなんとかするのお前の仕事だろ!」
『お前の仕事でもある』
「そんな仕事契約してない!』
『借金契約はある』
「うるさい来い! るなが次の顔にされかけてる!」
『……場所は』
「学校だよ!早く来いって!」
『切るぞ』
「ごめんなさい来てください!」
通話の向こうで、短い沈黙。それから、舌打ち混じりの声。
『二十分。余計なことするな』
「それ最初に言うなよ!」
通話が切れる。
直後、真琴まことさんからメッセージが飛んできた。
『画像三件確保。メタデータ変です』
『撮影時刻が、まだ来てません』
「……うわ」
「どうしたのぉ?」
「未来時刻」
「えぇ?」
『嫌ですね』
とメッセージが追加されて、私はちょっとだけ救われた。文面が冷静すぎて逆に怖いけど。
―――
日が落ちかけた頃、私は学校を抜けて、朔夜さくやのいる古い雑居ざっきょビルへ走っていた。
高架の近くの、時間に置いていかれたみたいな建物。薄暗い階段。安っぽい表札。昼でも夜でも、ここだけ空気が古い。
二階へ上がる途中、廊下の先に人影があった。
女。
黒い服。白すぎる肌。長い髪。静かに床を拭いている。でも、清掃員って感じじゃない。そこにいるだけで、廊下の空気が一段硬くなるみたいな女だった。
「……騒がしいですね」
声まで静かで、余計に怖い。
「あ、すみません」
思わず反射で謝ってしまう。
女は、雑巾を絞るみたいな自然さで私を見た。
「夜見は上です」
「……どうも」
「今日は、まだ"逃げていません"」
意味が分からない。でも、聞き返したくない。
ぬいが胸元で低く唸った。
「ゆら。行くぞ」
「ぬい?」
「見るな。静かすぎる」
そのまま私は、半分逃げるみたいに事務所へ飛び込んだ。
朔夜はいつものように気だるそうな顔で立っていた。むかつくくらい平常運転だ。
「遅い!」
「二十分と言った」
「下の人、誰」
「会ったのか」
「会ったよ! 誰あれ」
朔夜は一瞬だけ、面倒くさそうに目を細めた。
「……あいつは冥めいだ。それ以上は聞くな」
「名前だけ出して余計気になる言い方すんな」
「気にするな」
「無理だろ」
「無理でもだ」
その言い方が、逆に本気っぽかった。
―――
夜の学校は、それだけで反則だ。
昼のざわめきが嘘みたいに消えて、廊下の端から端まで、靴音が長く伸びる。掲示物は全部、昼より白く見える。教室の窓は鏡みたいで、外じゃなくて中を映してるみたいだった。
「学校を夜に歩くだけで寿命縮むんだけど」
「どうせあとで戻す」
「そういう問題じゃない」
「わしは最初から反対しとった」
「お前は毎回それ言うな!」
朔夜は教室の後ろ、写真やプリントが集まる掲示スペースの前で止まった。
机の上にスマホ、保健室ほけんしつから借りたタブレット、回収した印刷片を並べる。それだけで、場が現場になる。
「《権限接続アクセス・ライン》」
短い声。処理コマンドみたいな言い方。
空気のどこかで、見えない線が繋がる感覚がした。窓。スマホ。ラミネート。掲示物の透明フィルム。全部の"映る面"が、同じ薄い膜でぴんと張る。
「《媒体遮断メディア・ブレイク》」
次の瞬間、教室中の反射が一斉に濁った。
黒板の横のガラスが曇る。廊下側の窓が息を吐いたみたいに白くなる。私のスマホの画面の奥で、誰かの顔がにじんで消える。
「うわ、気持ち悪……」
「黙って見ろ」
掲示スペースの隅。写真とプリントの重なりの奥で、何かがぬめっと動いた。
人の顔。でも一人分じゃない。笑顔、泣き顔、怯え顔、口だけ笑ってる顔。"見たがられた顔"だけを寄せ集めたみたいな束。
「出るぞ!」
ぬいが飛び退く。
顔の束は、るなの印刷片へ吸い寄せられた。次のサムネを作るみたいに。
「《視線収束フォーカス・バインド》」
朔夜が言い切ると、散っていた視線が一つの点に寄った。
私はそこで見えた。
核は、画像そのものじゃない。掲示スペースの奥に貼られた、クラスの連絡用QRコードのラミネート面。共有されるための入口。見られて、撮られて、回されるための面。
「ある!」
「どこだ」
「そこじゃない、その奥! QRのラミネート! あれが入口!」
顔の束が、こっちを向いた。
るな。幽々。私。次に抜き取る顔を、品定めするみたいに。
反射的に背筋が凍る。
「っ……見るな」
朔夜が低く言った。
「お前は寄る」
分かってる。分かってるけど、怖い。
その時、教室のドアが開いた。
「ゆらちゃ〜ん……」
「来るなあああ!」
最悪だ。るなが来た。
「心配だったからぁ……」
「今いちばん来ちゃだめなタイミングなんだよ!」
るなが一歩入った瞬間、窓ガラスにも、掲示板の透明フィルムにも、教室後ろのロッカーの鏡面にも、るなの死に顔候補が一斉に映った。
泣き顔。怯え顔。助けを呼ぶ口。その全部が、妙に"映える"。
「やだぁ……なにこれ……」
るなの声が震える。
私は頭に血が上った。
「お前、ほんとに放っとけないんだよ!」
叫んで、るなの前へ出る。顔の束が、今度は私を見た。比較してる。どっちが"次に使えるか"を。
朔夜が舌打ちした。
「《逆探封鎖バックトレース》」
見えない経路が切れる音がした。さらに、札が二枚、QRコードのラミネート面と印刷片へ貼りつく。
「《記録焼却ログ・イレイズ》」
火じゃない。でも、記録だけが端から削られていく。
ラミネート面の中で、顔の束が引きつった。笑ったまま剥がされるみたいに、輪郭が崩れる。
「ゆら! 今じゃ!」
「分かってる!」
私はるなを引っ張って後ろへ下がらせた。ぬいが、落ちかけた印刷片に飛びつく。
朔夜が最後に、冷たく言った。
「《拡散停止スプレッド・ロック》」
教室の空気が、そこでやっと止まった。
スマホの通知が沈黙する。窓の顔が消える。掲示スペースのラミネート面が、ただの安っぽい透明フィルムに戻る。
でも。
完全には、消えなかった。
床に落ちたるなの印刷片には、まだ薄く輪郭が残っている。焼け跡みたいな、次の候補。
―――
学校を出たあと、幽々は自分のスマホを見つめていた。
「……まだいる」
「は?」
「学校の外に、持ち出された」
画面には、送っていないはずの保存通知が一件だけ残っている。
朔夜はそれを一瞥して、あっさり言った。
「当然だ。画像を消しただけで全部止まるなら、最初から怪異にならない」
「言い方!」
「事実だ」
「やな事実をそんな澄ました顔で言うな!」
幽々は小さく息をついた。
「でも、今日の分は止まった」
「……まあ、ね」
「"次に誰が選ばれるか分からない状態"ではなくなったから」
この子はたぶん、怖がりなのに、ちゃんと被害の見方を知ってる。
るなはまだ青い顔のまま、私の腕にくっついていた。
「ゆらちゃん……」
「なに」
「さっき、守ってくれてありがとぉ……」
「当たり前だろ」
るなはしゅんとしたあと、胸元を押さえて首をかしげた。
「でも、るな、なんで選ばれたのかなぁ」
「知らないよ」
「やっぱり……ご立派だから?」
「何が」
「いろいろ……?」
「自分で言うな!」
「えへへ……」
泣きそうな顔から一転、ちょっとだけ笑う。その揺れ幅にこっちは心臓がもたない。
「相変わらずご立派なものをお持ちなこと……」
思わずぼそっと漏れる。
「え?」
「なんでもない!」
「今、胸見たぁ?」
「見えてくるんだよ! 存在感が強いんだよ!」
「ゆらちゃんえっち〜」
「違うわ!」
ぬいが肩の上でげんなりした声を出す。
「危機感のない会話で空気を戻すの、やめんかの」
―――
事務所に戻る前、ビルの二階の踊り場で、私はまたあの女を見た。
昼間と同じ黒い服。白い肌。今度は床を拭いていない。銀の鍵を一本、指先で静かに回していた。
「その子、まだこちらへ落ちていませんね」
ぞくっとする。
「……誰のこと」
「どの子でも」
私が言葉を失っていると、奥の事務所のドアが開いた。
「冥」
朔夜の声だった。
女――冥は、ほとんど表情を変えないまま、こちらを見た。
「今回は何も。まだ」
それだけ言って、音もなく廊下の奥へ消える。
私は鳥肌の立った腕を押さえた。
「……何あれ」
「だから言っただろ」
「冥って何。名前だけで済ませるな」
「済ませろ」
「無理」
「無理でもだ」
それ以上は、本当に話す気がない顔だった。
最悪だ。怪異も最悪。あの女も最悪。そしてその全部を知ってるくせに説明しない朔夜が、いちばん最悪。
そう思っていた、その時だった。
机の上に一枚の紙が置かれる。
「……なにこれ」
「請求」
「は?」
「《媒体遮断メディア・ブレイク》、学校侵入、夜間対応、追加封札、るな保護、画像断片回収」
「ちょっと待て」
「あと急行対応費」
「待てって言ってんだろ!」
「合計」
朔夜が淡々と読み上げる。
「十六万八千円」
「借金増えたあああああ!?」
私の悲鳴が、古い事務所の天井にむなしく跳ね返る。
ぬいが、やれやれと首を振った。
「だから言うたじゃろ」
「お前は毎回それしか言わないな!」
るなは「たか〜い……」と素直に引き、幽々は「夜見さんって最初から怖い人なんだね」と静かに引いていた。
私だけが、現実と怪異の両方に殴られている。
でも、たぶん。本当にいやなのは、請求額だけじゃない。
学校の中の顔は消えた。今日の分は止まった。るなも、幽々も、今は無事だ。
それでも、どこかの端末に残った一枚。誰かが保存したまま忘れてる断片。見たことだけが消えていない記憶。
そういうのが、まだこの街のどこかで息をしている。
だからたぶん、この街では"画像を消した"だけじゃ、ぜんぶ終わらない。
続く。