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配信8回目 花見席は四人のはずだった【前編】

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 6,001文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信8回目 花見席は四人のはずだった【前編】

本文

新学期しんがっきの空気くうきって、どうしてあんなに軽いんだろう。

 教室きょうしつのざわつきも。

 廊下ろうかを流れる笑い声も。

 放課後ほうかごの駅前にたまる人の多さも。

 まだ何も始まってないくせに、もう春だけは始まってる、みたいな顔をしている。

 だから、たぶん。

 その日、川沿いの桜を見に行こうなんて話に乗ったのも、その“軽さ”のせいだったと思う。

「お花見しよぉ〜」

 私の親友、夜宵やよいるなが言った。

 いつもの、ふわっとした声。

 いちごミルクみたいに甘くて、危機感ききかんの欠片かけらもない声である。

 顔を上げると、るなが、窓の外を見ながらにこにこしていた。

 春の光が似合う顔だな、と一瞬だけ思う。思うけど、それより先にツッコミが出る。

「花見っていうか、お前ただ外で食いたいだけだろ」

「そうだよぉ?」

「認めるなよ」

 即答そくとうだった。こいつ、欲望よくぼうに関しては嘘をつかない。

 るなは小柄だ。

 ふわふわしていて、童顔どうがんで、ぱっと見ただけなら“よく食べてもスイーツ一個くらい”に見える。

 なのに、食う。

 めちゃくちゃ食う。

 見た目との落差だけで都市伝説に片足突っ込んでるくらい食う。

「焼きそば食べたい〜」

「うん」

「たこ焼きも〜」

「うん」

「唐揚からあげもいるしぃ、フランクも欲しいしぃ、いちご飴も春っぽいしぃ、ベビーカステラべびーかすてらも捨すてがたいよねぇ」

「待て待て待て待て」

 私は思わず両手を出した。

「今の、ひとりで言った?」

「うん?」

「“うん?”じゃない。屋台一周する気か?」

「花見ってそういうイベントじゃないのぉ?」

「違うわ」

 るなは首をかしげる。

 いや、そこで不思議そうな顔するな。お前の胃袋のほうが不思議だわ。

 その横で、白澤しらさわ 幽々ゆゆはスマホを見ていた。

 朝も見ていた。

 昼も見ていた。

 放課後になっても見ている。

 この子はたぶん、人生の半分くらい画面越しに怪異を吸っている。

「幽々、さっきから何見てんの」

「非公認学園怪異SNSひこうにんがくえんかいいえすえぬえす」

「春の陽気で聞きたくない単語すぎる」

「ゆゆちゃん会長だもんねぇ」

「会長なんだ……」

 私はそこで初めて知ったみたいな反応をしたけど、るなは当然みたいに頷いていた。

 いや、お前なんでそれを当然みたいに受け止めてんだ。

 幽々はスマホから目を上げないまま、淡々と歩く。

「川沿い、人かなり多い」

「花見シーズンだしな」

「屋台も多いみたい」

「お前が言うと脅し文句なんだよ」

 幽々は少しだけ口元を動かした。

 笑ったのか、呆れたのか、よく分からない。

 でもまあ、その時の私は、そこまで深く考えていなかった。

 桜。

 屋台。

 放課後。

 親友ふたり。

 こんな日にまで、わざわざ怪異へ突っ込んでいく理由なんて、ないはずだった。

―――

 ところが現実は、屋台へ突っ込む前に財布が終わっていた。

「無理」

「何がぁ?」

「私の所持金が」

 財布を開いて、閉じる。

 もう一度開いて、やっぱり閉じる。

 ダメだ。見間違いじゃない。

 現実は残酷である。

 るなは私の財布をのぞきこんでから、なんでもないことみたいに言った。

「じゃあ夜見さん呼ぼぉ」

「なんでそうなる」

「奢ってもらおぉ」

「お前、朔夜さくやをなんだと思ってんの」

「お金持ってそうな人〜」

「否定できないのが腹立つ」

 顔だけで言えば、春の川沿いで缶コーヒー片手に立ってても妙に絵になる男ではある。

 中身は終わってるけど。

 るながにこにこしながら追撃してくる。

「ゆらちゃんのお知り合いでしょぉ?」

「知り合いって言い方すんな。厄介ごとの元締めだよ」

「でも焼きそばは食べたい〜」

「お前の食欲を人間関係に乗せるな」

 そう言いながらも、私はスマホを取り出した。

 るなは、かける前提の顔で横からのぞきこんでくる。

 幽々はスマホを見たままだけど、耳だけは明らかにこっち向いてる。

 コール一回。

『なんだ』

「花見来い」

『行かない』

「じゃあ金だけ出せ」

『断る』

「早っ」

『用件終わりか』

「終わってないわ! 新学期祝い!」

『お前に祝う要素がない』

「あるわ! 生きてる!」

『それはお前の努力じゃないだろ』

「うるさい! るなが焼きそばとたこ焼きと唐揚げとフランクといちご飴とベビーカステラ食うんだよ!」

『知らない』

「知らないで済ますな!」

『夜宵の胃袋を俺の財布に接続するな』

「お前ほんと顔だけだな!」

『知ってる』

「せめてレインれいん送金くらいしろ!』

『切るぞ』

「送ってから切れって――』

 通話は、そこでぶつっと切れた。

「…………」

「だめだったぁ?」

「当たり前だろ!」

 私は本気でキレた。

「春の河川敷に金だけ置いていくタイプなら、あいつ今ごろもっと人間できてるわ!」

「でも返信は早い」

「そこ褒めるとこじゃない!」

 幽々が、スマホを見たまま小さく言った。

「既読も早いし」

「余計に腹立つからやめろ!」

 るなは「えへへ……」と笑いながら、まったく懲りていない顔で言う。

「でも焼きそばは食べたい〜」

「食うんだよな結局!」

―――

 るなが抱えている量がおかしい。

 いや、量そのものもおかしいんだけど、"その量を自然な顔で抱えていること"がいちばんおかしい。

「待て。なんで焼きそば二個ある」

「るな用と予備〜」

「予備って何」

「食べ終わったとき悲しいからぁ」

「発想が非常食ひじょうしょくなんだよ」

 しかも、まだ食べ始めてもいないのに次を考えてる。

 唐揚げを見て笑って、フランクを見て悩んで、いちご飴に目を輝かせてる。忙しいな。

 そのくせ見た目は、相変わらず小柄で、ふわふわしてて、童顔で――。

 私は思わず、るなの胸元を見た。

「……毎回思うけど、その栄養どこ行ってんだよ」

「え?」

「いや、なんでもない!」

「今見たぁ?」

「見えてくるんだよ! 存在感が強いんだよ!」

「……だからその胸なのかも」

「幽々まで乗るな!」

 珍しく幽々が小さく参加してきて、私は反射でツッコんだ。

 るなは「えへへ〜」と照れたように笑って、でもその直後にベビーカステラを口へ放り込んでいた。切り替えが早い。

 幽々は飲み物一本と、小さなスナックくらいしか持っていない。

 片手には相変わらずスマホ。

「お前、結局なに見てんの」

「旧記録きゅうきろく」

「まだ見てんのかよ」

「春の河川敷で、ちょっと引っかかってる投稿がある」

「やめろって」

「まだ作り話かもしれない」

「じゃあ今は楽しいほうを優先させろ」

 そう言うと、幽々は小さく頷いた。

 でも、視線はまたすぐ画面に落ちた。

―――

 河川敷は思ったよりずっと混んでいた。

 桜並木。

 レジャーシート。

 紙コップ。

 家族連れ。

 学生グループ。

 酔っ払いの笑い声。

 風が吹くたび、花びらがふわっと舞う。

 屋台の油っぽい匂いと、川の湿った匂いが交互に流れてきた。

 私たちは少し端のほう、人混みの本流から半歩外れた場所にシートを敷いた。

「花見って、座ったら始まりだよねぇ」

「お前の場合、座る前から始まってたわ」

 るなは座った瞬間に焼きそばの蓋を開けた。

 早い。

 信じられないくらい早い。

 でもその嬉しそうな顔を見てると、なんだかんだでこっちも少し笑ってしまうのが悔しい。

 幽々は座ってもまだスマホを見ていた。

「まだ見てんの?」

「……去年も、この辺で少し変な投稿あった」

「今言う?」

「まだ、ただの作り話かもしれないから」

「じゃあ今日はその“ただの作り話”で終われ」

 私はそう言ってジュースを開けた。

 風が吹く。

 桜が散る。

 るなが「おいし〜」って言いながら焼きそばを吸い込んでいる。

 その時だけは、本当に平和だった。

―――

「若い子だけ? 危ないよ〜」

 その平和は、わりとすぐ壊れた。

 近くで飲んでいたらしい中年男が、ふらふらと寄ってくる。

 顔は赤いし、距離感はおかしいし、声だけ妙に馴れ馴れしい。最悪だ。

「おじさんも混ぜてよ」

「混ざらないです」

「冷たいなぁ」

「普通です」

 るなが曖昧に笑って、「ごめんなさぁい、三人でいるのでぇ」と柔らかく返す。

 でもその返し方、たぶん相手を勘違いさせるやつだ。

 男の視線がるなに寄る。

 私はすぐ前に出た。

「それ以上近づいたら普通に叫ぶから」

「えぇ〜、怖いなぁ」

「怖がれ」

 その時、幽々が顔を上げた。

 いつもより少しだけ、声が低い。

「……離れたほうがいいよ」

 男は一瞬だけ変な顔をした。

 それから気まずそうに笑って、ふらふら離れていった。

 私は小さく息を吐く。

「最悪」

「春って変な人多いねぇ」

「春じゃなくてもいるけどな」

 幽々はもう一度スマホに目を落とした。

 でも、さっきより指先が少し硬い気がした。

―――

 嫌なことは、だいたい連続する。

「よかったら一緒に飲まない?」

 今度は大学生グループだ。

 酔っ払いのおじさんより若くて、見た目も普通で、だから余計に面倒くさい。

 悪意が薄いぶん、こっちがはっきり拒否すると逆に被害者面してきそうなタイプのやつ。

「飲みません」

「即答きつ」

「きつくて結構」

「るな、いっぱい食べるのでぇ」

「それ断り文句なのか?」

 大学生たちは笑った。

 その中の一人が、るなの顔を見た瞬間だけ、すっと表情を失った。

 笑いが消える。

 目だけが、どこか遠くを見るみたいにずれる。

 そして、低い声で言った。

「……あ、今年はその子なんだ」

 全員、止まった。

「……は?」

 たぶん最初に声を出したのは私だった。

 言った本人も、次の瞬間には我に返ったみたいに顔をしかめる。

「え、何……今、おれ何言った?」

 仲間も引いている。

 空気が変に冷えた。

「……行こ」

「なんか気持ちわりぃな」

 大学生グループは、そのまま足早に離れていった。

 残されたのは、よく分からない沈黙だった。

「何あれ、最悪」

「今年って何ぃ?」

「……たぶん、去年の投稿と同じ」

 幽々が、今度ははっきりそう言った。

―――

 幽々が見せてきた画面には、断片的な記録が並んでいた。

 非公認学園怪異SNSの旧記録。

 レインで送られてきた相談。

 消えた投稿の画撮り。

 どれも元の投稿は残っていない。

 でも、画撮りだけ、相談文だけ、断片だけが残っている。

『河川敷の花見で、席が一つ多い』

『写真の人数が合わない』

『紙コップが片づけても戻る』

『四人で来たはずなのに、帰りは三人だった』

「なんで今まで言わなかった」

「春になると毎年似たのがあるから、作り話かと思ってた」

「今は?」

「さっきの見て、違うと思った」

「それ、こわいやつぅ?」

「食う手を止めてから聞け」

 るなはちゃんとこわがってる顔をしてるのに、手だけは焼きそばを止めていない。

 強いのか鈍いのか、もうよく分からない。

 その時だった。

「あれぇ?」

 るなが、ジュースを配ろうとして手を止めた。

「これ、誰のぉ?」

 シートの端に、紙コップがひとつあった。

 四つ目。

 私たち、三人しかいない。

 買った飲み物も三本のはずだ。

 なのに、そのコップは妙に自然にそこにある。

 最初から置いてありました、みたいな顔をして置いてある。

 しかも縁だけ、薄く桜色で濡れていた。

「知らねぇよ。三本しか買ってないだろ」

「でも、るな数はちゃんと見てたよぉ」

「食い意地がこういう時だけ頼もしいの腹立つな……」

「……空席、作らないほうがいいかも」

「先に言え!」

 私は反射的にコップを掴んで、シートの外へどけた。

「詰めるよ。これで終わり」

「終わるかなぁ……」

「終われ」

 三人でぎゅっと寄る。

 一瞬だけ、普通に戻ったように見えた。

 でも。

 次に目をやった時、またシートの端に、四人目の席ぶんだけ隙間ができていた。

 そこに、さっき捨てたはずの紙コップが戻っている。

「…………」

「え、やだぁ」

 るなが小さく声を出した。

 しかも今度は、紙皿まで一枚増えている。

 るなの焼きそばが、一口ぶんだけ減っていた。

「え、減ったぁ?」

「今そこかよ」

「今そこだよぉ!」

「……食べられてる」

「誰に」

「席にいる誰かに」

 幽々の声は、ほとんど囁きみたいに小さかった。

 周囲の笑い声が、少し遠くなる。

 風向きがおかしい。

 四つ目の席の周りにだけ、花びらがやたら集まっていた。

―――

 通知じゃない音が鳴った。

 ぴこん、でもなく。

 しゃら、でもなく。

 スマホの保存音みたいな、でも少し湿った嫌な音。

 幽々のスマホだった。

「……今の、撮ってない」

 画面をのぞきこんで、私は背筋が冷えた。

 たった今の、私たちの花見席の写真。

 誰も撮っていない。

 でもちゃんと、今の景色が写っている。

 ただし、最初から第四の席があった。

 紙コップ。

 紙皿。

 空席。

 写真の隅には、古い和装の袖みたいなものまで見える。

「は?」

「勝手に入った」

「この人、さみしそう」

 るなが、画像を見ながら小さく言った。

 幽々は首を振る。

「違う。待ってるんじゃない。埋めたいんだと思う」

 その言い方に、ようやく本気の嫌な汗が出た。

「帰る」

「えぇ〜」

「えぇ〜じゃない。もう十分やっただろ」

 私は立ち上がろうとした。

 その瞬間、るながふっと顔を上げる。

 視線の先。

 少し離れた桜の木の根元。

 そこだけ、妙にきれいに空いていた。

 花見席。

 紙皿。

 紙コップ。

 そして、るながさっきまで持っていたはずのいちご飴が、そこに置かれている。

「……あれ、ひとりで待ってるぅ」

「行くな」

 反射で言った。

 でも、るなの足はもう一歩出ていた。

「だめ」

 幽々の声が、今度ははっきり強かった。

「あれ、待ってるふりしてるだけ」

「でも、さみしそう……」

「そう見せてるだけ!」

 風もないのに、花びらがるなにだけ落ち続ける。

 肩に。髪に。膝に。

 目印みたいに。

 やばい。

 直感だけど、やばい。

 これは、るなが行ったら終わるやつだ。

 私はるなの腕を掴んだ。

「戻れ!」

 強く引く。

 るなの体が、こっちへ傾く。

 その反動で――私の膝が、四人目の席の中へ入った。

 そこで、音が消えた。

 完全にじゃない。

 でも、今までの花見のざわめきが、川向こうへ置いていかれたみたいに遠くなる。

 代わりに聞こえたのは、もっと古い、もっと湿った宴の音だった。

 笑い声。

 杯の触れ合う音。

 着物の裾が擦れる音。

「……は?」

 立ち上がろうとして、できない。

 膝が重い。

 違う。重いんじゃない。

 受けられてる。

 席に。

「ゆらちゃん?」

「……っ」

 息が、吸えなかった。

 喉の奥が急に狭くなる。

 咳き込む。

 熱いわけじゃないのに、何かが喉の内側を擦っていく。

「げほっ……!」

 口元を押さえた手のひらに、薄桃色が落ちた。

 桜の花びら。

「……は?」

 もう一度咳く。

 また花びらが出る。

「ゆらちゃん!?」

「影森さん!」

 二人の声が遠い。

 喉の奥で花が増えるみたいに、息の通り道がどんどん狭くなる。

 立て。

 立てって。

 こんなの、ただの花見だろ。なんで。なんでここで。

「……る、な……」

 言葉にならない。

 また咳が出る。

 花びら。

 花びら。

 花びら。

 るなが泣きそうな顔でしゃがみこんだ。

「ゆらちゃん、やだ、やだよぉ……!」

「動かないで」

 幽々の声が震えている。

「……夜見に、かける」

 視界の端で、幽々がスマホを操作する。

 手が震えていた。

 あの子が、こんなにはっきり震えるの、初めて見たかもしれない。

 私は喉を押さえた。

 苦しい。

 なのに、変にきれいだった。

 花びらが頬に貼りついて、風だけがやさしい。

 最悪だ。

 こんなの、最悪だ。

「……るな、座るな……」

 ようやく絞り出した声は、たぶんちゃんと届いていない。

 その直後、また花びらが喉からこぼれた。

 視界が白くなる。

 遠くで、幽々の声。

「夜見、早く」

『どうした』

「……座った」

『誰が』

 そこで、世界が落ちた。

「影森さんが――!」

 続く――

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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