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配信9回目 花見席は四人のはずだった【後編】

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 7,148文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信9回目 花見席は四人のはずだった【後編】

本文

最初に聞こえたのは、拍手だった。

 ぱち、ぱち、ぱち、と。

 祝福みたいに軽いくせに、妙に湿っていて、耳の奥にへばりつく音だった。

 目を開ける。

 夜だった。

 ついさっきまで昼の河川敷だったはずなのに、空はすっかり群青に沈んでいて、頭上の桜だけが異様に明るい。提灯の灯りみたいな、古い宴の火みたいな、やわらかいくせに逃げ場のない光が、花びらを内側から透かしていた。

 私は座っていた。

 赤い毛氈を敷いた席。

 木の低い膳。

 紙皿。紙コップ。いや、違う。紙じゃない。もっと古い、薄い漆みたいな質感の盃が、私の前にきちんと置かれている。

「……は?」

 喉が痛い。

 さっき花びらを吐いた感触がまだ残っている。胸の奥も重い。息はできる。でも、吸った空気がちゃんと自分のものになってない感じがする。

 桜の根元には、同じような席がいくつも並んでいた。

 そのどれにも、人影がある。

 顔ははっきり見えない。

 でも、笑っている。

 男も女も、老人も若者も、みんな花びらをまとったみたいに輪郭が曖昧で、なのに私だけを見ているのが分かる。

 いや、違う。

 私だけじゃない。

 席の正面。

 いちばん奥。

 そこに、白っぽい着物を着た女がひとり、静かに座っていた。

 顔は、花びらで見えない。

 でも、その体勢だけで分かる。

 ずっと待っていたやつの座り方だ。

 拍手が、また鳴る。

 ぱち、ぱち、ぱち。

「やっと、席が埋まった」

 声は女のものだった。

 若いようにも聞こえるし、古いようにも聞こえる。嬉しそうで、さみしそうで、でもそのどっちよりも先に、気・持・ち・悪・い・。

「……最悪」

 絞り出すみたいに言ったら、喉の奥で花びらがひとひら引っかかった。

「花見で死ぬとか、聞いてないんだけど……」

 女は、くすりと笑った。

「死んだのではありません」

「じゃあ何」

「待つ側へ移っただけです」

 その言い方が、いちばん嫌だった。

―――

「影森さん!」

 現世側では、幽々が叫んでいた。

 普段の幽々からは考えられないくらい大きな声だった。声だけじゃない。呼吸も、手も、目も、ぜんぶ小さく震えている。

 地面に崩れたゆらの口元には、まだ桜の花びらが散っていた。

 頬にも。髪にも。制服の胸元にも。

 まるで、花見の途中でそのまま寝てしまったみたいな、妙に穏やかな見た目のくせに、脈がない。

「ゆらちゃん……ゆらちゃん、やだ、起きてよぉ……!」

 るなが泣きながら揺さぶろうとして、幽々が止める。

「動かさないで!」

「でも、でも……!」

「だめ。今、ずれてる」

 自分で言いながら、その言葉の意味を説明できるわけじゃない。

 でも、幽々には分かっていた。

 ゆらは死んでいる。

 なのに、全部が終わった感じがしない。

 脈も呼吸もないのに、ここに落ちてる体だけが“抜け殻”っぽく見えすぎている。

 まだ向こうに何か残っている。席に、取られている。

 スマホの通話口から、低い声がした。

『そこから動くな』

 夜見よみ朔夜さくやだった。

「早く」

『分かってる』

「影森さんが、」

『分かってると言った』

 それだけ言って、通話が切れる。

 るなが涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、幽々を見た。

「ゆゆちゃん、ゆらちゃん、死んじゃったの……?」

「……うん」

 幽々は、そこで嘘をつかなかった。

「いまは、たぶん、ちゃんと死んでる」

「やだ……」

「でも、まだ取られてる途中」

「どっちなのぉ……」

「……最悪なほう」

 るなは、しゃくりあげながらゆらの手を握った。

 冷たい。

 でも、完全に冷たくなりきっていない。そこが余計に怖い。

 風が吹く。

 四つ目の席は、まだ桜の根元にある。

 紙皿も、紙コップも、いちご飴も、そのままだ。

 周囲の花見客たちは変わらず笑っていて、この一角だけが薄い膜の向こうに押しやられているみたいだった。

 その時、靴音がした。

 速い。

 でも、走って焦っている音じゃない。最短距離だけを切ってくる音。

 朔夜が来た。

 黒い上着を適当に羽織っただけみたいな格好で、いつも通り気だるそうな顔をしているくせに、目だけがまったく笑っていない。

 ゆらの体を見た瞬間、足が止まる。

「……何を座らせた」

 低い。

 怒鳴りもしない。

 でも、るなはその一言でびくっと肩を震わせた。

「わ、わたしが……呼ばれて……」

「お前じゃない」

 朔夜の視線が四つ目の席へ向く。

 それから桜の根元、花びらの溜まり方、風の流れ、増えた食器、幽々のスマホ画面へと走る。

「そういうことか」

 淡々と言って、しゃがみこむ。

 ゆらの首筋に指を当て、脈を確認する。確認して、何も言わない。代わりに舌打ちだけが落ちた。

「夜見さん……ゆらちゃん……!」

「泣くな。うるさい」

「うるさいって、ひど……」

「泣いて戻るなら最初から泣かせてる」

 るなは口をつぐんだ。

 ひどい。ひどいけど、ここで言い返せる空気じゃない。

 幽々がスマホを差し出す。

「これ。旧記録と、さっき勝手に入った写真」

「見せろ」

 朔夜は数秒で目を通した。

 画面に残っているのは、春の河川敷、四人目の席、戻る紙コップ、勝手に保存された今の写真。

「霊だけじゃない」

「……やっぱり?」

「土地に古いのがいる。その上に、待っていた女の念が噛んでる」

「どういう意味」

「桜の下で引き裂かれたか、婚礼を潰されたか、その手の未練みれんだ。だが本体はそっちじゃない」

 朔夜は桜を見上げた。

「待たされ続けた念を、毎年の花見で育ててる。“空席を見つけると埋めるもの”だ」

「……埋める」

「春の宴に空いた席があると、そこへ誰かを収めたがる。待つ側が一人なら、埋める側も一人いるべきだって理屈だ」

「意味わかんない……」

「怪異に筋の通った理屈を期待するな」

 言いながら、朔夜はゆらの額に薄い札を貼った。

「これは何」

「仮止めだ。完全には戻らない」

「戻るのぉ?」

「戻す」

「ほんとに?」

「質問が多い」

 でも否定はしなかった。

 それだけで、るなは少しだけ息を吸えた。

―――

 向こう側の宴は、静かに続いていた。

 誰も大声を出さない。

 誰も立ち上がらない。

 でも視線だけがずっと私に集まっている。

 正面の女が、静かに盃を押してくる。

「お受けください」

「いらない」

「お受けください」

「だからいらないって言ってんだろ」

 自分でも声が少し震っているのが分かる。

 でも、ここで素直に受け取ったら終わりなのは、本能で分かった。

 女は怒らない。

 ただ、花びらの向こうで首をかしげる。

「あなたは、やさしいですね」

「は?」

「先に呼ばれた子ではなく、自分が入りました」

「……別に、やさしくねぇよ」

「やさしいから死んだのです」

 その言葉に、胃の底が冷えた。

 この手のやつは嫌いだ。

 人の行動を勝手に物語にするやつ。

 犠牲とか、純愛とか、運命とか、そういう綺麗なラベルを後から貼ってくるやつ。

「勝手に決めんな」

「では、なんですか」

「理不尽だよ」

 言い返した瞬間、喉の奥がまた詰まる。

 咳き込む。

 花びらが落ちる。

 女は、それを見てうっとりしたみたいに目を細めた。

「よく似合う」

「最悪……」

 女の背後、桜の幹には、薄く名前みたいな痕がいくつも刻まれていた。

 古い墨。古い傷。爪で削ったような線。

 誰かを待って。

 待って。

 待って。

 そのまま年を越せなかった名前たち。

 その中に、まだ新しい傷がひとつ増えかけている。

 ――影・森・ゆ・ら・。

「ふざけんな」

 私は立ち上がろうとした。

 動かない。

 膝の下が、席そのものに縫い付けられたみたいに重い。

 その時、遠くで、かすかに声がした。

『……影森』

 朔夜の声だ。

 女が、ぴたりと止まる。

「……境の向こうから呼ぶな」

『呼ぶ。そいつはまだこっちの名義だ』

「受けました」

『膝だけだ』

 その瞬間、宴の空気が少しだけ揺れた。

 女の花びらの顔が、初めて不機嫌そうに歪む。

 私は息を呑んだ。

 朔夜の声が、今度は少し近くなる。

『影森、聞こえるなら返事しろ』

「……聞こえてる」

『ならまだいける』

「いける感じに思えないんだけど」

『黙れ。今お前に喋る余裕があるなら、まだ切れてない』

 相変わらず言い方が終わってる。

 でも、その終わってる声が、今は異様に安心した。

―――

 現世側では、朔夜が桜の根元へ細い釘みたいな札を打ち込んでいた。

「《境界固定ボーダー・アンカー》」

 短い声。

 花びらが一瞬だけ逆流する。

「るな」

「は、はいぃ!」

「泣くのを止めろ」

「む、無茶言うぅ……!」

「止めろ。お前の感情は向こうに引かれる」

「……っ、う、うん……!」

 るなは鼻をすすって、必死に口元を押さえた。

 泣くのを止めようとすればするほど、肩が震える。

「幽々」

「なに」

「旧記録、いちばん古い画撮りを出せ」

「ある」

「最初の投稿の文面は」

「……“待ってる席に座ったら帰れない”」

「続きは」

「“でも、帰ってこなかったのは待ってたほうじゃない”」

「十分だ」

 朔夜はゆらの胸元へ、二枚目の札を滑り込ませた。

 それから四つ目の席を見て、低く言う。

「待ってるんじゃない。連れてく側だ」

「……やっぱり」

「去年も、一昨年も、たぶん同じことをやってる。花見の喧騒に紛れて、一人分ずつ空席を埋めてる」

「じゃあ、どうすれば……」

「待つ側の理屈を壊す」

 るなが涙を拭った顔で見上げた。

「りくつ……?」

「こいつは“ひとりでは完成しない席”を作ってる。なら、完成条件を壊せばいい」

 朔夜は、るながさっきまで持っていたいちご飴を拾い上げた。

 もう怪異の席に供えられていた、あの一本だ。

「これが呼び水か」

「るなのだよぉ……」

「だから効いてる」

 朔夜は、いちご飴を四つ目の席の上へ投げた。

 花びらがざわっと揺れる。

「逆探封鎖バックトレース」

「媒体遮断メディア・ブレイク」

 見えない線が何本も切れる音がした。

 幽々のスマホ画面が、一瞬真っ黒になる。

 河川敷のざわめきが、少しだけ戻る。

 でも、まだ席は消えない。

 朔夜が舌打ちした。

「足りない」

「何がぁ……?」

「“待ち人”の片割れがまだ自分を悲恋だと思ってる」

 幽々が、画面を見ながら小さく言う。

「……昔の新聞まとめ、ある」

「出せ」

「古い河川敷工事前の記事。花見の席で起きた揉め事。婚約話が潰れて、女の側が川へ落ちたって」

「事故扱いか」

「うん。でも、周囲の証言が変。待ち合わせてた男の名前だけ、全部抜けてる」

「逃げたか、消されたか」

 るなが唇を噛む。

「その人、ずっと待ってたのかなぁ……」

「違う」

 朔夜は冷たく言った。

「待ってたんじゃない。待たされた自分を固定しただけだ」

 その言葉が、幽々には少しだけ痛そうに聞こえた。

 たぶん、るなにはよく分かっていない。

 でも、分かりすぎる人間には刺さる言葉だ。

「るな」

「な、なにぃ」

「お前、食え」

「……へ?」

「食えって言ってる」

 るなはきょとんとした。

 朔夜は本気で言っていた。

「そいつは“空席に供えられたもの”を婚礼の皿だと思ってる。だったら先に食い尽くせ」

「ええぇ!?」

「いちばん食えるだろ、お前が」

「そ、そうだけどぉ!?」

「るなちゃん……!」

「幽々は黙って記録しろ。るな、お前は食え」

 るなは泣きそうな顔のまま、でも一回だけ頷いた。

「……食べる」

「全部だ。ひとりぶん残すな」

「ひとりぶん、残さない……!」

 るなは震える手で、四つ目の席の紙皿をひったくった。

 そこに乗っていたのは、いつの間にか増えていた団子、焼きそば、いちご飴の欠片、誰も買っていないはずの白い饅頭。

「やだぁ、気持ち悪いよぉ……」

「泣きながら食うな。食え」

「むり、でも食べるぅ……!」

 るなは半泣きのまま、団子を口に押し込んだ。

 その瞬間。

 桜の根元の席が、びしっと音を立ててひび割れた。

―――

 向こう側の宴が揺らいだ。

 女が初めて、明確に怒った。

「やめて」

「は?」

「それは、こちらの席です」

「知らねぇよ」

「せっかく整えたのに」

 女の声が低くなる。

 拍手が止まり、宴の人影たちがいっせいにこちらを向いた。

 私は喉の奥の苦しさに耐えながら、女を睨み返す。

「お前……待ってたんじゃないんだな」

「待ちました」

「でも、来なかったから、誰でもよくなった」

「違う」

「違わない」

 名前の傷を見ながら、私は言った。

「お前、自分だけが不幸なまま止まってるのが嫌で、毎年ひとりずつ“同じに”してるだけだろ」

 女の輪郭が揺らぐ。

 花びらの顔の奥で、何かがひび割れる気配がした。

「同じじゃないと、分からない」

「分かりたくねぇよ」

 その時、朔夜の声が、すぐ背後で聞こえた気がした。

『影森、席を蹴れ』

「無茶言うな、動かねぇって」

『蹴れ。膝じゃなく、盃だ』

 見ると、女が私の前へ押していた盃がまだある。

 薄い桜色の液体が揺れている。

 私は足をずらし、残った力で盃を蹴った。

 ぱりん、と乾いた音がする。

 その瞬間、宴が崩れた。

 拍手が悲鳴に変わる。

 人影が花びらになって散る。

 女の輪郭がほどける。

「やめて」

「やだね」

 私は咳き込みながら笑った。最悪な笑い方だったと思う。

「花見で死んだ上に、祝われてたまるかよ」

 女が、こちらへ手を伸ばす。

 でも、その手より早く、黒い線が空間を横切った。

『拡散停止スプレッド・ロック』

 朔夜の声。

 女の体が、花びらごと縫い止められる。

『再帰封止ループ・ロック』

『記録焼却ログ・イレイズ』

 最後の術式が落ちた瞬間、桜の幹に刻まれかけていた私の名前が、ばちっと焼けた。

 世界が裏返る。

―――

 気づいた時、私は地面に叩き戻されていた。

「――っ、ごほっ!」

 咳き込む。

 花びら。

 いや、今度は少ない。

 喉の奥が焼けるみたいに痛いけど、ちゃんと空気が入ってくる。

「ゆらちゃん!」

「影森さん!」

 視界に飛び込んできたのは、泣きはらしたるなの顔と、珍しく完全に顔色の悪い幽々だった。

 河川敷。

 昼じゃない。夕方をとうに過ぎて、夜の手前。

 風は冷たい。

 でも、さっきの夜桜よざくらの宴より、ぜんぶまともだ。

「……最悪」

「しゃべったぁ……!」

「死んだかと思った……」

「死んでた」

「言い方!」

 朔夜が、いつもの最悪な顔で立っていた。

「一回止まった。戻しただけだ」

「その“だけ”を軽く言うなよ……」

「軽くしてない。重いから請求する」

「お前ほんとブレねぇな!」

 そこまで言って、私は自分の声がちゃんと出ていることに気づく。

 喉は痛い。胸も痛い。全身だるい。でも、生きてる。

 るなが泣きながら抱きついてきた。

「やだよぉ、ほんとにやだよぉ……!」

「重い、苦しい、近い」

「生きてるぅ……」

「お前が食いながら泣くから感動がぶれる」

 見ると、るなの手にはまだ団子の串が残っていた。

 こいつ、ほんとに食べきったのか。

「……お前、あれ全部食ったの?」

「た、食べたよぉ……! 気持ち悪かったけどぉ……!」

「だからその胸なのかと……」

「え?」

「いやなんでもない」

「今見たぁ?」

「見えてくるんだよ!」

 幽々が、そこで小さく息を吐いた。

 ようやく、本当に少しだけ肩の力が抜けたみたいだった。

 朔夜は桜の根元を一瞥する。

 四つ目の席はもうない。

 紙コップも、紙皿も、いちご飴も消えている。

 あるのは、花びらの吹き溜まりと、少しだけ湿った地面だけだった。

「終わったのぉ……?」

 るなが聞く。

 朔夜は少しだけ黙ってから言った。

「今年の席は潰した」

「今年の、ってことは?」

「来年も出る可能性はある」

「うわ最悪」

「土地に根を張った怪異はそう簡単に消えない。だが、少なくとも“待ち人ぶった女”の層は剥がした」

 幽々がスマホ画面を見る。

「……旧記録、少し消えてる」

「焼いたからな」

「今の写真も?」

「残したいか」

「いらない」

 その返答だけは早かった。

 るなが、ゆらの袖をきゅっと掴む。

「もう花見こわいよぉ……」

「私は前からそんな好きじゃない」

「でも、焼きそばはおいしかったぁ……」

「そこは変わんねぇのかよ」

「るなだから」

「知ってるわ」

 風が吹く。

 今度の花びらは、ちゃんとただの花びらだった。

 頬をかすめて、肩へ落ちて、それだけ。

 喉の奥に入り込んでくる感じもしない。

 拍手も聞こえない。

 ただ、夜の川沿いが少し寒いだけだ。

 私はゆっくり息を吐いた。

「……帰ろ」

「うん……」

「ゆらちゃん歩ける?」

「だるいけど歩ける」

「無理なら背負わない」

「誰もお前に頼んでない」

「請求は後日送る」

「そこだけ絶対元気なんだよな!」

 るなが半泣きのまま笑って、幽々がようやく小さく口元を緩める。

 その時、幽々のスマホが一度だけ震えた。

 全員、止まる。

 幽々が画面を見る。

 レイン通知。

 送り主不明。

 本文は一行だけ。

 『今年は埋まらなかったね』

「…………」

「消せ」

 朔夜が即答した。

「今すぐ」

「うん」

 幽々は無言で削除した。

 削除して、電源まで落とした。

 私はその画面を見ながら、ゆっくり言う。

「……終わってねぇじゃん」

「だから言ったでしょぉ……春の空席、ろくでもないってぇ……」

 誰も笑ってないのに、少しだけ笑ったみたいな空気が流れた。

 でも、その軽さは前編の最初とは違う。

 一回ちゃんと死んで、一回ちゃんと戻ってきた後の、薄くて危うい軽さだった。

 春の夜風が、最後にもう一度だけ、桜を揺らした。

 続く。

■今回の登場人物

・影森かげもりゆら

 今回もしっかり一回死んで、しっかり理不尽に戻された主人公。空席に“受けられ”て、向こう側の宴まで行った。

・夜宵やよいるな

 見た目に反してめちゃくちゃ大食いの親友。今回は“供えられたひとりぶん”を泣きながら食い切ることで、席の理屈を壊した。

・白澤しらさわ幽々ゆゆ

 静かな情報ハブ。非公認学園怪異SNS会長。今回は旧記録と消えた投稿の断片を拾い、怪異の輪郭をつないだ。

・夜見よみ朔夜さくや

 顔はいいが性格は最悪な怪異相談屋。今回はちゃんと現場に来て、ちゃんと助けたが、やっぱり言い方は最悪。

■今回の話の解説

 前編でゆらは、るなを庇って“花見の四人目の席”に受けられました。

 後編では、その席の向こう側にある“待つ側の宴”と、現世側で朔夜たちが行う救出が並行して進みます。

 今回の怪異は、単なる悲恋の亡霊ではなく、土地に根づいた“空席を埋めたがるもの”に、引き裂かれた女の未練が重なった存在でした。

 だからこそ、ただ慰めるのではなく、“供えられたひとりぶんを残さない”“受けた席を壊す”ことで理屈ごと崩す必要がありました。

 そして最後に届いた不明通知が示す通り、今年の席は潰せても、春の空席そのものはまだ終わっていません。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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