配信14回目 「見つけました」――それで、終わりにしていいと思ってた【後編】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信14回目 「見つけました」――それで、終わりにしていいと思ってた【後編】
本文
「探しています」の投稿に、影森ゆらの顔が載っていた。
その写真が拡散し始めた時、私は入口でノートPCを開いて数字を見ていた。
増えていく数字が、怪異のパターンだと分かっていた。怪異案件の時の伸び方は、普通のバズと違う。感情の重さがない。機械的に、均等に、止まらずに広がる。
でも写真の中の顔がゆらちゃんだと気づいた瞬間、私は初めて、それを数字として見られなくなった。
それは私の問題で、仕事の話とは別で、だから今は言わない。
―――
気づいたら、廊下にいた。
生きている人間の廊下ではない。
薄暗い。天井が高い。床が白い。でもコンクリートの白じゃなくて、温度のない白だ。
左右に、何かが貼ってある。
壁一面に、光っているものが貼ってある。
スマホの画面を壁に貼り付けたみたいな発光。全部、「探しています」の投稿だ。写真と名前と、シェア数。
そして、その中に、自分の顔があった。
「……最悪」
「最悪だね」
声がした。
振り返る前に、隣に立っていた。
玻璃はりだった。
色素の薄い髪。白い肌。古いワンピース。輪郭が少し透けている。足音がない。気配もない。でも、隣にいると少しだけ呼吸が楽になる。それが玻璃の不思議なところだ。
「また来たの」
「また来た。今回は頭打って」
「痛かった?」
「最初だけ。あとは静かだった」
「それは良くない方の静かさだよ」
そうだな、と思った。
「……ここ、全部私の投稿があるの?」
「あなたのだけじゃない」
玻璃が壁を見る。
「全部繋がってる。探す側になった人間が、次の探す対象を投稿する。それを見た人間がまた探す側になる。終わりがない連鎖」
「じゃあ全部が」
「全部、繋がってる。そして全部の中心に、ひとつだけ最初の投稿がある」
私は壁を端から端まで見た。
一枚だけ、他より古い投稿がある。写真が違う。若い女性。他の投稿より画質が荒くて古い。
「これが最初?」
「たぶん。でも、この人はもういない」
「いないって」
「探されすぎた。向こう側へ、完全に引き込まれた」
向こう側。
今私がいるここより、もっと奥。
「……その人を助けることは」
「できない。もう行けない場所にいる」
玻璃が静かに言った。事実として言っている。責めているわけでも、慰めているわけでもない。
「じゃあ」
「でも」
玻璃が続ける。
「最初の投稿を消せば、連鎖は止まる。この人が選んだわけじゃないから、起点だけ切れば残りは解ける」
「消し方は?」
「こっちから消すのは難しい。現実側での処理が必要。でも現実側が動けるようにするには、あなたがこっちで核に触れないといけない」
「触れたら、どうなる」
「構造が崩れる。朔夜さんが処理を通せるようになる」
私は少しだけ間を置いた。
「触れたら、私は戻れる?」
「……たぶん」
「たぶん」
「今回は、ちょっと深い。あなたが今まで来たことない深さに行く必要がある」
―――
現実側では、まずいことになっていた。
真琴さんがリアルタイムでデータを追っていた。
「ゆらちゃんの投稿、この五分で四千シェアを超えました」
「止められるか」
「拡散停止の術式があれば。でも今使うと感染者三人の拘束が」
「解ける。順番がある」
朔夜が感染者三人を『強制隔離アイソレート』で拘束したまま、ゆらの状態を確認している。呼吸はある。脈もある。でも深く落ちている。
その時。
「……ミリアが消えた」
「さっきから見てません」
真琴さんが外を確認する。入口付近にいたはずのミリアの姿がない。
「ビルの中に入った」
「くそ」
朔夜が術を維持したまま動けない。
「真琴」
「はい」
「お前がいられる限界まで、数字を見ていろ。俺が動いたら声をかけろ」
「分かりました」
真琴さんは頷いた。でも画面から目を離した一瞬だけ、ゆらの方を見た。
それだけだった。
―――
ビルの最奥。
ミリアが一人で来ていた。
カメラは持っていない。
廊下を奥へ進む。「探す気配」が濃くなる方向へ。自分でも分かっていた。なぜここへ来たのか。
ミリアには分かっていた。自分が怪異を活性化させた側だということ。真琴に言われるまでもなく。配信を始めた夜から、数字の伸び方がおかしかった。気づいていて、止めなかった。
だから来た。カメラなしで来たのは、今回だけは「映え」じゃないから。
一室だけ、ドアが開いている。
中に、最初の投稿の写真と同じ服装の女が立っていた。でも顔が違う。もう人間の顔をしていない。長く探されすぎた顔だ。
「……あなたが最初?」
女が振り返る。
ミリアは一歩も退かなかった。
「ねえ、聞こえる? もう終わりにしていいよ」
女が動く。
ミリアが術を組もうとした。間に合わない。
―――
「……現実側で、誰かがまずい場所に入ってる」
玻璃が言った。
「誰」
「あなたが嫌いな人」
「……ミリア?」
「嫌いじゃないの?」
「嫌いとは言ってない」
私は壁の最初の投稿を見た。
現実側で朔夜が動けるようにするには、こっちで核に触れる必要がある。触れたら戻れるかどうか分からない。でも触れなかったら、ミリアが。
「行かなかったらミリアが」
「たぶん」
「行ったら私が」
「戻れなくなるかもしれない」
しばらく黙った。
「朔夜は助けに来てくれる?」
「現実側での処理は通せる。でも引き戻すのには時間がかかる。深ければ深いほど」
「……」
「怖い?」
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
頭を打って死ぬ前から、ここに来るたびに、毎回怖い。慣れた試しがない。
「怖い。でも」
私は立ち上がった。
「行かなかったら後で後悔する気しかしない」
「なんで」
「分かんない。でも、ミリアがカメラ持たずに来たって、なんか聞いた気がして」
「聞いてないよ。私言ってない」
「じゃあ勘だ」
玻璃が、ほんの少しだけ笑った。年相応の、柔らかい笑い方だった。
「……戻れる線は、教える」
「ありがとう」
「でも引っ張るのはあなたの仕事。私には引き戻す力がない」
「知ってる」
「次来た時も、ちゃんと戻って」
「毎回言うじゃん」
「毎回来るから」
―――
最初の投稿に、触れた。
紙の感触はなかった。でも何かが伝わる感触はあった。
向こう側で、構造が揺れた。
現実側で真琴さんのPCが鳴った。
「……数字が、止まった」
グラフが急に横ばいになった。シェアが止まっている。
「今です!」
朔夜が術を切り替える。
『拡散停止スプレッド・ロック』
『記録焼却ログ・イレイズ』
『再帰封止ループ・ロック』
三つを同時に展開。
登録者が燃える。財布が燃える。
「登録者、今三千飛びました」
「知ってる」
「財布は」
「見るな」
「……見ちゃいました」
「だから見るなと言った」
「夜見さん、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃない。でも止める」
―――
ビルの最奥で、最初の女の動きが鈍くなった。
怪異の核が崩れ始めている。
ミリアが一歩も退いていなかった。術は間に合わなかった。でも退かなかった。
朔夜が最奥へ駆け込む。ミリアを横に突き飛ばして。
最後の封印。
『断界執行デッドエンド』
女の輪郭が崩れた。
拡散していた投稿が、一斉に消えた。
感染者三人の目に、焦点が戻った。
真琴さんのアラートが鳴る。
「拡散数、ゼロになりました。ゆらちゃんの投稿も、消えてます」
朔夜が床に膝をついたミリアを見た。
「怪我は」
「……ない」
「なんで入った」
「私が活性化させたから」
「それだけか」
「……それだけ」
朔夜は何も言わなかった。でも、立ち上がろうとするミリアに手を貸した。
ミリアがその手を、一瞬だけ見た。
それだけだった。
―――
喉が焼けるみたいに痛かった。
息が入る。でも痛い。むせる。苦しい。全部戻ってくる。生きてる感じが、ぜんぶ最悪な形で戻ってくる。
「――っ、ごほっ……!」
廃ビルの床が冷たい。コンクリートの匂いがする。
朔夜が私の横に膝をついて、首元へ二本指を当てた。脈を確認する。息を吐く。いつもよりその息が、少し長かった。
「……戻った」
「今回、遅かった」
「深かった」
「……そう」
起き上がろうとしたら、真琴さんに支えられた。
顔を見た。
真琴さんの目が、少し赤かった。
「……泣いてた?」
「泣いてないです」
「目が」
「見ないでください」
「……ごめん」
「謝らないでください。私が数字じゃなくて顔を見たのは、私の問題なので」
その言い方が妙に可笑しくて、私は少しだけ笑った。真琴さんも、少しだけ笑った。
離れたところにミリアが立っていた。
配信カメラは、まだ持っていない。
私がミリアを見る。
「……生きてた」
「生きてたわ」
「カメラ、なかったじゃん」
「……今回だけ」
「そっか」
それ以上は言わなかった。ミリアも言わなかった。でも今夜だけは、少しだけ、距離が違った。
―――
帰り道、真琴さんからメッセージが来た。
『今回の案件の数字、後でまとめて送ります。あと朔夜さんの請求書も一緒に届くと思うので覚悟してください』
「覚悟ってどのくらい」
『今月の借金、ちょっと増えます』
「ちょっと?」
『……だいぶ』
「やっぱりか!!」
朔夜が隣で歩きながら端末を確認している。
横目で見た。登録者数の画面だ。さっきより三千少ない。財布も薄い。
「……朔夜」
「なに」
「今回、ちゃんと全部消えた?」
「ほぼな」
「ほぼ?」
「"探しています"の最初の投稿主は、もう向こう側にいる。消し切れなかった分は、ある」
静かだった。
「……その人は」
「助けられなかった」
「そっか」
「お前が気にすることじゃない」
「気になるよ」
「それはそうだ」
夜の街を歩く。
大通りのネオン。高架の影。一本裏へ入ると時間が古くなる、この街。
さっきの死後側を思い出した。壁一面の投稿。自分の顔。シェア数が増えていく数字。
全部消えた。
でも最初に探されていた人は、消えなかった。
それだけが、残った。
生きてる感じが戻ってくる。今夜もそれは最悪な形で戻ってきた。
でも、最悪でも戻ってきた。
それだけが、今は正しいことだ。