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配信57回目 最後の一本

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 4,149文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信57回目 最後の一本

本文

今日は、死ぬことが、少しだけ怖い話です。

 戻れる前提が消えると、人は足元から静かに崩れます。

 そして、最後の一本がなくなります。

―――――

 朝、目が覚めた瞬間から、喉の奥に白い何かが引っかかっていた。

 痛いわけじゃない。苦しいわけでもない。ただ、昨日の続きをまだ身体のどこかが覚えているようで、薄くて冷たい違和感だけが芯に残っている。

 枕元のスマホを開く。

 通知はない。珍しくるな、幽々からもレインが来ていない。なのに、画面を見た指先だけが少し止まった。

 メモアプリには、もう何も残っていなかった。

 昨日見たはずの一文、**あそこ、少しだけ落ち着いた**は、きれいに消えている。消えているのに、その意味だけが妙に胸の奥へ沈んでいて、私は思わず顔をしかめた。

「……なんで消えてるの」

 独り言を零こぼして、布団から起き上がる。頭の奥がじわっと重い。昨日、落ちて、打って、死んで、現世に戻された。その全部が夢じゃなかったと、寝起きの身体がいちいち思い出させてくる。

 学校へ着くと、るながすぐに顔を上げた。

「ゆらちゃ〜ん……顔しろいよぉ〜……」

「自覚ある。今日の私はだいぶ終わってるやつ」

「それ、だいじょうぶじゃないやつぅ……」

 鞄を机へ置くと、幽々ゆゆが静かに私を見た。

「……昨日から、ちょっと静かだね」

「私が?」

「うん。無理してる時って、もう少しうるさいから」

「分析が地味に的確……」

 笑って流したかったのに、自分の声が少しだけ遅れて聞こえた気がした。

 廊下の向こうが、白く見える。

 窓の光じゃない。校舎の床でもない。番号札が並ぶ、静かすぎる通路。死後側で見た、あの白い場所が、一瞬だけ学校の廊下へ重なっていた。

「……えっ」

 瞬きをすると、もう消えている。

 朝の教室。ざわつく声。机を引く音。ここは、何もおかしくない。なのに、胸の奥だけがまだ冷たい。

 授業中、ノートの端へ落とした視線で、私は固まった。

 さっきまで板書を書いていたはずの余白に、細い字が一行だけ残っている。

 **帰りたい**

「……は?」

 慌てて指で擦こする。鉛筆の跡が潰れて、文字は消える。けれど、書いた覚えのないその一言だけが、妙に自分に馴染んでいて気持ち悪かった。

 帰りたい?

 ――どこへ?

 家か。昨日より前か。

 それとも、もっと別のどこか――。

 その時、前の席の椅子がキーっと鳴って、私は現実へ引き戻された。るなが振り返って、不安そうに首をかしげる。考え事をしている最中に、授業が終わったようだ。

「ゆらちゃん、ほんとにへいきぃ……?」

「平気じゃないけど、死ぬほどじゃ――」

 言いかけたところで、幽々が小さく言った。

「今日は、その言い方やめたほうがいい」

 軽口で返せなくて、私は黙った。

―――――

 放課後、夜見よみよろず相談事務所へ入ると、朔夜さくやは昨日の怖い顔で端末を睨んでいた。

 机の上には、古い図面、現場写真、蒐集商会の仮保全タグ、開きっぱなしのデータ。空気まで徹夜しているみたいに重い。

「とりあえずさ、昨日の請求、聞きたくない」

 鞄も下ろさず言うと、朔夜は視線を上げないまま返した。

「言ってないだけで借金は増えてるぞ」

「最悪」

「――知ってる」

 その返事の直後、部屋の温度がわずかに落ちた。

 扉は開いていない。足音もない。

 それでも、そこにいるのが分かる。

 窓際に、鬼灯ほおずきなゆが立っていた。白い帳面、薄いコート、感情を置き忘れたみたいに静かな顔。死後側では何度も見ているのに、現実の事務所に立っているだけで圧が違う。

「……来る時はノックとかしない?普通」

「必要ですか」

「人間の世界には必要だよ」

 なゆは答えず、帳面を開いた。

 私の名前のページ。

 その白さの少なさに、喉が詰まりそうになる。余白が、ほとんどない。しかも昨日の記録の横に、細く削れたみたいな白い痕あとが一本だけ走っていた。

「なに、それ」

 なゆの指先が、その痕を静かになぞる。

「あなたの猶予です」

「昨日の?」

「はい」

「……増えたんじゃなくて、削れてるように見えるんだけど」

「削りましたので」

 言い方が軽すぎたので、意味を理解するのに時間を要した。

「誰のを」

 なゆは私を見た。責めるでもなく、庇かばうでもなく、ただ事実だけを手渡す目だった。

「私の、書けた余白です」

 息が止まる。

「今までの猶予は、帳尻の外側から引いていました。ですが今回は、それでは足りませんでした」

「ちょっと待って」

「もう、待てません」

 なゆは帳面を閉じた。

「これが最後の一本です」

 しん、と部屋が静まる。

 胸元で、ぬいが小さく身を縮めた。

「次は、私も止められません」

「……次、って何」

「あなたがまた、向こうへ近づくことです」

「近づきたくて近づいてるわけじゃないんだけど!?」

「そういう段階の話ではなくなっています」

 淡々とした声だった。

 怒るより先に、寒気のほうが勝つ。

 朔夜は何も口を挟まなかった。ごまかしもしない。それが、今日は何より怖かった。

「……じゃあ、私、次死んだら本当に終わるの?」

 自分でも驚くくらい真っ直ぐな声が出た。

 なゆはほんの少しだけ間を置いて、頷うなずく。

「......はい」

 その一言で、背骨の内側が冷たくなった。

 死ぬのが怖いんじゃない。今までずっと、最悪でも戻れる前提があった。その前提が、今ここで音もなく消えたことが怖かった。

―――――

 その夜は、早めに帰された。帰されたというより、このまま事務所に置いておくのが危ないと判断された感じで、そのやさしさなのかよくわからない行動に、余計に腹が立った。

 駅のホームは人が少なく、蛍光灯だけがやけに白い。

 風が吹く。アナウンスが流れる。どこにでもある帰宅時間の風景。

 なのに次の瞬間、その全部が少しだけ剥がれた。

 白線の向こうが、白い通路に見える。

 番号札を持った誰かが、静かに順番を待っているような気配。駅のアナウンスは、行き先じゃなくて、呼び出し番号みたいに耳へ届いた。

 ――あっちのほうが静かだ。

 その感覚が、自分の中から湧いたことにぞっとする。誰かに引っ張られたわけじゃない。ただ、自分で一歩、前へ出たくなった。

「影森!」

 朔夜の声と同時に、肩へジクっとする鋭い痛みが走った。

「いっ!?」

 ぬいが本気で噛みついている。ぬいぐるみの布の口でありえない勢いで食らいつきながら、胸元で喚わめいた。

「行くな、阿呆あほうが!」

 ほぼ同時に、足首へ冷たい圧が絡む。

「”位相固定”フェイズ・ロック」

 朔夜の低い声。

 床へ縫い止められたように足が止まる。けれど身体だけじゃない。意識のほうがまだ前を向いていて、自分の意志と反した。白い通路の奥へ、静かなほうへ。

 紙をめくる音がした。

「影森かげもりゆら」

 なゆの声だった。

 ホームの端に、いつの間にか立っている。帳面を開いたまま、一行だけ線を引く。

 その瞬間、視界の白がまとめて剥がれ落ちた。

 現実の駅。黄色い点字ブロック。広告。遠くの咳払い。電車の接近音。うるさいくらい普通の音が、一気に戻ってくる。

 膝が抜けた。

 その場にしゃがみ込み、荒く息を吸う。

「は、っ……なに、今……」

「これで、本当に最後です」

 なゆの声だけが、ひどく静かだった。

 帳面の余白は、もうなかった。

―――――

 事務所へ戻ったあと、なゆは立ったまま言った。

「本来なら、何度も帳面を閉じていたはずです」

 責める口調じゃない。慰める口調でもない。ただ、事実だけが並ぶ。

「私は数える側です。止める側ではありません」

「……でも、止めた」

「はい」

 なゆは私を見た。

「今回だけです」

 言葉が重いというより、重くなる余地がもう残っていない感じがした。

「私は去りません」

 その一言だけが、少し意外だった。

「ただ、もう同じ形では助けられません」

 帳面を閉じる音が、やけに薄く響く。

 なゆが消えたあともしばらく、私はソファに座ったまま動けなかった。肩にはぬいの噛み跡がじんじん残っている。

「……ねえ」

「なんだ」

「私、次、死んだら終わるの?」

 朔夜はしばらく黙った。

 その沈黙が、今日は何より答えだった。

「……そうなる」

「じゃあ、もう行かない」

「行かない、で済めばいいがな」

「何それ」

 朔夜はようやくこちらを見る。

「今までは案件だった」

「は?案件?」

「ここから先は、そうじゃない」

 胸の奥が冷たくなる。

「向こうが、お前を選び始めてる」

 その言い方だけで十分だった。

 私はもう、たまたま巻き込まれる側じゃない。何かが向こうから、私を見ている。呼んでいる。しかもその声は、だんだん私自身の気持ちみたいに自身に馴染み始めている。

――――

 事務所からの帰り道、スマホは一度も鳴らなかった。

 なのに家へ着いて画面を開いた瞬間、私は息を止める。

 レインの下書き欄に、短い一文だけが残っていた。

 **帰りたい**

 今度は消せた。

 消せたはずなのに、削除を押す指が止まってしまった。

 何も考えたくなくて、ベッドへ倒れ込み、目を閉じる。

 その直前、天井の木目が一瞬だけ、白い通路の番号札みたいに見えた。

 帳面の紙をめくる音が、耳の奥で小さく鳴る。

 ぱら...

    ぱら...

 私は布団を頭まで引き上げた。

 それで何が防げるわけでもないと分かっているのに、そうするしかなかった。

――――――

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 配信57回目は、56話の余波そのものが怪異になる回でした。新しい派手な案件ではなく、「戻れないかもしれない」「しかも自分の内側が少しずつ向こうへ傾く」という怖さを中心にしています。

 今回のポイントは三つです。

 一つ目は、ゆらの中に「帰りたい」が自分の気持ちみたいに入り始めたこと。

 二つ目は、なゆが自分の余白を削ってまで最後の一本を通したこと。

 三つ目は、朔夜がもう“案件処理の一部”としてゆらを使い続けられない段階に入ったことです。

 今回の登場人物メモです。

・影森かげもりゆら

 今回は死んでいません。ですが、そのぶん「次は戻れない」が真正面から刺さりました。もう死ねないのが恐怖です。

・鬼灯ほおずきなゆ

 記帳官。最後の一本を自分の側から削って通し、「次は止められない」を明言しました。

・夜見よみ朔夜さくや

 いつも通り説明不足ですが、今までと同じ距離感ではいられなくなっています。

・ぬい

 今回は珍しく、本気でゆらを止める側に回りました。噛みつき方はだいぶ雑ですが。

 次は、今回の「最後の一本」と「帰りたい」の続きが、もっとはっきり形になる回です。

 少しでも気になっていただけたら、ブックマーク・評価・感想などいただけると励みになります。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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