配信70回目 帰還者は恋愛相談ノリ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信70回目 帰還者は恋愛相談ノリ
本文
死んだ直後に会いたい相手なんて、そう多くはない。
まして、こっちの関係を勝手に言葉にしてくる相手ならなおさらだ。
今回は、帰還者が人の顔で毒を入れてきます。
――――――
肺の奥がまだ痛かった。
川の水を吐き切ったはずなのに、呼吸のたびに喉のどの裏へ薄い膜みたいな違和感が残っている。胸のあたりも重い。さっきまで止まっていたくせに、再起動したばかりの臓器が全部まとめてわたしに文句を言ってる感じだ。
「ゆらちゃん、ゆらちゃん、だいじょぶぅ……?」
るなが半泣きの顔で私をのぞきこんでくる。
その横で、幽々ゆゆが私の肩を支えたまま、低く言った。
「るな、もう少し離れて。まだむせてるから」
「だ、だってぇ……」
「平気じゃないけど、死んでは……」
そこまで言って、私は口をつぐんだ。
「いや、死んだわ今、私死んでたわっ!!ごほっ」
透羽とわが、その場にへたりこんだまま乾いた声で笑う。
「それ、笑えないやつなんだけど」
笑っているのに、顔がぜんぜん笑っていない。
それだけで、さっきのがどれだけ本気だったか分かる。
財布の中の最後の札は、もうなかった。
指先に残った黒い紙片だけが、さっきまでそれがあった証拠みたいに湿っている。
保険終了。
その四文字だけが、やけに現実味を持って胸に沈んでいた。
そのとき、不意に土手の上から声が落ちてきた。
「やっぱ埋めにきたな」
軽い声だった。
ほんの少し笑いを含んでいて、夏の終わりの風みたいに乾いていた。
私たちが一斉に見上げる。
薄暗くなった土手の上に、男が一人立っている。
見覚えがあった。
忘れられるわけがない。
あの、最悪の先輩。帰還者。夜刀――。
手を振りもしない。敵意をむき出しにするでもない。ただ、たまたま通りかかった知り合いみたいな顔でこっちを見下ろしているのが、逆に嫌だった。
「……だれぇ?」
るなが、まだ泣きそうなまま言う。
透羽は、さっきまでの軽口を全部落とした顔で、その男を見つめていた。
そして、ぽつりと呟く。
「この人、戻ってるけど帰ってない」
空気がまた一段、冷えた。
「どういう意味」
私が聞くと、透羽は視線を逸らさないまま言った。
「生きてる側の顔してるのに、立ち位置だけ向こうのままっていうか……」
「意味わかんない」
「私も言ってて気持ち悪い」
夜刀はそれを聞いて、少しだけ目を細めた。
「へえ。今の子はそこ、分かるんだな」
その言い方が、教師でも先輩でもなく、すでに一回壊れて戻ってきた側のものだった。
私は立ち上がろうとして、足元がふらつく。幽々が無言で腕を貸してくれた。
「何しに来たの」
「挨拶」
「最悪」
「そんな睨むなよ。せっかく助かったばっかなのに」
「助かったんじゃなくて、死んで戻ったんだよ」
「知ってる」
男は肩をすくめる。
「だから来た」
るなが小さく私の袖を掴む。
透羽は一歩前へ出かけて、やめた。
ぬいは珍しく私の後ろに回って黙っている。
その沈黙の中へ、もうひとつ別の足音が入ってきた。
乾いた土を踏む、速い足音。
聞き覚えしかない。
「……ほんとに最悪」
振り向く前から分かっていた。
夜見よみ朔夜さくやは、土手を下りてくるなり私の顔と服の濡れ方、それから周囲の空気を一瞬で見て、目つきを変えた。
「遅い」
私は反射で言う。
「死んでから言う台詞か、それ」
低い声だった。
怒っているのに、音量だけは低い。
だから余計に怖い。
夜刀は、その朔夜を見て、露骨に楽しそうな顔になった。
「お前、そういう顔まだできるんだな」
朔夜は答えない。
私のほうを見ずに、夜刀だけを見る。
「帰れ」
「即それ?」
「それ以上喋るなら閉じる」
「怖。昔より短気になってないか」
夜刀は笑ったまま、わざとらしく両手を上げた。
「いや、別に喧嘩しに来たわけじゃない。ちょっと伝えたかっただけだよ」
「要らない」
「”守る”まもるって言葉、便利だよな」
その一言で、背中が固まった。
朔夜の目が細くなる。
でも夜刀は止まらない。
「好きにも囲い込みにも聞こえる」
「……」
「死ぬな、戻ってこい、危ないから下がれ。全部それっぽい。でもさ、それ言ってる側はけっこう気持ちいいんだよな。自分だけが帰り道を知ってる感じして」
「ふざけんな」
思ったより先に、声が出た。
夜刀が私を見る。
やさしそうな顔でするな、その視線を。
「何それ」
私は息を整えるのも忘れて睨み返した。
「勝手なこと言うな。朔夜は、そういう……」
そこまで言って、止まる。
頭の中を、一瞬でいろんなものが通った。
書かれなかった帳面の一行。
急に渡された保険札。
水辺だから、という雑な一言。
今ここへ来た速さ。
私が死ぬたびに、結局こっちへ戻してしまう手つき。
反論したいのに、言葉がそこでつかえる。
夜刀は、その一瞬だけを見逃さなかった。
「ほらな」
「黙れ」
低い声で言ったのは朔夜だった。
「お前に言われる筋合いはない」
「そうかもな。でも、お前も知ってるだろ」
夜刀は笑みを消さずに言う。
「守ると閉じ込めるって、やり方だいたい一緒だ」
その場の空気が、がり、と嫌な音を立てて軋きしんだ気がした。
るなは意味が分からないまま怯えている。
幽々は私の横で黙っている。
透羽だけが、苦いものを飲みこんだみたいな顔で夜刀を見ていた。
「……帰ってきた人って、みんなそういう顔になるの」
ぽつりと透羽が言う。
夜刀は少しだけ首を傾ける。
「どう見えてる?」
「なんか」
透羽はうまく言葉を探すみたいに眉を寄せた。
「こっちに立ってるふりがうまい人」
その言い方は、変にきれいで嫌だった。
「褒め言葉にしとく」
夜刀は肩をすくめる。
それから、私へ視線を戻した。
「お前、もう玻璃はりの線に近いぞ」
息が止まる。
「……何それ」
「向こうも待ち方で覚え始めてる。席を空ける、線を残す、戻る前提で触ってくる」
夜刀は川の向こうを顎で示した。
「さっきのもその一種だ。埋めたがる席。待ってる線。お前、もう前よりだいぶ合ってる」
「言うな」
朔夜が遮る。
「言わないと間に合わないだろ」
その返しだけ、夜刀の声から軽さが少し落ちた。
でも次の瞬間には、もう元の温度へ戻っている。
「まあ、今日はこれだけ。恋愛相談みたいなもんだよ。近づきすぎるとだいたいろくなことにならないって話」
「何が恋愛相談だ!」
私は思わず怒鳴った。
「そこに一番反応すんの、かわいいな」
「ま じ で 死 ね」
「一回死んだあとに言うと弱いぞ、それ」
夜刀はひらひらと手を振って、土手の向こうへ下がっていく。
追おうとした朔夜を、私は反射で止めた。
「行かなくていい」
「……」
「今、追ったらたぶんもっと最悪になる」
朔夜は私を見た。
ほんの一瞬だけ、何か言い返しかけて、やめる。
その沈黙が、さっき夜刀に刺された場所をそのままなぞっているみたいで、ひどく落ち着かなかった。
夜刀の姿が見えなくなったあとも、川の向こうだけが妙に暗かった。
その暗がりの中に、一本だけ細い線が見える。
水面に反射しているわけでもない。
道でもない。
でも、確かにどこかへ続いている。
私はそれを知っていた。
前より、少しだけはっきり分かる。
あれは、玻璃はりがいた側へ伸びる線だ。
待っているのは席だけじゃない。
向こう側そのものが、こっちへ細い帰路みたいなものを残している。
そしてその線は、前よりずっと近かった。
「ゆら」
朔夜の声で、私はようやく視線を外した。
「帰るぞ」
その言い方は、いつも通り雑で、短くて、少しだけ強かった。
でもその短さの中へ、さっき夜刀に刺された言葉がまだ残っている気がして、私は返事をするまでにほんの少しだけ時間がかかった。
「……うん」
川辺の夜は、さっきよりも深くなっていた。
つづく
――――――
ゆら「区切りのいい数字って、なんでこう、嫌な感じがするんだろ。」
――――――
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、69話で死んだ直後の川原からそのまま続けて、夜刀に“言葉で刺される回”にしました。
怪異そのものの怖さというより、関係に対して人の言葉で毒を入れてくる感じを前へ出したかったので、戦闘や派手な処理はかなり抑えています。
帰還者である夜刀は、ただの不気味な人ではなく、「先に壊れて戻ってきた側」だからこそ見えているものがある、でも言い方と距離感が最悪、というポジションで動かしています。
ゆらと朔夜の関係に対しても、まっすぐ否定するのではなく、“守る”を別の角度から言い換えてくるのが一番嫌なところです。
そして最後には、玻璃側へつながる線がまた一段近づきました。
夏の川辺のイベント回なのに、気づけばだいぶ戻れない話になってきています。
■今回の登場人物
・影森かげもりゆら
前話で一度死んで戻ってきた直後の主人公。夜刀の言葉に反発しつつも、完全には否定しきれないところまで来てしまっている。
・夜見よみ朔夜さくや
ゆらのもとへ来た怪異相談屋。夜刀に対しては最初から露骨に嫌そうで、言葉もだいぶ短い。図星に近いことを刺された分だけ、いつもより空気が硬い。
・夜宵やよいるな
状況の全体像はまだ分からないまま、それでもゆらを心配して離れない親友。こういう場面でのるなの存在は、やっぱり“普通”側の支えになっている。
・夏目なつめ透羽とわ
夜刀を見て「戻ってるけど帰ってない」と言い切った子。見えていないはずなのに、こういうズレだけは妙に言い当てる。
・白澤しらさわ幽々ゆゆ
川原でもゆらを支え、空気の悪さを黙って受け止めていた子。騒がないぶん、場にいるときの安定感が強い。
・ぬい
今回は珍しく静かめ。危ない場面では後ろに回るくらいには、夜刀を嫌がっている。
・夜刀
今回の本命。怪異みたいな顔ではなく、恋愛相談に割り込んでくる面倒な先輩みたいな顔で、いちばん嫌なことだけ言って帰っていった。
・玻璃はり
今回は未登場。ただし最後の“線”として存在感だけが増した。向こう側とのつながりが、また一段濃くなってきている。
■今回の帳尻
・金銭帳尻
新規出費は直接なし。ただし、前話で使い切った保険札二枚分の請求は確定済み。
・死の帳尻
本編内での新規死亡なし。前話死亡後の余波継続。
・境界記録局四課・帳面書き
対象:影森かげもりゆら
今回処理:死亡後余波観測
備考:水辺席型接触後、玻璃側へ伸びる線を再視認。接続度上昇傾向。
・構造帳尻
“空いた席”だけでなく、“待っている線”まで視認され始めた。死後側の構造が、ゆらに対して前より分かりやすく近づいてきている。
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