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配信90回目 最後の貸し

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/31 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 3,031文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信90回目 最後の貸し

本文

今日は、なゆさんが最後に貸してくれるお話です。

助ける話ではありません。助けたあとに、何が残るかのお話です。

冬は、こういう静かな別れ方で来ます。

―――――

 その呼び出しは、授業が終わる五分前に来た。

 スマホの画面に、短い一文だけが出る。

 **終わったら、旧相談室へ。ひとりで。**

 差出人表示はない。

 でも、誰からかは分かった。前と同じだ。

 私はその一行を見た瞬間から、残りの授業がほとんど頭に入らなかった。

 チャイムが鳴る。椅子を引く音。廊下へ出る足音。いつもの学校の放課後。

「ゆらちゃん、今日いっしょに帰るぅ〜?」

 るなが聞いた。

「ごめん、今日はちょっとだけ寄るとこある」

「またひとりで?」

 透羽が眉を寄せる。

「うん」

「大丈夫、の顔じゃないんだけど」

「大丈夫ではないが」

「正直だねぇ!」

 幽々が静かに私を見る。

「戻ってきて」

「うん」

 その短い約束だけ残して、私は旧相談室へ向かった。

 使われなくなった廊下は、放課後の学校の音から半歩だけ外れている。

 明るいのに、人の気配が薄い。

 冬の入口って、たぶんこういう空気だ。

 引き戸は、少しだけ開いていた。

「……入ります」

 中は白かった。

 相談室というより、前に見た“監査の部屋”に近い。机はひとつ。椅子は二つ。白い帳面。白いペン。湯気のないマグカップ。余計なものだけが綺麗に削られた、冷たい部屋だ。

 鬼灯ほおずきなゆは、その向こうに座っていた。

「来ると思っていました」

「呼んだの、そっちでしょ」

「ええ」

「じゃあ、その言い方ちょっとずるい」

 なゆは少しだけ目を細めた。笑ったわけじゃない。笑えない時の顔だ。

「座ってください」

「はい」

 椅子に座る。

 今日は、お茶は出ていない。

 それだけで、もう前とは違う気がした。

「監査、終わったの」

 私が先に聞く。

「一応は」

「一応」

「正式な処理は、このあとです」

 なゆは帳面に手を置いたまま言った。

「私はもう、あなたの案件に直接は関われません」

「……」

「単独接触も、裁量猶予も、未記録判断も止められてしまいます」

「できない、じゃなくて」

「止められました、が近いですね」

 分かっていた。

 前回の時点で、もうそうなると分かっていた。

 それでも、ちゃんと言われると痛い。

「じゃあ今日、なんで呼んだの」

「最後にひとつ、残せるからです」

 なゆが白い帳面を開いた。

 ページは、ほとんど何も書かれていない。

 でも、何もないはずの一頁いちページの真ん中にだけ、妙な余白があった。

 最初から空いていたんじゃない。

 本来は何かが入るはずだった場所を、誰かが意図して一個ぶんだけ空けた、そういう空白だった。

「これ」

 私は息を呑んだ。

「……何」

「不正です」

「言い切るな」

「もう隠す段階ではありませんので」

 なゆの声は、相変わらず静かだった。

「本来なら、ここは別案件の確定処理で埋まるはずでした」

「うん」

「でも、ひとつだけ空けました」

「私のために?」

「はい」

 喉の奥がひりつく。

「これが、最後の貸しです」

 なゆは帳面を見たまま続けた。

「次にゆらさんが正式な死の記録へ触れた時、一度だけ、記帳を遅らせられます」

「遅らせる……」

「消せません。なくせません。ただ、一瞬だけ遅らせる」

「それで、何か変わるの?」

「刹那の局面では、その一瞬が生きることがあります」

 刹那の局面。

 その言い方が、もう嫌だった。

「……そういうの、やめてよ」

 私は小さく言った。

「そんな、先のことまで分かってるみたいな顔で」

 なゆは首を振る。

「分かっているわけではありません」

「じゃあ何」

「起きた時に、間に合わないのが嫌なんです」

 その返しは、ずるかった。

 告白の時と同じだ。

 綺麗なことを言わないくせに、誤魔化しもしない。

「これで、本当に、もう書けません」

 なゆが言った。

「次からは、私ではない誰かが、普通に書きます」

「普通、って何」

「貸しも猶予もない、という意味です」

 部屋の白さが、一段だけ冷えた気がした。

 私は帳面を見る。

 たった一個の空白。

 それが、最後の不正。最後の余白。最後の猶予。

「……そんなの、使いたくない」

「知っています」

「そもそも、使う状況が嫌なんだよ」

「それも知っています」

 なゆは、やっと私を見た。

「でも、持っていてください」

「持つって、どうやって」

「もう向こうへ渡しています」

「は?」

「ゆらさんが自覚しなくても使える形で、です」

 またそういうことを言う。

 分かりやすいようで、分かりやすすぎる説明はしない。

 でも、意味だけはちゃんと届く。

 私は聞いた。

「外されるんでしょ」

「ええ」

「じゃあ、もう会えないかもしれない」

「そうですね」

 なゆは淡々と言う。

 でも、その淡々さの下で、ちゃんと痛がっているのが分かる。

「……なのに、平気なんだ」

「平気ではありません」

「じゃあ何でそんな顔してるの」

「私が平気でないと、ゆらさんが余計困るからです」

 私は黙った。

 そういうところが、最後までずるい人。

「私、なゆさんのこと」

 言いかけて、止まる。

 好きだとか、嫌いじゃないとか、ありがとうとか。どれも少し違う気がした。

「……ちゃんと、いたんだなってこれからも思う」

 やっと出たのは、そんな変な言葉だった。

 なゆは目を細めた。

「それは良かった」

「良かった、で済むの」

「済みません」

「だよね」

 少しだけ、笑ってしまった。

 笑いたいわけじゃないのに、ここで泣くよりはましだった。

 なゆが帳面を閉じる。

 ぱたん、という小さな音。

 それで終わった気がした。

「もう呼べません」

 なゆが言う。

「前みたいには」

「うん」

「だから次からは、自分で戻ってきてください」

「注文が重い」

「言い方を重くしないと、ゆらさんは無理をします」

「否定できないのがやだ」

 私は立ち上がる。

 引き戸の前まで行って、振り返った。

 白い机。白い帳面。白い部屋。

 その真ん中に、なゆだけが座っている。

 前は近かった。

 今は、近いまま遠い。

「……ありがとう」

 私は言った。

「困っちゃったけど、ありがとう」

 なゆは一瞬だけ目を見開いて、それから、ほんの少しだけ笑った。

「それは、だいぶ困りますね」

 その笑い方を見たのは、たぶん初めてだった。

 引き戸を閉める。

 廊下へ出る。

 空気は冷えていた。

 秋の終わりじゃない。ちゃんと冬の入口の冷たさだった。

 私はコートの前を閉じて、歩き出す。

 最後の貸しは、たぶんもう渡された。

 目には見えない。触れもしない。

 でも、それがあるせいで、これから先の死に方まで少し変わってしまう。

 そういう貸しが、いちばん重い。

――――――

■今回の登場人物

・影森かげもりゆら

 なゆから最後の貸しを受け取った。使いたくないのに、使う状況だけは想像できてしまうのが最悪。

・鬼灯ほおずきなゆ

 最後の不正として、帳面に空白ひとつぶんの猶予を残した。「これで、もう書けません」と告げて、ゆら案件から実質離脱。

・白い帳面

 今日の主役。書かないことも、貸しにすることも、制度の外へ踏み出した証拠になってしまう。

■今回の帳面

・金の借金

 直接の増減なし。こういう大事な回ほど、お金の話が静かなのが逆に怖い。

・死の帳尻

 本来なら正式処理しか残っていない段階で、空白ひとつぶんの不正が残された。最終局面で一度だけ、正式な死の記録を遅らせる猶予になる。

・なゆの状況

 かなり悪い。ゆら案件から外され、直接関与・裁量判断・未記録処理はここで実質終了。完全消滅ではないが、もう前みたいには会えない。

・白い帳面まわり

 優しさの痕跡が、制度上は最後の違反として残った。たぶん今日いちばん重いのは、この空白。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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