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配信91回目 前任記帳官は、現在この案件に関与していません

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/1 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 3,184文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信91回目 前任記帳官は、現在この案件に関与していません

本文

今日は、なゆさんがいない回です。

 いないだけなのに、思っていたよりずっと冷たいです。

 優しさって、なくなってからやっと分かるものらしいです。

―――――

 吐く息が白く染まる季節――。

 次の日の昼休み、私は反射みたいに相談室の前まで来てしまっていた。

 来る意味は、たぶんない。

 昨日で終わったのだから。それを知っていたはずなのに。

 でも、足だけは前と同じ動きをしたのだ。

 私の足は、引き戸の前で止まる。

 名札が変わっていた。

 いつもの、やわらかい字で書かれた「鬼灯ほおずき」の札はない。代わりに、白いプレートが一枚だけ差し込まれている。

 **臨時記録対応**

「……うわ何これ」

 声が出た瞬間、背後から透羽とわがのぞきこんだ。

「何それ」

「見れば分かるでしょ」

「分かるけど、分かりたくないタイプのやつ」

 その言い方に、変な笑いが出そうになった。出なかったけど。

 るなも少し遅れて来る。

「なゆさん、ほんとにいないんだぁ……」

「うん」

「なんか、ちゃんといないねぇ……」

「それ、分かる」

 私は小さく答えた。

「消えたんじゃなくて、きっちり外された感じする」

 幽々ゆゆはプレートを見たまま、静かに言った。

「優しかった人がいなくなる時って、一瞬だね」

「やめて。朝から刺さる」

「もう昼休みだよ」

「そこじゃない、いや昼は合ってるわ」

 軽いやり取りをしていたその時、引き戸が内側から開いた。

 出てきたのは、知らない人だった。

 白い服。白いファイル。顔はある。目も鼻も口もちゃんとある。なのに、一回見ただけでは印象が残らない。不思議なくらい“個人”の輪郭が薄い。

「影森かげもりゆらさんですね」

 その人は言った。

「午後の授業終了後、記録確認があります」

「……は?」

「確認事項は以上です」

 それだけ言って、すっと引き戸が閉まる。

 透羽が真顔になった。

「怖っ」

「うん」

「今の、人っぽかった?」

「そこ言うのやめて、引きずる」

 るなが私の袖を引く。

「ゆらちゃん、行くのぉ……?」

「行かないと、たぶん後で余計ひどい」

「それ、もう職場の理屈だよね」

 透羽が言う。

「学校の昼休みに言う理屈じゃないって」

 ほんとうに、それだった。

――――

 午後の授業は、ほとんど頭に入らなかった。

 ――この一年、勉強に集中できた時間のほうが短い気がする。

 それでも何とか赤点を免れたのは、周りの友達のおかげだった。

 るなも、幽々も勉強は意外とできる。ノートを貸してもらったり、試験の時は出そうな問題をピックアップして私をサポートしてくれていた。持つべきものは友達だな。

 ――チャイムが鳴って、教室がほどける。

 みんな部活だの寄り道だの帰宅だの、普通の放課後へ散っていく。

 私はひとりで相談室の前に戻った。

 引き戸を開ける。

 部屋は前と同じ広さのはずなのに、少しだけ狭く見えた。

 白い机。白いファイル。白い記録票。

 お茶はない。マグカップもない。机の角にいつもあった、少しだけ生活感のあるものが何もない。

 白い人が座っている。

「着席を」

 言い方が、最初から最後まで業務だった。

「……失礼します」

 座る。

 向こうは名乗らない。こちらも聞く気が削がれる。

「対象名、影森ゆら」

 白い人がファイルを開く。

「直近接触履歴、確認済み」

「確認って」

「四課よんか側の正式記録へ移行しています」

「……」

「前任記帳官による裁量猶予は、現在無効です」

 その一文だけで、喉が詰まった。

「待って」

 私は思わず言った。

「なゆさんは」

 白い人は目も上げずに答える。

「前任記帳官は、現在この案件に関与していません」

「……」

「繰り返します」

 白い紙の上を指が滑る。

「前任記帳官は、現在この案件に関与していません」

 腹が立つより先に、冷えた。

 これだ。

 なゆがいないって、こういうことだ。

 悲しそうな顔も、困った顔も、言いにくそうな沈黙もない。ただ、関与していません、だけが残る。

「確認事項を続けます」

「待って」

「発言は簡潔に」

「……はい」

 自分でも驚くくらい、素直に返事をしていた。

 相手が怖いからじゃない。

 相手の中に、こちらが怒る余白すらないのが分かるからだ。

「直近の浅層接触せんそうせっしょく一件」

「一件」

「監査後の未記録加算、差し戻し処理済み」

「差し戻し……」

「記録済み。貸しなし。猶予なし」

 その言い方があまりにも整っていて、逆に意味が頭へ刺さるまで少し時間がかかった。

 記録済み。

 貸しなし。

 猶予なし。

 なゆなら、そこで一拍止まった。

 言いづらそうにした。

 あるいは誤魔化した。

 でもこの人は、綺麗に切って、綺麗に置く。

「何か質問は」

「……ある」

「簡潔に」

「その、全部いちいち冷たいの、仕様なの?」

「業務ですので」

「仕様なんだ……」

 思わず力なく笑ってしまった。

 笑ったところで、向こうは少しも揺れない。

「確認は以上です」

「終わり?」

「はい」

「それだけ?」

「それ以上の何を希望しますか」

 私はすぐに答えられなかった。

 たしかに、それだけだ。

 こっちは対象。向こうは記録側。帳尻を合わせる。必要事項だけ伝える。終わり。

 でも、終わりすぎている。

「……前は」

 気づけば言っていた。

「もうちょっと、こう……あったんだけど」

「前任記帳官の運用は把握していません」

「把握してても、たぶん言わないよね」

「必要がありませんので」

 言い切られて、逆に少しだけ息が抜けた。

 ああ、本当に違うんだな、と思った。

 なゆさんは、業務でいるふりをしながら、最後まで業務だけにはなりきれなかった。

 この人は最初から最後まで、きっちり業務だ。

 だからこそ、今になって分かる。

 特別だったのは、私じゃない。

 特別に歪んでいたのは、あの人のほうだった。

「以上です。退室を」

「はい」

 立ち上がる。

 引き戸の前で、一度だけ振り返った。

「……ほんとに、関与してないの?」

「はい」

「前任記帳官は、現在この案件に関与していません」

 三回目。

 三回目で、ようやく諦めがついた。

---

 廊下へ出ると、夕方の空気が少しだけぬるかった。

 窓際に、透羽と幽々とるながいた。待っていたらしい。

「どうだった」

 透羽がすぐ聞く。

「最悪」

「それは知ってる。中身」

「ちゃんと最悪だった」

 私は壁にもたれて、息を吐いた。

「なゆさんは、もう来ない」

「うわ」

 透羽が顔をしかめる。

「それ、言われるとだいぶくるね」

「くる。ほんとにくる」

 るなが不安そうに見上げる。

「なゆさん、いないのぉ?」

「うん」

「もう会えないのぉ?」

「……そこまでは、まだ分かんない」

 幽々が静かに言う。

「でも、分かったでしょ」

「何が」

「なゆさん、ほんとに特別だったんだって」

 私は返事をしなかった。

 返事をしなかったけど、それがいちばん返事になっていたと思う。

 チャイムが鳴る。

 冬の入口みたいな風が、廊下の端を抜けていく。

 帳尻処理は、今日からちゃんと冷たい。

 貸しもない。猶予もない。

 それが正しい運用なんだろう。

 でも正しいからって、痛くないわけじゃない。

 優しさって、なくなってからじゃないと、だいたい気づけない。

 今日の私は、それを知るには少し遅かった。

―――――

ゆら「九十一回目。笑えない数字って、あるんだ。」

■今回の登場人物

・影森かげもりゆら

 臨時記録対応をまともに食らった。なゆ不在の冷たさを、ようやく実感した。

・夏目なつめ透羽

 「怖」「仕様なんだ……」担当。外から見ても、ちゃんと冷たいものは冷たい。

・白澤しらさわ幽々ゆゆ

 最後にいちばん静かに本質を言った。

・夜宵やよいるな

 「もう会えないのぉ?」と、いちばん単純で痛いことを聞いた。

・臨時記録対応の人

 人っぽいが、業務だけが前に出てくる存在。優しくないのではなく、優しさを挟まない。

【今回の帳尻】

・金銭帳尻:直接請求なし。こういう回ほど、お金の話がないぶん別の冷たさが立つ。

・死の帳尻:記録済み。貸しなし。猶予なし。

・構造帳尻:前任記帳官は、現在この案件に関与していません。

・そして、いなくなってからようやく、なゆがどれだけ例外だったか分かった。最悪です。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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