配信92回目 向こう側を設計したものの表紙画像

配信92回目 向こう側を設計したもの

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/2 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 3,110文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信92回目 向こう側を設計したもの

本文

前任記帳官鬼灯なゆは、もうこの案件に関与していない。

 そう言われただけなのに、街の温度まで一段下がった気がした。

 今回は、壊れた怪談の奥にある“正しい構造”の話です。

―――――

 昼休みの教室は、今日もとてもうるさかった。

 パンの袋を開ける音。椅子を引く音。るなが「ねぇそれ一口ちょうだぁい」と他人の弁当へ自然に手を伸ばして、透羽が「るな、もうそれ才能だって」と笑い、幽々が静かに牛乳のストローを刺す。

 たったそれだけの、普通の光景。

 なのに私は、そこへちゃんと乗れなかった。

「ゆら、今日ほんとに顔しんどいじゃん」

 透羽が机へ頬杖をついたまま、いつもの軽い調子で言う。

「――また、寝れてない?」

「寝た。寝たけど、起きてる感じしないだけ」

「それ寝れてないやつだよぉ〜笑」

 るなが心配そうに眉を下げる。

 私は曖昧に笑ってごまかした。説明しようがない。

 昨日から、何を見ても、何を聞いても、頭のどこかであの無機質な文言が反復している。

 ――前任記帳官は、現在この案件に関与していません。

 助けてくれる誰かがいなくなった、じゃない。

 書類がシュレッダーにかけられるかのように、綺麗に外された。

 それがいちばん嫌だった。

 ふいに、幽々が窓の外を見たまま言う。

「……今日、帰り道ひとりにしないほうがいいかも」

「え、なんで」

「理由はまだない。でも、そういう日の空気がする」

 透羽が冗談めかして肩をすくめた。

「わかる。その感じ。案内板とか、変な日に増えるし」

 私は反射的に顔を上げた。

「増えるって、何が」

「いや、今のは言い方。気にしないで」

 透羽は笑って流したけれど、その笑い方が半拍だけ遅れた気がした。

 嫌な予感が、じわじわと広がる。

―――――

 放課後。

 るなと透羽に引き止められたけれど、私は今日はひとりで帰ると言い張った。

 誰かと一緒にいる普通の帰り道が、今日は逆に怖かった。

 壊れたら困るものほど、近くへ置きたくない。

 高架下を抜け、地下街へ降りる。白すぎる照明が、磨かれた床を平たく照らしていた。人通りはあるのに、音がやけに遠い。広告、柱、案内板。全部がきっちり揃いすぎていて、むしろ息苦しい。

 その時だった。

 案内板のひとつに、見覚えのない文字が浮いた。

 接続待機。

「……は?」

 立ち止まる。

 次の柱には、こうあった。

 帰還保留。

 飢餓沈静。

 媒介導線。

 心臓が嫌な跳ね方をした。

「なに、これ……」

 周りの人たちは誰も見上げていない。スマホを見ているサラリーマンも、買い物袋を提げた女の人も、そこに何もないみたいに通り過ぎる。

 私だけが見えている。

 そう考えた瞬間。足元が、ふっと抜けた。

 叫ぶより先に、視界の色が落ちる。地下街の白が剥がれて、その奥からもっと薄い、病院みたいな一面の白が出てきた。

 気づけば、私は長い廊下の真ん中に立っていた。

 壁は白。床も白。天井の光まで均一で、影だけが不自然に薄い。怖いのに、荒れていない。壊れていない。きちんと造られている。

 廊下の左右には、番号の振られた扉が並んでいた。

 一一二。接続待機。

 一一三。帰還不可。

 一一四。鎮静処理中。

「……やだ」

 喉がひりつく。

 怪異の巣なら、まだよかった。ぐちゃぐちゃで、間違ってて、壊れてるほうがまだ安心できた。

 これは違う。

 正しい施設みたいだった。

「来たんだ」

 静かな声がして、私は振り向いた。

 玻璃はりが立っていた。

 いつもの通り、騒がず、驚かず、ただ最初からそこにいたみたいな顔で。

「ここ、どこ」

「向こう側の、奥へ行く前のところ」

「嘘。こんなの聞いてない。もっと、ぐちゃぐちゃしてると思ってた」

「前は、そういう場所ばかり見てたから」

 玻璃はそう言って、私の横へ並ぶ。

「壊れたままのほうが、怖いと思う?」

「思うよ」

「わたしは、逆」

 玻璃の視線は、廊下の先へ向いていた。

「きれいに作ってあるほうが、長く使えるから」

 ぞわ、と背中が粟立つ。

「……使う?」

「うん」

「何を」

 玻璃は少しだけ黙ってから、いちばん近いガラス窓を指さした。

 覗いた先には、大きな暗がりがあった。

 海みたいに広いのに、水じゃない。空洞みたいに深いのに、底だけが脈打っている。その縁へ、白い線が何本も何本も伸びていた。糸みたいに細い線の先には、扉、席、名前の欠片みたいなもの。

「足りないと、荒れるの」

 玻璃が言う。

「向こうは、お腹が空くから。ひとつ繋ぐと、少し静かになる」

「……ひとつ、『何』を、繋ぐの」

 聞かなくても分かった。

 それでも、聞かずにいられなかった。

 玻璃は私を見なかった。見ずに遠くを見たままこういった。

「生きてる側と、待ってる側。戻りたい側と、戻れない側。あいだに立てるもの」

 接続材。

 その言葉は、誰も口にしないまま、もうそこにあった。

「花嫁って……それのこと?」

「単なる生贄じゃないよ」

 玻璃の返事は、ひどく静かだった。

「置けばいい、じゃもたないから。つないで、持たせて、鎮めるの。そういうふうに出来てる」

「出来てるって、誰が」

 今度だけ、玻璃は少し困った顔をした。

「設計したもの」

「ものって何。神様? 怪異? 人間?」

「たぶん、どれでもない」

 廊下の奥で、何かがゆっくり鳴った。チャイムみたいな、処理完了音みたいな、感情のない音。

 私は思わず一歩下がる。

「こんなの、おかしいでしょ」

「うん」

「人を部品にして、正しいわけない」

「でも」

 玻璃が初めて、まっすぐ私を見た。

「そうしないと、もっとたくさん落ちる夜があったんだと思う」

 言葉が、すぐには返せなかった。

 間違ってる。絶対に。

 なのに、理屈だけは通ってしまう。

 それがいちばん気持ち悪かった。

 蒐集商会の値札も、査定も、充分ひどかった。けれどあれは、まだ“拾う側”だったのだ。

 こっちは違う。

 最初から、落ちる人数まで計算に入れて、穴の形を決めている。

 ふと、廊下の一番奥に、真っ白な扉が見えた。

 名前の札が半分だけ書かれていて、残りが空白だった。

 私の足が、無意識にそっちへ向く。

「だめ」

 玻璃が珍しく強い声を出した。

「そこはまだ見なくていい」

「まだって何」

「まだ、間に合うから」

 その一言と同時に、白い廊下が大きく揺れた。

 現実側から誰かに肩を掴まれたみたいに、身体が急に重くなる。

 咳き込んだ。肺に冷たい空気が刺さる。

―――――

 気づけば私は、地下街のベンチに座り込んでいた。

 通行人が二、三人、変な目でこちらを見て通り過ぎていく。スマホの画面には、十五分前の時刻が出ていた。

 たった十五分。

 なのに、向こうではもっと長くいた気がする。

 震える指で、朔夜さくやの連絡先を開く。

 文面を打って、消す。

 ――向こう側、設計されてる。

 ――花嫁って、接続材なんだって。

 ――玻璃が知ってた。

 どれも送れなかった。

 あいつに聞きたいことが多すぎる。

 でも、今この瞬間に頼りたくない気持ちも、まだ消えていない。

 頭上の案内板を見上げる。

 そこには、もう普通の出口番号しかなかった。

 それでも私は知ってしまった。

 向こう側は、ただ飢えているんじゃない。

 飢えるように、静まるように、誰かを繋ぐように――最初から、そう設計されている。

 冬の街は、やけに明るかった。

 なのに帰り道のどこにも、安心して立てる場所がなかった。

―――――

 配信92回目でした。

 今回は“怪異の奥にある構造”を前へ出す回です。壊れたものの怖さではなく、整いすぎているものの怖さへ、少しずつ寄せています。

 今回の主な人物は、影森かげもりゆら、玻璃はり、そして名前のまだつかない“設計したもの”です。

【帳面】

・金の借金:請求継続中。距離を置いても、理不尽だけは律義に残る。

・死の帳尻:正式記録へ落ち切る前の接触一回。処理未確定。

・なゆの状況:前任記帳官としての直接関与なし。案件除外継続。

・白い帳面側の変化:記録だけでなく、“接続の配置そのもの”を管理する上位構造の気配が増大。

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 1 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

👥 フォロワー: 2人

作者ページを見る